佐々木美加 3
オーディション合格者が初めて集められたのは夏の終わりだった。
1週間の合宿で、メンバーとスタッフの顔合わせから様々な注意事項、規則、活動の説明から始まり、美容や体調管理に関する講義、歌と踊りの基礎レッスンも行われた。
とにかく初めてのことばかりで、目まぐるしく時間が過ぎる。
「では、今日のレッスンはこれまで。明後日は最終日ですので、明日に総仕上げをします。各自、しっかりと体を休めて明日に備えて下さい」
「はい!」
「それと今夜は嵐になるみたいだから、寄り道は最小限にして門限に関係なく早めに帰るように」
「はい!」
5日目のレッスンが終わり、メンバーがそれぞれ仲良くなった者同士集まる中、私も数人のグループで「早く寮に帰ってご飯が食べたい」、「今日のオカズはなんだっけ?」などと話しながらレッスン場を出る。
その時、ふと1人の少女が目に止まった。
「吉沢さん、大丈夫?」
「えっ」
「顔色、悪いよ?」
素人が多いメンバーの中で、歌もダンスも初レッスンからとても目立っていた吉沢波奈子<<よしざわ はなこ>>さん。
「その……ちょっと疲れちゃっただけ、大丈夫だよ」
「そう?」
「うん。もう5日目だもん」
いつも大人しいけど、人当たり良くニコニコと笑顔でいるのに珍しく表情を曇らせていたので気になったのだが、やはり顔色が良くない。
「わかるわかる。そろそろ疲れもピークになってきたよね」
「そうやね。残り2日を乗り切る為にもしっかり食事とって、早く寝ないとアカンな」
他の娘たちも吉沢さんの言葉に頷く。
とはいえそれ以上深刻な話になることもなく、コンビニでお菓子を買ったりして寮に帰ってきたときには雨が降り出して少し濡れてしまった。
その日の深夜、私は雷の音で起きてしまった。
寮は新しい建物なので多少の嵐程度では問題ないが、それでも窓を叩く雨や風と時折光る雷は気持ちを不安にさせる。
すぐに寝付けそうになかったので、お茶でも飲んで気分を落ちつけようと思い、1階の自動販売機へ向かう為に部屋を出ると再び雷が鳴った。
「きゃっ!」
小さくだけど、悲鳴が聞こえた。
もちろん私の悲鳴じゃない、なら誰のだろう?
聞こえた方へ歩いていくと少し開いた扉から光が漏れていた。
人がいないということは、悲鳴の主はこの中だろう。
この部屋は確か……。
「吉沢さん?」
もし眠っていたら悪いなと思い、小さく声をかけると暫くして「だ、誰ですか?」と消えさるような返事があった。
「佐々木です」
名乗り、扉を開けるとそこには不思議な光景があった。
毛布をかぶった人が扉の前に座り込んでいた。
「あの?」
どう声を掛けたものか戸惑っていると、また雷が鳴った。
「きゃあ!」
悲鳴とともに立っていた私の腰に少女が抱きついてきた。
あまりの勢いに尻もちをついてしまったが、それでも離れる様子はない。
「雷、怖いの?」
「は、はい……ダメ、なんです」
間違いないだろうがつい聞くと、ブルブルと震えながら答えてくれた。
「そっか、怖いんだ」
「ごめんなさい、昔から雷だけはダメなん、きゃあ!」
再び雷、そして抱きつく彼女の力が強くなる。
少しづづ話しを聞くと、元々吉沢さんは家族が多く、部屋で1人で眠ることが今までなかったらしくこれまでの4日間でかなり寂しい思いをしていたそうだ。
そこに苦手な雷で、怖くて眠れなくて誰かいないかと部屋から出ようとしたところで雷が鳴って動けなくなったらしい。
抱きついてくる彼女の体はとても細くて小さくて、考えてみれば私よりも3歳も年下の少女が1人で上京してきたのだ、心細くて当然だ。
「今日の帰り、顔色が悪かったのも?」
「はい、恥かしいんですが……雷になるかもしれないと思っただけで……」
怯える吉沢さんを励まし、2人でベッドに並んで座るが、その間も放したら私がいなくなるかとでも思っているのか、彼女は抱きついたまま離れない。
ついシャンプーの香りがする髪を撫でてあげると、涙を浮かべた目で私を見上げ見つめてくる。
その様子があまりに可愛らしくて、守ってあげたいと思った。
「一緒に、寝る?」
「え?」
だからその言葉は自然と口に出た。
「一緒に寝たら、怖くないでしょ」
「あの……いいの? 迷惑じゃない?」
「うん、吉沢さんが良ければ」
不安げな顔をする吉沢さんの頭をもう一度撫でると、彼女は恥かしそうに目を反らした。
子供扱いはダメだったかな?
「……ハナ、だよ?」
「え?」
「ハナって呼んで、友達にはそう呼ばれてるから」
どうやら大丈夫みたい?
「ハナちゃん?」
「うん、一緒に寝てくれる? その……美加ちゃん?」
この時のハナちゃんの顔は一生忘れないと思う。
ハナちゃんは元々びっくりするくらいの美少女だけれど、少し照れたように頬を染め、嬉しそうに微笑むその顔は他の誰にも見せたくないと思ってしまうほどだった。
こうして私たちは急速に仲良くなった。
結局その日はもちろん、次の日も同じベッドで並んで眠り、本格的にグループ活動が始まる今になってもその習慣は続いている。
同じグループの皆はもちろん全員大切な仲間だけれど、ハナちゃんはその中でも特別な妹のような、いやそれ以上の存在だ。




