第1話:制服と、スマホと、異世界と
「決めた! 私、今日から部活作る!」
4月の爽やかな風が吹き抜ける放課後の廊下。
星宮あおいは、自身の頭上でぴょこぴょこと揺れるアホ毛をピンと立たせながら、高らかに大宣言した。
「また始まった……。今度は何の部活よ。『タピオカ巡り同好会』なら先週三日で潰れたでしょ」
隣で呆れ顔を浮かべているのは、幼馴染の白銀まひろだ。
眼鏡の奥の綺麗な切れ長目を細め、手元のタブレットをフリック操作している。
「タピオカは流行が終わってたから撤退したの! 今度のやつはガチだから! 時代はまさにこれ!」
あおいは胸を張り、自分のスマホをまひろの目の前にずいっと差し出した。そこに踊る文字は――『異世界ごはん配信部』。
数年前、空間接続技術の飛躍的進歩により、地球と異世界『ファンタジア』を繋ぐ端末『GatePad』が一般普及した。
今や異世界は特別な英雄だけが行く場所ではない。
ゲートさえあれば、誰でも安全領域へ一瞬でアクセスできる時代だ。
放課後にカラオケやファミレスへ行く感覚で異世界へ素材採集に行く高校生だって珍しくない。
「私たちはただ異世界に行くだけじゃないの。異世界で集めた食材で美味しいご飯を作って食べるんだよ! その様子をリアルタイムで配信したらウケること間違いなし!」
「……配信ねぇ」
まひろはふーっと深いため息をつくと、人差し指で眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。
「甘いよあおい。今の配信界隈がどれだけレッドオーシャンか分かってるの? 回線の帯域確保、撮影ドローンの画角制御、コメントのモデレーション、何よりアナリティクスのデータ分析……ノリだけで伸びるほど甘く――」
「まひろが作ってくれた配信画面なら、絶対世界一可愛くなってバズるのに」
「うっ」
「それにさ、まひろが夜な夜な組み上げてる自作のプログラミング魔導陣……異世界のリアルな環境で実証実験してみたいでしょ?」
「くっ……! な、なんでそれを……」
まひろの顔がみるみる赤くなる。ガジェットオタクでプログラミング狂いの彼女にとって、自作の魔導プログラムを異世界で試すというのは何よりの好物だ。
「……ま、まあ? 機材の選定や裏方としてのテクニカルサポートが必要っていうなら、協力してあげないこともないけど?」
「やったー! まひろ大好き!」
速攻で落ちた幼馴染を抱きしめると、あおいは廊下の向こうから歩いてくる高身長の少女へとターゲットを切り替えた。
「凛ちゃーん!」
「ん? あおいちゃん、どうしたの? あ、コンビニチキン食べる?」
のんびりとした口調でコンビニ袋を差し出してきたのは、同級生の小早川凛だ。
モデル顔負けのスタイルを持ちながら、頭の中の九割が食べ物で満たされている大食いお姉さんである。
「凛ちゃん、私達と一緒に異世界ごはん配信部やろう!」
「異世界ごはんかぁ……。興味はあるけどなんかたくさん歩いて疲れそうだし、どうせ歩くなら私はスイーツ巡りの方がいいなぁ」
想定通りの難色を示す凛。
だが、あおいはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、凛の耳元へと顔を近づけた。
「……異世界にはね、地球のマンゴーの十倍甘くて口の中でとろける『ルミナス・ベリー』とか、果汁みたいにジューシーな肉汁があふれる『ロックバードの超巨大モモ肉』があるんだって」
「……!」
凛の大きな瞳が、カッと見開かれた。
「私、タンクやる。明日秋葉原で一番頑丈な大盾買ってくる」
「落ちるのが早すぎる!!」
まひろのツッコミが廊下に響き渡った。
◆◆◆
申請書を生徒会へ提出し、無事に『異世界ごはん配信部』の設立が認められたのは、翌日の夕方のことだった。
あてがわれた部室は、校舎の最果てにある埃の積もった教室。
三人は雑巾がけをし、古い机を並べ替え、あっという間に居心地の良い秘密基地を作り上げた。
「よし……『GatePad』、セット!」
あおいが設置したのは、重厚な金属フレームに覆われた厚手のタブレット端末のような装置だ。
これが異世界への扉を開く鍵となる。
「配信プラットフォーム『GateStream』のチャンネル開設完了」
まひろがタブレットを操作しながら告げる。
画面には『異世界ごはん配信部【公式】』の文字と、あおいが休み時間に5分で描いた、変なアホ毛の生えた落書きみたいなアイコンが踊っていた。
「準備は整ったね。……それじゃあ、着替えようか!」
三人はあらかじめ秋葉原の専門店で揃えておいた、装備を制服の上に着用していく。
あおいは紺色のブレザーの上に、超軽量合金で作られた白い胸当てと肘当て。
腰にはメカニカルチックな日本刀。
まひろは制服姿にスマートグラス、そして魔導回路が刻まれた特注のタブレット。
凛は制服の上にゴツい肩当てを装着し、身の丈ほどもある超硬質合金の大盾を背中に背負った。
「なんか胸のところがキツいんだけど……」
「あおい、アンダーのベルト緩めなさい。……って凛、盾重そうだけど平気?」
「ん? これ、見た目より軽いよ〜」
制服と重装備のミスマッチな姿でドタバタと準備を進める三人。
窓の外からは、茜色の夕焼けが差し込んでいた。
「ドローン起動。コードチェック良好」
まひろが合図を送ると、部屋の隅に置かれていた球体型の小型ドローン『ポム』が「ポムッ!」と可愛らしい起動音を立ててふわふわと宙に浮き上がった。
自律型AIを載せた超高画質カメラが、あおい達の姿を捉える。
『GateStream』の画面には【配信開始まであと1分】のカウントダウンが表示されていた。
「あおい、心の準備はいい?」
「いつでもいけるよ!」
あおいはGatePadの前に立ち、メインスイッチへ手をかけた。
ゴクリと息をのむ。胸の奥が、期待と少しの緊張で熱く脈打っていた。
「行くよ……!」
ポチッ、とボタンを押し込む。
――ブゥン!
重厚な駆動音が鳴る。
端末のレンズから、眩いばかりの青い光の粒子が溢れ出す。
空間が水面のようにぐにゃりと歪み、部室の真ん中に縦2メートルほどの光の裂け目が現れた。
その向こう側に透けて見えるのは、地球の夕暮れとは違う、澄み切った雲一つない青空。
そして、見渡す限りの青々とした大草原――異世界『ファンタジア』のセーフティゾーン『始まりの草原』だ。
光の扉を通じて、異世界の風が部室のカーテンをふわりと揺らす。
「ポムちゃん、ライブ配信スタート!」
『ポムッ!』
スマートグラスの視界の端に【LIVE】の赤い文字が点灯した。
同時接続者数:【0】。
まだ誰も見ていない、配信の始まりだ。
あおいは腰の刀の柄に手をかけると、八重歯を覗かせてニッと太陽のような笑顔を浮かべた。
「よーし! 記念すべき第1回配信、いっくよー!」
制服のスカートをなびかせながら、あおいは迷いなく、光の扉の向こう側へと一歩を踏み出した。




