第28話:湯上がり至高の一杯! 温泉で極上黒豚しゃぶしゃぶ
「みなさんこんばんはー! 『異世界ごはん配信部』です! 最近めっきり肌寒くなってきましたね〜!」
ポムドローンのカメラの前で、あおいがブレザーの袖口をキュッと引っ張りながら元気に挨拶した。
画面の背景に映っているのは、もくもくと白い蒸気が立ち上る幻想的な洞窟――**『温泉ダンジョン』**の浅層エリアだ。岩肌の隙間からほんのりと硫黄と鉱物の心地よい香りが漂い、見ているだけで身体が温まってきそうな光景である。
>スライムニキ:温泉配信きたあああああああ!
>名無しの冒険者:寒くなってきたこの季節に温泉ダンジョンは最高すぎる!
>ペンギン太郎:ポカポカ湯気だけで飯が食える(?)
>ソロキャンパー:今日のロケーションも最高だな。ツノっちも暖かそう!
「きゅ〜♪」
あおいの肩の上で、小さな赤いマフラーを巻いたツノっちが、気持ちよさそうに鼻をヒクヒクさせている。
「今日の温泉ダンジョンは安全地帯に素晴らしい天然露天風呂があるのよね。まずはしっかり温まってから、湯上がりご飯にするわよ!」
「ふふ、冷えた身体を温めるには一番だね〜」
まひろと凛に促され、一行は脱衣所へ向かった。
「あ! そうだ! 配信規約もあるし、ここから先は音声だけでお届けしまーす! ポムドローン、音声モード切り替え!」
あおいがポムドローンに向かってピッと指示を出すと、画面が『※ただいま音声のみでお届けしております(イラスト:ツノっち)』という可愛らしい静止画に切り替わった。
>スライムニキ:音声のみモード草。健全配信助かる!
>名無しの冒険者:あおいちゃんしっかり配慮できててえらい!
>ペンギン太郎:画面はツノっちのドット絵かww可愛いからヨシ!
◆
――【配信画面:音声のみモード】
――『じゃぽ〜ん……ポタポタ……』
静かな洞窟内に、心地よいお湯の跳ねる音が響く。
「あおい:うわぁぁぁ! お湯の温度が最高〜! まさに大自然の露天風呂って感じ――って、あれ……?」
「カグラ:ふぅぅぅ……極楽、極楽だな……。身体の芯まで湯が染み渡るよ……」
湯船の奥から聞こえてきたのは、完全に脱力しきった、聞き覚えのある声だった。
「あおい:えっ!? この声って……カグラさん!?」
「まひろ:ちょっと、ルナちゃんまでいるじゃない!?」
「カグラ:あ……あおいちゃん……!? まひろちゃんに凛ちゃんまで……な、なぜここに!?」
「あおい:それはこちらの台詞ですよ! カグラさんたち、なんでここにいるんですか!?」
「カグラ:ち、違うんだ! 前回のキノコ狩りのあと、無性に温泉に入りたくなってね……プライベートで極秘に癒やされに来ていたんだよ! け、決して君たちがここに来るのを待ち伏せしていたわけでは……っ!」
「ルナ:あはは! カグラちゃんたら、本当は『配信部ちゃんたちが温泉ダンジョンに行くって言ってたから張り切って先回りしよう』って言ってたのに〜!」
「カグラ:ル、ルナ! 余計なことを言うな……っ!」
>スライムニキ:画面真っ暗だけどカグラ様またおるwwwww
>名無しの冒険者:音声だけでもカグラ様がのぼせて真っ赤になってるの想像つくww
>ペンギン太郎:プライベート遭遇(自称)音質クリアで助かるwww
>ソロキャンパー:音だけでも完全にオフの顔になってるのわかるの草
音だけでも丸わかりなトップ配信者のポンコツっぷりに、コメント欄は大爆笑に包まれた。
「あおい:ふふ、偶然(?)会えて良かったです! カグラさんたちも一緒に温泉、入ろ!」
「カグラ:う、うむ……よろしく頼むよ……。……ふぅ。でも、温泉に入るとどうしてこんなにお腹が空くんだろうね」
「あおい:フフフ……お腹が空くのを見越して、今日は湯上がりに最高の『温まりごはん』を用意してあります!」
「カグラ&ルナ:なっ……本当かい!? / ほんとー!?」
◆
――【配信画面:映像再開!】
「はーい! お風呂から上がりました〜! ポムドローン、映像ON!」
画面が切り替わり、湯上がり着に着替えたあおいたち、そして同じく湯上がり着を羽織って髪を拭いているカグラとルナの姿が画面に映し出された。
一行が移動したのは、露天風呂のすぐ脇にある木調の湯上がり休憩スペースだ。
卓上にセットされたカセットコンロの上で、透明な昆布出汁の入った鍋がコトコトと小さな泡を立てている。
凛が保冷箱から取り出したのは、薄紅色と純白の脂身が美しい、綺麗に花びらのように並べられたお肉のプレートだ。
「今日のメイン食材は、温泉ダンジョンの地熱と微量の温泉成分の蒸気でじっくり熟成された『温泉熟成黒豚』の薄切り肉だよ〜!」
凛が紹介すると、カグラがゴクリと大きな生唾を飲み込んだ。
「熟成黒豚……! 一見、普通の豚肉に見えるけれど、脂身のツヤがまったく違うね……」
「そうなんだよ〜。温泉効果で余分な水分が抜けて旨味がギュッと凝縮されていて、脂身の融点がすごく低いんだよ。そして、これに合わせるのが特製の『凛特製・自家製生ポン酢』!」
凛特製のポン酢は、異世界産の新鮮な柑橘果汁に、上質な樽仕込み醤油、そして昆布と削り節の濃密な出汁を合わせた琥珀色のタレだ。小鉢に注がれると、甘酸っぱく芳醇な香りが爽やかに広がった。
「さあ、お肉をサッと湯通しして……いただきます!」
あおいは箸で薄切りの温泉熟成黒豚を一枚挟むと、煮立つ黄金出汁のなかへくぐらせた。
――『しゃぶ……しゃぶ……』
ほんの数秒。ピンク色のお肉がパッと綺麗な桜色に変わった瞬間、サッと引き上げ、特製ポン酢の小鉢へと潜らせる。
そして、そのまま大きな口で頬張った!
――『パクッ……ジュワァァァ……』
「〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
あおいは目を丸くして、両手を頬に当てた。
「お肉が……お肉が口の中でフワッと解けちゃったよ〜っ! 噛んだ瞬間に熟成された黒豚の甘い旨味がジュワ〜って溢れ出てくるのに、凛ちゃんの特製ポン酢の爽やかな酸味とお出汁の香りで、全然くどくない! サッパリしてて、いくらでも食べられちゃうーーーっ!」
「私もいただくよ……!」
我慢しきれなくなったカグラが、震える手で箸を伸ばした。
黒豚を湯にくぐらせ、桜色に変わった肉をポン酢に浸して口へ運ぶ。
――『ハフ……ごくっ……』
次の瞬間。
カグラの琥珀色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……っ!! おいしい……! 湯上がりで火照った身体に、このポン酢の澄んだ酸味と、温かく濃厚な黒豚の旨味が全身に染み渡っていく……! 温泉のあとにこんな……こんな至高の食べ物があっていいのか……!?」
「美味しすぎる〜〜〜っ!」
ルナも一口食べて歓声を上げた。
「お肉の脂がすっごく甘いのに、ポン酢のおかげで全然重たくない! お風呂上がりでサッパリしたい気持ちと、温かいものを食べたい気持ちが両方満たされていくよ〜っ!」
>スライムニキ:カグラ様また感涙してて草www
>名無しの冒険者:湯上がりのポン酢しゃぶしゃぶは反則すぎるだろ!!
>ペンギン太郎:『しゃぶしゃぶ』の音と肉の桜色が美しすぎて腹減る……!
>腹ペコ通りすがり:くそっ、今すぐ温泉行って豚しゃぶ食べたい!!
あおいとカグラたちは、競うように肉をしゃぶしゃぶしては特製ポン酢にくぐらせ、夢中で口へと運び続けた。
締めには、黒豚の旨味と昆布出汁がしっかり溶け出した鍋に細麺のうどんを投入。ポン酢と出汁を少し割り入れたスープでいただく湯上がりうどんは、まさに完璧な締めくくりとなった。
◆
――数十分後。
「ふはぁぁぁ……! 締めのおうどんまで美味しかった〜……」
空になった鍋と皿を前に、あおいは座布団の上で満足そうにお腹をさすっていた。
しかし、その横では思わぬ事態が起きていた。
極上の温泉で骨抜きになり、さらに絶品しゃぶしゃぶとおうどんで満腹になったカグラが、完全に警戒心をゼロにして畳の上にゴロゴロと横たわっていたのだ。
「カグラちゃん……? もしかして、もう眠い感じ……?」
「ん……ぅ……温泉と……ポン酢の余韻が……すばらしすぎて……もう体が……動かないんだ……」
トロンとした目を揺らし、毛布の端をぎゅっと抱きしめながら、まどろみの中へと落ちていくカグラ。普段のカリスマソロ探索者の威厳は完全に崩壊し、ただのぐうたらな猫のようになっている。
「あはは! カグラちゃん、完全に落ちちゃってるー!」
「ちょっとカグラさん!? チャンネル登録者一〇〇万人のトップ配信者が、こんな無防備な姿を十何万人の前に晒して大丈夫なの!?」
まひろが慌てて手ぬぐいでカグラの顔を隠そうとするが、カグラは「むにゃ……あおいちゃん……明日も……黒豚を……zzz」と、気持ちよさそうに小さな寝息を立て始めてしまった。
>スライムニキ:カグラ様完全に落ちてて草wwwww
>名無しの冒険者:トップ配信者の限界ぐうたらモード助かるww
>ペンギン太郎:飯テロからのポンコツ寝顔ギャップで耐えられないww
>ソロキャンパー:こんなんチャンネル登録するしかないだろ!
コメント欄が過去最高のアフレコと爆笑で埋め尽くされていく。
「ふふ、カグラさんが完全に寝ちゃったので、今日の配信はそろそろおひらきにしまーす!」
あおいがくすくす笑いながらカメラに手を振ると、横からルナと凛も笑顔で手を振った。
「それじゃあみんな、高評価とチャンネル登録よろしくね! 次回の配信でまた会おうね〜!」
あおいがポムドローンに小さくウィンクを送ると、まひろが溜息をつきながら配信管理端末の画面を素早くタップした。
「もう、しょうがないわね……急いで終了画面に切り替えるわよ!」
まひろの手元操作によって、画面にはあらかじめ用意されていた『※本日の配信は終了しました(イラスト:すやすやツノっち)』という配信終了用カードが一瞬で覆いかぶさり、ぐっすり眠るカグラの姿を優しく隠した。
コメント欄に「おつー!」「カグラ様おやすみww」「最高の配信だった!」と怒涛のラストコメントが流れる中、配信データの送信がストップする。
――『ピッ(配信終了)』
湯気がやさしく包み込む温泉ダンジョンに、配信を切った後の安堵の笑い声が、温かく響き渡っていたのだった。




