第33話:極上サーロインを焼き上げろ! 凛シェフの指示調理と勝利のステーキ配信
戦闘の余熱が残る複合エリアの洞窟内に、パチパチとポータブルコンロの青い炎が灯る。
「はい、凛ちゃん。ブランケット膝にかけて、スープ冷めないうちに飲んでね」
「ありがと〜、まひろちゃん。ふぅ……染みわたる〜……」
キャンプチェアに深々と腰掛けた凛は、両腕に冷えピタと湿布を貼られた痛々しい姿ながら、温かいスープを一口含んでふにゃりと頬をゆるめた。
「よしっ! 調理台のセッティング完了! ポムドローン、肉のドアップ頼むよ!」
あおいが腕まくりをして、まな板の上にドスンと載せられた戦利品――『双極竜の極上サーロイン肉』を指し示す。
ポムドローンがスーッと接近し、カメラが肉の断面を至近距離で捉えた。
赤身の間に幾重にも織り込まれた、まるで芸術品のような美しい白銀の霜降り。洞窟の明かりを反射して瑞々しく輝いている。
>スライムニキ:うおおおおお肉だああああ!!
>名無しの冒険者:サシの入り方がエグい! A5ランクどころの騒ぎじゃないぞ!
>ペンギン太郎:画面越しなのに美味そうなのが伝わってくる……!
>ソロキャンパー:さて、怪我の凛ちゃんに代わって新米シェフ二人の腕前拝見だな!
「ふふっ、視聴者数も一気に跳ね上がってきたね。……まひろちゃん、まずはそのお肉の分析からお願いできる?」
凛に促され、まひろがタブレットを操作してスキャンデータを読み上げた。
「ええと……双極竜のサーロインは、赤身部分が超低温に耐えて引き締まっている分、旨み成分のイノシン酸が通常の魔獣肉の数倍濃縮されているわ。そして脂肪分は、体表の炎で温められていた影響で『融点が極めて低い』……つまり、手で触っているだけで脂が溶け出すレベルね」
「ということは長時間の仕込みはNG。手の熱が伝わらないように、素早くカットして一気に焼き上げるのが勝負だよ! あおいちゃん、まずはスキレットに火をつけてカンカンに予熱しておいて!」
「了解! コンロ点火、極厚スキレット温め開始!」
あおいが強火でコンロを点け、分厚い鋳鉄スキレットを熱し始める。
「じゃあお肉の筋引きとカット! 表面の余分な端脂を削いでから、肉の繊維の向きに対して『垂直』に包丁を入れてね」
「了解! えいっ!」
あおいが端脂をすっと切り落として脇へ分け、愛刀の手入れで培った抜群の刃筋コントロールで包丁を引く。
スッと吸い込まれるように包丁が入り、厚さ3センチはある豪快な厚切りステーキ肉が三枚、鮮やかに切り分けられた。
「あおいちゃんすごい! 断面もつぶれてないしバッチリだよ〜! 次は下味ね。まひろちゃん、岩塩と黒コショウを振ってほしいんだけど……塩は肉の重さの『1%』! 高い位置から全体に均一にパラパラって降らせてね」
「1%ね……よし、精密秤で測って……この位置から……」
まひろが理系女子らしく正確に塩分量を計算し、高い位置からサラサラと塩と黒コショウを振り落とす。塩結晶が美しく肉表面に広がっていく。
「完璧! 塩を振ったら表面に水分が浮き出てくる前にすぐ焼くよ! あおいちゃん、さっき切り落とした竜の脂身をスキレットに滑らせて脂を馴染ませて!」
「はーい! 煙もいい感じに出てきてるよ!」
かんかんに熱されたスキレットに端脂を滑らせると、ジューッと快い音を立てて透明な竜の脂が溶け広がった。
「今だよ! お肉投下〜!」
「いっけぇぇぇ!」
ジュウゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!
肉が熱々の鉄板に触れた瞬間、洞窟内に弾けるような香ばしい焼成音が響き渡った。
一気に溢れ出す脂の甘い香りと、肉が焦げる香ばしいメイラード反応の匂いが空間を満たしていく。
「きゅ〜〜〜〜っ♡」
ツノっちが匂いに引き寄せられ、あおいの足元で鼻をクンクンさせて身を悶絶させている。
>スライムニキ:ジュウウウウウウッ(幻聴)
>名無しの冒険者:これは反則だろww
>ソロキャンパー:竜の脂身で焼くとか贅沢の極みだな! この音だけで白飯いけるわ!
「あおいちゃん、触らないでじっと我慢! 表面をしっかり焼き固めて肉汁を閉じ込めるの!」
「う、うん……! ひっくり返したくて手がうずうずする……!」
「ふふ、我慢我慢。……よし、側面の赤みが半分くらい変わったね。今! ひっくり返して!」
あおいがトングで肉をバッと裏返した。
カチャッ、ジュワァァァッ!
「うわあぁぁぁ! すごい、きれいなきつね色の焼き目がついてる!」
完璧な焼き色がついた表面から、肉汁がグツグツと泡立っている。
「ここで仕上げ! まひろちゃん、潰したニンニクとバター、タイムを投下! スプーンで溶けたバターを肉の上から回しかけて!」
「了解! バター投入……回しかける……!」
まひろが手際よくハーブとバターを投入。シュワシュワと泡立つ熱々のニンニクバターを、スプーンで何度も肉の表面へ回しかけていく。
ハーブとニンニクの豊かな香りが脂の旨味と混ざり合い、凶悪なまでの「飯テロ香気」がポムドローンの集音マイクを通じて爆発した。
「よし、火を止めて! アルミホイルで包んで3分寝かせる!」
「えっ、焼けたのにすぐ食べないの!?」
「ダメだよ〜! 寝かせることで、中央に集まった肉汁が全体に行き渡って、カットした時に肉汁が逃げなくなるの!」
凛の指示に従い、あおいが素直にアルミホイルで肉を包む。
静寂の3分間。コメント欄は拷問に耐えるリスナーたちの悲鳴で埋め尽くされた。
>スライムニキ:おあずけタイム辛すぎるwww
>名無しの冒険者:早く切ってくれええええ!
>ペンギン太郎:お腹鳴ったわw
「……よし、3分経過! あおいちゃん、まな板の上でカットしてみて!」
あおいが息を呑みながらアルミホイルを開き、熟成されたステーキ肉へ包丁を入れる。
スッ……。
「う、嘘でしょ……なにこれ……」
切り分けられた断面が現れた瞬間、あおいとまひろ、そしてリスナー全員が息を呑んだ。
外側はパリッと香ばしい褐色、そして内部は鮮やかなローズピンクの美しいミディアムレア。包丁の力加減だけで、じわっと透明な肉汁が溢れ出してくる。
「大・成・功〜〜〜! 二人とも、完璧な焼き加減だよ!」
凛がチェアの上でパチパチと拍手を送る。
「すごーい! 私たちでもこんなに綺麗に焼けたよ、凛ちゃん!」
「凛の指示が的確すぎたわね……完璧な火入れだわ」
皿に盛り付けられた極上サーロインステーキ。
あおいはまず、小さくカットした一番美味しい中心部分をフォークに刺し、凛の口元へ差し出した。
「はい、凛ちゃん! 命がけでガードしてくれたMVPに、ファーストバイト!」
「えっ、いいの……? じゃあ……あーん」
パクリ。
凛が小さく口を動かした次の瞬間――彼女の瞳が大きく見開かれた。
「んんん~~~~~~っっっ!!??」
言葉にならない声を上げ、凛が頬を両手で押さえる。
「な、なにこれ……! 噛んだ瞬間に肉の繊維がほろほろって解けて……脂のくどさが一切ないの! 噛めば噛むほど、濃厚な赤身の旨味がジュワ〜って溢れてきて……ニンニクバターの香ばしさと完璧に合わさってる……っ!」
「私もいただくわ……モグ……んっ……ふあぁ……っ!」
まひろも一口食べ、頬を染めてため息をついた。
「すごい……赤身の旨味の濃さが尋常じゃない……。
上質なコンソメをそのまま肉にしたみたい……!」
「我慢できない! いただきまーす!」
あおいが大きめの一片を口に放り込む。
「んんーーーっ! うまーーーいっ!! 柔らかい! なのに肉食べてる感がすごい!! 噛むたびに口の中が肉汁のプールだよ〜〜〜っ!」
「きゅ〜〜〜〜っ!!」
あおいから小さく切り分けられたお肉をもらったツノっちも、落ち葉の上をごロゴロと転がり回って歓喜の声を上げている。
>スライムニキ:うわあああ食いてえええええ!!
>名無しの冒険者:凛ちゃんの「んん~っ!」で白飯一杯食えたわサンキュー
>ペンギン太郎:同接見ろ!! 15000人突破してるぞ!!w
>ソロキャンパー:指示調理大成功だな! 最高のボス戦後のご褒美飯だ!
画面の右上、リアルタイム同接数はついに1万5千人の大台を突破し、コメント欄は怒涛のギフトと大歓声で埋め尽くされていた。
あまりの美味しさに舌鼓を打っていたその時――ふと端末のアラームが鳴り、まひろがハッと画面を見つめた。
「……っ!? 大変、みんな! もうすぐ午後5時30分よ!」
「え? ステーキに夢中で気づかなかった……!」
「ここからゲートまで移動時間を考えると、あと10分で片付けを終えないと門限破りで活動停止になっちゃうわよ!」
「ええええっ!? マジで!?」
「やばいやばい! 凛ちゃん、最後のお肉一気に食べて! 急いで撤収するよ!」
「ふふっ、美味しく完食して、急いで片付けなきゃね〜!」
>スライムニキ:撤収早くて草www
>名無しの冒険者:放課後探索で午後6時門限厳守なのごはん配信部らしくて好きw
>ペンギン太郎:ポータブル調理器具の手際良い片付け助かる
>ソロキャンパー:気をつけて帰れよー! 最高の配信だったぞ!
「みんな、今日の配信はここまで! 6時の門限がヤバいのでダッシュで帰ります! 高評価とチャンネル登録よろしくねーっ!」
あおいがカメラに向かって手を振り、ポムドローンの配信を慌ただしくオフにする。
手際よく調理器具とキャンプギアをパッキングした三人と一匹は、オレンジ色に染まり始めたダンジョン口を目指して、大満足の笑顔とともに全速力で駆け出していくのだった。




