↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テロム  作者: 冷凍御飯
ペルム州冒険記
21/23

ペルム州冒険記 その一

「それで、最初はどこに行くの?」

「うーん、こんな所に行ってみたいってのはない?」

「古代遺跡!」

「流石にないなー……」


 ペルム高等学校を出て、最初の会話がこれだった。ペルム州出身の自分でも、古代遺跡の有無はわからないけど、ないと思う。


「ないの……?」

「そんな顔されてもないものはない」

「トリアス州にはあるのに……」

「いやなんで?」


 チオくんは、本当に寂しそうな表情を向けてきた。

 いやそんな事より、古代遺跡があるってどういう事だ。だけど、沼にハマりたくないから、深くは考えないようにしよう。


「……なら、マキノのオススメの場所に行きたい」

「良いよー……と言っても、こんな場所に良い所なんてそんなにないんだけどね」

「どうして?」


 チオくんのキラキラした目を見て、心細くなる。それに反応したのか、チオくんはかわいらしく小首を傾げた。

 せっかく他の州の男の子が遊びに来てくれたのに、ペルム州には楽しそうな場所がない。強いていうなら大自然が広がる公園くらいで、漫画やアニメで見るよな大型商業施設、遊園地やゲームセンターはない。私が生まれたときからこの州には人がいなくて、繁栄していた跡だけが残っているだけで、この州に対して希望を抱く事が少なかった。

 まあ、廃墟化しているショッピングモールとかはあるけど。


「まぁ、人が少ないし」

「それなら、ペルム州の古代遺跡を探そうよ。実はあるかもしれないし」

「うーん、それでも良いけど」


 古代遺跡を探そうという純粋な少年の提案に、乗り気ではないが同意した。

 流石に見つかる事はないだろうが、冒険するにしてもただ歩き回るのもつまらないので、目標みたいな物を作ろうと朧気に考えた。


「それじゃあ、駅に行こう!」

「はーい……って、ちょっと待って!」


 急に手を強く引っ張られたので、驚いてしまった。

 先程のは子どもに引っ張られた感覚だったが、今のはゾウに引っ張られたように錯覚してしまう程の強さだった。


「あれだけホームがあるならいろいろな所にいけるよね!」

「わ、わかったから! 手を引っ張らないで!」

「あ、ごめん、嫌だったよね」


 チオくんが止まって、私の手を放す。その際、名残惜しそうにしていた。かくいう私も急に手を放されてしまったので、ほんの少しだが名残惜しい。


「嫌じゃないよ」

「え?」

「手を引っ張られる事は嫌だけど、手を繋ぐのは良いよ」

「は、はい……」


 少し強めに、命令するように言う。その際に無意識に圧を放っていたらしく、チオくんが怖がってしまったらしい。敬語で返事をして手を差し出してきた。


「どうしたの?」


 圧を引っ込めるために、質問する。


「う、ううん、なんでもない……」

「そう? まあ良いや」


 首を横に振って、チオくんは答えた。

 変な雰囲気になってしまったが、とりあえず一緒に『ペルム中央駅』へと向かった。


◇◇◇◇◇


「じゃーん、これが超高速鉄道だよ」


 あまり自慢にはならないが、自信満々に言ってみた。

 無駄に広いホーム内に入って、先頭の車両が鋭利になった鉄道の所に来る。一時間に一本くらいしか運転しない超高速鉄道だが、南の遠い主要都市にすぐ行ける。

 飛行機での移動はとても高いので、かつては妥協で高速鉄道を使う人が多かったらしい。


「なんか尖ってるね」

「これで空気抵抗を少なくしてるんだ」

「どのくらい速いの?」


 純粋な眼差しを向けて、チオくんが訊いてきた。


「気になる?」

「うん」

「逆にどのくらいだと思う?」


 質問に対してすぐ答えを言うのが嫌だったため、逆に質問してみた。

 顎に右手の人差し指を当てて、チオくんは考える仕草をする。


「……五百キロくらい?」

「惜しいね、正解はその三倍だよ」

「千五百キロも出るの?」


 訊いてきたチオくんに、大きく頷いてみせる。

 そう、正解は千五百キロだ。最大速度は二千二百キロであり、昔に作られた物としては性能が高い。


「凄いね!」

「うん。今年で終わるけどね」

「え?」


 さらっと言った事に対して、チオくんは目を点にしてこちらを見てくる。


「老朽化で廃止せざる負えないのと、新しい車両を作るお金がないからね」

「……そっか」


 私の説明に納得したらしい少年は、静かに呟いた。


「この車両は三十五年前に運行を開始したらしいからねー」

「そうなんだね!」

「これが全盛期のペルム州っていう事だね」


 私の知らないペルム州に思いを馳せながら話す。

 千五百キロ、そして十両で走る車両を三十五年も持たせるというのは本当に凄いと言える。エクシオ州と中央テロム州を繋ぐ新幹線が十五年くらいで車両を交換するなどと聞いた事があるから、素晴らしいだろう。

 なぜ真似しないのかは謎だ。設計図を見ないといけないくらいの構造をしているのか、だとしたら思いついた人は賞賛されていたのだろう。そんな事実を聞いた事は微塵もないけれど。


「先頭に乗りたい!」

「良いよ」


 少年みたいにはしゃいでいるチオくんに続いて、先頭車両に入った。中には私達以外に誰もいなかった。


「誰もいないね」

「二人きりだね」

「えっと……」

「どうしたの?」

「な、何でもないよ」


 別に変な意図は微塵もなかったんだけど、なぜかチオくんの身体が震えたような気がした。

 とりあえず、隣同士で席に座る。その際に隣に座った少年は、重そうなリュックサックを前に持ち直した。


「この鉄道、名前が『キノトク線特別快速』ってなってたけど、どうして?」

「『キノ市』から『トクサ市』まで走るからだね。あと、主要駅にしか止まらないから特別快速だよ」

「後ろに『ディメトロ経由』って書いてたけど」

「『ディメトロ市』の方を通るからだよ」

「他にも経由があるの?」

「あったけど、使う人が少なくなったから各駅停車だけになったよ」

「市が駅の名前なの?」

「まあそうだね」


 キノトク線の発車を待ちながら、チオくんと会話をする。


「ボクの住んでるトリアス州はね、モノレールでの移動が主流なんだよ」

「車とかは?」

「空を飛んでるけど、あんまり使われてるところは見ないかな」

「ん?」

「ペルム州は車の移動が主流なの?」

「ま、まあ、主要十七市での移動は鉄道かな。北部だったら車の方が良いけど」


 当たり前であるかのように言った未知なる少年の言葉に、一瞬思考が止まった。

 しれっと言っていたが、空飛ぶ車ってなんだ。


「えっと、空飛ぶ車は規制されてたりするの?」

「ううん。でもほとんどの人は怖くて乗らないって。ボクは乗ってみたいな」

「免許を取るって事?」

「自動運転だから、そのまま乗れるよ」

「……」


 さも当然かのように言う未来から来た少年に、一度思考を整理する。

 生まれてからペルム州を出た事がない私は、トリアス州の技術発展に脱帽せざるを得ない。私の所は人口減少の一途をたどっており、明日を生きられるのかもわからないような生活をしているので、この子の事がほんの少しだけ、本当に少しだけ、羨ましい。


「どうしたの?」


 言葉に詰まってしまった自分に、チオくんが声をかけてきた。


「いやー、技術革新に実質おじさんな自分はついていけないなーって」


 本音を隠したくて、反射的に声を出した。おじさんっていうのも、咄嗟に頭に思い浮かんだから、添えた。

 おじさん、何かと理解が乏しいイメージがある気がする。少なくとも私の中では頑固者なイメージ。


「古代人だから?」

「違うよ?」

「むぅ」

「そんな顔しても事実は変わりません」


 しかし、この子は私の事を古代人として扱いたいらしい。ちょっとでも年老いたような事を言うと、すぐに古代人を引き合いに出してくる。


「マキノおばあちゃん」

「せめておじさんって呼んで」

「マキノちゃん」

「いや、なんで……?」

「古代人マキノ」

「ちょ……!」


 不意打ちで呼ばれたので、思わず照れてしまった。

 おばあちゃん呼びをされたくなかったり、男の子にちゃんづけされて照れたり、その隙に古代人扱いされて反論できなかったりと、チオくんに振り回される。

 最近は後輩達と先生を振り回す側であったので、久しぶりの感覚だ。二年前、自分より二つ上の、慕っていた男の人の先輩がいて、振り回されていた時以来。後輩達も先生も女の子なので、自分は女の子なら振り回せて、男の子には振り回されるのかもしれない。


「わ、私は、古代人でも、おばあちゃんでもないから」

「おじさんだから?」

「もうそれで良いや」

「ふーん……」

「もう少し興味持ってよ。私が古代人じゃないからって興味を失わないで」

「マキノはかわいいから。あと、おじさんはかっこいいものだよ」

「……ふぐぅ」


 頬を赤らめる事もせずにに言ってきた純真無垢な少年に対して、恥ずかしさを感じた。


『まもなく、発車いたします』


 アナウンスが聞こえて、鉄道の扉が閉まる。


「出発するね!」

「そうだね」


 ゆっくりと鉄道が動き出し、それに対して興奮するようにチオくんが言った。


「そういえば、どこで降りるの?」

「『ディメトロ中央』駅かな」

「何があるの?」

「駅の近くに飲食店が一つだけあって、そこでお昼ご飯でも食べようかなって」

「ご飯は持ってきたよ」


 唐突に大きなリュックサックの中からお昼ご飯を取り出したチオくん。


「……今まで気にしないようにしてたけど、その無駄に大きな荷物には何が入っているの?」


 さっきから気になっていた事を、直接訊いてみる。

 大体の人が持てなさそうな程の大きいリュックサックを軽々と背負い、それでいて息が切れた様子もない少年。これは俗に言う『能力』という物なのか。

 人体というのは、科学的に解明が進んでいると聞く。しかし、まだ解明されていない事柄もあるらしい。その一つが、能力という概念だ。それは、一人一人として同じ物を持っておらず、いわゆる個性がある。

 もちろん私にもあるが、この少年の能力は『力持ち』なのかもしれない……自分で考えていて頭がこんがらかってきた。


「冒険にはいろいろ準備が必要だから、たくさん用意したんだよ。後で見せてあげるね」


 質問に答えられて、思考を一旦止める。


「ペルム州はそこまで過酷な所じゃないよ?」

「でも、アミ先輩がペルム州は過酷な所だって」

「今度トリアス州に行ってわからせようかな」


 はっきりと言われて、そのアミとかいう輩に腹が立つ。

 ペルム州は人口が少なくなっていて、二十年くらい前までは過酷な環境などと言われていたのは知っている。だけど今は違う。少なくとも、私はこの場所で生まれ育ってきた。

 もし行く機会があったら、そのアミっていう人類にペルム州の紹介でもしてやろう。


「アミ先輩は怖いから……」

「そうなの?」

「ボクの事を見ると、凄く怖い顔をして、息を荒くしながら近づいてくるんだよ」

「怖いというか、危ない人じゃない?」

「ボクを家に連れ込んで抱きしめたいって言ってるけど、危なくはないよ、多分」

「抱きしめるっていうか、抱くって事じゃん」

「どういう意味なの?」

「……まあ、今は良いよ」


 小刻みに震えながらアミ先輩という人について語るチオくんに、詳しい説明をする勇気は湧かなかった。

 アミという奴はチオくんの事を性的対象として見ているらしい。大量のナメクジを身体に纏わりつけているような気持ちの悪い行動は、良識がある人間だったらするはずがない。

 多分、ショタコンだ。会ってからまだ一時間もたっていないけれど、チオくんは幼い男の子っぽいから、そういう子に興奮してしまうような人類なのだろう。擁護なんてしてあげないけど。


「あれ、今何キロくらい出てるの?」

「もう千五百キロは出てると思うけど」

「え、気づかなかった!」

「凄いよね、この鉄道」


 いつの間にか速度を上げていた鉄道に、チオくんが興奮していた。

 そんな少年の様子が、とても愛らしく見えた。


◇◇◇◇◇


「『ディメトロ中央』駅に着いたね」


 一時間程揺られて、目的の駅についた。

 途中で二つの駅に止まったのだが、先頭車両には、乗客が一人だけ乗って、一駅先で降りた。

 ここから乗る人は結構いて、先頭車両だけで十人くらいは乗っていくをの確認できる。


「お昼ご飯を持って来てもらって悪いけど、定食屋さんで良い?」

「大丈夫だよ」

「ありがとうね」


 せっかくお昼ご飯を持ってきた少年に申し訳なさを覚えつつ、駅の出口へ向かう。


「これはお昼ご飯から夜ご飯に変更だよ」

「本当にありがとう」

「うん!」


 チオくんを先導しつつ、駅の出口から出た。

 出口を出てからすぐに、『めしや』という何の捻りもない言葉が書いてある大きな看板が見えた。駅から、大きめの道路を挟んで向かい側にある。

 今回の目的地というのはそこである。


「あそこに『めしや』っていう看板があるでしょ?」

「うん」

「あそこに行くからね」


 指を差して、大きめの道路の反対側にある、木造建築の建物を示す。

 穏やかでリラックスできそうな雰囲気を持っていて、落ち着いて食事ができそうな空気感が存在している。


「横断歩道があるから、そこで渡ろうか」

「はーい」


 横断歩道を渡り、駅の反対側に渡る。

 そうして、目的の飲食店に、チオくんを引き連れて中に入った。


「いらっしゃいませー……ってマキノ先輩?」

「失礼するよー、アケミちゃん」


 中に入ると、後輩の一人であるアケミちゃんが満面の笑みで出迎えてくれた。しかし、私という先輩を見ると一瞬で笑顔が消える。


「今日は学校で寝るなんて言ってたはずだけど、またからかいに来たの?」

「私がそんな事をするわけないじゃないのー」

「そんな事しかしないじゃないの」


 早く帰れとでも言いたげなアケミちゃん。だがチオくんに気づくと、再度笑みを浮かべた。


「一名様ですか?」

「いや、明らかに私の連れだよね」

「えっと、マキノの知り合い?」

「そうですけど」

「ちょっと、私と反応が違うよー?」


 私の後輩は、チオくんに対してはしっかりと笑みを浮かべながら反応する。その反応に対して抗議を向けるように視線を向けたが無視された。

 再教育してあげないといけないらしい。


「質問したいけど、良いかな」

「何でも良いですよ」


 少し早口で言うチオに、アケミちゃんは丁寧な口調で返した。なんだか嫌な予感がする。


「マキノは古代人だよね?」

「違う人に聞いても答えは変わらないって」

「どうしてそう思うの?」

「否定してよ!?」


 チオくんの質問に否定をしてくれない後輩に対して、思わず叫んだ。


「だって、威厳があるから。あと、さっき自分の事をおじさんって言ってたし」

「概ねそうですよ」

「意味わからないよ!?」


 この少年はどうしてもウスキマキノを古代人としてでっち上げたいらしく、私の知り合いに対して訊いている。何がこの子をそこまで駆り立てるのかは理解ができないけど、私の知り合いの返答を聞いてチオくんはとても満足そうに笑った。

 アケミちゃんの方も、丁寧な口調は崩さないようにしながら悪乗りをしている。

 あと、おじさんを引きずるのはやめてほしい。咄嗟に出した身で言うのもあれだけど。


「やっぱり、マキノは古代人なんだね!」

「ちょっとアケミちゃん、この子純粋っぽくてかわいいから、真に受けっちゃってるんだけど」

「マキノ先輩って古代人だったのね」

「アケミちゃんはそこまで純粋じゃないでしょ!」

「いつも振り回されてるし、たまには良いじゃないの」


 チオくんが嬉しそうに私の事を古代人扱いするので、全然否定してくれないどころか純粋なフリをしているアケミちゃんに対して、流石に思わず大きな声でツッコんだら、アケミちゃんはお返しと言わんばかりに反論してきた。


「うぐぐ……チオくん、この子は悪乗りしてるだけで、私は古代人じゃないからね?」

「むぅ」

「いちいちそんな顔するのをやめようよ」


 力強く否定すると、チオくんはとても不満そうに頬を膨らせる。


「それで、この子はマキノ先輩の彼氏なの?」

「彼氏?」

「今日会ったばかりだから! 違うから!」

「ふーん、えっと、チオくんで良い?」

「うん、ワニカワチオだよ。鰐に川で鰐川、千に英雄の雄で千雄」

「あなたはマキノの彼氏?」


 アケミちゃんはチオくんの事を見つめながら質問した。きっと彼氏に違いないと、質問攻めをする予定でいるらしい。

 そんな言葉に自分はドギマギしていたが、当の少年はよくわからないようで、子どものフクロウみたいに小首を傾げた。


「えっと、彼氏って、マキノの恋人って事だよね?」

「そうよ」

「それだったら違うよ」

「ほ、ほら!」

「なーんだ、つまらないの」

「そんな事より、早く席に案内して!」

「はいはい」


 チオくんが否定したので、アケミちゃんは興味を失ったと感じで席に案内してくれた。

 この時間帯は、丁度ピークを過ぎた頃合いで、客は私達以外に誰もいない。


「チオくんがいるとペースを乱されるな……」


 かつての先輩に振り回されていた時期を思いだしながら、チオくんの事を考える。アケミちゃんに彼氏などと言われてしまったからなのか、少年の事をとても意識させられている気がする。

 案内された席に座って、とりあえず心を落ち着かせるために深呼吸をした。チオくんは机を介して私の向かい側に座る。


「何を食べる? 個人的なオススメはマキノ先輩だけど」

「マキノを食べたらカニバリズムになっちゃうよ?」

「やばい、この子すっごく純粋だわ」

「そういう悪い冗談は流石に笑えないよ」

「どういう事?」


 自分の知らない後輩の姿に、思わず真顔になる。

 この子、ワニカワチオは本当に純粋だ。心が綺麗すぎて、魚が寄りつこうと思えない程に透明感がある。

 そんなチオくんの純真無垢な雰囲気に、アケミちゃんはショタコンの波動に目覚めてしまったらしい。


「どうせだし、アタシを食べてみない? 意味をしっかりと教えてあげるから」

「私はいつものから揚げ定食で。チオくんも同じので良いよね?」

「良いよ」

「わかったわよ。から揚げ定食ね」


 変な事を言う後輩を見事にスルーさせ、お昼ご飯を注文できた。

 流石のアケミちゃんも、仕事に戻る。注文を取った後、厨房の方へ向かっていった。


「いつもは私が振り回す側なのに……」

「マキノって美味しいの?」

「涎を垂らしながら私を見るのはやめてね」

「お腹が空いちゃって……」

「確かにお店からは美味しそうな匂いがするけどさ」


 涎を紙ナプキンでふきながら、チオくんはこちらを見てくる。

 後輩からのからかいが原因で、目の前の少年を私は意識させられているのに、チオくんの方は全く意識していないらしい。こんな気持ちになってしまったのはアケミちゃんのせいだ。

 なんとかして私の事を意識させたいと思って、チオくんの趣味を訊く事にした。


「チオくんは何が好きなの?」

「映画!」

「どんなの?」

「クソ映画!」

「クソ映画?」


 しかし予想外の返答が返ってきたため、逆に困惑させられる。

 いや、クソ映画とはなんだ。しかも、チオくんの黒い瞳はとてもキラキラしている。初対面とはいえど、この子の事を知る程、理解から遠ざかっていくような感覚が襲ってきた。


「脚本が支離滅裂だったり、制作人の思想がふんだんに盛られてたり、原作を改悪してたりすると、すっごく馬鹿っぽくて良いよね」

「自分が好きな作品が改悪されたら嫌じゃない?」

「漫画とか小説とか、アニメとかドラマはあんまり見ないから」

「私の先輩は好きな映画シリーズか改悪されまくって嫌いになったとか言ってたけどなー」

「ボクが好きなのはクソ映画だから、好きなシリーズとかがなくて」

「珍しいね」


 少し寂しそうに言ったチオくんの言葉に、先輩の影がよぎった。

 確か『スター・ファイターズ』などと言ったか、かつての先輩が散々愚痴っていた事をよく覚えている。ペルム高等学校は廃校同然の扱いを受けていて、後任の先生がいなかったために、よく生徒会室で一緒に見ていた。


「でも、普通の映画も好きだよ。昔の『スター・ファイターズ』とか、最近のだと『64番出口』とか」

「『64番出口』か。わざわざペルム中央駅地下鉄の六十四番出口で撮影してたなー。それで一時的に人が増えてたりもしてたけど」

「あそこの駅ってどのくらいあるの?」

「地上で八十三、地下で七十六とかかな」

「広いね」

「今はあんまり使われてないけどね。『キノトク線』の各駅停車と快速、『アデロディキノ線』が使われてるくらいだし」

「お待たせしましたー」


 会話をしていたら、アケミちゃんがから揚げ定食二人前を、片手で一人前ずつ運んできた。それを器用に机に置く。


「片手で持てるんだね、凄い」

「ありがとうね」


 目を輝かせながら、チオくんはアケミちゃんを見つめる。

 ショタコンの波動が再度目覚めてしまったらしく、普段は絶対にしない態度で、アケミちゃんはチオくんに言い寄りそっていく。


「せっかくだしアタシとイイ事しない?」

「アケミちゃんってそんなにショタコンだったっけ?」

「この子すっごくかわいくって」

「それはわかるけどさぁ……」


 イイ事をしようと言っているときのアケミちゃんは、今にも涎が垂れそうで、不審者顔負けの表情をしていた。私の知らない後輩の姿というのはからかいがいがあるはずなのに、疑問をぶつける事しかできない。


「早く食べようよ」

「そうだね、いただきます」

「いただきます」


 ご飯を食べたそうにしていたチオくんが急かしたので、手を合わせて頭をちょっと下げて、いただきますと言った。チオくんは私の真似をした後、お箸を持って、ご飯を口に運び始めた。


「ふんふん……」

「ペルム高等学校はね、今男の子がいないの。彼氏が作れなくてさ、一緒にバイトして節約したいのに」

「ふんふん……」

「良かったらさ、付き合おうよ」

「ふんふん……」


 今の時間帯は人がまったく来ないからか、アケミちゃんはチオくんに話しかけている。しかし、話しかけられている少年は特に気にする様子はなく、一生懸命にご飯を食べている。


「一緒にバイトをして、一緒に節約生活をしない?」

「ふんふん……」


 そんな様子を黙って監視する。男の子に対してここまで積極的な後輩が珍しいのもあるけれど、チオくんが絡んでくると私自身がおちょくられるような気がしてならない。


「きっと楽しいわよ」

「……でも、ボクはトリアス総合学園に通ってるし」

「大丈夫、遠距離でもやっていけるわ」

「そうかな」

「待った、口説かれちゃだめだよ」


 なんか、このままいくとチオくんが口説かれてしまいそうなので、急いで止めた。

 勝手な思い込みで後輩をキャラ付けしていたけれど、アケミちゃんがここまで恋愛に興味があるなんて。男の話なんて聞いた事ないし、趣味がバイトであるというくらいにバイトに明け暮れていたから、意外でしかない。

 かわいい少年が口説かれそうになるとは微塵も考えていなかったから、待ったをかけるのに出遅れそうになった。


「良いじゃないの。アタシだって色恋沙汰を経験したいし、あわよくば結婚したいし」

「まだ会ったばかりでしょ。アケミちゃんは騙されやすいんだし、よく考えて」

「わかったわよ」

「……ふんふん」


 とりあえずアケミちゃんの口説きを阻止して、安心した。チオくんは特に気にする様子を見せずに、もう一度ご飯を黙って食べ始めた。


「話を変えるけど、気になる事があるわ」

「んー?」


 チオくんが持ってきた大きなリュックサックを見ながら、アケミちゃんは言った。


「これ、何が入ってるの?」

「見ても良いよ」

「それじゃあ遠慮なく」


 暇で暇で仕方ないらしい後輩ちゃんは、少年からの言葉を聞いたらすぐにリュックサックの中身を見た。


「いや、いろいろ入れすぎじゃない……?」

「そうかな」

「えっと、懐中電灯と、寝袋、水筒にお弁当、大きめの布、帽子に……マグカップ?」

「冒険にはいろいろ準備が必要だから」

「これ、よく持てるわね」

「力だけはトリアス州で一番だから!」

「流石に持ち過ぎだと思うけど」


 興味本位で大きなリュックサックをアケミちゃんは持ち上げようとする。しかし、大きな岩を持とうと踏ん張っている時みたいに、荷物はまったく動く気配がない。


「うぐぐぐぐ……」

「予想はできたけど、重いだろうねー……」

「軽い方なのに」


 持ち主の少年は本気で不思議そうにしていた。チオくんの力の強さに、少しだけ恐ろしさを感じた。


◇◇◇◇◇


「お会計は別々で良い?」

「うん」

「アケミちゃんに奢ってもらったりは?」

「しないわよ」

「ボクが払おっか?」

「冗談だからね、気にしないでね」

「まいどありー、また来てね、チオくん」

「うん!」


 お会計を済ましてアケミちゃんと別れて店を出た後、『ディメトロ市』を探索する事にした。


「ここは『ディメトロ市』って所だよ。今のペルム州では一番人が住んでるのかな」

「確かに、さっきより人が多いね。トリアス州程ではないけど」

「超大国テロムでの人口ランキングがワナンド州を抜いて一位になった所と比べたらダメだよ」

「でも、トリアス州のほとんどの人は、昔はペルム州の人だって言ってたよ」

「私も詳しくは知らないけど、ペルムは住みづらくなっちゃったからね。特にペルム州最南の町はやばいらしいし」


 詳しい事を知っているわけではない。しかし、ペルム州はとても住みづらくなっている事実はある。昔はガスマスクがなければ住めない程に酷かったらしいが、今はそこまで悲惨にはなっていない。

 一時は放射線が飛び散っているなどと噂されていたらしいのだが、今では消えている。

 町を見渡してみれば、汚い。それは古びているから連想されるだけで、ひと昔前に建てられたであろうビル、商店、そして地面はただ劣化しているだけ。


「ちなみにチオくんは、ペルム州の市は全部言えるの?」

「えっと、『キノ市』、『トクサ市』、今言ってくれたディメトロ市……くらいだよ」

「まあそうだろうね。私もトリアス州の市を全部覚えているわけじゃないし」

「ペルム州って三十個以上の市があったような気がする」

「南側が主要十七都市って所だよ。まあ、キノ市とトクサ市以外は特に覚えなくても良いんだけどね」


 少し自虐っぽく言った。

 確かにディメトロ市は今ペルム州内での人口は一位であるかもしれない。しかし、キノトク線で繋がれている二つの市の間にあり、利便性が高いからこその一位であるだけで、観光地とか特に目立った所はない。さらに、他の市はそもそも人口減少により人が極端に少なくなっているため、今はほとんど機能していないと言っても過言ではない。

 今のペルム州は、無駄に広いだけの田舎だ。


「トクサ市がペルム州の中で一番面積が広いんだよね。そこはどうなってるの?」

「そこは高級住宅街って感じの所だから、広さの割に昔から人口が少ないんだよ」

「お金持ちが住んでるんだね」

「トクサ市も凄く被害を受けてたらしいけど、『トクサグループ』が頑張って立て直したんだよね」

「トクサグループ!」

「どしたの?」


 チオくんがトクサグループという名を聞いた瞬間にテンションが上がったみたいに声をあげた。トクサグループというのは、ペルム州を拠点に活動する会社であり、トクサ市の名を関する『トクサ家』が、代々男女関係なく社長になっている。


「『トクサグループの失墜と復興』っていうドキュメンタリー映画が今年の冬に公開予定で、ボク達映画製作同好会が凄く楽しみにしてるんだよ!」

「もしかしてさっき言ってたクソ映画っていう雰囲気を感じるの?」

「違うよ。純粋に大手グループのドキュメンタリーが気になるっていう感じ」

「そういう事か」


 早口気味にチオくんが言った。本当に楽しみにしているらしく、少しだけだが興味が湧いてきた。

 それはそれとして、そんな大事な事を今まで言ってくれなかった後輩は、次に会ったときに問い詰めようとも思った。


「トクサグループの衰退とペルム州の衰退は表裏の関係にあるらしいし、気になってるんだ」

「私も気になるな、どうしてペルム州はこんなになっちゃったのか」

「一緒に行こうね!」

「そのときはまた誘ってね」


 映画を一緒に見るという約束を取り付けながら、意味もなく市内を歩き回っていた。


◇◇◇◇◇


 気づけば、駅から大分遠くまで来ていた。


「ここはどこなの?」


 チオくん質問をしてきた。連れて来た場所は、自然豊かな広めの公園だった。遊んでいる人はおらず、私とチオくんの二人しかいない。

 さっきまでの錆付いた都市とは真逆で、森みたいに木が茂っていて、涼しい感じ。都市が特別暑いわけではなかったけれど、ここは落ち着く。


「ここはね、凄く大切な場所なんだ」

「どうして?」


 公園内にあったベンチに腰をかけながら、目を閉じる。隣にはチオくんが座った。

 懐かしい思い出が蘇ってきて、自分でもわかるくらいに柔らかい笑みが漏れた。


「……懐かしいなー、ここで虫さんを捕まえたりネズミを追いかけて、よく遊んだっけ」

「虫?」

「うん。ペルム州の北側って結構自然が破壊されちゃってたらしくて、自然を感じるなら南に行くしかないって感じだったらしいんだ。でもね、ここはさ、主要十七市の中では自然が意図的に残されてきたんだって、ディメトロ市って名前になる遥か前、人間が高度な文明を築き始めたときから、ここの自然を残していたんだって」

「周りは草一つ無かったのに?」

「うん。だから、ここにいる植物や動物達は、本当にここにしかいないんだよ」

「そうなんだね」


 目を開けて少し下を見てみると、アリが行列を作っていた。


「ここは、そのままなんだって。ここだけは、誰かが守ってるって、みんなそう言ってる」

「誰が守ってるんだろう」

「さあね。多分、だれかがここを守るために、何らかしらの力を使ったってのは、なんとなくだけど感じられるよ」

「結界みたいな?」

「それだと誰も入れなくない?」


 疑問の口に出す少年に反応しながら、この公園について少し考えてみた。

 誰かが大切にしたいと、その願いがあったのかもしれない。ここの公園は、名前こそ決まっていないが、誰かの力で守られており、ペルム州を衰退させるような事件が起こっても残り続けた。また、自然破壊が普通であったペルム州の北側でも残り続けてきた。

 強い思い入れが、この公園に残っている。


「今はキノ市の『ディキノ町』に住んでるけど、昔はここの近くに住んでたな」

「引っ越したの?」

「うん。親は中央テロム州に移住したけど」

「マキノは残ったんだね」

「引っ越しを提案されたのが中学三年生のときだったし、ずっとここに住んでたからね」

「新しい世界を見てみたいって思わないの?」


 悪意のない少年の言葉に、ほんの少しだけ、心が痛む。


「……新しい世界に行こうって言った先輩は……」

「?」

「……あの子達と行けるのなら、それでも良いかもね」


 アケミちゃんを含む生徒四人と先生一人の顔を思い浮かんだ。新しい世界へ飛び出す勇気はあまりないが、仲間達と共に旅する事は、悪い気分にはならないかもしれない。


「ならさ、トリアス総合学園に遊びに来て! いろいろな物があって楽しいよ!」

「うーん、空飛ぶ車はなー……」

「面白いのに」

「それに、チオくんの前だと私の実力が発揮できないし……」


 チオくんが曇りなき眼(まなこ)で自身の学園へ誘ってきた。だが、躊躇してしまう。

 恋愛沙汰に興味があまり無いと勝手に思っていたアケミちゃんでさえあれだったのに、他の三人と先生が食いつかないわけがない。今現在のペルム高等学校に男子生徒がいないのもあるが、先生はともかく普段私に振り回されている生徒達が好機だと受け取って、こぞってからかってくるに決まっている。なんなら、チオくんに色目を使って誘惑しようなんて企む可能性だってある。


『ねぇ、彼氏になってよ』

『私の婚約者になってくれませんかー?』

『す、好きです、付き合ってください……!』

『かわいい男の子を食べるのが私(わたくし)の夢だよ!』


 不思議と、アケミちゃん以外の生徒達と先生の声が聞こえた。そして、彼女らには絶対にこの少年を会わせないと、強い決意を固めた。


「実力が発揮できないのはよくわからないけど、皆で来るのが嫌なら、一人で来る?」

「それはそれでちょっと不安だなー」

「ボクがついてるからさ」

「……」


 真っ直ぐな瞳と純粋な言葉、そして柔らかい表情に、眩しさを感じた。


◇◇◇◇◇


「そろそろ帰らないと、鉄道がなくなっちゃう」

「今日は楽しかったよ、ありがとう」

「それ程でもないよ」


 公園を出てからもディトロメ市を冒険していた。

 中心部を外れると、ほとんど廃墟になる。人が住んでいる形跡が極端に少なくなり、取り壊されずに放置されている家やアパート、自動ドアが開かないスーパーマーケット。私とチオくん以外の人類は存在していない、そう言われても納得できる程だ。


「今の時間帯なら特急があるからそっちに乗ろっか。特別快速より早く帰れるし」

「はーい」


 ただ私がよく知っている市を回っただけなのに、とても疲れたような気がする。いつもぐうたらに生活している私にとっては、こういうちょっとした散歩でも大冒険みたいになってしまうのである。

 先程の公園にも、行ったのは小学六年生以来である。ディメトロ市には中学三年生まで住んでいたが、中学校が高校と同じキノ市のディキノ町にあったり、高校生になるまではスラム街で危険な遊びや喧嘩ばっかりやっていたりしていたので、行く機会がなかった。


「……ふわぁ」

「どうしたの?」

「疲れちゃってね」


 気が抜けて、無防備にあくびをしてしまった。


「帰ったらゆっくり休もっかな」

「眠かったら寝て良いって、コウも言ってたし」

「その子、絶対に授業中に寝てるでしょ」

「いつも怒られてるよ」

「だろうね……」


 チオくんと会話しながら、ゆっくりと駅に向かっていく。私の歩くペースに合わせたのか、隣の少年も少しゆったりと歩き始めた。


「そういえば、さっきの、アケミ?も一緒に帰ったりするの?」

「アケミちゃんはここに住んでるんだよ。学校の近くに住んでるのは私くらいじゃないかな」

「寮とかは?」

「今は閉鎖されちゃってるんだよね」

「どうして?」

「今にも崩壊しそうなのもそうだけど、どこの誰も撤去作業とか改築とかしないからね」

「……」


 私が言った事に対して何か思う事があるらしいチオくんが俯いた。表情は真顔であるが、ちょっぴりだけ寂しそうにしている。


「何か変な事言っちゃった?」

「……何でもないよ」


 しかし、質問をするとチオくんはこちらを向いて笑顔になった。


「……うん」

「……」


 いつの間にか私は、寂しそうにしている少年の手を握っていた。


 そうしてしばらく無言で歩いていたら、無事に駅に着いた。


「こっちだよね」

「そうだよー」


 チオくんが指を差して示した方向に、導かれるように進む。

 三十一番線と三十二番線が止まるキノトク線特別快速のホーム。特急の鉄道は『南トクサ駅』が始発駅であるので、まだ鉄道は来ていなかった。


「『南トクサ行』の鉄道に乗るんだよね」

「逆だね」

「『ペルム中央』の方だったね」


 特急の鉄道は、一つのホームを介して、『南トクサ行』と『ペルム中央行』が分かれている。


「鉄道が来たよ」

「丁度いい所に来たねー」


 ホームに来たら、丁度『南トクサ行』の特急が来た。その鉄道に、何も考えずに乗り込む。

 先頭車両であるのだが、行きとは違って人が結構いた。座れはするのだが、席は一組しか空いていない。


「ふわぁ……眠くなってきちゃった」

「あれ、この鉄道、『南トクサ行』だよ」


 チオくんがそう言った瞬間にドアが閉まった。


「あ、間違えちゃった」


 失った思考を取り戻して、率直に呟いた。

 何も考えずにいたら、ミスをしてしまった。まあ、焦っても仕方ないので、冷静に考えをまとめて、行動を決定しよう。


「ど、どうしよう……」

「まあ待ち時間が増えちゃうけど、待つしかないね。次の駅で降りてね」

「く、来るの?」


 チオくんはオロオロとしたようにドアの外を見ている。とても焦っているようで、冷や汗をかいている。そんなに焦る事はないのに、かわいい子だ。


「大丈夫、乗れるから」

「す、凄く冷静だね……」

「何度もやらかした事あるから、普通に終点で過ごした事もあるし」

「うぅ、知りたくなかったかも……」


 安心させるように笑顔で言ったが、逆に不安がらせてしまったらしい。


「ふふふ、人間ってのはね、ミスをする事で成長していくんだよ」

「何度もミスしてるって……」

「大丈夫、ミスしたのは今年の春くらいだから」

「結構最近……というかこれもミスじゃ……?」


 エッヘンと胸を右手を丸めて胸を一回叩きながら言うが、チオくんの不安は消えていない様子。

 人類というのは失敗をする事によって成長するものである。確かに何度もミスを犯してきたし、今日も鉄道を間違えてしまったけれど、問題はない。


「席空いてるし、座ろう」

「ね、寝たらまずいから……」

「大丈夫だって、次の駅まで三十分くらいあるから」

「ね、寝ないでね?」

「私にお任せあれ」


 チオくんを誘って、二人で席に座る。


「えへへ……」

「……」


 隣の少年にくっついてみた。少し顔が熱くなってしまったが、心地よかった。


◇◇◇◇◇


「……うん」

「寝ないようにって言ったのに、寝ちゃってごめんなさい……」


 申し訳なさそうにこちらを向いて、少年が謝ってくる。

 田舎には似つかない無駄に大きな『南トクサ』駅で、チオくんと一緒に立ち尽くしていた。


「大丈夫、チオくんは悪くないよ」

「でも……」

「どちらかと言うと私が悪いんだよね……」


 涙ぐんだチオくんの目を見て、罪悪感が湧いてくる。

 本当に申し訳ない。少年にくっついていたら心地よさ過ぎて眠ってしまっていた。これは流石に怒られてしまっても仕方ない。


「トウコちゃんに頼って……いや、チオくんを渡すわけにはいかないし……」

「?」

「あー、ごめん。とりあえずホテルを探してみるね。まあ、ここは『セイムリア市』っていうド田舎の市に隣接してるから、あんまり発展してないんだけど」


 自分の後輩の一人を思い出して、すぐに顔を横に振って忘れる。

 とりあえず自分のスマホを取り出し、周辺のホテルを検索した。出てきた情報は、『トクサ中央』駅の周辺に位置するものだけだった。


「うげ、トクサ中央駅に行かないとないじゃん……」


 そうやって思わず呟いてしまう程、余裕がない。

 絶望的な状況に、心が痛んできた。自分一人だけだったら別に大した事ではないし、後輩か先生だったら特に心は痛まなかったのだろう。しかし、他の州の、しかも男の子を巻き込んでしまったために、心臓がズキズキする。


「本当にごめんなさい……」


 チオくんは申し訳なさそうな顔をしながら、頭を下げた。声は少しだけであるが震えており、とにかく謝るしかないと言った感じだ。

 もちろん、鉄道はもう走っていない。空は真っ黒に染め上げられていて、良い子はもう寝る時間。


「マキノが古代人のおじさんだって頭から抜けてたから……」

「おじさんを擦るのはやめてねー、あと私は古代人じゃないからねー」

「……」

「……うん。チオくんの言う通り、立ってた方が良かったね。私のミスだ、これ」

「うぅ……」

「だからさ、頭を上げて。私が悪いからさ、本当にごめんね」


 チオくんを励ますように謝る。


「……これからどうしよっか」

「ボク一人なら夜の大冒険に行ってたのに……」

「それ良いね、私も連れてってよ」

「でも、マキノに迷惑になりそうで……」

「一緒に冒険しようって言ったでしょ?」

「……うん」


 幼い男の子みたいなチオくんの言った夜の大冒険という響きに、ほんの少しだけ、懐かしさを覚えた。


◇◇◇◇◇


「真っ暗だね、夜のディキノ町もここまで暗くないのに」

「……ちょっと怖いかも」


 駅から出て、周りを見渡した。目立った光源がないので、とても暗い。


「はぐれないように手を繋いでおいた方が良いね」

「あ、ありがとう」


 チオくん暗闇を怖がっているらしいので、そっと手を差し出すと、自分の手を取ってくれる。その後、少年が安心したように深呼吸をし、感謝の言葉を述べてくる。

 男の子の感触を感じて、本当に本当のほんのちょっぴりの少しだけ、心地よくて、ずっと繋いでいたいだなんて、そんな事を感じちゃったりして。


「なーんか、かわいいなー……」

「どうしたの?」

「うへへ、おじさんもショタコンにされちゃうかもなー」

「えっと……?」

「あー、何でもないよ」


 言葉の意味を知らない少年に、お茶を濁した。

 無知な少年に変な事を吹き込むのは憚られる。私のせいで汚れていくだなんて……なんとも素晴らしい事だ。そんな邪念は吹き飛ばしておこう。


「古代人だけが使ってる方言なの?」

「それ、まだ諦めてなかったんだね……」

「いけると思ったのに」

「早く諦めてほしいな」


 隙あれば古代人に仕立て上げようとしてくる少年を窘(たしな)めつつ、ワイシャツの胸ポケットからスマホを取り出してライト機能を使い、暗い道を照らす。

 朧気に、周りの草木が見えてくる。


「懐中電灯ならボク持ってるよ」

「そういえばそうだったね」


 そう言うと、チオくんは一度止まり、繋がっていた手を一度放して、大きなリュックサックを下ろす。そして、懐中電灯を取り出して、スイッチを入れた。

 凄まじい光量だ。スマホのライト機能がカスだと感じられるくらいで、一瞬眩暈がした。


「おお、凄い光だね」

「コウが最新型を買ってきて、ハジメとアミ先輩に怒られたやつだよ」

「高いとか?」

「一万くらい?」

「懐中電灯にしては高いね……」


 何ともないように言うチオくんの言葉に驚く。

 値段が高いのが関係あるのかは定かじゃないけど、先程まで暗かった道が、結構奥の方まで見えるようになっている。


「これで少しは怖くなくなったね」

「でも手は繋いでおこうね」

「うん!」


 リュックサックを背負い直したチオくんは、私が差し出すのを待たずに左手を掴んでくる。

 ちょっぴりだけ、気のせいかもしれないけど、さっきよりも握りが強い気がした。


◇◇◇◇◇


「ここら辺、広い草原なんだね」

「草原は北側にしかないと思ってたんだけどなー」


 駅から結構歩いて、木があまりなくて代わりに草が生い茂っている所に来た。

 ここまで歩いてきた道は、あまりそれとは言えなかった。手入れのされていない森であり、月の灯りでさえも届かないので、チオくんが持ってきた懐中電灯がなかったら周りがよく見えなくて苦労していただろう。

 しかし、ここは草原であり、月の灯りが照らされていて、結構明るい。


「ここなら怖くないかも」

「そうだね」


 そう言った矢先、懐中電灯の灯りに結構大きいガが寄ってきた。


「ヒッ……チョウ……?」


 ガから逃げるように、チオくんは灯りを消した。


「いや、流石にガでしょ。イメージ的には、チョウは昼行性で、ガは夜行性かな」

「虫、あんまり好きじゃない」

「触れないの?」

「何を考えてるのかわからなくて……」


 自分より小さいモノを怖がる男の子に、ちょっとだけ危ない事を考える。

 それは置いといて、月灯りがあるとはいえ、光量が少なくなってしまったので、体感的に部屋の灯りを常夜灯にしたくらいに少しだけ暗くなった。


「そこまで怖がらなくても大丈夫だよ。私に任せなさい」

「……気持ち悪いよ」

「男の子なのに?」

「うん」

「素直だね」


 恥ずかしげもなくチオくんは頷いてくる。

 「ついにチオくんを振り回せる!」だなんて心の中で思ったのに、素直すぎる男の子め。せっかくのチャンスはセミみたいに儚くて、私の癖はアリみたいに散っていく。

 この男の子、もしかしたら女子である私よりもかわいいのかもしれない。背が低い、虫とか暗闇が苦手、純粋、などなど、私とは正反対の特徴を持っていて、とにかくかわいい。

 絶対にこの子を振り回す事ができないと悟った。


「マキノは大丈夫なんだね」

「女の子だけど凄いでしょー」

「ボクの周りだと女の子の方が虫大丈夫な人が多いかも」

「それは凄いね。まあ、私の学校で虫が苦手なの、先生だけなんだけど」

「ボクの同好会は、コウとハジメはダメで、アキヒは大丈夫だよ」

「新しい人が出てきたなー」


 知らない人の名前がさらに出てきて、チオくんの交友関係が気になってきた。

 今まで出てきた人といえばアミ、コウ、ハジメ、そしてアキヒだったはずだ。その内のアミという人は重度のショタコンであるという情報があったはずで、とても印象に残っている。

 人の名前を覚える事が得意な私だけど、さらっと言われた人の名前まで覚えられるとは、我ながら驚きだ。


「来てくれたら紹介するよ」

「まあ、気が向いたらね……私の事を古代人として紹介しないでね?」

「むぅ」

「危なかった」


 注意すると、少年はプクっと頬を膨らませた。

 危ない危ない。このままではトリアス州の、チオくんの友達や先輩に私が古代人であると広まるところであったので、本気で安堵した。


「……あれ、何だろう」


 ふと、チオくんがそう呟き、そして、その部分を指さす。

 釣られて私もそこを見る。そこには、月灯りが特に強く差し込まれていた。円状に、おそらく半径一メートルくらいで、そこだけ輝いている。


「……綺麗だなぁ」


 ほぼ無意識的に呟いた。そこには超越的な何かが感じられて、誘い込まれている気がした。


「入ってみよう」

「いいよ」


 導かれるように、その円に入る。疑問は抱かなかった。


「……暖かいね」


 そう呟くと、手を繋いでいる少年は無言で頷く。やはりここには、人知を超えた何かを感じる。それが原因だからなのか、動きたいっていう衝動が湧いてこない。

 時間としては一分、体感としてはそれ以上の時間が経過した。ここにいるだけで心地よい。


「……なんだか、意識が、遠のいて……?」

「……」


 私は、いつの間にか意識を失っていた。


◇◇◇◇◇


「……?」


 目を覚ますと、先程の草原とは別の場所にいた。

 どこかの古びた建物内にいるようであるが、天井が吹き抜けになっており、月灯りが差し込んでいる。


「……あれ、チオくんは?」


 手を繋いでいたはずの少年が、いなくなっていた。

 周りを見渡してみても、誰もいない。代わりに、一つの道がある。


「おーい! チオくん!」


 普段は出さないような大きい声を出す。しかし、返事はない。

 もしかしたらあの道に先へ行ったのかもしれない。


「……あの道、天井があって光源がないのに、妙に明るいな」


 一つしかない道は、妙に明るい。

 光源はなく、天井はしっかりあって、さらに狭くて窮屈しそう。そんな道がなぜか明るいので、不気味だ。壁、床、天井はともに土が固められているようであり、どこか地下空間である事を感じさせられる。


「……行ってみようかな」


 その道にいるのかもしれない、だから探してみよう、そう思って、そこを通る事にした。

現実に存在している新幹線は十五年くらいで入れ替えるらしい。つまり、超高速鉄道は大変危険な状態って事。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。