好奇心旺盛な少年とめんどくさがりな少女
別視点
「では、行ってきます!」
夏休み初日、グレーのパーカーを着て、旅に出る。
トリアス総合学園の校門前、朝の五時、まだ日が昇りきっていなくて、人も寝静まっている頃合い。
大きな声を出して、挨拶をする。
「いってらっしゃい」
「準備は万端だね」
「気を付けてね、チオくん」
「うん!」
ボクの所属しているサークルの三人が、返してくれた。
サークル長であるムカイアキヒ、そして双子の兄弟であるホシヤコウとホシヤハジメ、それぞれ出迎えの仕方は違うけど、三人とも笑顔で送り迎えをしてくれる。これだけのためにわざわざ朝早くに起きて、夏休みなのに学園に集合している。
大きなリュックサックを背負い、冒険へと出発する。大きい荷物の中には、冒険に必要だと言われた物をたくさん入れていて、準備は万端。
「楽しみだなぁ」
何が起こるのかわからない、そんなワクワク感を覚えながら、駅に向かって歩く。行先は、超大国テロムの州で一番大きいペルム州だ。
イチノセアミ先輩という人から聞いた話だと、全盛期のペルム州はトリアス州から簡単に行けたらしい。鉄道も昼間には一時間に十本は来ていて、行こうと思ったら簡単に行けたとの事。だけど、ペルム州内で起きたとある事件により、衰退を余儀なくされて、トリアス州とペルム州を繋ぐ鉄道も、朝と夕方の二本だけになったんだって。
そんな衰退してしまったペルム州に向かうために、朝早くに寮を出発する必要があった。
「えっと、遅れないように、鉄道を間違えないように」
呟きを繰り返す。鉄道を間違えてしまったら、せっかくの早起きが無駄になってしまうから。
「……どんな所なんだろ」
見たことのない地への冒険は、ボクの心に希望と不安の感情を与えてくれた。
◇◇◇◇◇
「着いた!」
鉄道を乗り継いで、『ペルム中央』駅に来た。とても広い駅で、ざっと見ても五十番線以上はある。だけど、ほとんどのホームは使われている気配がなくて、広さとは裏腹に、駅は閑散としてるから、少しだけ不気味。
「ここを降りてっと」
鉄道から降りた後、駅を見渡して出口を探す。砂漠くらいに広い駅だから、出口を探すのも一苦労だ。
「ここは三十六番線だから……あっち?」
とりあえず、一番線のホームを目指す。トリアス州のモノレールがそうであるように、一番線のホームの近くに出口があるはず。
指を差しながら、目的地を見つけようと努力するのみ。
「……あった!」
案外出口はすぐに見つかった。三十番出口だ。
「ここから、本格的な冒険が始まる……!」
カミが降臨して自分の願いを叶えてくれると言ったくらいにワクワクした気持ちで、出口から出る。
出口から出て初めて見たものは、誰もいない街だった。
「人がいない……古代都市みたいだなぁ……」
無駄に大きいと思わせる程の大きな都市。人がポツポツとまばらにいるのが不気味で、大きな期待を抱く。
しばらく古代都市のような街を歩いていた。閉店したであろうショッピングモールや飲食店、ほとんど誰も住んでいないであろうマンションや一軒家、既に意味を成していない会社のビルなど、建物の残骸が数多く残されていた。
放置された公園や噴水も残っていて、仮にも大きすぎる程の駅の近くにある都市とは到底思えない。
「もしかしたら、本当に古代都市なのかも」
期待を込めて、思わず呟いた。
本当に古代都市だったら、絶対に楽しい。もしかしたら古代人がいるのかもしれない。いてくれたら、ボクは絶対シンに祈りを捧げる。
しばらく、遺跡のような場所を黙々と歩き続けた。
「……あそこ、凄く大きな門がある」
歩き続けていたら、とある建物が並ぶ場所に来た。周りは塀みたいな物で囲われていて、学校の正門みたいな所の横の看板に『ペルム高等学校』って書いてある。
高等学校ってなんだろう。学園みたいな物なのかな。
「入ってみよう」
大きな門を自力で開けて、中に入る。
「あそこの建物、気になるな」
目についた建物は、他と比べて小さかった。それが逆に目立っていたのと、門から近い所にあったから、そこの建物に入ろうと、歩みを進めた。
◇◇◇◇◇
「……誰か入ってきた?」
何者かの気配がして、目が覚める。長らく切っていない自分の赤く長い髪をどけて、立ち上がる。
ペルム高等学校の一室、もう使われなくなってしまった教室の机で、今まで突っ伏しながら寝ていた。首が痛くてもげそう。
「……今は、私以外誰もいないはず……様子を見に行こう」
警戒をしながら、教室の外を出る。
この学校はほぼ廃校状態で、なぜ終わっていないのか誰にも理解できていない状態だ。一応、私自身を含めて生徒が五人、先生が一人いる。今は夏休みという事にしているので、ここには本当に誰もいない。
それなのに、足音が聞こえてきた。
「……杞憂だと良いけど」
一抹の不安を抱きながら、辺りを見渡す。
夏休みにも何日かは集合をかけているので、来る人はいる。しかし、今日はその日ではない。来る旨の連絡を聞いていないから、緊張感が湧いてくる。
一応、制服のミニスカートの内側に隠してある拳銃を取り出せるようにはしておこう。警戒するに越した事はないはず。
「学校みたいだなぁ……」
「いや誰!?」
足音がした方向には、少年がいた。それを見て、思わず大きな声で叫んでしまった。
グレーのパーカーを着ていて、青く短い髪を持っている男の子の後ろ姿が見える。この学校は、生徒も先生も全て女の子なので、男の子がいるのはおかしい。
「?」
少年が素早くこちらを振り向いた。
まずい、警戒心が足りなかった。少年の身長が私よりも低くて、無意識に見下していたみたいだ。
そして、少年と目が合ってしまった。身を隠そうにももう遅い。
「えっと……」
「もしかして、古代人の生き残り!?」
「んん?」
少年が興奮した様子でこちらに駆け寄って来る。背中には少年よりも一回り大きいリュックサックがあり、本棚くらいには重そう。それを気にしない様子の少年が言った古代人ってなんだ。
「ボク、古代人と会ってみたかったんだ! 握手して!」
「えぇと……?」
どうやら古代人というものは私の事らしい、握手を求められいる。これで困惑しない人は自認古代人かおバカさんの二択に絞れる。
別に私は古代人だと自認しているわけではないのに、この男の子はどこを見てそう思ったのだろう。どう見ても現代人だし、というか古代人の生き残りというものを直感的に理解できない。
手を差し出されたけど、和気藹々と握手をする雰囲気は微塵もない。
「あ、先に自己紹介だよね。ボクの名前はワニカワチオだよ。苗字は鰐に川って書いて鰐川で、名前は千に英雄の雄で千雄」
初対面なのに敬語を使わない無礼な少年は、距離を詰めて自分自身の名を名乗った。
まるで純粋な男の子みたいにキラキラした目で見つめられて、ほんの少しだけ愛くるしさを覚えてしまう。それは一旦置いといて、まずは冷静になって、言葉を発していく。
「あー、ごめんね。私は、古代人じゃないんだよ」
「でも、ここは凄く古代遺跡っぽいよ」
「いや、失礼だね君」
素直にそう言われて、ほんの少しだけ憤った。
なんだこの少年は、大切な学校を古びた廃墟っぽく言いやがって。この子から悪意を感じられないからまだ許せる。いいや、こんなに可愛い男の子じゃなかったら手が出ていたぞ。
とりあえず、愛想笑いをしてお茶を濁す。
「ここはまだ廃校になってない高校で、私は古代人じゃないの」
「でも、制服とかが映画に出てくる古代人みたいだよ」
「何を言っているんだい?」
小さい子どもの認識を訂正するように、優しく少年に言う。
まさか制服までもバカにされるとは――いや、こんなにも目をキラキラさせて小鳥のように可愛らしく言っているのなら、多分褒め言葉のつもりなのだろう。本気で古代人の事をカッコいいと思っていそうだ。
しかし、この子のためにも事実をしっかりと認識させてあげないと。
「……違うの?」
丁寧に説明したからか、少年が悲しそうにこちらを見ながら訊いてくる。
「うん、違うよ」
「……早とちりしてごめんなさい」
否定をすると、少年の目からキラキラが失われた。そして、ペコリとこちらにお辞儀をした後、寂しそうに私に背を向けて、昇降口がある方向へ、トボトボと歩いて行く。
「……すごい寂しそうにするね」
そんな様子を見て、言いようのない罪悪感を覚えた。悪いのはどう考えても思い込みで勘違いをした少年であるのに、私は後悔をしている。
「……チオくん、だっけ?」
「……?」
見ていられなくて、声をかけた。脳裏では、自分の四人の後輩と、一人の先生の叱責が聞こえる。
確かに悪いのは少年だが、あの子達は悪ふざけで少年の味方をする、そう確信できる程に、彼女達は悪戯好きであるのだ。
「私は、ウスキマキノって言うんだ。苗字は臼歯の臼に木で臼木、名前は植物の槙に野原の野で槙野だよ」
「……」
「えっと、君は冒険をしてるのかな?」
「……うん、今は冒険中だよ」
チオと名乗った少年に倣って、私も漢字を教えながら名乗る。シュンとしてしまっている男の子は、静かに答えていた。
「私、ここの事はよく知ってるからさ、一緒に冒険しない?」
「い、良いの?」
「うん、ここに不法侵入した事もなかった事にしてあげるからさ」
「……ありがとう、マキノ!」
私の提案に、先程まで寂しそうにしていた少年の表情が明るくなってくれた。
この、チオくんっていう男の子、凄くかわいい。抱きしめたら心地よさそうだし、既にバラ園の匂いがしてる。
「その代わりなんだけどさ……」
「え、えーと……?」
私の問いかけに、チオくんが困惑したように小首を傾げた。
不法侵入をしてきたのは相手の方だ。つまり、私のあふれ出る願望を実行しても構わない。この静かな学校の廊下で頼む事といえば、一つだけだ。
「ちょっと抱きしめさせてくれない?」
「それくらいなら良いよ」
「それじゃ、ちょーっと失礼するよ」
明らかな不審者発言に対して、何も警戒をしない無防備な少年はてくてくと近づいてくる。
特に思考を巡らせずに、チオくんを抱きしめた。良い匂いが私を包み込んでくる。久しぶりに男の子を抱きしめたので、欲情してしまう。
悪いのはこの子、私は何も悪くない。
「……これ以上は戻ってこれなくなりそうだからやめとこう」
若干息が荒くなりかけた所で、解放する。
「これで、一緒に来てくれるんだよね?」
「もちろんだよ」
「それじゃ、出発進行だよ!」
私の言葉を聞いて、喜びを示すように手を差し出した男の子に、少しだけ懐かしさを覚えた。その手を取ると、引っ張られる。
こうして、少年との冒険が始まった。
次は三日後の予定




