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初仕事 2

 「ふわぁ!可愛い色だけど、でっかいねぇ」

空港に近づくと夜でも遠目から目に入る飛行船。ショッキングピンクに赤いリボンがペイントされており、かなり目立つ。

 トラン観光飛行船。上部にガス嚢を備え、且つ横に大きな静穏プロペラを八機付けた大型船で長時間の航行が可能のようだ。

 それに偽名を使ってこれから乗り込むということで、三人の表情は固かった。いや、二人。アキラは目立つほどにはしゃいでおり、ニックは気が気ではない。イサトゥも浮き立つアキラの行動に不審がられはしないかと動悸が止まらなかった。

 堂々としていれば何の事はないそうだが、それはもう何度も聞いたとうんざりしているニックだった。



 飛行船内のホールでは人々が出発を前にさざめいていた。オプショナルツアーの感想やこれからの旅に想いを馳せる声がさざ波のように聞こえてくる。数名の給仕はカクテルやソフトドリンクをトレイに乗せて客の間を行き交っており、数種類のカクテルがアキラ達にも差し出された。イサトゥは飲んでいる気分ではないしアキラはアルコールは飲めないと辞退したが、ニックだけさりげなく受け取って御満悦といった笑顔を浮かべていた。

 「人は多くないみたいだけど、どうやって父さんを探す?」

 「たぶん監禁されているだろうな。そこさえ分かればいいんだが」

 「でもさ、拉致されてもう何日も経つんでしょ?この船に乗ってるかさえ分かんないじゃん?」

 「不確かだよな。だけど飛び立ったヘリを利用したのはトラン観光だけで、この飛行船が待機している空港にヘリが降りたのは事実だ。だとしたら、どんなに日が経とうとここから調査しなきゃならないだろうよ」

ホールの壁際へ移動して周囲に目を配りながらニックは言った。自分の顔を知られていないとはいえ、偽造チケットに偽名で乗り込んでいる。目立つことは極力避けたかった。

 しかし一人だけそういう配慮の欠片もない者が……

 「すごーい!浮いたよ!景色綺麗!」

窓に額を押し付け、思いのたけを叫ぶアキラは思いきり目立っている。黙れ!ニックはアキラに思念を投げつけたが、テレパシー能力の無いアキラには無駄だった。


 ホールは夜景をより見やすいように照明が落とされていた。人々も出発時の高揚感を落ち着かせ、窓際の席で落とされた照明同様に声を低くしている。ひととおり大騒ぎしたアキラも、今は静かに眼下を見おろしていた。

 飛行船は都市部の夜景から工業地帯へと移動している。車やビル群の生活の明かりやネオンとも違い、二十四時間稼働している工場の明かりも観光の見所だ。

 「おい。仕事の時間だぞ」

 『いひゃい(痛い)いひゃい(痛い)!』

ニックがアキラの両頬をつまんだ。こうでもしなければ意識を切り替えそうになかったのだ。多少の不満をアキラは訴えたがそれは無視した。

 「どうやって監禁されてる人を探すのさぁ?」

アキラが両頬をスリスリとさすりながら言う。抗議をするような声音だ。ふん。とニックは冷めた眼差しを向けた。

 「誰かに訊けばいいことだろ?」

そう言ったニックの瞳は金色に光っていた。



 三人はラウンジの窓から離れたソファに場所を移し、声をひそめる。

 「俺は従業員用通路から誰か捕まえて訊く。アキラは残留思念を追えるんだな?」

 「深くは追えないよ。人が多すぎるもん」

 「手掛かりさえつかめたら御の字だ。どんな危険があるか分からないから、イサトゥはここで待っていてくれ。一時間もあればいいだろう?」

ニックは言ったが、そのあと少し意外な顔をした。

 「だったら、俺かアキラのサポートをしてくれるか?」

 「なんだよ。二人で分かったような会話してさぁ?ボクはサポートいらないよ。うっかり思念を拾っちゃうかもだし」

仲間はずれになったような気分で口を尖らせながらアキラは言った。

 「じゃ、イサトゥは俺と行動な。それとな、こいつテレパシーが使えるらしいぜ。どっかの奴より使えるな」

ニックはにやりと笑ってみせ、アキラは驚き、イサトゥは少し申し訳なさそうにはにかんだ。

 「うぅーっ!ボクだって訓練したらきっと使えるよー」

 「はいはい。行動開始だ」

手をヒラヒラとさせてニックはイサトゥと薄暗いホールの奥へ消えていった。

 アキラもふんと鼻息を荒くすると、二人が消えた方とは反対方向へ歩きだす。宛があるわけではない。しかし何かしらに当たるだろうと、楽観的だった。


 「ふーんだ。テレパシーだってなんだって、きっと訓練したら使えるんだ。小さい時はもっといろんな事できてたらしいもん」

負け惜しみをブツブツと呟きながらバーカウンターの前を通りすぎた。静かなさざめきの中、イサトゥの家の残留思念の中で聴いた声がどこからか聞こえてきた。特徴のある少女とも少年ともつかない声。少し自分の声質とも似ていて勝手にライバル心を抱いていたので覚えていた。やはり飛行船の中にイサトゥの父親の手掛かりは高確率でありそうだ。

 どこへ行こう?声の主を探してもよかったが、うろうろするだけでは不思議がられる。声の主が客ではないことは確かなようだから、従業員を探せばいいだろう。バーカウンターの奥は厨房とも繋がっているらしいのに気づき、壁際をキョロキョロと見渡して人目につかないプランターの影にスタッフオンリーの文字を見つけた。さりげなく近づき、それが当たり前のように扉の奥へ入っていった。

 人ふたりがすれ違えるだけの狭い通路だ。開け放たれたものから閉じられたものまで点々と出入口が見える。スタッフはホールの方へ回っているのだろうか、ドアの近くで行き来する者はあるもののすれ違う者はいない。好都合だった。

 とはいえ、一般人が立ち入るのは不審だろう。どこかにスタッフが制服に着替える更衣室があるはずだ。女性用も必ずあるはず。鼻息が荒くなった。だが探し回ると怪しまれる。


 「あ、あのぉ?」

辺りをうかがって、やって来た若い女性にアキラは声をかけた。おずおずと申し訳なさそうに話しだす。

 「今日はこっちで仕事しろって言われて来たのだけど、制服を忘れちゃってぇ」

もじもじ。

 仕方ないわねと呆れて、彼女はアキラを更衣室まで案内した。合うのに着替えたらホールに戻るように言われて、彼女は去っていく。アキラは心の中で親指を立てた。

 白いパフスリーブシャツに焦げ茶色のベスト付のエプロンドレス。可愛らしさはないが大きなポケットもあって機能的だ。おやつがたくさん詰め込める。着替え終えると再び細い通路に戻った。


 本番。


 頬を軽く叩き、気合いを入れた。そろりと壁に指先を触れさせる。壁伝いにたくさんの思念と情景が早送りの動画のように駆けめぐった。気になった光景がひとつあったが深く探れば意識を持っていかれそうで、これではダメだと指を引っ込める。気になる場所でもう一度試みるべきと思った。

 「その前に……っと」

大きなため息をひとつ吐き、ポケットに入れていた溶けかけたチョコレートを口に放り込んだ。超能力(ちから)を使うとひどく甘いものが食べたくなるので、どこかしらのポケットにはいつもチョコレートやキャンディが入っているのだ。単に甘いもの好きというのもあるが……


 通路をさらに奥へ進んでいった。


 アキラが見た光景は生体認証のパネルだった。指紋や静脈とかの類いなのだろう。見つけたらニックがなんとかしてくれるだろうから、探すだけ探せばいいや。そう思った。

 壁に触れて見えたのだから、通路のどこかのはずだ。

 「でも変だよね。狭い飛行船のはずなのに、なんでこんなに通路の距離があるんだろ?」

呟いた。通路は緩く傾斜して上へ続いているように思えた。もしかすると飛行船のガス嚢はダミーなのかもしれない。思えば推進のプロペラを付けていたが、あの大きさならガスの袋など必要なさそうだった。どうでもいいけどね。心の中で呟いた。


 「さて!先に進みますか~」

大きな伸びをして歩き出した。ホールの方が忙しいのだろう。スタッフがちらりとアキラを認めても、声をかけている余裕がなさそうだ。

 角を曲がる。

 数メートル先の壁にわずかな出っぱりを見つけた。近づくと十センチ四方ほどのコントロールパネル。テンキーと上部にレンズが一つ。虹彩認証だ。

 ぞくりと身震いした。何人もがこのパネルに触れただろう。思念に引き込まれたら自分の意識が戻ってこられるのか不安で仕方がない。

 触れる時間を短くすれば、数日から数週間以内の思念ですむだろう。ただ、どの程度触れていればいいのか、引き込まれたら自分の意思で手を離すこともできなくなるかもしれない。

 「一瞬。一瞬だよ……」

自分に言いきかせるように呟いた。それからうんと頷き、緊張して冷たくなった指先をパネルへ近づける。近づけたが、そこから触れるまでしばらく間があった。

 「ホールスタッフが何やってるのさ。仕事中でしょ?」

意を決して触れようとした瞬間、背後から声をかけられた。咄嗟に振り向き、

 『あっ?』

互いに驚きの声をあげる。今まさに追っている気配の人物だ。少年とも少女ともつかmない幼げな顔、肩際までの鮮やかなオレンジ色の髪は内巻きにふっくら広がっている。どこかで会ったことがあるだろうか?アキラは思ったが全く見当が付かなかった。

 「どうして驚いたの?会ったことある?」

アキラが訊いた。

 「いーや。知り合いに似ていたからねぇ」

ちょっとまごついた声音に、本当だろうかとアキラは思った。しかし話がややこしくなっても困る。ニック達とも合流しなければならない。まずは肝心なことをストレートに訊いてみた。

 「人を探していたの。間違ってこっちに来たみたいでぇ。ハ…ちょっと髪の寂しいオジサンなんだけど?」

 「さぁ?知らないな。こっちはダメだ。ホールに戻って!」

煩わしそうに言いながら手を伸ばしてきたので、アキラは触れられるのを避けようと体を捻った。しかし彼の方が早い。伸ばした指先が触れた瞬間、大きな意識の流れに声もあげられずに昏倒した。


 『新人。早くドアを開ける。ホントにパッとしないね』

 『え?まだ認証入れてない?早く登録する!』

言われたのが気に障ったのか彼の意識が怒りに変わり、色々な方向へ飛んでいる。自分に向けられる言葉の相手に、罵詈雑言を心中で叫びながらドアの前に立っていくつかのボタンを押し、最後にカメラの前で瞳を開いた。

 レンズに映る瞳がアキラを見つめているような錯覚にとらわれた。瞳孔の奥が広がって意識が持っていかれるようだ。

 暗闇の中に放り出されて足元が消え、宙に浮かんでいるような、エレベーターで高層階へ上げられているような、おかしな感覚が襲ってくる。頭痛と吐き気もしてきた。声だけがどこかくぐもって聞こえてくる。ダメだ。意識に取り込まれる!アキラは悲鳴を上げたかもしれない。

 『おれが?』

 『種を』

 『…でいい』

 『大事に扱え』

 『いずれ花嫁』闇の中で激しい頭痛に襲われ、薄れゆく意識の中で断片的な声を聞いていた。



 「あーぁ。なんだよ、こいつ!気ぃ失うとかあり得なくない?テレパシーさえ使えないポンコツなのにさ、あの人がなんでお前に執着するのか分かんない」

舌打ちをして倒れるアキラを足蹴にした。可愛い顔ながらつらつら文句を並べ立てる言葉は相当に厳しい。アキラが意識を失っていたのは幸いである。


**********


 「彼、一人で大丈夫?」

イサトゥが呟くように言った。

─アキラ?大丈夫だろ?ニックがテレパシーで返す。まだコンビを組んだばかりだが、無計画な行動をとりながら不思議と失敗しないアキラは、これも能力者の一端なのだろうと思っていた。いや、思わざるを得ない。

─でも、心細いかも?

─無いない。一緒にいて分かっただろう?かなり能天気な奴だぜ。くすりと笑うと、イサトゥも釣られて笑った。確かにそうだと思った。アキラは他人に対しての壁がかなり低そうだ。ふと、自分の事も話してみようかという気持ちにもなった。

─あんな友達が俺の子供の頃にいたら良かったな。テレパシーをニックに送った。

 「ぁん?」

ニックが目を丸くして振り向いた。

─おれの能力、重力……?ブラックホール的なものなんだ。重力の穴に押し潰す。

─物騒だな。おい。

─だろう?でも、発動が不安定なんだ。子供の頃、この力で他人を怖がらせたりもした。母さんも。だから他人と関わるのをやめた。

 「大変だったな」

自分の子供の頃に重ねて、ニックから呟きが漏れた。

─ありがとう。それで、この能力に目を付けた奴らが力を安定させる目的で、仕事としておれをあの事務所に呼んだんだ。

─成果はあったのか?

─無いさ。途中でやらされている内容に気が付いたんだ。普通の会社だと馬鹿正直に信じて処理をしていたおれは悔しくて頭に血が昇って……

─怒りで爆発?あの一室をめちゃくちゃにしたと?天井も吹き飛ばして?

─それはたぶん、おれじゃない。おれは押し潰す。あの部屋に重力場が出来始めた時にそれを相殺するような爆発があったんだ。誰がやったのかまではわからないけど。

爆発……か。と、ふとニックは思い出した。イサトゥの家とされた建物の爆発。もしかすると同一人物の可能性があるのかもしれない。しかしそれに考えを囚われてはいられない。まずはイサトゥの父親を捜索だ。


─俺はこれから耳を使う。しばらくテレパシーもシャットダウンしてくれ。

─耳?

─俺、音という音が聞こえてくるんだ。利用されたし狙われた。イサトゥと同じさ。

─想像できないけど、大変だろうな。

もう慣れたと肩をすくめ、人差し指を唇に当てた。


 音の波が体を飲み込んでいく。音という音に飲まれながら、必要なものを選びとってこの飛行船だけに絞り込んでいく。

 川の中ほどに身を置いている自分の回りを水のように会話や音楽や様々な音が通りすぎていく。時々、マークや印といった言葉が聞こえてくる。その中に『三つだけマークが』という言葉が聞こえ、すぐに自分達のことだと気がついた。目立たないようにしているが見つかるのも時間の問題なのだろう。

 しかしマークとは?乗客達には目立ったような物は無かったはずだ。いや、それよりもイサトゥの父親に繋がるキーワードを。

 その時アキラの声が聞こえてきた。多少のやり取りの後、不快と怒りを含んだうめき声と同時にどさりと大きなものが床に落ちる音。『あーぁ。なんだよ、こいつ!気ぃ失うとかあり得なくない?』続いてそう罵る声が聞こえた。アキラの声は聞こえない。トラブルで気を失った可能性もある。


 「予定変更。アキラに何かあったみたいだ」

困った表情をイサトゥに向けると、神妙な面持ちの彼は頷いた。


 アキラの声の聴こえた方向を目指している。妙に長い通路だ。聞こえた距離感からはこの辺りだと思うのだが手がかりは何もない。

 『見つけた』かなり近い距離から声が聞こえた瞬間、目の前の空気が歪んだ気がした。まるでエレベーターが急速に下降しているような感覚。

 ガクンと下降が止み、ニックもイサトゥも膝を付いて顔を見合わせた。互いに驚きを隠せない顔をしている。



 「よーこそ。密航者達!」

目の前に派手な女物の下着を身に付けた金髪の男が立っていた。化粧をしている。薄い青のアイシャドウに真っ赤な口紅。肌がほのかに赤く上気し、近くにいれば鼻息も荒いだろう。いやしかし、そんなことはどうでもいい。

 「なんで分かった?」

ニックは訝しげに声をあげた。とっさの時には回避できる体勢だけはとっている。

 「何故って?だってほら、乗船歓迎のキッスをしていたんだよ。君たちにはキッスの印がないのさ」

男は大きな羽の扇を拡げると、それをあおぎながら黄金の巻き毛を揺らして二人にキスを投げるポーズをした。そうか。キスをして見えない何かをマークしたと?そこまで見抜けなかったことが腹立たしかった。


 「さて。密航とはいえお客様にはくつろいでもらおうかな?」

男が指を弾くと、部屋の隅にあった椅子が2人の背後に素早く移動してきた。

 「あんたも超能力者(エスパー)ってわけか」

ニックが睨む。

 「ご名答」

ニックの肩を何かがぐいぐいと押さえ込んでいく。バランスを崩してそのまま椅子に座り込んだ。意外にも座り心地の良い椅子だ。

 「おおかた偽名でも使って乗り込んだ?それはいいのだけど、この子まで連れてきてくれるとはね。手間が省けたわ」

ギリッと歯を食い縛っているイサトゥの細い顎を閉じた扇で持ち上げて男が言う。

 「お父上を探しにきたの?よくここが分かったね」

男は言ってから〝ちょっと待て〟とでも言いたげに首を傾げて人差し指を立てた。

 「能力者がいるんだね。そこの長髪と、もう一人?」


 言った直後だった。

 『おかっしらー!不法侵入ぅ。密航者だよぉ!』

突然、緊張を破るように間の抜けた声が響いた。

 「新人。社長って呼びなさいよ」

 「いーじゃないかー。今は仲間しかいないよぉ。っと、ここにも密航者がいたっ!」

今さらのようにニック達の存在に気付いた少年が声をあげた。何か既視感と思ったら、言葉遣いといい少女とも見える成長しきらないような姿といい、アキラと被っている。

 そんな彼は気を失っているアキラの片足をずるずると引きずっていた。思いの外、怪力だ。

 「そこに置いときなさい。で、アンタはホールに戻って仕事」

 「えぇー!こっちの方が面白そうなのにぃ」

頬を膨らませて口ごたえ。

 「外洋に出たら忙しくなるって、わかる?ウチの最大顧客のイベントよ」

 「んだから表家業なんか廃業しちまえっつーの!」

 「文句言わない!とっとと仕事!」

怒鳴られて少年は、ぶぅぶぅと文句を言いながら去っていった。




 アキラは呻いた。頭痛と吐き気で意識を失くしていたのはどの位の間だろう?話し声にやっと気がついた。たぶんここは床の上。固い。

 「まだガンガンするぅ」

自分の中に新しい力が表れる時、激しい頭痛に襲われると知ったのは学生の頃。数人の友人が濡れ衣を着せられて警察に強制的に連行された時だ。友人たちにはアリバイがあると分かっているので、もちろん反論も反抗もしたのだが、大人や公権に対してどうすることもできなかった。厳しい大人達へ友人たちと反抗して、もみくちゃになった時に誰かに弾き飛ばされて壁に激突した。激しい頭痛とともに昏倒し、気がついて立ち上がる時に証拠物に触れてしまって真実が見えたのだ。

 その時は何が起きたのか、それが何なのか分からなかったが、友人が無実で戻ってきた時にそれが分かった。

 過去を見る能力。少し怖くもあって、あまり表立った事はしなかったのだが、時おり人助けをして感謝されていた。

 「どんな超能力(ちから)なんだろ?」

ぶつぶつと呟く。

 「ちょっと。いつまで寝てるの?」

まだ寝転がったままのアキラの前に、真っ赤なブーツの足が立ちはだかった。んぇ?と間の抜けた返答とともに見上げて驚いた。

 真っ赤な膝上までの編み上げブーツ。真っ赤なショートパンツにビスチェ。フェイクファーで縁取られた長いレースのベビードールも赤だ。そして化粧。そして金髪。そして男。

 「わぉ。エキせんトリック」

あまりにも似合いすぎている姿に、呟きが大きく出た。

 「何?悪い?」

チリチリの金髪は癖毛だろうか?その髪を揺らしながら、男は整えたらしい眉をつり上げ扇を広げて口元を隠した。

 「とても個性的!でも、色がちょっと毒々しい?ベビードールとブーツは白がいいかなぁ?」

女物の下着を身に付ける趣味まではなかったが、全身赤というのがアキラにはいただけなかった。

 「ほぉ?いい意見」

言って男はじっとアキラを見つめた。

 「まずはお座り」

人差し指をくいっと引くと、ニック達と同じ椅子がアキラの横にやって来た。どうやらこの下着男も超能力者とわかり、アキラは恐る恐る立ち上がる。

 「なにもしやしないからさっさとお座り!」

言われて腰を下ろすと、何か強い力で全身を押さえ込まれた。



 「さて。トラン観光へよーこそ」

男が妖しく笑う。笑ったあと持っていた扇を広げてウインクしてみせた。

 「あんた達、イサトゥのお父上を探しに来たのでしょう?なら、ワタシの言いたいこと、分かるよね?」

目の前を右に左に歩き、イサトゥの顔の間近で言った。

 「それはできないと思うよ。イッくんのお父さん拉致ったことは、口外しないから解放してくれたら嬉しいなぁ」

アキラは自分を押さえ込む力から逃れようとモゾモゾしながら言った。

 「お黙りよ。何だかあの子とダブってイラつく!」

アキラを連れてきた彼の事を言っているらしい。

 「あの子って誰?誰でもいいけど、僕の方が女装しても可愛いと思うな。たぶん」

おまえ、そっちかよ?ニックが心の中で突っ込んだ。

 「え?ニック何か言った?」

 「言ってねぇ」

 「ちょっと!今の自分達の状況分かってる?」

勝手に会話を始めた二人に、男は眉をつりあげた。それからまじまじと三人を見つめ、笑顔を作った。

 「でも、面白い取り合わせだねぇ。ゲイにトランスジェンダー、クロスドレッサー」

 「性癖なんて関係ないじゃ…え?トランスジェンダー?」

ゲイはニックだ。クロスドレッサーは自分。では、イサトゥ?

 「なんだ、気付いてなかったのか?」

 「うん」

言われてみれば、イサトゥの声はかすれ、無理に低く押さえようとしているようでもあった。

 「そっか。で、なんで面白い取り合わせなのさ。見たところ、あなたも女物の下着マニアじゃない」

 「そう。だから引っくるめて面白い取り合わせでしょ?もう、これ着ているだけでゾクゾクしてくるの。特に、このお臍の下がねぇ」

男が腰を左右に揺らして腕をくねらせながら頭の後で腕を組んでポーズを作ってみせた。

 「うん。ボク女装してもエッチな気分にならないから分からないや」

 「黙りなさいよ」

言ったとたん、プシュッと耳の横を何かが飛んでいった。覚えがある。ニックと初めて会ったあのビル。あの小さいメモリーカードを射貫いた現象。

 「メモリーカード。あれ、あなたがやったの?」

 「ほぉ?よく見たらあの時の?」

アキラの顔の間近で眉をしかめた。

 「うんうん!あの時の!……っ痛っ!」

バチッと頬を扇で叩かれた。

 「余計なことしてくれたね。こっちはやりたくもない変装までして追い払おうとしたのに、正体まで見抜いてさ」

 「あんただったのか?」

ニックも声をあげた。

アキラが見抜いたイサトゥの父親。爆破された家。イサトゥに接見した弁護士も変装したこの男だったのだろう。

 「もう少しってところでかっさらって行くし。邪魔しないでよ」

 「イサトゥ。あんたもね不安定な力、い きなり発動させないでよ。こっちはそれを相殺するのに持ちビル破壊しちゃったよ」

建物被害届も軽微なもので出されていたのはそういうことだったのかと、ニックは納得した。

 イサトゥは爆破の犯人ではない。これでマスターの依頼は達成できたわけだ。解決などはどうでもいい。爆破したのがイサトゥではないという事実だけでいいのだ。

 詳しい調査などは専門の公的機関の仕事だ。だが、イサトゥの父親の救出は終わっていない。

 「でさ、いるんでしょ?イッくんのお父さん。ここに」

アキラがストレートに訊いてくる。

 「そんなの教えるわけ無いでしょうが」

 「やっぱりいるんだぁ」

知らないなら知らないと言うだろうと探りを入れてみたのだが、引っ掛かったことにアキラが笑った。

 「どこにいるんだよ!」

イサトゥが初めて地声をあげた。甲高いというよりはよく響くハスキーボイス。

 部屋全体が震えているように感じたのはアキラの気のせいだろうか?

 「ほらほら。お友達を巻き添えにするのかい?落ち着きな」

男が笑った。波が引くように部屋の震えが静かになった。奇妙な緊張感が漂う。


************

 

 「社長、入るぞ!」

静寂を破るように甲高い声があがった。現れたのはエキゾチックな出で立ちの少女だ。

 「姫様?ここは関係者以外入れません。って、いつも言ってるでしょう!」

扇で口元を隠しつつ、彼は眉をひそめた。

 「いいのじゃ。勝手知ったるナントカじゃ。また弱いもの苛めをしとったのか?」

 「そんな人聞きの悪い」

 「力で押さえ込んで、何が『人聞きの悪い』じゃ。その力を外せ」

言われて、彼は膨れっ面を隠した。直後にアキラ達三人を押さえつけていた重い力から解放される。

 少女は大股でずんずんと進んでくるとアキラを見つめた。

 「そなた、力の流れがまだ不安定じゃぞ。頭がまだ痛かろう?」

幼い手でアキラの頬を包み込んだ。確かに、耐えられないほどではないが頭痛は続いていた。驚いたことに少女の正体を訝しんでいるのに、彼女のことが読めない。

 「なんで?」

 「よいよい。話はあとじゃ」

 「今すぐこの者達を解放するのじゃ」

 「でも姫様?」

 「わらわはこの船旅の最大の客ぞ。打ち合わせもすっぽかしおって」

幼い丸い瞳が男をにらんだ。

 「さぁ来るのじゃ。そなた達もな」


 三人は姫と呼ばれた少女に付いて一室に入った。何とも豪華なスイートルームだ。驚いたことに外には月の明かりに照らされた海が拡がっている。

 「飛行船に乗っていると思ってたのに」

アキラが驚いて呟いた。

 「あやつの力のひとつよ。テレポートのようなものかの?飛行船と船との空間を繋げておるのじゃ」

あとは人を視る事ができるし、その場の重力をコントロールしたり。とブツブツ呟いてから急に笑いだした。

 「空気鉄砲もじゃ。空気鉄砲じゃぞ。面白い。なぁ」

少女は笑った。

 「そろそろおまえの正体も教えろよ」

ニックが面白くなさそうに言う。眉がつり上がってイライラしているのが丸分かりだ。

 「不敬な。姫様に向かって何という口の利きよう」

少女の従者らしき人物が声高に言った。とたんに少女の眉に緊張が走り、黙れとでも言いたげに片手を上げた。

 「良い。わらわは遥か山奥の国からやってきた。国の名は無い。いわゆる少数民族というやつか?」

そう言ってからニックの顔の間近に迫った。

 「だが金はあるぞ」

言うと背後の男が『俗物的な言い方ですぞ』と嗜めている。

 「分かりやすいではないか。今、わらわは久しぶりのバカンスを満喫中じゃ。無礼講ぞ」

少女は笑った。

 「正体であったな。わらわはタガラじゃ」

それでな。と、少女はアキラをソファに腰かけさせると屈んで頬を挟み込んだ。夜のような瞳がキラキラとアキラを見つめてい

る。

 「そなた、大きな力を持ちながら、その流れがあちこちに拡がっておるのじゃ。その一つがまともに発露する筈が、あのちんちくりんに邪魔されたようじゃな」

例の自分が会った少年ということがわかった。自分も十分少女なのに、ちんちくりんと言うのがおかしい。

 「そなた、こちらへ」

少女はニックを呼んだ。

 「そなたの力の流れをこの者に流すのじゃ。わらわが今流れを整えたでな、あとはそなたが少ーし力を送るだけじゃ」

少女は言って、アキラの掌にニックの手を重ねて包み込んだ。

 チリチリとした刺激があるが不快ではない。やがて暖かいものに包まれ、大きくなって三人を包み込んだ。

 「終わりじゃぞ。たぶんテレパシー能力が二人に結びついたはずじゃ」

 「え?ニックとだけ?」

 「贅沢は無しじゃ。訓練次第では他者にも使えるようになるじゃろ。訓練次第でな」

─二回も言われたな。と、ニックの声が響いた。とたんにアキラの顔が上気して明るくなる。本当だ。ニックの声が聞こえる!わーいわーい!

目の前でニックが頭を抱えた。

 「普段は声を出せ。うるさい」

ただでさえ聴力を使わないようにしているのに、アキラの声が無遠慮に飛んでくるのは勘弁してほしかった。


 「さて。次はそこの者」

少女─タガラ姫─はイサトゥを呼んだ。

 「おれ?」

また掠れた声をあげた。

 「そう取り繕うな。そなたの育った環境では無理もないじゃろうが、もう誰もそなたを奇異の目では見んよ」

タガラ姫にはイサトゥの過去も分かっているような物言いだった。そっとイサトゥに寄り添い、彼を椅子に促して抱きしめる。

 「ずいぶんと苦労したのぉ」

まるで母のように、姉のようにイサトゥの頭を優しく撫でた。

 「そなたの力の流れもわらわが滞る事なくできるのじゃが、望んではおらんな?」

見透かすような黒い瞳はまるで宝石のように綺麗だと思った。薄い黒曜石のかけらのようだ。

 「はい。おれはこんな力なんていらない」

 「ふむ。そうか。力を失くすことは無理じゃ。ならばそのままにしておこうか?常に平常心を忘れるでないぞ」

タガラ姫はにっこりと微笑んでみせた。先程の年上のような雰囲気から変わって、とても子供らしい笑みだ。


 「ところでさ、タガラ姫はバカンスって言ってたよね?なんでこの船なの?」

アキラが話している間中、再び従者らしき男がわざとらしく咳払いを繰り返している。

 「ふふ。面白いのぉ。わらわは花嫁探しのバカンスじゃ。世界を巡ってわらわに相応しい花嫁を探しておった」

気を失う時に聞こえたキーワードが引っ掛かる。『いずれ花嫁』とはどういうことだろう?この子が将来誰かの花嫁になるということなのだろうか?それとも別の誰か?

 何のために探す?誰の花嫁?いずれとはいつやって来るのか?わからないことばかりだ。

 「見つかった?」

訊いてみた。

 「おぉ。見つかったぞ。()い奴らじゃ」

 「奴ら?複数?」

 「まーったく。姫様の惚れっぽいのはビョーキの域よ」

再び男が現れた。先ほどまでの赤い女物の下着姿ではない。上下赤いスーツに胸まで開襟した白いシャツを来ている。首からは大粒の真珠のネックレスをかけていた。

 「社長。また来たのか?」

 「来るでしょーが。披露宴の打ち合わせ!するんでしょ?」

苛々と羽の扇をばたつかせて真っ赤な社長は言った。

 「そうであったな。では始めようかの」

二人は隣の部屋へ移動していった。


***********


 残された三人は顔を付き合わせた。

 「何だか変な方向へ行くな?」

ニックが言うと、イサトゥが大きく頷いた。

 「どう思う?あの男とタガラ姫?」

アキラは眉をひそめる。テレパシーを解放してもらったが、彼女の事はまだ信じられない。赤社長と繋がっているのも胡散臭さに輪をかけていた、

 「信じられねぇよ。俺が催眠術かけようとしたらあの子、躱しやがった。たまにいるんだ。催眠にかからないヤツ」

悔しげに言って、瞳を金色に揺らせた。自分が知っている中で催眠術にかからなかったのは、今のところクールだけだ。

 「本気では信じらんないよね。ボクもあの子に手を取られたけど、何も見えなかった。でもその前の、タガラ姫が言う『ちんちくりん』に手を取られた時は声だけ聞こえてたんだ。花嫁がどうとか言ってた」

アキラが言うと、ニックはぎょっとした。別の仕事に取りかかりそうな、嫌な予感だ。

 「待て。その流れからすると、おまえそっちの方にも首を突っ込むつもりか?俺たちはイサトゥの父親探しが仕事だぞ」

ビル爆破は片がついている。

 「だって、イッくんのお父さんの方、まだ手がかりが無いんだもん。取っ掛かりついでにちょっとひと舐めしてもいいじゃない」

 「ひと舐めって、食い物じゃな……?花嫁か?」

嫌な予感が当たってしまった。父親探しより女装を楽しみたい方に針が振れているのが丸分かりだ。

 「当たり。ボクも花嫁になってくる」

言うが早いか、隣の部屋へ飛んでいった。

 「女装バカ…」

ニックが頭を抱えた。

 「女装。可愛いけどね」

フッと笑ってイサトゥは呟いた。ニックがぎょっとしていた。


 その第一声を聴いた時。アキラは目を丸くした。まるで来るのを知っていたような物言いだったのだ。

 「花嫁が来たぞ」

遅れてきた花嫁がやっと来たといった口調だった。自分の好みまで知っているようで、

 「可愛いのが好きじゃったよな。他の花嫁たちはもう衣装合わせに行ってしまったぞ。社長、案内するのじゃ」

そう言った。まるで自身の従者に命じているようだ。

 「それ、仕事の範囲外。それにいい加減に名前覚えなさいって」

 「うーん。興味の無いものは覚えられんわ」

黒い瞳をきらきらと輝かせて姫は言った。コクンと首をかしげる様は相応の少女らしさで可愛いとアキラは思う。


 「まったく。姫様の気紛れにも困ったもんさ」

クローゼットの純白の衣装を吟味しているアキラの背に彼はぼやいた。

 「よく知ってるの?」

数点を選び出し、鏡の前でまた迷った。

 「あぁん?ビジネスパートナー」

一呼吸置いて、彼は諦めるように話し始めた。

 「この際だから教えとくよ。表家業は観光会社。裏では依頼に応じて会社や政界の乗っ取りに転覆。他人の失脚もやっちゃう何でも屋ね」

その後を小さい声で、なんで話さなきゃならんのよ。と、ぼやいている。どうやらタガラ姫に何かを吹き込まれたようだった。

 「でさ、ボクってどっちが似合うかな?」

持っていた扇をポトリと落としかけた。

 「さっきまでの話の流れでそれ?」

気を取り直し、扇で口元を隠して彼は眉を吊り上げた。

 「だって、そっちの話は興味ないもん。ニックかイサトゥに言ってよ」

 「でも仕事でしょうが?」

眉を吊り上げる。

 「だけど、花嫁のウエディングドレスも気になるもん」

全く…舌打ちをして、アキラが選んだ中の一着を突き出した。ショート丈のオフショルダー。腰に共布の大きなリボンが付いている。

 「んでさ、イっくん…イサトゥのお父さんは解放。でいいんでしょ?」

ドレスを受け取った時にほんの一瞬ではあったが、彼とタガラ姫の会話が見えたのだ。姫はアキラたちに協力するよう言っていた。

 「不本意だけどね。契約反古で信用ひとつ無くしたわ」

 「あれぇ?赤社長がイッくんの力を欲しくて拉致ったんじゃないの?」

赤社長と言われて眉が吊りあがった。いちいちあの新人とキャラが被って苛つく。

 「アタシはノクス・トラン。赤社長なんて恥ずかしい呼び方やめなさいね」

 「ぅへーい」

緊張感の無い間の抜けた返事に、再びカチンと来た。

 「メイクするよっ」

言われた。椅子がカラカラと目の前に移動し、見えない力がアキラを押さえつける。そのまま大きな鏡まで移動させられると、トラン社長は手際よくメイク道具を並べた。本格的なアイテムの勢揃いにアキラの興味はそちらへ向いた。


**********


 「可愛い、誰ぇ?やだ、ボクじゃないかー」

何この軽薄な子。この子に邪魔をされたなんて屈辱。社長はいまいましげに思って噛んだ唇を、扇で隠して睨み付けた。

 たしかに軽くメイクをしてやっただけで少女のような可愛らしさだ。女装が趣味というだけはあり、選んだウエディングドレスも違和感なく着こなしている。スカートの下はボクサーブリーフというちぐはぐさには苦笑したが。

 「イサトゥはね、あの不安定な超能力を安定させてから依頼先に引き渡すはずだったんだよ。知ってる?あの子の力は重力の穴に人や物を押し込めるんだよ。アタシの力に似てるんだよね」

彼が言うとアキラは初耳だと目を丸くした。

 「そんなことも調べずにイサトゥを奪還したわけ?」

 「だってボクたちの仕事は、イサトゥが本当にビルを爆破したのかって事実の確認だけだもん。詳しい事は警察(おやくにん)の仕事でしょ」

社長が大きなため息を漏らした。

 「イサトゥの爆破の確認だけって、あんたたちを雇ったの誰なの?」

 「うん。ボクたちは…」

バタンと勢いよくドアが開いた。ニックが肩で息を切らし、怒りの形相でアキラに詰め寄ると『ボコッ!』豪快な音で拳骨をくらわせた。

 「痛ーい!」

涙目でアキラが訴える。こっちも痛ぇよとニックは手をヒラヒラさせた。

─契約違反になるぞ!ニックの声が頭に響いた。厳しい目が自分に向いている。アキラはようやく理解して首をすくめた。

 「ごめん。でもボクが喋りそうになるの、よく分かったね」

 「耳がいいからな」

ニックは多くを語らない。ふーん、地獄耳ね。放った言葉でも思念でもないのに、

 「おい!何を考えたか分かるぞ」

凄まれた。



 「はいはい。花嫁はこっちの控え室!」

まだ何か言いたそうなニックとアキラの間に入ってトラン社長は言った。

 控え室と言うわりに豪華な部屋だ。壁際にぐるりと座り心地の良さそうなソファや椅子が配置され、中央にはアルコール類から清涼飲料にミネラルウオーター。軽食からスイーツまである。そこに性別も年齢もバラバラな十数人が談笑したりくつろいだりをしていた。同じなのは白い婚礼衣装を身に付けているくらいである。

 彼らはアキラが現れたことに驚くでもなく、目が合えばにっこりと会釈までする。

 「ここの人がみんな花嫁?」

隣にいる社長に訊ねた。

 「そ。性別も年齢もバラバラな花嫁たち。姫様の基準って分かんないわ」

 「でも、みんな可愛いし綺麗だし格好いいや」

今の時代、年齢差があろうが、男同士・女同士だろうが関係ない。古い因襲はもう無いのだ。だからアキラも堂々と女装できるし誰もおかしいとは言わないのだ。

 「んじゃ、ありがとね。えーと、社長」

小首を傾げる姿がやたらと可愛い。着替えも手伝って男だと分かっているが、なんとも複雑だ。二言三言、注意をしたかったが気がついた時には中央のテーブルで嬉々としてケーキの類いを選んでいた。


**********


 花のように色とりどりの礼服を纏った人々が会場に集まっていた。昼間のパーティーとあって、参加する客の顔もよく見える。

 驚いたことに、ここには政財界の大物、しかも重要とされているような人々が多い。アキラは気付いていないのだろうか?エドワードの仕事によく同行していたニックには見慣れた顔も多かった。

 幸いにもエドワードの同業者もおらず、ニック自身もいつも目立たない場所にいるかホテルの客室で時間を潰す事が多かったので、彼らに顔を覚えられてもいないようだった。念のため髪を縛ってサングラスをかけた。

 「ねぇ、イッくんも食べよ。あそこのダックワーズが美味しかったよ。ニックも!」

ウエディングドレス姿のアキラが二人の手を引く。

 「俺はワインだけでいい。それより、花嫁がタガラ姫から離れてていいのか?」

 「堅いなぁ。お姫様は楽しめって言ったよ」

アキラは雛壇に座るタガラ姫を指した。

 タガラ姫はパーティーを楽しむ花嫁達を嬉しそうに眺めている。首を巡らせて自分を指差しているアキラを認めると、彼女は小さく手を上げてアキラを呼び寄せた。

 「楽しんでおるか?」

もちろん。と声をあげ、タガラ姫の両頬に自分の頬を合わせてチークキスをした。

 「ねぇ、お姫様。なんか凄そうな人がいっぱいだね?」

 「凄そう?」

黒い瞳をキラキラさせてアキラを見つめる。

 「うん。だってどっかの外務大臣だとか、どっかの会社の偉い人とかいるよ?」

へぇ。とニックは感心した。無関心なようで、見ているところは見ているらしい。ほんの少しだけ見直した。ただ、行動は軽い。今度はシュークリームを見つけてそちらへ移動している。

 「面白い子じゃの。目を離してはいかんぞ」

タガラ姫はニックとイサトゥへ声をかけた。言われなくとも、何をしでかすか、何を口走るかわからない。アキラをあまり一人にしてはおけないと思っている。



 そんなアキラは先程から視線を感じていた。何の感情もない、ただ見つめるだけの視線だ。誰?とその先を探しても、人混みに紛れて分からなくなる。まぁいいかと、今度はカラフルなチョコレートに指を彷徨わせていた。


 タガラ姫が不意に立ち上がった。

眉を寄せて嫌悪している。

 アキラもさらに強い視線を感じて、周囲に視線を巡らせた。鮮やかな血液を思わせるオレンジ色の頭が視界の端に見えた。

 タガラ姫が『あの、ちんちくりん』と呼んでいたあの子。血色の髪をアップに結って大きな白いリボン。会場の花嫁達のようにウエディングドレスを身にまとってはいるが、憎しみに満ちた視線をアキラに投げつけて近づいてくる。

 「言っとくけどね、おれはちんちくりんなんて言うんじゃないから。お前なんてテレパシー使えるようになったって、ポンコツはポンコツのままじゃんか」

敵意むき出しで言ってくる。

 「えぇ?ポンコツってボクのこと?」

アキラは初耳だと首をかしげた。

 「とぼけるなよ。なんでおれじゃないんだよ!」

彼の髪が震えて舞った。まるで体の周囲を強風が吹き荒れているようだ。

 「不完全でも仕方がない。イサトゥは先に連れてくよ」

アキラの背後でイサトゥの体が浮き上がっている。ニックは引き留めようとその手を握っていた。

 「離すでないぞ!」

タガラ姫も言った後、周囲へ指示を出し始める。

 会場の客の避難を従者達に命令。花嫁達をニックとイサトゥの周りへ展開。会場の混乱に慌てたトラン社長にはアキラを援護しろと激を飛ばしていた。

 「邪魔するな虫ケラが!」

 「ひどい言いようだね。なんでそんな言われなきゃならないんだよ。そもそも、君は誰?」

会場の混乱の中、アキラだけのほほんと首をかしげている。

 「豪胆なんだかおバカなんだか、その新人はアンタに敵意丸出しだわさ」

トラン社長が扇を広げて二人の間の空間を割った。

 「能力者の新人は雇ったけど、こんな事をさせるためじゃないよ」

社長の言葉に彼は嘲りを込めて鼻で笑った。

 「だーれがお前みたいな三流エスパーに雇われるのさ。バカにすんな。それにおれはあの人からもらった『ルト』って名前がある」

ルトと名乗った彼の周りで再び嵐のように風が塊となって飛び交い始めた。社長も空気の塊を飛ばして応戦する。その間にアキラが入ってオロオロしていた。

 「アンタはそこに居ちゃ邪魔だよ」

社長はアキラの手を取って、放り投げた。ルトが放った風の塊にアキラを投げあげ、扇から放った力でニックやタガラ姫の方へ起動を変える。

 「ぷへぇ!びっくりしたぁ」

タガラ姫に受け止められてアキラは暢気な声をあげる。

 「その姿では動き難かろなぁ」

同情された。

 「そだね。ボクのパンツ見えちゃう」

スカートの下が柄物のボクサーブリーフなのを思い出して言った。

 「悠長なこと言ってねぇで何とかしろって!」

片足を見えない力で引っ張られているイサトゥの腕を取ってニックが言う。力仕事は無理だ。心の中でぼやいた。なんとかこらえていられたのは、自分の周りで力を送ってくれる花嫁達のお陰らしい。

 「その力を削ぐべく花嫁達も頑張っておる。もちっと待つのじゃぞ」

 「待たせてらんないよ!」

アキラは腰のトレーンをはずすと、タガラ姫が引き留めるのも構わずニックの隣に並んでイサトゥの手をつかんだ。


 『邪魔するな!』

先程の少年、ルトの声がホール全体に響いた。同時にイサトゥを引く力が失せて、三人で尻餅をつく。代わりにビリビリとした圧力が、そこにいる全員の動きを止めた。

 「どいつもこいつも、邪魔しやがって!おい役立たず。お前をこっちに引き入れるのが最初の目的なんだぞ。なのに余計なポンコツどもまで連れてきやがって!叱られるじゃないか!」

ルトの背後がぐるぐると回っている。その中心に腕を入れると、なにかを引き出し始めた。


 「父さん!」

叫んだ。そこから現れたのは、ぐったりと意識の無い様子のイサトゥの父親だった。

 「ふん!父さん?くったびれたオッサン。役立たずもいいとこだ」

ルトは言って空中に放り投げた。落下地点へ向かってイサトゥが走る。アキラも、ニックも走った。

 「ヤバいのじゃ!」

 「おい!」

 「イッくん!」

タガラ姫、ニックとアキラとが叫んだ。数秒遅く、鈍い音と共にイサトゥの父親が床に崩れる。腕と足があらぬ方向に投げ出されている。

 「ははっ!人間なんて脆いね」

ルトが笑った。

 「おーまーえぇ!お前だって人間だろぉ。人間を何だと思ってるんだよ!」

アキラが怒りの叫びをあげた。

 「へーえ。怒るんだ?出来損ないの、使えないポンコツが、なーにができるんだろうねぇ」

嘲笑う。

 確かに自分にできることはない。だからといってなにもしないというわけにはいかなかった。手近にあるテーブルの上のカトラリーを手当たり次第に投げつけ始める。

 「あはは!無駄だよ。投げつけるなら、これ位しないとねっ」

皿やカップが食べ物と共に浮きあがり、さらにはワインボトルや重たそうな大きな花のアレンジまで空中に浮き、一瞬止まったと思いきや態勢を整えて一斉にアキラへ向かってきた。

 「イサトゥを助けな!」

トラン社長が扇を払ってアキラへの攻撃を阻止した。

 ニックもアキラの隣に駆けつけた。タガラ姫がイサトゥの父親の手を取っている。しかし周囲にはおびただしい血が流れている。もう望みが無いのは誰の目にも明らかだった。

 「イサトゥ。父親の言葉を聴くがよいぞ」

風で物が舞い上がり散乱するなか、タガラ姫だけがひどく冷静に言った。父親の手を取る姫の体がぽぅっと光った気がした。『ミサト』と、父親の口が動いた。

 『お前を守ってやれなくてごめんな。あの時、沈んでいくお母さんを止められなくて、ミサトに辛い日々を強いてしまってごめんな。どんな姿でも、他人に怖がられる力があっても、いつまでもミサトはミサトらしく。お父さんの願いだ』

タガラ姫はそっと手を離した。父親の手が力なくぶら下がった。

 周囲の空気が震えている。ルトの空気の嵐ではない。

 「イサトゥよ、心を保つのじゃ」

タガラ姫は声をかけるが聞いている風はない。イサトゥはこと切れた父親を抱きしめながら、涙を流していた。後悔。絶望。重たい感情がアキラにも伝わってくる。感情にシンクロしてアキラも涙がこぼれてきた。空気の振動が激しくなる。

 「イサトゥの力が発動したぞ。じきにこの空間が押し潰される」

タガラ姫が言う。どこまで力が作用するか分からないから、できるだけ遠くへ避難しろと指示を出している。

 「イッくん、行くよ。こっちに戻ってきて!」

アキラは駆け寄るが、近づくほど大きな固まりに押し潰されていくような感覚だ。呼吸まで苦しくなってくる。

 「行って。今分かったんだ。俺は怒りでこの力を出せるんじゃない。悲しかったから出せる力だった」

イサトゥと父親はずるずると中心の暗黒に沈んでいきかけている。それでもと、アキラは手を伸ばすが届かない。背後でニックがアキラを呼び、アキラの手を掴まえた。

 「悲しんでも君は今日まで生きてきたじゃないか!悲しみはいつか癒えるんだ。周りのみんなが支えてあげるから。だから!」

叫んだが、アキラの声にイサトゥは弱々しい笑みを見せ、口が『ありがとう』と形付くって闇にのまれていった。


 空気の振動が収まった。イサトゥが父親と共に消えたため、重力場も消えたらしかった。


 「ちぇーっ!仲間に引き込み損なったじゃないか。せっかく発動条件分かったのに」

ルトが残念そうに言った。

 そこにいる全員の怒りが彼に向いた。

 「お前はっ!」

アキラがルトへ向かっていく。ニックも唸るような声をあげて向かった。二人の手がルトの両肩を掴む。

 かに見えたが、その小さい体が宙に浮いた。背後の空間が歪んでいる。

 『戻れ!』

静かだが、全てを威圧するような深くおぞましい声が響いた。

 「ちぇっ。仕方ないや。バイバイ」

残念そうに眉をしかめた後、彼は歪んだ空間に消えた。


***********


 重苦しい沈黙。 アキラもニックも、イサトゥを引き戻せなかった後悔とイサトゥの父親を救えなかった悔しさとで言葉を失っている。加えて、あのルトへの怒り。

 タガラ姫もまたイサトゥを説得しきれず失ったことに、無念の表情を浮かべていた。

 長いため息を漏らしたトラン社長は壁に持たれていた体を起こして散乱した食器類を足で片付け始める。その様子を見た男女の花嫁達も行動を始めた。


 「会社の信用ガタ落ちもいいとこだわ」

ぼやきたくもなる。会場は惨憺たる有り様だ。

 「披露宴のお偉方にはなんて説明するわけ?」

アキラはしおしおと呟く社長が気の毒になってきた。

 「うむ。 それは適任者がいるでな。 みんな忘れるであろうよ」

タガラ姫がニックを見つめた。ゾワッと嫌な予感。しかし何事もなかったように彼らを去らせるにはそれが一番の方法に思えた。


**********


 二人は今の気分にそぐわないショッキングピンクの飛行船を見送っていた。見送りながらアキラはほろほろと涙を溢し始めた。

 イサトゥが沈んでいった時はイサトゥの感情にシンクロした涙だったと自分でも思っている。でも今の涙は自分の涙だ。

 「助けられなかったね」

 「あぁ」

ニックは短い声をあげた。エドワードを失ったばかりの悲しみの感情がよみがえってきた。深く関わったわけでもないのに泣きたくなるのは、同じ大切なものを失ったイサトゥへの思いからだ。


 飛行船が去って行く。

 「トラン社長。裏も表の仕事も辞めるって言ってたね」

客船の乗客は一人ずつニックの力で記憶を書き換えられ、次の寄港地で下船するらしい。従業員も入れると百人以上へ記憶の操作を行うというのは初めてだった。アキラが深い過去視でダメージを受けるのはこんなものなのかと少し同情した。アキラと力のやり取りをタガラ姫から伝授されなかったら、この疲労感は半端なものではなかっただろう。過去視から戻ったアキラが、しきりに甘いものを欲しがる気持ちもよく分かった。

 甘いものは苦手なのに、自分もそうなのかとおののいた。しかし全員へ催眠術を終わらせた後、ニックが欲したのは酒だった。ワインにウイスキーにリキュール類までラッパ飲みしたのは初めてだった。


 「社長、どうすんだろね?」

彼はしきりにタガラ姫から花嫁になれと勧誘を受けていたのだ。タガラ姫が言う花嫁とは、どうやら自分のそばへ置く超能力を持つもの達ではないのかと、二人は漠然と思っていた。そうでなければ、自分達やタガラ姫へ力の陣形は作らないだろうと。


 「戻るぞ。スタンバイハウス」

苦々しい思いを抱えながらニックは言った。たぶん、きっと、必ず、初めての始末書を書くことになるだろう。この考えなしの軽薄野郎のお陰で。

 クールには一緒に仕事は無理だと伝えなければ。調子は狂わされるし、余計な仕事を背負いこみそうな予感しかしない。絶対に無理だ。ニックはそう思った。


**********


 そして現在。


 「なんでまだ組んでるんだ?」

オープンカフェのテーブルに両肘を付き、ニックはため息と共に頭を抱えた。先程からアキラの能天気発言の連発に、初仕事の事を思い出していた。

 あの時クールは『ではこれからはニコラス一人で』そう言ったはずだった。なのに、アキラはまだ新人だから。一人での仕事は心許ないから。少し危険が伴うかも?そんな理由をつけられて、いつのまにかコンビを組んでいる。

 「なんでって、ボクたちいいコンビじゃない。ねっ!」

ねっ!じゃねーよ。呟いた。

 しかしまぁ、エドワードを失った悲しみを引きずっていられなかった事は、結果的に立直りを早められたのかもしれない。アキラの予測不能さはニックに思い悩む暇を与えてもくれなかったから。

 「おい。だったら言うことあるだろう?俺はまだお前の口から聞いてねぇ」

 「えぇぇ?何?なんかあった?」

慌てて残りのマカロンを口に頬張り、アキラは考える。しかしどうしたものか何も浮かんでは来ない。呆れたため息が再び正面から聞こえた。

 「新人だったら、仕事に就く時に言うことがあるだろう?」

テーブルから身をのり出して、ニックはアキラの両頬を横にひろげた。

 「いひゃい(痛い)よぉ~」

 「じゃねぇ。これからも宜しくだろ」

 「えぇぇ?今さら」

 「言えよ」

眼差しが厳しい。仕方なく言った。

 「これからも宜しくっ!」

 「迷惑をかけますが。が抜けてる」

ぶーっとアキラは膨れる。ニックの足が地面を音を立てて踏み鳴らすと、首を引っ込めて小さくなった。

 「めーわくかけるけど、ヨロシクね」

精一杯、真面目な顔をして言った。にぃっとニックが笑う。

 「仕方ねぇな。付き合ってやるよ」

言って、アキラが最後に食べる予定のショコラマカロンを口に入れた。やっぱり甘すぎだ。

 その行動にアキラがぎゃいぎゃいとわめき散らす。

 同年代と交流を持てと言っていたエドワードの言葉が今ならわかる。結構楽しいものだ。悲しみは癒えない。でも楽しい思い出はこれからも増やせそうだ。



       初仕事 <了>



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