無駄に背の高い人達
ちょっとしたオマケみたいなもの
「エミ、チヨはどうした?」
昼下がり、エクシオ学園の生徒会室でゆっくりソファに座っていたら、エノモトケイくんが入ってきた。そして、生徒会室を一望して、質問してきた。
「えぇと、ハルカちゃんと一緒にお出かけしたよ」
ケイくんの質問に、淀みなく答える。
さっき、二人でマリカちゃんを捜してくるなんて言っていた。
「マリカは?」
「そっちはわからないや」
「ならいい、ついてこい」
「う、うん」
ケイくんがついてこいと言ったので、ついていく。
立ち上がり、ケイくんを見下す形になる。ケイくんの身長は百八十二センチくらいと結構高い方だけど、二百三センチくらいの身長である僕からしたら低めだ。
何も考えずについていくと、生徒会室を出た。その後、学校の外に出て、用意されている車の前に来た。
「あれ、車で行くんだ」
「ちょっとアカントの聖堂会の方にな」
「うぇ?」
車の助手席に乗った瞬間にそう言われて、初めてケイくんを疑ってしまった。
聖堂会は、アカント女子学園の中にある組織だ。女性の事が怖い自分にとって、地獄に連れて行かれると同義だ。
ケイくんは僕が女性の事を怖がっているって知っている。だから、意図が掴めない。
「まあそう焦るな。聖堂会の奴らはお前に危害を加えない」
「うぅ、怖い……」
「何か起こっても俺が守ってやるから」
「ぜ、絶対だからね!」
僕の事を救ってくれた恩人であるケイくんの言葉は絶対だって、今まで信じてきた。だけど、今回は不安でしかなかった。
◇◇◇◇◇
「お待ちしておりました、ミセス・ケイ」
アカント州の聖堂会の門に着いたらすぐ、おぞましい圧を放っている女性が、ケイくんに挨拶をした。
僕は、思わずケイくんの後ろに隠れた。いや、ケイくんより背が高いから隠れきれないけど、怖い。
「今日はよろしく頼む」
「……」
ケイくんは、女性の圧を見事にスルーした。
流石ケイくんだ、なんて思ったりはしたけど、それ以上に恐怖に支配されそう。
「そちらの方は?」
女性が、僕を一瞥して、ケイくんに訊く。
気づかれてしまった。とにかく、ケイくんから離れないようにしよう。そうすれば、何とかなる気がする。
「俺の連れだ」
「では、客室に案内しますね」
かっこよく圧をスルーしたケイくんが言うと、女性がそれに呼応する。
「け、ケイくんと一緒だよね?」
「すまん、それは無理だ」
「……ぇ?」
冷酷な宣告で、絶望した。
周りには、黒い修道服を着た女性しかいない。しかも、アカント人だ。エクシオ人である僕の事など敵だと認識しているに決まっている。それに、女性だ。エクシオの女性達ですら僕を敵として認識しているのに、アカントの女性達なら尚更だ。
実際、女性達が僕を注目している。敵意がビンビンに感じられて、心地よくない。
「私の後輩が客室でおもてなしをさせますので安心してください」
「うぅ、僕は死ぬんだ……」
「殺しませんよ!?」
「……」
「刺客を送りこんで始末させてもらう」みたいな事を言われて、絶望した。その後の言葉はよく聞こえなかった。
きっと、始末しやすそうな僕を排除してから、ケイくんも始末する。そうに決まってる。
「ま、まあ、俺が死なせないから、な?」
「死ぬなら一緒だよ?」
「死なせないっと言ったが!?」
「と、とりあえず、案内しますね」
死ぬならせめてケイくんと一緒が良い。それなら、まだ許せる。ケイくんがここに連れて来たんだし、責任を取ってもらわないと。
ケイくんと女性は、淀みなく聖堂会の拷問室に僕を案内した。ケイくんまでも知っているのは驚いたけど、この客室を騙った拷問室、死刑室かもしれないけど、ここで殺されるのだろう。
「あの方、レナよりも背が高いですわ」
「かっこいいですね」
ここに来るまでに、コソコソ話が聞こえてきた。内容はよく聞こえてこなかったけど。
僕の事を遠目に見ながら言っているのだから、きっと僕に対しての敵意を話し合っているのであろう。内容は聞こえない方が良い。
「こちらでお待ちください」
「ここがお前の死に場所だ」と言われたみたいだ。
ケイくんにバレないように、言葉を濁しているのだろう。でも、僕にはわかる。
「呼びつけておくので、お待ちください」
「大人しくしておくんだぞ」
「……うん。大人しく死ぬよ」
「いや、死ぬなよ?」
無常にも、ケイくんは行ってしまった。
おいて行かれた自分は、とりあえず扉を開けて、中に存在している二つの向かい合っているソファの一つに座った。
「……」
毒ガスが噴射されるかもしれない、スナイパーが狙っているかもしれない、大人数で襲われるかもしれない、だから、覚悟を決めないとならない。
しばらく、放心状態でいた。
◇◇◇◇◇
「し、失礼します」
シスター・ハルナに命じられて、客室に来た。
扉を開けると、私よりも背が高い男性が奥側ソファに座っていた。私自身の身長は百八十八センチくらいで、男性を含めても大体の人は私より背の低い人だったので、驚いた。
「……」
「し、シスター・ハルナに命じられてあなたにおもてなしをさせていただきます、サカリレナと申します」
黙ってこちらを見た男性に挨拶をして、ソファに近づいた。
相手は、私と同じく桃のような色の髪を持っていた。伸ばしている私とは違って短髪で可愛らしいけれど、少しだけ親近感が湧く。
しかし、なぜか睨められた。
「……し、信じないから!」
「はい?」
両手を胸の前で合わせ、少しのけ反りながら、高らかに宣言された。
いきなり何を言っているのか、理解が追い付かない。
「……よくわかりませんが、とりあえずお菓子を……」
おもてなしのために持ってきたお菓子の箱を見せる。
「ど、毒が、入って、いる、んでしょ!」
「入っていませんよ!?」
「毒を盛って、僕を、毒殺する、んでしょ!」
「しないです!」
「信じられない!!」
「そんなぁ!?」
たどたどしく言いがかりをつけてくるミセスに、悲しさを覚える。
いくら初対面だとはいえ、まさかここまで言われるなどとは思っていなかった。私は何か変な事をしてしまったのだろうか。いや、できる訳がない。
「ど、毒なんて入ってません!」
とりあえず、まずは自分が敵でない事を示さないといけない。
この方はきっとアカントの事を敵対視している、だから私は敵ではないと示そう、そのためにまずは私がお菓子を食べて毒が入っていない事を示そう、そのために、ソファに座らずに、優しく声をかけてから、お菓子を食べよう。
「今から、私がお菓子を食べます。それで、大丈夫ですね?」
「毒に耐性があったら意味ない!」
「ないですよ!?」
意味不明な反論をされたので、混乱する。だけど、相手は緊張が段々と解けてきたようで、言葉をつっかえずに言っていた。
「ほ、本当に毒が入っていないかは、僕の能力で確かめる」
「うぅ……」
険しい顔をしながら、目を吊り上げている。
どうしてそんなに寂しい事を言うのか、わからない。私はこんなにも敵でない事を証明しようとしてるのに。
「座って」
「はい……」
言われた通りに、ソファに座る。すると、相手が立ち上がって近づいて来た。
「君は僕に本心を話したくなーる、君は僕に本心を話したくなーる……」
まるで催眠術をかけるかのように、語り掛けてくる。私の顔目前、少し動いたらくっついてしまいそうなくらいに、顔を近づけてきた。
男の人の目が少しだけだが桃色に光っている気がする。
「催眠術みたいです……」
先程言っていた能力は、これの事であるらしい。催眠術が能力なんて、使いにくいのではないか。
今にもキスができてしまいそうな距離で、相手は私を意のままに操ろうとしている。
「ふっふっふ、これで、本心を聞ける」
「ほえ?」
「え?」
首を傾げると、ミセスは顔を離して目を点にする。
しばらく経っても催眠術にかかった気がしない。催眠術にかかったら、多分意識を失う、と思う。かかった事がないので詳しい事はいえないけど。
「な、なんで効かないの……?」
「わ、わかりません……」
相手はいかにも絶望したという表情をした。
普通に傷つくな、これ。相手は私を信じられないから、自衛のためにこういう事をしているのだろう。でも、そういう態度を取られると心が痛い。拒絶されているような気がして、苦しくなってくる。
「こ、今度こそ……」
「うぅ……」
強い意志を目に宿して、再度こちらに近づいてくる。
その後、何度も試行錯誤を重ねていく事になった。
◇◇◇◇◇
聖堂会の裏側、自然が感じられるような光景を目に映しながら、俺とハルナはベンチに座っている。
聖堂会の裏は遺存森が広がっているようで、都会の中に存在する一点の森とハルナが言っていた。
「あの、先程の方、私の事をとても怖がっていたようですが……」
「まあ、怖いからな」
「で、ですよね……」
寂しそうに俯きながら、ハルナは言った。
この女性は、初対面だと怖い。本人は無自覚であるらしいのだが、圧を周りに振りまいている。その圧は、マンモスがそこにいると錯覚してしまうくらいのものだ。実際に聖堂会の奴らも、ほとんどがハルナを恐れている節があるようで、麻痺した魚みたいにピクピクと震えている様子が伺える。
「だが、俺の認識を改める必要があるらしい」
「えっと……?」
「実は、俺はアカント嫌いだ」
「そ、そうだったんですか?」
俺の言葉に、ハルナが驚いた表情を見せる。
アカントが嫌い、それは本当だ。それは俺の誇りであると同時に、エノモトケイを象徴するものである。
だが、最近はそれを億劫に感じている。
『アカント州に戦争をしかけるぞ!』
『アカント州よりあの泥棒猫を破壊しましょう』
『破壊すれば同じだろ』
『あ? ケイ先輩は本当にわかっていませんね、あのキョウドウヒヨリとかいう女のヤバさを』
『いや、それはどうでも――』
『あの女は殴っても良いという法律を作ってくださいよ』
幼馴染であるコツナチヨの、確かキョウドウヒヨリとか言ったか、ハルナの部下に対しての愚痴が、脳裏に浮かんだ。凄まじい程の悪意を感じられて、恐ろしい記憶だ。
ハルナと初めて会い、連絡先まで交換したあの日、俺の中にはまだアカントに対しての敵対心が残っていたはずだ。あの時は絆されてしまったが、このケイ様はアカントの奴らが嫌いであり、憎んでいた。あの時までは。
『悪かった、もうアカント州の話題を二度と、お前の所で出さないと約束するから……』
『逃げるな』
『なぜだ!?』
「……だが、俺の後輩の方が、アカントよりもやばいのではないかって思ってな……」
「そ、そこまで……?」
目の前に広がっている森を遠い目で見ながら言うと、ハルナが驚いた。
チヨは、事ある毎に、俺に対して愚痴を吐きまくった。それはもう、常に、悪意全開でだ。耳が痛くなるどころか、アカントに対して敵対心を向けると、いつも耳に囁かれる気分になるくらいだ。「あいつがうざい、あいつが消えてほしい、あいつさえいなければ――」なんて、もう聞きたくない。
別にチヨの事を嫌いになったわけではない。あいつとは随分と長い仲であり、妹みたいな存在だ。アカント州に対して敵意を向ける事は少なかったが、少なくとも俺視点からだと、幼馴染関係は良好であったと思っている。だから、驚いている。
俺の誇りを失うときは死を意味する、そう思っていた時期があった。だが、チヨのせいで、なんかどうでもよくなった。というか、あいつはアカント州の人間より、少なくともハルナよりは危険だ。
あと、いつもは可愛らしいチヨの悪意をこれ以上は見たくない。
「た、確かに、私の部下であるヒヨリもちょっと……」
疲れたようにハルナは言葉を吐き出す。その目には光が宿っておらず、どこか遠くを見ていた。
チヨが嫌っているように、ハルナの部下もチヨの事をとても嫌っているようだ。詳しい理由は訊いても教えてくれないのだが、おそらく男関係だろう。愚痴の内容に、ヒヨリという奴が邪魔で想い人と二人きりになれないなどという物が含まれていた。
「ハハハ……ハハ」
「アハハ……」
思わず乾いた笑い声が出る。ハルナはそれに同調するように、愛想笑いをした。
あいつらの関係を思い出すだけで疲れる。だから、あまり考えないようにするのが得策だ。
乾いた笑い声は、静かな森の喧騒として消えていった。
「それはそれとして、エミの奴は女性に対して恐怖心を抱いているのだが」
「え、大丈夫なのですか?」
話を元に戻し、エミがハルナの事を怖がっていた理由を言う。すると、ハルナはいかにも疑問であるかのよう訊いてきた。
確かに、最初はエミを連れてくる予定はなかった。チヨか、マキナマリカのどちらかを連れてくる予定であった。
「……まあ、あいつは、少し事情があってな……」
「事情?」
「だが、いつかは克服しないといけないんだ、あいつは」
「そ、そうですか……?」
目を閉じて、静かに言う。
エミは幼いハルカさえもまだ少し怖がっており、幼女から老女まで、あらゆる女性を怖がっている。初めて会った中学生のとき、エミは女性に近づく事すらできず、日常生活に支障をきたしていた。
丁度良い機会であると思った。生徒会の女性メンバー三人に対して、まだ少し怖がっているが、それでも仲良くやっている。まあ、アカントに連れてくるのはハードルが高かったかもしれないし、一人にさせたのは良くなかったかもだが。
「ハルナが直々に選んだもてなし人なら、大丈夫だろう」
「……そうですね」
俺が言った事に、ハルナは同意する。
まあ、本音を言えば、エミよりハルナを優先しただけなのだが。一人でここに来るのも恥ずかしかっただけであるし、生徒会のメンバー以外を連れてくるのも面倒であった。
多分大丈夫だ、きっと。聖堂会の方を見ないように、心の中で呟いた。
◇◇◇◇◇
「うぐぐ……」
まだ名前を聞いていないミセスがうなる。
長い事催眠術が行われたが、全く効く気配がない。
「もうやめましょう……?」
「これじゃだめ!」
「うぅ……」
諦めるように催促しても、諦めてくれない。
今更だけど、照れていた。私の事を全く信じようとしてくれない方ではあるけど、顔がとても良い。それが、今にもキスできそうな距離にある。
なぜ、今まで照れていなかったのか、私自身を疑った。
「こ、こうなったら、これで……」
制服のズボンのポケットに手を突っ込み、相手は何かを取り出そうとする。その際に距離が少し離れた。
「ふぅ……」
思わず深呼吸をする。さっきまで息を止めていないと耐えられないくらいの距離感だったので、落ち着いた。
ポケットからは何を取り出されるのだろう。もしかしたら脅しのための道具なのかも、と一瞬思った。ただ、違いそうである。
この男性は私の事を、ほんの少しだけだけど、怖がっていると思う。それで、慎重になっているだけだ、多分。
「……あれ、何かいる?」
ミセスのポケットから、黒いモノが床に落ちた。
「あ、入れっぱなし……」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
思わず、喉が焼き切れそうな大声を出す。
黒いモノ、見たくもないモノ、なぜそれがポケットに入っているのか理解できない、したくないモノだ。しかも、動いている。
「え、ちょ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「う、うるさ……」
黒いそれは、床を這ってこちらに向かってきた。
意味不明だ。なぜ私の方に向かってくる、おかしい。とにかくそいつをご臨終させるために、ソファを持ち上げて投げる。
「ほぇ?」
「来ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
ソファを投げた私を見て、ミセスは理解しがたい何かを見たと言った様な表情をしていたような気がした。だけどそれどころではない。
黒いそれ、端的に言うとGは、私の事を嘲笑うように投げたソファを避け、こちらに向かって来ている。それを阻止するために、とにかく客室に飾ってある銅像とか彫刻とか絵画とかその他諸々――周りにある物を手に取って投げる。しかし、Gには全く当たらない。
「お、落ち着いて……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「痛い!?」
私を落ち着かせようとしてきたミセスも、持ち上げて投げた。
「……あ」
「……」
投げた後、相手の叫び声を聞いて、正気に戻る。
ゆっくりと周りを見渡すと、客室がボロボロになっていた。そして、凄く痛がっている私よりも背の高い青年を見て、まずい事をしてしまったと思った。
「え、えっと、大丈夫ですか……?」
とりあえず、怪我がないか確認するために、倒れてしまったミセスの所に駆け付ける。
投げたのは私だ。もし怪我をしているのなら、早く手当をしてあげないと。大きなものだったら、救急車を呼ばないと。
「……ご、ごめんなさい」
「はい?」
「調子に乗って、ごめんなさい……」
「えぇと……?」
謝罪の言葉をした相手はゆっくりと立ち上がり、素手でGを捕まえた。なんていう人だ。
顔をよく見てみると、目から涙が流れそうになっていた。警戒の表情から、恐怖で歪んだ表情に変化している。
「許してください……」
「と、とりあえずお菓子を……」
許しを請うミセスをとりあえず落ち着かせるために、散乱してしまった机とソファ、そしてお菓子を元に戻す。他の物は後で直そう。
相手をソファに座らせて、お菓子を机の上に置いた。一つ一つ包装してあった物で、形は崩れてしまっているけど、大丈夫だろう。
私が怖くないと証明したかったのに、逆に怖い存在であると認識させてしまった。早くその認識を是正しないと、今後私が怖い人であるという印象が定着してしまう。それは、嫌だ。
「た、食べます……そして死にます」
「死なないでください!?」
「僕なんて死ねば良いんだ……」
「そんな事ありません!!」
「ひぃ……」
卑屈になってしまった相手を思わず怒鳴ってしまう。それにより、相手は両手を頭の上に乗せて俯いて、自身を守ろうとするポーズを取った。
「お菓子を食べたくらいでは死なないので、安心してください」
ニッコリと、満面の笑みを作って、言う。
こういうときは笑顔だ。とにかく笑顔を作れば、相手は安心してくれるはず。少なくとも私はそうである。
「あ、あ……はい」
「?」
しかし、相手は私の顔を恐る恐る覗いてくると、目の光を消しながら頷いた。
そういう反応をされてしまうと、心が苦しい。いや、原因は私にあるけど、それとこれとは話は別だ。そもそも、この方が最初から警戒心マックスで私の事を疑ってくるから——
「……ケイくん、助けて……」
「えぇと……?」
「怖いぃ……」
「えぇ!?」
「ひぃ!?」
小さな声で呟いた少年は、再度身を守ろうと頭の上に両手を乗せて屈んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「わ、私って、怖いですか……?」
とにかく謝ってくる少年に対して、答えがわかりきっている事を直接訊いた。
「ごめんなさい……」
「そんなぁ……」
謝罪、つまり怖いと返されて、一気に自覚してしまった。
私は怖がられている、理由はわからない。そもそもの話、最初から怖がられていた。もしかしたら、私は怖い存在なのかもしれない。そう思った瞬間、寂しさが一気に押し寄せてきた。
◇◇◇◇◇
「は?」
「え?」
客室に戻ってくるや否や、先程とは異なる様相に、混乱させられる。隣のハルナも同じらしい。
部屋は散らかっていた。机とソファは綺麗に並べてあるので、それがさらに意味のわからなさを強調している。
「シスター・ハルナぁ!!!」
「はい?」
「私って、怖いですかぁ!?」
ハルナに泣いて抱き着く背の高い女に、少しだけ驚く。
とりあえず、一旦冷静になろう。何が起こったのか、整理しなければ。一つ確定している事といえば、エミがこの女を泣かせたと見るべきだろう。女性恐怖症関連で、何か傷つくような事を言ったに違いない。
それはそれとして、エミは泣いているのだが。つまり、悪いのは俺って事か、解決だな。
「大丈夫です、彼は女性恐怖症なだけですよ。レナはかわいいですから」
「シスター・ハルナぁ……!」
「ヴッ」
隣で自身より背の高い部下を慰めているハルナが、強く抱きしめられて変な声を出していた。
「ケイくん!」
「急に抱き着くな!」
俺も、エミに抱き着かれた。
急に来られたから一瞬変な声を出しそうになったが、堪える。
危ない危ない、ハルナの前で変な声を出すところだった。
「うぅ、あの子怖いよぁ……」
「何があったんだ……?」
「ソファとか机投げてた……」
「は?」
「何を言っているんだお前は」という言葉を飲み込んで、エミの言葉を咀嚼しようとする。
こんなに重そうで、俺とエミが二人で運ぼうとしてもきつそうな程のソファを投げた。つまりどういう事だ。
「それには訳があります!」
従者の女が、自身の無罪を証明するように叫んだ。
「私は悪くありません!! その方がこの部屋に……その、えっと、黒い虫を放ったのです!!」
「……そういう事でしたか」
黒い虫、その言葉を聞いて、余計に理解ができなくなる。
だが、ハルナは理解したようだ。部下の事をよくわかっているらしい。
「黒い虫?」
「ポケットにゴキブリが入ってて……」
「なんで?」
怖がるように言われて、頭に宇宙が広がる。
おい待て。ポケットの意味はわかるし、ゴキブリの意味はわかる。それなのに、組み合わさった瞬間に意味がわからなくなるぞ。
この状況で困惑しない人がいたら名乗り出てほしい。なぜポケットの中にゴキブリを忍ばせているのか、目的を考えても理解できない。考えても、この桃色の長い髪の持ち主が虫嫌いであるという事だけしか判明しない。
「えっと、ハルカちゃんと一緒にマリカちゃんを驚かせようって遊びをしてて、そのままにしてた」
「いつから?」
「昨日から」
「おい」
淡々と言うその言葉に、思わず声を低くした。
「マリカはゴキブリを怖がったのか?」
「二人で一匹ずつ投げつけたんだよね。感染症を持ってるよって、手袋をしながら嘘をついて」
「状況が意味不明なんだが」
「しっかりと気絶したよ」
「そんな事言われてもわからん」
淡々としているエミが怖い。
ハルカもだが、本当に何をやっているんだ。遂に気が狂ったのか、それとも制裁なのか。悪戯にしては質の悪い。
「そ、そんなのを投げつけるなんて……」
「ごめんなさい……」
「もう、本当に反省してください!」
「うぅ……」
桃色髪女は話の内容を理解したらしく、こちらに近づいて来て怒りの言葉を投げつけた。
頬を膨らませて、本当に怒っているといった表情をしている。エミは抱き着きながら、隠れるようにお俺の後ろに回り込んだ。
「まあ、なんだ。マリカ、エクシオの生徒会メンバーへの仕返しって事は、エミが提案したわけではないのだろう?」
「う、うん」
「それでもです! 止めてください!」
「レナ、落ち着きなさい。あちらの問題ですし、更に怖がられてしまいますよ?」
「……はい」
こっちの問題に巻き込むのが憚られたから庇うと、ハルナが従者を制止してくれた。
エミを急にここへ連れて来て、さらに一人にした俺が悪いから、エミには後でお詫びをしておこう。
「そ、そろそろ帰るよね? よね?」
「そうだな」
「早く帰ろうよ!」
「むぅ……」
「では、お送りさせていただきますね」
早く帰りたいらしいエミは、帰りを催促してくる。
従者はまだ不満気に頬を膨らませていたが、それだけに留めて、ハルナと一緒に送り迎えをしてくれた。
◇◇◇◇◇
「構って!!」
「でも特ダネが!」
「構って!!!」
「せっかく新たなカップルが誕生しようって話なのに!」
「たまには構ってくれたって良いじゃん!!」
「またやってるのか……」
エクシオ学園の生徒会室に戻ってきたら、ハルカがマリカに抱き着いて駄々こねていた。
寂しがりな七歳の少女は、チヨと同い年の少女を逃がさないという強い意志を持っている様子だ。マリカという少女は、茶色い髪を肩にかかるくらいまで伸ばしていて、身長が百七十五センチ程で、結構背が高い。生徒会の役職は、書記である。
今更だが、俺は生徒会長、チヨは副会長、エミは会計、ハルカは、まあ次期生徒会長という名の見習いである。
「いい加減ハルカに構ってあげてくださいよマリカ」
「だってつまらないんですもん」
「構ってくれるまで放さないもん!!」
チヨが、マリカに対して苦言を呈した。それに対して率直に自分の思考を言葉にするマリカに、ハルカは絶対に構ってもらうという意志を持って抵抗する。
このマイペースな女ことマリカは、ハルカを嫌っているわけではない。ただ自身の行動に素直なだけである。そのため、ハルカに構うという事はしない。寂しがりなハルカにとってそれは残酷な行動であり、何としてでも構ってもらおうとする。結果、衝突が起こるわけだ。
「構ってー!!!」
「わかりましたから! 揺れるのをやめてください!!」
いつの間にかマリカの頭の所によじ登っていたハルカが揺れて、マリカが観念したように言った。
少々強引な所があるのだが、ハルカはまだ子どもであるので、仕方ないのかもしれない。それに、マリカは結構強情な奴ではあるので、ハルカみたいに力づくでいく事が良い方法であるのだろう。
マリカとしては、俺、チヨ、エミが構っているから良いという事だ。ハルカは全員に構ってほしいため、そこに差異が発生している。
「はあ、まったく……」
「む!」
「ちょ、謝るので揺れるのはやめてください!」
「ふん!」
心底嫌そうにしているマリカに対して、ハルカは不満そうに揺れ始めた。
俺自身、チヨと同じくハルカはかわいい妹みたいな物である。チヨもそう思っているようで、まるで全肯定マシーンであるかのように必ずハルカに味方する。エミは、ハルカに絡まれるから仕方なくって感じだ。マリカも遊んであげて良い、と思うのだが。
「ケイ先輩、どこに行ってたんですか?」
不意に、チヨが訊いてきた。
話したくない。アカントに行ったなんて言ったら、また愚痴を聞かされるに決まっている。
「何でもないぞ」
「アカントですね、まったく」
「なんでわかった?」
ぼかしても、お見通しとでも言ったように当ててきた。
呆れたように目を閉じて溜息をつく幼馴染で後輩の少女が、めんどくさい。
「わかりますよ、好きな女と会ってきたような顔をしているので」
「どういう事だ!?」
チヨの言葉に狼狽える。
図星だ。俺は結構ハルナの事を気に入ってしまった。アカント州出身であるのに綺麗で、とにかく美しい女性が、かわいい。見惚れてしまった。はっきり言うと、好きだ。そして、屈辱感はない。
だが、一人で行くのは、まるで会いに行きたいっと暗に言っているように感じられ、エミを連れて行った。
こうなってしまったのは全てチヨのせいだ。責任を取れ。
「確かに、あの方はとても綺麗ですからね。あの堕落シスターみたく」
「その話題を出すな」
意地の悪い笑みを浮かべながら言ってくるチヨを黙らせる。
堕落シスターとは、ヒヨリという奴だろう。憎んではいるが、綺麗であるとも思っているらしい。まあそうだろう、ヒヨリという少女はどことなくチヨが好きな女優と似ている。ハルナの方が綺麗だが。
「ケイ先輩に彼女ですか!?」
「ダメ! 構って!!」
「ケイ先輩の彼女の方が大事ですよ!!」
「黙れこのビッチ」
「酷くないですか!?」
マリカが興味津々でハルカを無視して寄ってきたので、思わず口が悪くなった。ハルカはマリカを逃がさないという意志を出して抱き着いている。
本当にこいつは、自身の欲求に対して素直だ。男女の恋愛が大好きで、恋に恋しているといった感じである。エクシオ学園は元来恋愛が禁止であったのだが、マリカが撤廃した。
「ケイくんには僕がいるのに……」
エミは不満気に口を尖らせる。
一応言っておくが、エミはゲイではない。勘違いする奴がいるから、ここで断っておく。
「はぁ、エミ先輩はわかってないですねー」
「そんな事よりハルカに構って!」
「あ! あそこにクワガタムシがいます!!」
「どこどこー!?」
エミに対して上から目線で物言うマリカに、ハルカが噛みつく。
もう一度言っておくが、エミはゲイではない。だが、俺の事を愛しており、独占欲みたいなのは強いようである。身長は高いが、かわいい奴だ。
「いないじゃん! 嘘つかないで!」
ハルカがマリカの指示した方向を見た。しかし、クワガタなどは影も形もなく、ハルカはすぐにマリカが嘘ついた事に気づき、憤慨した。
「覚悟してくださいね、マリカ」
「どうしてチヨちゃんが怒ってるんですか!?」
満面の笑みを浮かべるチヨだが、目に光は灯っていなかった。
自身の欲求を優先して嘘をついたばっかりに、マリカはチヨに説教される事となった。
「……まあ、気の迷いだ……多分」
「……女子は怖いな」
「そんな怖いものじゃないぞ。お前をもてなした奴も、大分良い奴だっただろう」
「あの子は……他の子よりも怖いよ……うぅ」
気の迷いと言いながらも、俺は初めての感覚に淡い期待を寄せていた。何か熱い物が、心の中で燃え上がっている。
女性を怖がっているエミも、この感覚を得られれば改善されるかもしれない。
「そ、そうか……」
「……」
何かを考えこむように、エミは口を噤んでしまった。
オマケを除いたら、三日に一回投稿を努めます




