新型スマホを求めて
オマケ
「いやー、ケイ先輩に誘ってもらえるだなんて、私は信頼されてますね!」
妙に背の高く、茶色い髪を伸ばした女、マキナマリカが興奮したように言った。
「そうだなー」
「なんですかその棒読み!?」
軽く流して、俺は目的地へ歩き出す。家電量販店『ヤマザキ』がそこだ。
つい一昨日の出来事だが、俺は初期型スマホのせいで遭難した。だから、遂に新型を買う事にしたという事だ。父に相談したら、呆れたように「やっとか」などと言われて、お金を渡された。
日が上っている昼、エクシオ学園校門から徒歩十分程の距離にある、電車の『エクシオ学園前』駅で、マリカと待ち合わせしていた。
「ちょっと! 置いて行こうとしてません!?」
「お前に合わせて遅く歩いてやってるだろうが」
「そうですけど!」
俺の歩幅に合わせながら、マリカは文句を言ってくる。
本当なら、親友である男のハザマエミを連れて来る予定だったのだが、
『い、嫌だ……女の人が多い場所だなんて……』
と頭を抱えながら言われたので、マリカを誘った。この自由奔放マイペース女が誘いに乗るだなんて微塵も思っていなかったので、一人で行こうと考えていたのだが、
『マジですか!? 行きます!』
まさかの快諾、今に至るという訳だ。
一応、殉職してしまったが名誉将軍である父を持っている家出身だが、マリカの言葉遣いはそれを感じさせない。学園で初めて会う時、マキナマリカという名前を聞いた時に身構えていたのに、初対面の印象で全て破壊されたのである。
さらに、服装もだ。俺は自分をしっかり示すために、しわ一つない白いTシャツに黒いジャケット、黒デニムを着用している。
私服を見るのは初めてだが、マリカはしわだらけの黒い長袖シャツに白い長ズボンで、おおよそ将軍の父を持つとは思えない恰好だ。
「全く。てっきりお前は俺の用事を断るって思ってたんだが」
「私が断る人は平民だけですからね!」
「お前は平民みたいなものだろ」
「ふっふっふ、言葉遣いで判断されちゃあ困りますよ!」
「自覚があるのなら直せ」
「嫌です。これが私のアイデンティティですから」
「そんなアイデンティティは捨てろ」
「なんですと? ケイ先輩は私を否定するんですか!」
全力で抗議するように口を尖らせるマリカ。
「異性愛絶対主義者、自称同性愛撲滅委員会長だろうがお前は」
「あんなのはアイデンティティではありません。ゴミでクソったれで消えるべきクズどもです」
しかし、禁句を言った瞬間に表情が強張り、目つきが鋭くなる。
禁句というには過言だが、こいつは異性愛を絶対主義とし、同性愛者を殺して良いなどとほざいている、過激派だ。
「自分のアイデンティティを認めてほしいなら、まず他者のアイデンティティを認めろ」
「ケイ先輩のアイデンティティは認めます。それに、白人以外、黒人さんやペルム人さん達だって」
マリカは深く息を吸って、
「あいつらは違います。未来に子孫を残せない負け組です。あんなのを私はアイデンティティとは認めません」
静かに、そして力強く、言い切った。
「思想が強いな」
「ケイ先輩は平和ボケしてるんですよ。あんなのを認めたら、愛のカタチが歪んでしまいますからね!」
「偉大なる指導者とは、全ての思想を受け入れ、そして認める事から始まるんだ」
「だーから、そんなんじゃ背中を刺されますって」
「そうなった時は、俺が指導者の器じゃなかったってだけだ」
街中でするような会話じゃない。だが、マリカは気にせず、俺に対して一つの考え方を示してくる。
周りには人が大勢いる。誰も、俺らを気にしていない。俺は、現エクシオ州統治者を父に持っているだけで、まだ有名じゃない。
だが、いずれはこの雑多な奴らに、俺が指導者として相応しい事を証明してみせる。
「死んだら意味ないです。私みたいに夢を追うなら、死んでいられません」
「俺のこれは夢じゃなくて確定事項。だから、今からそういうマインドにならないといけない」
「……私の夢を邪魔する人達は、必ず排除します」
手を握り締めて、マリカは思いつめた表情をする。
「そういえば、お前の夢を聞いた事がなかったな」
「私の夢は、プリンセスみたいに素敵な男の人と運命的な出会いをして結婚する事ですからね」
「運命的な出会いをしたいです」と続けて、マリカは俺を見る。
暑いのに肌を隠し、黒く袖の長い服を着ている女は、意外と乙女らしい。
「なら、その服装はないだろう」
「真の愛は服装ではなく心を通わせる事によって育くまれるんです!」
「せめてしわは消せ」
「け、ケイ先輩を映えさせたかったので、わ、わざとですよー?」
「時間がなかったのか?」
「お、お恥ずかしながら、寝坊しまして……アハハ……」
照れたように、マリカは頬を紅潮させる。
「今は十一時十分だが、何時に起きた?」
「簡単に言いますと、十時です」
「お前って奴は……」
集合時間が十一時であったのに、こいつはよくやったな。寝坊は擁護できないが。
「本当は制服で来てやろうって思ってたんですけど、ママに怒られたのでやめました」
「英断だな」
母親の呼び方に対してスルーして、マリカの判断を賞賛した。
◇◇◇◇◇
「こんなもんだな」
家電量販店「ヤマザキ」にて買った新型スマホを見ながら、店を後にする。
店内で効いていた冷房が心地よかったから、外に出て不気味な暑さを感じて、不快感を覚える。
「先輩、迷いすぎです。もう午後二時半を過ぎてるんですけど」
「こういうのは迷うべきだろう。すぐに決めて無駄にするわけにはいかん」
「わからないなら店員とか私に訊いてください!」
「俺自身で選ばないと意味がない!」
俺のこだわりに対して、マリカは「めんどくさいなこの人」と呟いてくる。
俺は将来の指導者だ。確かに下々の民衆の意見を聞く事は大切だが、最終的に決定するのは俺だ。今のうちに練習しておかなければ。
「はー、ケイ先輩って気難しいですよねー。アカント嫌いとか護衛と仲悪いとか、自分の人生に足枷をつけすぎです」
「そっくりそのまま返すぞ」
「私は人類の心理なので」
「どこから出てくるんだその自信は」
右手で握りこぶしを作り、胸に当ててエッヘンと表情をマリカは浮かべる。
根拠のない自信を持つこの女は、世界が自身を中心に回っているとでも考えているのだろうか。心なしか、人通りの多いこの町の中心に立っている気がする。
「同性愛……何でしたっけ、レズ? ゲイ? レズとか特に見てられないですよ。吐き気だけではなく、鳥肌も立ちますしキショイし嫌です」
「そういうのは俺と二人きりの時に言え」
「ふっふっふ、既にチヨちゃんにも愚痴ってますから」
あまりにも品がないから、
「俺、実はゲイなんだ。ケイだけに」
「は?」
冗談を言ったら睨まれた。
「冗談だ」
「笑えない冗談です。カミングアウトが遅かったらぶん殴ってました」
真顔で言い切るマリカに恐怖する。
危ないなこいつ、こんな危険思想を持つ人物をまとめあげないといけないだなんて、これから先の未来が心配だ。
「ちなみに、爆弾はしっかり持ってるんですよねー」
「俺への二十メートル以内の接近を禁止する」
「冗談ですよ!」
「笑えない冗談だな」
必死に両手を振って誤魔化しているが、こいつの武器は爆弾だ。持っていないわけがない。
ヒトが持つ非科学的な要素の一つとして、レアメタル鉱石を入れた武器により、個人の能力を遺憾なく発揮できるようになる事象がある。俺も含めた全人類は、能力という超常的な現象を引き起こす事ができ、武器がそれを最大限に発揮させる。
マリカの武器は爆弾で、もちろんレアメタル鉱石は入っている。それに、マリカ自身の能力により、爆弾を何度も繰り返し利用できる。
エクシオ州では、武器を持つのが標準だ。俺は持っていないが。
「私のアイデンティティがぁ……」
「ふん。これでも一応お前の事は信頼しているからな」
「ケイ先輩を爆風に巻き込む事はしませんから」
「破るなよ?」
マリカとそんな約束を交わす。
こいつは、交わした約束は必ず守る。普段からハルカと約束を結ばず、チヨから締められている姿から想像できないが、守れない約束はしない主義な女だ。だから、そこは、信じられる。
「もちろんです!」
自信満々な返事が返ってきた。
その瞬間、爆発音が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇
人々の悲鳴、臭う不気味な硝煙、そして遠くに見える建物の瓦解と崩壊、燃える火、そこから発生する煙。
何が起こった。状況を理解しろ。
「ケイ先輩、テロです。あそこにテロリストらしき集団が見えます」
「なるほど」
至って冷静なマリカが示した方向には、確かに組織化された集団がいた。
何人かは旗を持っている。権利主張のためのテロらしい。
「マリカ、武器の使用を許可する。こちらに注意を引け」
「メガホンはありますか?」
「必要ない。俺の声は最大百デシベル出る」
「さっすがケイ先輩です!」
「逃げ惑っている人には当てるなよ?」
「……ケイ先輩投げてください」
「おい」
「私はエイムが悪いんですよ! それに、皆さん焦ってますし、周りにまだ人がいます!」
「チッ。警察に連絡しろ」
一悶着ありながら、俺はマリカから爆弾を受け取る。
正直俺もエイムにはあまり自信がない。だが、未来のエクシオ統治者エノモトケイが逃げるわけにはいかない。
隣でスマホを取り出すマリカを横目に、俺は狙いを定める。
「……ダメだ」
狙いが定まらない。
人が逃げ惑っていて、さらに俺に当たってくる奴もいる。そんな状況で、素人の俺がプロになれる訳もなかった。
そうこうしていると、二発目が発射された。
人の頭上で爆発したのを見た。おそらく、そいつは即死しただろう。
「っ……」
マリカも見たらしい、目が見開かれる。
前回で最後にしようと思っていた最終手段――シャチマキカズラ呼び出しボタンを、再度使う事にした。
「来い」
ちょっとだけ躊躇いながら、俺はボタンを押した。
ほんの一秒、たったそれだけ経って、カズラが現れた。黒キャップを被り、無地の黒Tシャツに黒デニム、そしてトレードマークの黒マントを羽織った、全身黒づくめの女だ。髪だけが白色で、それが異質に見える。
「二回目」
「アレを制圧しろ」
「了解」
ジト目の黒女を無視して、テロリストの方に指を差す。
「ただし、殺すな」
「……チッ」
俺の言葉に苛立ちを示したカズラは、白い髪を翻しながら、武器である水晶玉を持って、テロリストの方へ向いた。
◇◇◇◇◇
一秒にも満たない、一瞬だった。
テロリスト集団の足元から、細かい光線が現れる。それは瞬く間に人を拘束していき、テロリストは抵抗する手段を失った。
「よし」
周りには倒れている人々、泣き崩れていたり慟哭していたりする老若男女、瓦礫に埋もれてしまっている被害者、たくさんの人がいる。時期に救護がやってくるだろう。今の俺には、テロリストを落ち着かせて留置所に置くように仕向ける事しかできない。
背筋をピンと伸ばして、俺は拘束されている集団に近づいた。
「テロリスト共、俺を見ろ」
テロリスト、おそらくデモ隊、ハートマークの入った白Tシャツを着た白人共を見渡す。ざっと百人はいるだろう。持っていた旗々には「同性愛こそ至高!」「異性愛は悪!」など、同性愛を推奨し異性愛を排除しようとしているような内容が書き連ねられていた。
そんな同性愛者共の大半が、俺を睨みつける。
「お前らは取り返しのつかない事をした」
言って、心を落ち着かせるように深呼吸をする。
「だが、人間というのは誰しも一度はミスを――」
「黙れ異性愛」
高らかに宣言しようとして、リーダー格っぽい男が怒鳴ってくる。
とにかく深呼吸、間を置いて――
「同性愛以外はいらない。エクシオは同性愛の国にならないといけないんだよ」
「ケイ先輩。慈悲はいりません、殺しましょう。皆殺しです」
「同意。こいつらは、人間のフリをしたゴミクズどもよ」
リーダーの男の追撃に、いつの間にか俺の両隣にいたマリカとカズラが吐き捨てた。
「落ち着け。こいつらも同じ人間だろう?」
「自分達の要求を飲ませるために人を殺す奴らを人間扱いするんですか?」
「ありえない。こんな頭のおかしい狂人共を生かしておいたら、必ずこの州は瓦解する」
「だが……」
マリカ、カズラ、そしてテロリスト共を順番に見ていく。
俺は将来の指導者だ。過激派の思想だって、受け入れて、制御しなければならない。エクシオ人を全員大切にしたいと考えている俺と真逆にいる人類共にも手を差し伸べて――
「あなた達の方がおかしいのよ!」
「そうだ!」
結構歳が言ってそうなおばさんとおじさんの声も受け入れて――
「俺達が偉い!」
「私達に光を!」
エクシオ学園の生徒っぽい男女を含めたエクシオ人をまとめて――
「口を慎みなさいゴミ共」
「エクシオ州知事のエノモト家の長男、次期エクシオ州知事に対する無礼は許されませんよ!」
目を細めてテロリスト共を睨みつけるシャチマキカズラはともかく、声を荒げて叫ぶマリカを引き連れてエクシオを――
「知らねぇよ! 異性愛のくせに!」
「私達を迫害してきた罰を受けなさい!」
「次は僕達の時代だ!」
「拘束を解け! お前を殺せないだろうが!」
――
「ケイ。殺しの許可を出して」
「ケイ先輩。早くこいつらを抹消してください。気持ち悪いです」
……。
「黙れ」
無意識に、そして静かに、俺は声を出していた。
◇◇◇◇◇
エクシオ学園生徒会長エノモトケイの目が青く光った。どうやら、能力発動条件を満たしたらしい。
それは、感情が昂る事。彼の目は見開かれ、青筋が出ている。本気の、激怒だ。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」
ズカズカとテロリストの、リーダー格っぽいガタイに良い男、百八十二センチのケイより少し身長が低い男に向かって歩きながら、ケイは喚いた。
男の癖にケイは銀色の髪を腰まで伸ばしているから、歩く度に髪が揺れている。
「人の心を思いやり、人に歩み寄り、人と共に生きる、それが人間っていうものだろうが! なぜわからない!」
心の底からの叫び、そしてリーダー男の目の前に止まるケイ。
「自分達を尊重してほしいのなら! まずは価値観の違う他人を尊重しろ!」
「うるせぇよ」
「うるさいのはお前だ! そんな事もできないのなら、拘束を解いた瞬間に自殺しろ!」
そう言ったケイの背には、何か青いオーラが見えた。能力が発動している。彼の、条件を満たした時にだけ使える、絶対的な能力。彼自身は忌々しいと思っている、最強の、絶対服従。
チャンス、テロリストに対する拘束を解く。
「……仰せのままに」
感情のない、まるで人形のように、リーダー格っぽい男から声が発される。
そして次の瞬間、男は胸ポケットからナイフを取り出し、自身の心臓に突き立てた。
それに続くように、テロリストが次々と自殺していく。一人は首にナイフを突き立て、一人はお腹にナイフを突き刺し腸を抉り取り、一人は爆弾を咥えて爆発させる。
凄惨で、血や内臓が噴出していく。しばらくしたら、ハエが寄ってきそうだ。
「なっ……」
漏れ出たような、予想外の状況に対面したような声をケイは出す。
ケイが提示したのは、「価値観の違う他人を尊重しろ。できないなら死ね」だ。言葉通り、他人を尊重するのなら自殺なんてしないし、尊重しないのなら自殺を強要する。
誰もが自分の命を大事にする、そんな絶対的価値観が、エノモトケイの中にはあった。自身がそうだから。
プライドを失ったら死んだも同然だなんて言っているけれど、本当な誰よりも人の命――自身の命を含んだ全ての生命を大切にし、殺そうだなんて考えていない小心者。大嫌いなはずのアカント人に対しても、戦争を起こそうとはする癖に死は望んでいない、矛盾だらけの男。
「ま、待て……! なんで……!」
「自ら手を下させるだなんて、ケイ先輩も考えましたね。素晴らしいです」
「俺はそんなつもりじゃ……!」
「あんたの価値観を押し付けたから、死んだの」
マリカの言葉を否定しようとしたバカに、現実を突きつける。本当なら私が拘束を解いたから自殺を実行できたのだけど、それは黙っておく。
百人程いたテロリスト共も、気が付いたら六人だけが怯えながら立っていた。手を繋ぎ合う小学生くらいの男の子とそれより幼い女の子、互いに身を寄せ合うヨボヨボのおじいさんとおばあさん、カメムシを噛み潰したような顔をしている気の弱そうな若い男女。
端的に言うなら、このテロに無理矢理参加させられてそうな傀儡共って感じ。
「……命が大事なんじゃないのか?」
「少なくともこのゴミ共にとっては、違ったみたい」
「……スラム街から拾ったあの赤髪女の影響を受けやがって」
恨めしそうに、ケイは私を見る。自身の価値観を否定されたような気分、軽々しく自殺するって事は、ケイにとってそういう事なのだろう。
負け惜しみも、あまり心に響かない。
「そこのおバカさん達も早く死んでくださいよ」
マキナマリカの無慈悲な言葉に、生き残っている六人は顔を歪めたり声を殺して嗚咽したりする。
可哀想だ。二人の子どもの横に倒れている母親らしき人、二人の老人の近くに倒れている息子みたいな人、気の弱そうな男女の周りに倒れている若い集団、いずれも気が強そうだった。
「やめろ」
「でも――」
「黙れ」
「……はあ、仕方ないですね」
マリカの方を振り返り、強く言ったケイの目は、再度青く光った。今度は絶望という感情に支配されているらしい。
絶対服従能力に、口を尖らせながら渋々従っている後輩は、異様な雰囲気を醸し出している。
「……俺は、何て事をしてしまったんだ」
「いつも言っているでしょ? 全ての人間を受け入れる事は不可能だって。わかり合う事なんて、不可能なの」
「……」
毒虫を食べたように表情を翳らせながら、ケイは両手を握り締め、顔を隠すように背中を向けた。
◇◇◇◇◇
「ケイくん?」
夕方、寮の部屋の扉を開くと、チヨがいた。無地の白Tシャツとハーフパンツを着て俺の布団の上でゴロゴロしている。
「なんでいる?」
「だって、新しいスマホを買ったんなら、設定とかをいろいろ教えてあげないと」
「どうやって入った?」
「ケイくんに許可貰ってるって言ったら入れてくれたよ?」
幼馴染モードを全開にしながら、チヨはスマホを見せてくる。黒いスマホで、透明のスマホケースに入れてあり、裏に推しの女優の写真を挟んである。
テロの事を父に報告し、その父とカズラ、警察に後の事は任せて、俺とマリカは帰路についた。
本当なら、次期知事として俺も同行したかったのだが、どういう訳か、父がそれを許してくれなかった。ちょっとした反抗も虚しく、マリカに強制連行されるような形で、俺はテロリストの件から引かされた。
「ここの寮のセキュリティはどうなっているんだ……」
「ケイくん、二階だったんだね。203号室」
「良いだろ別に」
「中学の時は101号室にこだわってたのに」
布団の上で体育座りになりながら、チヨはジト目で俺を見る。
中学時代、一番にこだわっていた頃、親の権力を誇示して人を思い通りに動かしていた時期。今は特にそういう事をしていないが、そんな考えの時もあったと懐かしくなる。
「昔の話だ」
チヨに近づいて、隣に座る。お尻に布団の柔らかい感触が伝わってきた。
スマホを取り出し、電源をつけたが、何が何だかよくわからない。いきなり文字列が出てきて、頭がこんがらがってきた。
「私が教えるよ。それまで帰るは予定ないし、泊まる予定だし」
「頼む」
特に断る理由もなく、意地になるのも億劫だったから、チヨの言葉に従う。
こいつは悪態をつく事はあれど、基本的には性格が良く、素直だ。世間一般的に言うと、愛嬌がある。紫色のウェーブがかった長い髪を含めて、俺の幼馴染はどこかフワフワしていて、愛くるしいリスと見間違えてしまいそうだ。
キョウドウヒヨリという性悪女と絡まなければ、好感がもてる。ただし、俺は都合の良い駒扱いだが。
チヨは、丁寧にスマホの設定の事を教えてくれた。俺にわかりやすいように噛み砕いて、指で示しながら。
指示に従って、俺はゆっくりとスマホの設定を行っていく。そして最後にSIMカードを入れて、ネットワークの設定のみとなった。これは翌日に父と共に行う予定だから後回しだ。
「こんなところかな」
「感謝する、チヨ」
「おやすい御用だよ。もっと頼ってくれても良いからね」
「スマホの事では今後も頼る事があるだろうから、お願いする」
「……むぅ」
変な回答をしたつもりはなかったが、チヨが不満そうに少しだけ頬を膨らませた。
余談だが、幼馴染とはいえ距離が近すぎる。それが気まずいから、ちょっと距離を離そうとするのだが、
「久しぶりに一緒に寝たい」
上目遣いで見られたから、頭をポンポンと軽く叩いて、俺は風呂場へ向かった。
◇◇◇◇◇
今日は疲れた。新型スマホを買った帰り道にテロに会い、人格を否定されて、他人の思想を否定した。
俺の部屋は、二人で住むのには狭い。実際、チヨがいるだけで息苦しさを覚えている。自分の姿を隠せず、相手の形が常に見えるというのは、ストレスの塊だ。紫色の髪が視界に映る度に、煩わしい。
教科書、参考書が置かれた本棚に、窓際に置かれた勉強机。それを見ながら、俺はチヨと一緒の布団に入る。
ちなみに、床で寝るなんて言ったらブーイングが飛んでくるから、ツッコんだら負けだ。
「今日は余計な事せずに一緒に寝てくれるんだね」
「もう学んだ」
「うんうん」
妙に艶のある笑みを浮かべながら、チヨは頷いた。
「ねえ、今日、不機嫌?」
「……そうだ。今日は嫌な事があった」
「だから、私を視界に映さないようにしてたの?」
「……すまないな」
無垢な声で訊いてくる幼馴染に謝る。
本来、チヨと二人きりならここまで鬱陶しさを感じる事なんてない。俺の中に芽生えている真っ黒なナニカが纏わりついてきて億劫で、一人になりたかった。
カーテンの開いた窓からの月灯りが俺とチヨを照らす。
「私を見た時、とっても動揺してたもんね。一人になりたかったのに、させてくれないって感じで」
「お前はどれだけ俺を見抜くんだ」
「凄いでしょー?」
得意気に言いながら、チヨは悪戯っぽく笑う。
俺はチヨの事が全くわからないのに、チヨは俺の事を何でもかんでも見抜いてくる。ちょっとした隠し事ですらバラされるから、こいつの前では隠し事をしないと決めた。
「大丈夫、ケイくんは頑張ってるよ」
「……尊厳破壊か?」
俺の頭を撫でてくるチヨに対して、悪態をつきながら、特に抵抗はせずに受け入れる。
「ケイくんのこんな姿、誰にも見せられないよねー?」
「そうだ。俺は未来の指導者だからな」
「今は違うでしょ?」
「なってみせる。エクシオを導いて、発展させてやる」
「そっか」
俺の決意の言葉に、目の前の妹っぽい幼馴染は微笑みながら相槌を打った。
この章は次で一旦終わり




