第34話:1年間の思い出と修了式。変わらない放課後の部室
春の訪れを告げるぬるい風が、放課後の校庭を吹き抜けていく。
修了式を終えたばかりの校舎は、どこか浮き足立ったような独特の静けさに包まれていた。
一年生としての全課程を終えた生徒たちが帰路につく中、校舎の奥深く――特別棟の突き当たりにある「ごはん配信部」の部室には、いつものように三人の姿があった。
「ふーっ! 一年生、無事に修了〜〜〜っ! 進級決定だよ〜!」
あおいがパイプ椅子に深々と腰掛け、両腕を大きく突き出して背伸びをする。
「あおいちゃん、進級が決まったからって羽伸ばしすぎ。春休みの宿題もちゃんとあるんだからね?」
凛はそう言いながら、丁寧に淹れた温かい焙じ茶をテーブルへと並べた。湿布の剥がれた彼女の両腕はもうすっかり元通りで、いつもの柔らかな笑顔が戻っている。
「もう、凛ちゃんたらお母さんみたい。……でも、テスト勉強の甲斐あって無事に進級できて良かったわね。期末テストの時は本気で赤点ピンチで、どうしたもんかと思ったわ」
まひろがノートパソコンを開き、配信画面のセッティングを進めながら苦笑混じりにつぶやいた。
「うっ……あの勉強会はまひろちゃんがスパルタすぎて死ぬかと思ったよ……。でもそのおかげで全員進級! よし、セッティング完了。ポムドローン、起動!」
あおいの合図で、空中を漂う球体カメラがポーンと軽快な起動音を鳴らした。
◆
>スライムニキ:修了式おつかれさまー! 1年間早かったなぁ
>名無しの冒険者:祝・全員進級!!
>ペンギン太郎:今日はお部屋配信か! まったり雑談助かる
>ソロキャンパー:一年間お疲れさん!
画面の向こうから、いつものリスナーたちが続々と集まってくる。
配信開始からわずか数分。画面右上のリアルタイム同接数は、当たり前のように数千、数万へと跳ね上がっていった。
「みんな、配信見にきてくれてありがとー! 今日はダンジョン探索はお休み! 一年生の修了式が終わったから、部室でまったり一年を振り返る雑談配信だよ!」
あおいがカメラに向かって元気に手を振る。
「今見てる人の中には信じれないって人もいるだろうけど……本当に同接『3人』から始まったんだよね、このチャンネル」
まひろがキーボードを叩き、チャンネルの過去データを画面の隅に表示させた。グラフの最初は、地を這うような底辺の数値を示している。
「ふふ、懐かしいな〜。スライムニキさん、ペンギン太郎さん……あの頃からずっと見に来てくれてる常連さんもいるよね」
>スライムニキ:最初期から見てる身としては感慨深すぎるわ……
>ペンギン太郎:見守ってきた甲斐があったw
>名無しの冒険者:最初は本当に底辺配信だったんだなぁ
「でも、最初に一気にリスナーさんが増えたきっかけって、あの特大オムライス配信だったよね!」
「そうね! 凛ちゃんが巨大な卵と格好良いフライパンさばきで作った特大オムライスがSNSでバズって、一気に登録者が増えたのよね」
「あはは、あの時は大盛りにしすぎてお腹破裂しそうだったな〜!」
>名無しの冒険者:あの特大オムライスでこのチャンネル知ったわ!!
>ソロキャンパー:とろとろ卵の映像が神がかってたよな
>ペンギン太郎:あのあたりから一気に大バズりしていったの懐かしい
「夏休みもいろんなダンジョンに遠征して思い出たくさん作ったし、学園祭で出したカツサンドも凄かったよね! 行列ができすぎてバカ売れしちゃって、準備した分が即完売しちゃったんだから!」
「学園祭のカツサンドは衣のサクサク感とソースにこだわったからね〜。買ってくれたみんな、ありがとう!」
「あと、忘れちゃいけないのがソロトップ配信者のカグラさんとのコラボね。巨大な植物型モンスター『モルボル』を一緒に討伐して、そのあと一緒にお肉を食べたわ」
「カグラさん、どんな人かと思ったけど、気さくで楽しかったよね! お正月にみんなで食べたお雑煮配信もすっごく好評だったなぁ」
>ソロキャンパー:モルボル討伐コラボは伝説回だったな……!
>ペンギン太郎:学園祭のカツサンド食いたかった
>スライムニキ:お雑煮配信のほっこり空気感も最高だった!
「そして直近だと、『氷雪・火山複合エリア』の最深部ボス『双極竜ヴォル・フロスト』戦! まひろちゃんのプログラミング魔法と、凛ちゃんの決死のガード、そして直後の極上サーロインステーキ配信……本当に濃い一年だったね!」
あおいが振り返ると、凛とまひろもしみじみと頷いた。
「最初はただの『放課後の部活』の延長だったのに、こうしてたくさんの思い出ができて、たくさんの人が私たちの配信を楽しみにしてくれるようになって……本当に夢みたいだよ」
あおいが語ると、ツノっちが賛同するように「きゅ〜」と可愛らしく鳴いた。
「運動神経バツグンで、いつも真っ直ぐ前線で頼りになるあおいちゃん」
「緻密なプログラミング魔法と的確な指示で、チームを支えてくれるまひろちゃん」
「二人がいてくれたから、私は大盾を構えて立ち向かえたし、大好きな料理をみんなに届けることができたんだよ。本当に、ありがとね」
「凛ちゃん……っ!」
「ちょっと、急にしんみりさせないでよ……恥ずかしいじゃない」
照れくさそうに背を向けるまひろだったが、その耳元は微かに赤くなっていた。あおいは感極まった様子で凛の肩に抱きつく。
>スライムニキ:てぇてぇ……(尊死)
>名無しの冒険者:最高の三人組だよマジで!!
>ペンギン太郎:泣きそうになってきたんだが??
>ソロキャンパー:ええパーティになったなぁ。2年生になっても応援するぞ!
「……コホン。というわけで! 私たちは2年生になっても変わらず、安全第一で『異世界ごはん配信部』を続けていきます!」
まひろが咳払いをして画面に向き直ると、あおいと凛も笑顔で頷いた。
「春休み中も、美味しい新レシピの試作をしておくからね! みんな、楽しみにしてて!」
「頼れる先輩になれるように頑張らないとね」
>スライムニキ:春休みの特番配信も期待してるぞー!
>名無しの冒険者:2年生になっても飯テロ頼むぞ!
>ペンギン太郎:これからもずっと応援する!
「それじゃあ、本日の配信はここまで! 新学期も――」
『異世界ごはん配信部を、よろしくお願いしますっ!』
三人の声が綺麗に重なり、カメラに向かって弾けるような笑顔が向けられた。
◆
ポムドローンの赤いランプが消え、配信が無事に終了する。
「ふぅ〜! 雑談配信も楽しかったね〜!」
「さ、部室の片付けを終わらせたら、今日はもう帰りましょうか」
まひろが端末を片付け、凛が湯呑みを給湯室へ下げていく。
夕暮れ時の赤橙色の光が部室の窓から差し込み、三人の影を長く伸ばしていた。
「ねえ、二人とも」
あおいがカバンを肩にかけ、部室の扉に手をかけながら振り向く。
「2年生になっても、3年生になっても……ずっと一緒においしいごはん、作って食べようね!」
突然の言葉に、まひろと凛が一瞬目を見張り――すぐに顔を見合わせて、温かな笑みをこぼした。
「当たり前でしょ。あおいが暴走したら誰がストッパーになるのよ」
「ふふ、私も二人においしい料理をたくさん作ってあげるからね〜!」
「へへっ、決まり!」
橙色に染まる校庭へと踏み出す三人の背中に、春の優しい風がそっと吹き抜けていった。




