第30話:初詣配信! 金箔竜えびの特製お雑煮と新年の抱負
ガラガラ、と凛らかな鈴の音が静寂な境内に響き渡る。
朱塗りの鳥居が美しく連なる幻想的な空間――ここはダンジョン浅層の安全地帯に、冒険者や配信者たちの有志が手を取り合って建設した『初詣特設エリア』だ。
建築魔法やダンジョン素材を駆使して建てられたお社や鳥居、清らかな御神池は、異世界にいることを忘れさせるほど本格的な佇まいを見せている。
その境内で、あおい、まひろ、凛の三人は、制服ジャージの上に赤と白の和風羽織を重ねたおめでたい装いで並んでいた。
三人はポムドローンのカメラに向かって深々と一礼する。
「あけましておめでとうございます! 『異世界ごはん配信部』です!」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「あけましておめでとう〜! みんな、良いお正月を過ごせてるかな?」
「きゅ〜っ♪」
あおいの肩の上で、小さな金色の折り鶴を頭に乗せたツノっちが、前足をとてとてと振って挨拶した。
>スライムニキ:あけましておめでとうううううお!!
>名無しの冒険者:あけおめ! 和装ジャージの三人娘めでたすぎだろ!
>ペンギン太郎:ツノっちの折り鶴帽子可愛すぎて新年早々尊死した。
>ソロキャンパー:有志の冒険者たちが作った初詣スポットか! 異世界で本格的な神社参拝ができるの本当にありがたいよな。
「有志の冒険者さんたちが作ってくれたこの神社、本当にすごくて感動しちゃいました! 境内のお参りも済ませて、心もスッキリだね〜!」
「ええ、木工スキルや土魔法の職人さんたちが総出で建てたらしいわよ。さて、新年一発目の配信ということで、今日は参拝と食材調達を兼ねてここに来ています。……そして、狙う食材は参道のすぐ横を流れる『黄金の清流』にいます!」
あおいたちが移動したのは、境内から少し離れた参道沿いを流れる透き通った小川。
そこにはすでに数組の冒険者兼配信者たちが集まり、悪戦苦闘していた。
「くっそ、でかくてタモ網に入らない!」
「素早すぎるだろこれ! どうやって捕まえるんだよ!」
ダンジョン特有の成分を含んだ水面がキラキラと黄金色に輝き、そこからゆらりと姿を現したのは――全身が純金のように眩しく輝く、体長一メートルほどの巨大な甲殻類『金箔竜えび』だ。
太い触角を揺らし、輝くハサミを持ち上げる姿は、まさに新年に相応しい威厳とめでたさに溢れている。
そこにあおいたちがやってくると、悪戦苦闘していた配信者たちが一斉に振り返った。
「あ! 『ごはん部』だ!」
「マジで!? 本物のあおいちゃんたちだ!」
「うわ、『ごはん部』が来たってことは……あの激ムズな金箔竜えびでまた何かヤバい新春料理を作る気か!?」
「あおいちゃーん! あけおめー! いつも配信見てるよー!」
他チャンネルの配信者や現地にいたリスナーたちから次々と声援が上がり、あおいも「あけおめ〜!」と元気に手を振り返す。
>スライムニキ:他の配信者から「ごはん部だ!」って囲まれてるの胸熱すぎるww
>名無しの冒険者:すっかり人気配信者の仲間入りだなあ……!
>ソロキャンパー:同接2桁の初期の頃から見てる身としては感無量だわ。
「ふふ、みんな捕獲に苦戦しているみたいね。それじゃああおい、新年最初のごはんはあの『金箔竜えび』を使った最高のお雑煮にするわよ! ギャラリーも多いし、サクッと格好良く仕留めて頂戴!」
「任せて! みんなが見てる前で失敗はできないもんね……新春一発目、『居合い切り・初詣スペシャル』!」
あおいは息を呑み、静かに刀を抜いた。
ギャラリーの配信者たちが見守る中、あおいは水面を蹴って滑るように間合いを詰めると、水しぶきすら立てずに一閃! 閃光のような一撃が金箔竜えびの急所を的確に穿ち、一瞬で仕留めてみせた。
「「「おおおおおっ!? 一発で決めたー!?」」」
一瞬の早業に、周囲の配信者たちからどっと大歓声と拍手が巻き起こる。
>スライムニキ:現地勢大盛り上がりで草www
>名無しの冒険者:プロの探索者レベルの無駄のない一撃! さすがごはん部のアタッカー!
>ソロキャンパー:見事な奉納(物理)だ!
◆
参道の脇に設けられた参拝者用ベンチで、凛が静かに手際よく大鍋をセットし、調理に取りかかる。
すると、先ほど川辺にいた配信者や冒険者たちが、好奇心のこもった視線で少し離れた場所から遠巻きに見物し始めた。
「おい見ろよ、あの手際……」
「炭火で海老の殻を焼き始めたぞ?」
「うわっ、なにあの香り……めちゃくちゃ香ばしい……!」
凛はギャラリーの視線にも動じず、真摯な集中力で腕を振るう。
「金箔竜えびの頭と殻は、炭火で軽く表面を炙って香ばしさを出してから、異世界産の極上昆布と一緒にじっくり煮出すんだよ。余計なアクを丁寧にすくい取って……」
大鍋のふたが開けられると、ぶわっと広がったのは香ばしく甘い甲殻類の香りと、奥深い和風出汁の匂い!
「「「〜〜〜〜っっっ!?」」」」
遠巻きに見物していた冒険者たちが、一斉にお腹を鳴らしてソワソワし始めた。
濁りのない黄金色のスープの上には、金箔竜えびから染み出た本物の金箔がキラキラと繊細に揺れている。
香ばしく焼き目をつけた丸餅、柔らかく煮た根菜、丸めた結び三つ葉、そして鮮やかに赤く茹で上がった金箔竜えびのプリプリの身が、職人技のような美しさでお椀に盛り付けられた。
「凛特製『金箔竜えびの極上手まりお雑煮』の完成だよ〜」
湯気がふわりと立ち上るお椀が、三人とツノっちの前に並べられた。
◆
「それじゃあ……いただきます」
あおいは両手でお椀を包み込むように持ち、まずは温かいお出汁を一口、そっと口に含んだ。
――『ず、ずずっ……』
静かに目を閉じ、そのままじっくりと喉へと流し込む。
あおいの頬がポッと赤くなり、深く、あたたかな溜息がこぼれた。
「……はぁぁぁ……。……すごいよ、これ。身体の隅々にまで、出汁の旨味がじーんと染み込んでいく……」
いつものように跳ね回るリアクションではなく、全身でその深みを味わうような静かな感動。
「炙った殻の香ばしさと、エビの濃厚な甘みが、上品なお出汁と完璧に溶け合ってるの。お口の中が、優しくて深い旨味で満たされて……なんだか心が洗われるみたい……」
「ええ……本当に素晴らしいわ」
まひろもお椀に添えられた手まり麩とお餅を箸で持ち上げる。
ビヨーンと滑らかに伸びるお餅に、濃厚なエビ出汁がしっかりと絡みついている。
「お餅の焼き目の香ばしさと、エビのコクが絶妙ね。三つ葉の清涼感が後味をサッパリさせてくれて、一口ごとに味わいが変わるわ」
続いて、あおいはメインである金箔竜えびの身を一口頬張った。
――『ハフッ……シャクッ、プリッ……』
噛み締めた瞬間、引き締まった身が心地よい弾力ではじけ、閉じ込められていた濃密なエビの甘みが口いっぱいに広がる。
「んん……っ! 身がすごいの! プリップリで弾力が段違いなのに、硬くなくて、噛めば噛むほどジュワジュワって甘い汁が出てくるよ……!」
>スライムニキ:静かに感動してるあおいちゃん見てたらこっちまでジーンとしてきた……
>名無しの冒険者:出汁を静かにすする音と、お餅の伸びがたまらん。最高のお正月だわ。
>ペンギン太郎:ドタバタ飯テロも好きだけど、こういう静かで贅沢な食レポも沁みるな……。
>腹ペコ通りすがり:お雑煮食べながらお酒飲みたくなってきたわ。出汁の完成度が高すぎる。
一口一口を大切に噛み締めながら、温かな湯気の中で穏やかな時間が流れていく。
すると、あおいはお椀を置き、遠巻きにお雑煮を羨ましそうに眺めていた冒険者たちへ向けて笑顔で声をかけた。
「見学してくれた冒険者のみなさん! 凛ちゃんが大きなお鍋でたくさん作ってくれたので、良かったら新年の縁起物に食べていきませんか〜?」
「えっ!? 俺たちも食べていいのか!?」
「振舞いお雑煮だよ〜! はい、熱いから気をつけてね!」
凛がお椀に盛り付けて手渡すと、集まった冒険者や配信者たちから「うわあああありがとう!!」「ごはん部最高!!」と歓声が上がる。
お椀を受け取った冒険者たちが一口すすると、一瞬で目を丸くした。
「〜〜〜っ! なんじゃこれぇぇぇ!? 出汁の旨味が尋常じゃない!!」
「エビの身がプリップリだ……! うま……うますぎる……!」
「新年初のごはんがこれとか、今年一年最高のお年玉だろ!!」
境内の一角が、一気にお祭り騒ぎのような笑顔と歓声で満たされていく。
>スライムニキ:振舞いお雑煮きたあああ! 現地組羨ましすぎるんだが!?
>名無しの冒険者:気前良すぎるだろごはん部! 神対応かよ!
>ソロキャンパー:他の冒険者たちもめちゃくちゃ感動しててほっこりするわ。
◆
振舞いお雑煮で現場が温かな空気で包まれる中、あおいはカメラを真っ直ぐに見つめ、ふっと表情を引き締めた。
「……みんな。今年最初の『大切な発表』をさせてください」
静まり返るコメント欄。まひろと凛も優しく微笑みながら、あおいへ頷いてみせた。
「私たちは去年の春、右も左もわからなくて、最初はただ目の前のごはんを作って食べるだけで必死だったけど……みんなが温かく見守ってくれて、応援してくれたおかげで、ここまで来ることができました」
あおいは胸の前でキュッと拳を握りしめた。
「だからこそ、今年はもっと成長した姿をみんなに見せたいです! 探検者としても、配信者としても、新しい限界に挑戦します!」
一呼吸置いて、あおいは力強く宣言した。
「私たちの今年一番の目標は――『氷雪・火山複合ダンジョン・中層最深部ボスの撃破』です!」
中層最深部。それはプロのソロ探索者や大手クランでさえ入念な準備を重ねて挑む、一つの大きな壁だ。
「もちろん、美味しくて楽しいごはん配信は絶対に変わりません! でも、もっと深い階層に行って、誰も見たことのない最高の食材と出会って、みんなに届けたいんです! だから……今年も私たちと一緒に走ってくれますか!?」
直後、コメント欄が爆発的な勢いで流れ始めた。
>スライムニキ:当たり前だろおおおおお! どこまでもついて行くぞ!!
>名無しの冒険者:中層最深部撃破宣言! 熱すぎる! 応援しない理由がない!
>ペンギン太郎:今の三人なら絶対行けるよ!
>ソロキャンパー:最高の目標だな! 今年も美味い飯と熱いバトルを見せてくれ!
画面を埋め尽くす温かい応援の言葉に、まひろと凛も晴れやかな笑顔を見せる。
「ふふ、言っちゃったわね、あおい。でも、私も凛も異論はないわ。準備は万全にしていくわよ」
「うん! もっと美味しいものをみんなで作って食べようね〜!」
◆
お腹も心もすっかり満たされ、三人は境内のおみくじ結び所へと向かった。
「最後に、今年一年の運試し! ツノっち、おみくじ引いてみて!」
あおいに抱えられたツノっちが、木筒を小さな手で「シャカシャカ」と器用に振り、コロンと出た竹串を凛がすかさずキャッチした。
まひろがおみくじを受け取り、折りたたまれた紙を開く。
「……すごいわ。ツノっちが引いたの、『大吉』よ!」
「きゅ〜〜〜っ♪」
ツノっちが得意げに胸を張ると、あおいと凛が「すごーい!」と顔を見合わせて歓声をあげた。
鳥居の向こう側から、ダンジョン特有の幻想的な光の束が差し込み、雪のように舞う金箔の光と混ざり合って、参道全体を温かな黄金色に染め上げていく。
あおい、まひろ、凛、そしてツノっちは、その光を背景に並び、お雑煮を楽しそうに食べる周囲の冒険者たちとともに、カメラに向かって晴れやかに微笑んだ。
「それじゃあみんな、今年一年も『異世界ごはん配信部』を――」
「「「よろしくお願いしまーす!!」」」
全員で揃えて深々と手を振り、お辞儀をする。
画面の隅でコメント欄が「大吉おめでとう!」「今年もよろしく!」「最高の配信をありがとう!」という温かい言葉で埋め尽くされていく中、あおいたちは笑顔のままゆっくりと画面の向こうへと手を振り続けた。
配信画面が静かに、余韻を残しながら柔らかな光の中へとフェードアウトしていく。
有志たちの手によって温かく整えられた神社境内に、新しい冒険への高鳴る胸の鼓動と、変わらない三人の温かな笑い声が、いつまでも心地よく響き渡っていた。




