盗まれた噂
別視点
「今回も処理、ですか?」
上官から呼び出されて、私はとある廃部屋に来ていた。
極秘特殊部隊『オオカミ小隊』のリーダーである自分が、中央テロム州の外れにある廃村のように人がいない所に呼び出された。これは、任務が入る合図である。
目隠しのための白いバンダナをしっかりと付けて、上官の話を聞く。視界は白く覆われているが、相手の姿は見えている。
「オオカミ小隊の君達に任せたいのだが、良いかね?」
「それは別に良いのですが……」
抹殺対象の紙資料が、上官から渡される。そのたきに、少し不満気に言ってみた。
超大国テロムにおいて、特殊部隊というのは極秘の存在だ。なぜ結成されたかというと、テロム超大陸で発生した、史上最悪とも呼ばれる三大事件を未然に防ぐためである。超大国の結成前、テロムというのはいくつかの国に分かれていた。いわば緊急事態に派遣されるような特殊部隊なのだ。
その多くの任務は、バレないように対象を処理する事であった。
「何か不満があるのかね?」
上官は、意味あり気にそう言った。
「……いえ、何でもありません」
「当然だ」
毅然とした態度の上官に、臭い虫が飛んできたような気分になる。
「話を戻そう。そいつは超大国テロムの機密情報を盗みだした。これは、由々しき事態だ」
「機密情報が、ですか」
上官が言った事実に、呆れた。機密情報くらい守り切ってくれと、心の中で毒づく。
始末対象が増えるような失態はしないでほしいのだが、我慢する。
「どこから漏れたのか、わからないのだ。だが、盗んだ者の正体はわかる。そいつは、我々に脅しをかけてきた」
「どのような内容ですか?」
「機密情報を流通させられたくなかったら、超大国テロムを廃止し、それぞれの州を独立した国にしろという事だ」
目的が不明である、第一に考えた事はそれだ。
テロムが超大国になったのは八百年程前。内戦などがあったりしたらしいが、独立を許さず、今日まで維持してきている。
なぜ国を解体しようと言うのか、反テロム派の人なのか、はたまた別の理由なのか、わからない。
「彼はテロム州で最近有名な『カーボン』という製造業者の一員だ。それが、一線を越えてきた」
「その方を秘密裏に処理しろ、と?」
「失敗は許されない、頼むぞ」
処理する、要するに、殺すと言う事だ。
国にとって都合の悪い奴らは全員排除する、それが特殊部隊の任務の大半だ。始末をしなくても良い任務もあるが、それは少数である。
「……仰せのままに」
「では、頼むぞ」
敬礼をして、部屋を後にする。
「……もしあの情報が出回ったら、きっとテロムは混乱に陥る。だから、失敗は許されない」
部屋から出る瞬間、上官はそう呟いていた。
◇◇◇◇◇
「……大丈夫そうですね」
私は、飛行機に乗っていた。自分が所属するオオカミ小隊の拠点である『エディアカラ諸島』という所に行くためだ。そこに行く人はあまり少ないため、今回の乗客は私が一人だけである。
クルーが近くにいない事を確認して、目隠しを外す。そして、紙資料を見返した。
「……やっぱり、嫌な顔をしていますね」
今回始末する対象の全身が写った写真、それを最初に見たときに、直感的にそう思った。
名前は明日炉鰭浦、読みはアスロヒレウラで、身長が三百十六センチだ。顔はまるでヤスデのようで一対の触覚があり、背中からは羽のような物が生えている。別に私は虫が嫌いなわけではないのだが、人間みたいな奴が虫の顔をしているのが、気持ち悪い。
職業は製造業者らしい。
「……本当に羽という感じですね。翅なら、もう少し不気味さを軽減できた気が……いえ、さらに不気味になるだけですね」
このアスロヒレウラの写真では、黒く鱗のような服を着ていた。
詐欺師、そのような風貌である。
「……株式会社『カーボン』……ですか」
三人組であるカーボンのうちの一人、アスロヒレウラはテロム州とアカント州で主に活動しているようだ。
「……そろそろ着きますね」
資料を読むのをやめ、目隠しを元に戻すと、視界が白で覆われた。この状態でも相手の事は見えるし、文字も認識できる。しかし、写真を認識する事ができない。だから、写真を見るには目隠しを外す必要がある。
脳裏に、始末対象の気持ち悪い姿が焼き付いていた。
◇◇◇◇◇
「どうせここにいるでしょうから、文通はしてきませんでしたが……」
いつもメンバーたちにしている文通を、今回はしてこなかった。
余談だが、私はスマートフォンという最新鋭の物はおろか、携帯電話すら持っていない。理由は、ぼっちだからだ。寂しい事に、私は友達がいない。まあ、オオカミ小隊のメンバー三人の事を友達としてカウントして良いのなら三人いる。いや、連絡先を交換したいと言われた事がないので、多分ないだろう。うん、寂しい。
それとは別に、オオカミ小隊を含む特殊部隊はアナログな手法でしか連絡を取っていけないという謎ルールがある。
つまり、私にスマートフォンは必要ない。そのため、小隊を招集して実際に集まるのには文通が必須となり、本来ならタイムラグが発生する。
「……いくらハッキングが怖いとはいえ、流石にデジタル化をした方が良いとは思います。私が持っていてもアレですが」
上官へ毒づきながら、拠点へと向かうためのフェリー乗り場へ着いた。
オオカミ小隊の拠点は、『ルミナ島』という所にある。簡単に言えば、『ソニア列島』という島群の一つだ。そこにはフェリーでしか行けない。
エディアカラ諸島は四つの列島に分かれている。空港はチル列島の、エディアカラ諸島の中で二番目に大きいチル島にのみ存在する。これはオオカミ小隊の他三人の要望であり、正直なところ、少しだけうんざりしている。
「なんでこんな移動がめんどくさい所に拠点なんて……」
「悪かったな、ドール」
「え?」
拠点の位置について毒を吐いたら、少し不満そうに自分のコードネームを呼ぶ声が後ろからした。振り向いてみると、薄い橙色の肌の女性がいた。
「んで、お前が来たって事は、きっと任務が来たって事だろ?」
「……ジャッカル?」
「よっ」
自分の呼びかけに対して、相手の女性は快活に返事をした。
ジャッカル、それが今会った女性のコードネームである。上官には特殊部隊の仲間に本名を教えてはいけないという事を聞かされている。だから、自分もジャッカルも、お互いの本名を知らない。
「……また、クワガタ採集ですか?」
「当たり前だろ。お前も一緒に採集するか?」
「……前向きに検討します」
「ウルフもコヨーテも一緒なのに……」
「あなた達、一応特殊部隊ですよね?」
趣味に奔走するメンバー達に、頭を抱える。
オオカミ小隊の拠点がこのエディアカラ諸島にある理由、それは私以外のメンバー達の趣味が虫採集だからだ。ここにいるジャッカルも、残りメンバー二人のウルフ、コヨーテも、虫採集をしては飼育をしている。エディアカラ諸島というのは超大陸テロムから遠く離れている海洋島であるため、独自の生態系が構成されている、とジャッカルから聞いた。
オオカミ小隊は、同年代のメンバーで構成されていると上官が言っていた。私は二十歳であり、三人のメンバーもそのくらいであるのだろう。だから、好きな事をしたいという気持ちがあるはずだ。ここに拠点を置いて滞在しているくらいなので猶更だ。
しかし、本当に特殊部隊である自覚があるのだろうか。私はいつでも任務を受けるためにテロム州に滞在しているので、三人にも気を引き締めてほしい。
「装備の点検とか、整備はしっかりやってるし、良いだろ」
「緊急招集が掛かっても私しか集まれないのですが」
「まあ、ドールはリーダーだし?」
「……たまには構ってください」
「うーん、考えとく」
私の問いに対しお茶を濁すように言ったジャッカルの表情には困惑の色が含まれていた。
特殊部隊の自覚を持ってほしい、それは建前だ。本当は構ってほしい。一緒に住みたい、友達になりたい、ただそれだけ。特殊部隊でそのような感情は不要などと言われているけれど、これに至っては無視したい。
いつか、本名を知るときが来れば良い、それが私の願望である。
「ウルフは拠点にいると思うけど、コヨーテはイリンギア西島にいるから」
「例のイリンギアにしかいないヒメマルカツオブシムシですか?」
「いらない衣服を持って来てるし、飼うつもりっぽい」
「……まあ、夜には戻ってくるでしょう。そこで、任務について話します」
「文通した?」
「……いえ」
「まったく、そんなに不満そうにするなって、今回の任務が終わったら構ってやるから」
「約束です」
「はいはい」
笑いながら、ジャッカルは返事をした
ジャッカル、肌が薄い橙色で、茶色でキレイな短い髪を持っている女性は、私より少し背が高い。さらに、瞳の色が黒いのである。自分の肌と髪は両方とも真っ白であり、少し羨ましい。特に、瞳の方は――
拠点に行くためのフェリーに乗り込みながら、ジャッカルといろいろな会話をしていた。
◇◇◇◇◇
「あれー、ドールだー」
拠点の中に入ると、既に褐色肌の女性が一人いた。
「お久しぶりです、ウルフ」
「久しぶりだねー、早速だけどプレゼントだよー」
「はい?」
コードネームがウルフという女性に、いきなり両手サイズの箱を渡される。
「あー、渡そうって言ってたあれ、もう用意してたのか」
「わざわざテロム州に戻って用意してたのだー、開けてみてー」
箱を開けるように促されたため、開封する。中には、最新型のスマートフォンが入っていた。
「……これは?」
「お前がスマホを持とうとしないから、贈ろうってとこだ」
「デジタル化しないのには不満を持ってるくせに、携帯とか持ってないのはおかしいしねー」
「……ありがとうございます」
ジャッカルとウルフの言った事に対して、複雑な心境になりながら礼を述べる。
スマートフォンは確かに便利な物ではある。しかし、友達がいない自分にとっては、いらない。親や親戚にも連絡する理由がない。だから、持っていても虚しいだけであると思い込んできた。
「ちゃっちゃと使えるようにしようよー。コヨーテが帰ってきたら任務の話に変わるだろうしー」
「そうだな、一緒にやろう」
「えぇと……」
「わかってるって、後で連絡先の交換をやろう」
「……はい」
私が困惑しているところを見て、ジャッカルはそう言ってくれた。
ウルフ、褐色の肌で、かっこいい灰色の長髪を持つ女性は、とても背が高い。私の身長は百六十五センチと結構高い方だと思っていたのだが、ウルフは百七十八センチと、少し見上げる形になる。そして、瞳の色は黒い。
背の高さに対してはあまり羨ましいと思わないが、色のある肌と髪、そして瞳の色が、羨ましい。
「ドール?」
「何でしょう?」
「……いや、良い」
ジャッカルが私のコードネームを呼んだので反応したら、変に目を逸らされた。
◇◇◇◇◇
「ただいま……あれ、ドールちゃん?」
拠点に、また一人褐色肌の女性が来た。手元には、虫を入れるための小瓶を持っているらしい。
「任務だってよ」
「だよね、ドールちゃんが来るときは必ず任務があるもんね」
「お久しぶりです、コヨーテ」
「うん!」
久しぶりに仲間達が全員そろったので、思わず笑みが漏れる。と言っても、前回の任務が三か月程前だったので、一般的には違うような気もするが。
コヨーテ、ウルフと同じく褐色の肌をしていて、自己主張が低い地味な金色の長髪を持つ女性は、まるで少女のように私よりも背が低い。そして、瞳の色は焦げた茶色である。この子はかわいいという印象が強く、そして瞳の色があり、少し羨ましい。
「……ゆっくりお話ししたいところですが、とりあえずそれを置いてきてください」
「うん」
任務のために会話をしたい欲を抑えて言う。コヨーテは素直に頷いたようで、拠点の二階に行った。
「目隠し、外さなくて良いのか?」
「これくらいなら、問題ありません」
「気になるなー」
「いずれ見せるときが来るとは思いますが、それは今ではありません」
「少しぐらい見せてくれたって良いじゃんかー」
心配するジャッカルには首を軽く振って問題ないと合図を送り、好奇心を見せるウルフは軽くあしらった。
目隠し、白いバンダナは、人前で外そうと思っていなかった。これをつけ始めたのは、六歳くらいのときだ。『テロム治安維持隊』などという自衛隊に入隊するための養成学校に入れられてから、目を見られたくなくて付けた。
ただジャッカルには、一度だけ見られた事がある。
「緊急事態になったら見れますよ」
「ケチー」
「どんな目をしてるんだろうな」
目を細めてジャッカルがウルフを見る。その視線に気づいたのか、ウルフは口を噤んだ。
「お待たせ、準備できたよ」
「では、任務について、説明しますね」
コヨーテが戻って来たので、任務についての説明を始める。
持ってきた一つだけの紙資料を、ジャッカルに渡した。ジャッカルが手に持った資料を、ウルフとコヨーテが覗き込む。
「今回も人数分印刷してくれませんでしたが、それが資料です」
言いながら、上官に対して不満を抱く。
なぜかわからないが、紙の資料は複製が禁止されている。ここに来るまでに資料を読み込んできたので私は大丈夫なのだが、仲間達は初見なのだ。なぜ人数分の印刷をしてくれないのか、意図が読み取れない。
「えっと、アスロヒレウラ……?」
「なーんか、アースロプレウラに語感が似てるなー」
「に、似てるかな……?」
このような類似の名前をまったく聞いた事がなく、ジャッカルは疑問符を浮かべ、ウルフは興味深そうにし、コヨーテは困惑した。
しかし、この三人はアスロヒレウラの姿について全く気にしていない様子だ。いくら虫飼育が趣味だとしても、流石に限度があると思うのだが。
「アースロプレウラ、確かに似ていますね。呼びやすいようにヤスデとでも呼びましょう」
「お、怒られそう……」
「ヤスデか、多足類はあまり好きじゃないんだよな」
私の提案についてコヨーテが心配そうにした。ジャッカルは関係ない好みの話をしているが、それなら全身像についてもう少し触れてくれても良かったのに。
「アタシは問題ないよー」
「責任がわたしにないなら……」
「まあ、良いか」
三者三様の反応をするメンバー達、とりあえず提案を受け入れてくれたようである。
「それで、こいつを始末しろって事ー?」
「その通りです。ただし、まったく痕跡を残さず、人知れずに、という条件付きですが」
「射撃でそのまま撃ち抜くってわけにもいかないのか」
任務の概要について、重要な部分は以下の通りである。
前提条件として、ターゲットであるヤスデを始末する。ただし、それを誰にも知られてはいけない。
そして、ターゲットから機密情報のデータを全て奪取する。その際に、もちろん自分達を含み、誰にも見られてはいけない。
また、『カーボン』で情報を共有していた場合、始末対象に追加する。これについては、上官の判断により決定される。
「カーボンという組織は、少人数の製造業者らしいです。あなた達は知らないと思いますが」
「そ、そうだったんだ……」
「知らなかったなー」
「くっ、生物の持ち運びが制限されてなかったらもっと行き来できるんだが」
「お金はどうするんですか?」
「確かにそうだけど!」
メンバーに対して、ほんの少しだけ不満をこめて、毒を吐いた。
褐色肌の二人は全く意に介していないようだが、薄橙色の肌であるジャッカルだけは反応してくれた。
「それで、このヤスデを始末する作戦を立てようかと思ったのですが、このままでは立てられません。カーボンの本拠地がわかっていないので」
とりあえず話を戻す。
白バンダナをつけているために白いはずの視界が、赤に浸食されていく。
「加えて、このヤスデを始末するには、私達の覚悟が決まっていないといけませんから」
目隠しをしている上で、目を閉じた。しかし、視界は元に戻らない。どんどん赤くなってくる。
予想以上に、私自身はこのヤスデを警戒しているらしい。
「それは、その目が示しているのか?」
「……はい」
ジャッカルの小さく、それでいて警戒したような声に、小さく頷いた。
「やっぱり気になるなー」
「こ、怖いよ……」
ウルフは好奇心を隠しきれないように言葉を出し、コヨーテはかわいらしく怖がっていた。
私は目を無意識に光らせていて、赤い光が目隠しから漏れ出ていたらしい。この感覚は久しぶりだ。
心を落ち着かせて、目の光を抑える。赤く染まっていたバンダナが、白色に戻った。
「テロムに戻る準備をしてください。それと、しばらくはここに戻って来れる保証がないので、それも考慮してくださいね」
「わかった」
「はーい」
「うん」
私の掛け声に、メンバー達はそれぞれ準備に入った。
この章の区切りはすぐに来る予定




