第2話:初配信! 制服とスライムとリスナー
光の粒子を抜けた瞬間、肌を撫でたのは風の冷たさだった。
「うわあ……! 本当に異世界だ……!」
思わず声を漏らしたあおいの視界いっぱいに、どこまでも澄み切った青空と、地平線まで広がる豊かな緑の絨毯――セーフティゾーン『始まりの草原』が広がっていた。
地球の東京では見られない、圧倒的なスケールの自然だ。
『ポムッ!』
小型ドローン『ポム』がフワリと宙を舞い、あおいたち三人の姿をベストポジションから映し出す。
スマートグラスのARディスプレイが起動し、視界の隅に配信画面が投影された。
「まひろ、どう!? 同接何人!?」
「えーっと……」
まひろはスマートグラスのAR画面を何回かフリックし、すこし気まずそうに咳払いをした。
「……現在『3人』です」
「3人! すごーい! もう観てくれてる人がいるよ!」
「喜びすぎないで。内訳を言うと……1人目は私のサブアカウント。2人目はたまたま通りすがったらしい暇人。3人目は……アイコンも名前も初期設定のアカウントね」
実質、身内を除けばリスナーはたったの2人だった。
だが、あおいは落ち込むどころか、カメラ代わりのポムドローンに向かって思い切り手を振った。
「みんな〜! はじめまして! 『異世界ごはん配信部』の星宮あおいです! 放課後の部活で異世界冒険始めましたー! コメントとかも気軽に書いてね!」
>名無しの冒険者:マジで制服で来てて草
>名無しの冒険者:放課後感覚すぎるだろ
「あ! コメントついた!『制服で来てて草』だって!」
「喜んでる場合じゃないでしょ。とにかく、何か配信として見栄えのする実績を作らないと」
まひろが周囲を見渡す。すると、すぐ近くの背の高い草むらが、シャカシャカと怪しく揺れた。
「……あ、あおいちゃん。あそこに何かいるよ〜」
凛がのんびりとした声で指をさす。
草むらをかき分けて姿を現したのは――直径三十センチほどの、半透明で緑色をしたプルプルの物体だった。
「スライムだー!」
あおいが歓声を上げる。
まひろは素早くタブレットを操作し、スライムに照準を合わせた。
「【ぷにぷにスライム】。危険度Eの最弱モンスターね。主な攻撃手段は突進だけど、打撃属性以外なら簡単に倒せるわ」
「よしっ! 記念すべき部活の初討伐、私に行かせて!」
あおいは腰の日本刀をシャキーンと引き抜いた。
現代の超軽量合金で作られた刃が、異世界の陽光を反射してキラリと輝く。
「制服JK剣士のカッコいいところ、見せてあげるんだから! たーッ!」
あおいは芝生を力強く蹴り、スライムめがけて勢いよく躍り出た。
上段から一直線に刀を振り下ろす!
――ポヨンッ!
「……えっ?」
刃がスライムの表面に触れた瞬間、想像以上の弾力で刀身がツルリと滑った。
勢いあまったあおいは、そのまま地面の突起に足をとられる。
「きゃあぁぁぁっ!?」
豪快なスライディング。
あおいは制服のスカートをたなびかせながら、顔面から思い切り草むらへ突っ込んだ。
「ちょっとあおい! 配信で何を盛大にコけてるのよ!」
「痛たたた……鼻に草が入った……」
まひろが呆れ声を上げた直後、スマートグラスのAR画面がにわかに騒がしくなった。
プラットフォームの新着・ハプニング枠に一瞬浮上したのか、野次馬のリスナーがどっと流れ込んできたのだ。
>名無しの冒険者:草wwwwwwwwww
>名無しの冒険者:リアクション芸人かよwww
>名無しの冒険者:顔面セーフ(アウト)
「……あおい! 今のコケ芸のおかげで野次馬が流れてきて、同接が一瞬で『7人』まで跳ね上がったわ!」
「えぇ!? 転んだだけで!? じゃあもっとコケたらもっと増える!?」
「バカ言わないで、次はちゃんと戦いなさい!」
まひろに一蹴された瞬間、怒ったスライムが「プルルン!」と身体を大きく膨らませた。
顔面から草むらに突っ込んだ無防備な背中に向かって、弾丸のように飛びかかる!
「あおい、危ない!」
「あ、いっけな――」
あおいが振り返った瞬間、視界を覆ったのは――圧倒的な「鉄の壁」だった。
――ドスゥン!!
重厚な金属音が響き渡る。
凛がその長い脚で一歩を踏み出し、背負っていた超硬質合金の大盾を地面に突き立て、スライムの体当たりを完封したのだ。
スライムは硬い金属にぶつかり、「べちゃっ」と無残に潰れて地面にポロリと落ちた。
「あおいちゃん、油断しちゃダメだよ〜」
大盾の後ろから、凛がほのぼのとした笑顔を覗かせる。
その姿は、どんな攻撃も通さない不動の要塞そのものだった。
>名無しの冒険者:盾の子の安心感やばくて草
>名無しの冒険者:ナイスタンク!
>名無しの冒険者:剣士ちゃんポンコツすぎて可愛いww
「うぅ……凛ちゃんありがとう……! まひろ、このスライムどうやって倒せばいいの!?」
「中央にある、緑色の核を狙いなさい! そこさえ突き刺せば一発だから!」
「了解!」
あおいは素早く立ち上がると、刀を今度は「突き」の構えでセットした。
大盾にぶつかって目を回しているスライムに向かって、狙いを定める。
「今度こそ……せいッ!」
シュッと鋭い突きのひと線。
刀の先がスライムの中央にある核を見事に貫いた。
――シュワァァァ……。
スライムは一瞬で光の粒子へと変わり、空気中に溶けて消えていった。
地面には、手のひらサイズの「プルプルしたゼリー状の緑色の塊」だけがぽつんと残されていた。
「勝ったぁぁぁーーーっ!」
あおいは両手を高く突き上げてバンザイした。
「見た!? 私たちの初勝利だよ!」
「あおいがコケた以外は、まあまあの連携だったんじゃない?」
「ねえねえ、この残ったぷるぷる……なんか美味しそうだね」
凛がしゃがみ込み、スライムコアを指でつついている。
「凛、それは食材じゃないから食べちゃダメだからね!?」
まひろが慌てて注意した、その時だった。
野次馬の大半は去っていったものの、画面には一通の温かいコメントが残されていた。
>名無しの冒険者:おつ〜。制服で異世界冒険って斬新だな。結構面白かったから次も見るわ
それは、冷やかしではなく、自分たちの配信を気に入ってくれたリスナーからのメッセージだった。
「あ……!」
あおいたちは顔を見合わせた。
まひろがスマートグラスのアナリティクス画面を確認し、眼鏡を指で押し上げながら、ふっと柔らかく微笑む。
「……野次馬は抜けちゃったけど、同接『5人』で定着しました。ちゃんと残ってくれた人がいるわよ」
「やったあぁぁぁ!!」
あおいと凛は抱き合って大喜びした。
野次馬を除けば、実質5人も新しくファンが増えたのだ。
自分たちの「放課後の冒険」が、画面の向こうの誰かに届いたという確かな手応えだった。
あおいは弾けるような笑顔で、宙に浮くポムドローンへ向かって指をさした。
「ご視聴ありがとうございました! 『異世界ごはん配信部』、今日はここまで! 明日はもっと奥に行って、異世界の美味しい食材を探しに行きます! チャンネル登録と高評価、よろしくね〜!」
『ポムッ!』
配信終了の通知とともに、ポータルを通って部室へ戻ってきた三人。
放課後の夕暮れの部室で、彼女たちの小さくて賑やかな冒険は、まだ始まったばかりだった。




