吉沢波奈子
合宿から帰ってきて、ワタシには日課が出来ました。
夜の9時になって子供部屋に戻りスマフォを手にすると、そこからはミカちゃんとの電話タイムです。
12月には上京することが決まっているので、家族との時間を大切にしているのですが、これだけは辞められません。
「ハナ姉、もう10時だよ! そろそろ寝ようよ!」
「もうそんな時間なの? わかった、おやすみだけ言ったら終わらせるね」
始めは5分10分程度やり取りするだけだったのですが、ついつい話が長くなってしまい、今では1時間もあっというまに過ぎてしまいます。
そんな時には同じ部屋で寝ている妹のハルちゃんがこうして教えてくれるのです。
二つ並んで敷いてある布団。
その1つに寝転んだまま電話していたワタシに、拗ねたように「はなねぇ」と言ってくる様子が可愛らしいんです。
「また、ミカちゃんと電話?」
「うん、うるさかったかな? ごめんね?」
「別にうるさくはないけど、もう寝る時間だし」
口を尖らせて言うハルは小学6年生でバスケ部に入っており、朝練習の為にいつも10時に寝ているんです。
「そうだね、そろそろ寝ようか? トイレは大丈夫?」
「ちょっと、子供扱いしないでよ。 もうっ、真っ暗にするよ!」
「あ、うそうそ、ハルちゃんはもうおっきいもんね。だから小さい明かりは点けておいてね」
「その言い方が子供扱いしてるんだよ」
不満げながらも天井の照明を豆電球が付いた状態にしてくれるハルちゃん。
うんうん、良い子だね。
豆電球の薄暗い明かりでセピア色になった部屋。
隣の布団に入ったハルちゃんが暫くして寂しそうな呟きが聞こえました。
「来月にはハナ姉も上京しちゃうんだね」
「うん」
「3人で寝てたのに、あっと言う間に1人になっちゃうな」
「1人部屋が欲しいって言っていたでしょ」
「そりゃ1人部屋は嬉しいけど……ちょっと寂しいよ」
3人というのはワタシ達の姉も今年大学に進学の為、上京したからです。
小さな頃から3姉妹でわいわい暮らしていたのに、ほんの一年の間に1人になってしまうのだから、それは寂しいだろうな。
なにしろワタシなんかほんの1週間の合宿でホームシックになってしまいました。
そのときのことを思い出し、ワタシはハルちゃんの布団に潜り込みました。
「え? ハナ姉?」
「ひさしぶりに同じ布団で眠ろうよ、ね?」
「……うん」
あの嵐の日、美加ちゃんと一緒に眠ってワタシのホームシックはなくなりました。
人と一緒に寝るというのはとても大きな安心感が得られるんです。
ハルちゃんもそれは同じだったのか、幾分雰囲気が柔らかくなりました。
しかし、同じ布団に入っているハルちゃんと思い出を話しながらも、ワタシが思いだすのは美加ちゃんのことでした。
それは肌の滑らかさや、静かな息遣い、ホンノリと感じる良い香りだったり、触れた胸元の鼓動。
細く見えるのにしっかり女性らしい柔らかな体と優しくワタシの名前を呼ぶ声、そしてゆっくりとワタシの髪をすく指先。
そんな事を考えている内にいつの間にかハルちゃんは眠ってしまっていました。
そう遠くないうちに離れてしまう妹と仲良くしておこうと思っていたのに、いつの間にか考えているのは美加ちゃんのこと。
なにしろ今では家族と離れる寂しさよりも、美加ちゃんと会える嬉しさの方が大きくて、上京まで待ちきれないほどなのです。
小さな罪悪感が大きな期待感に塗りつぶされていきます。
小さな頃から夢だったアイドルの道を、大好きな人と一緒に歩んでいけるんですから。
「早く、早く会いたいな」
呟き、目を閉じます。
眠って起きれば、美加ちゃんに会える日までまた1日進むのです。
願わくば、夢の中でも美加ちゃんに会えますように。
おやすみなさい。




