─閑話─ 思い出。ニコラス
ちょぴっとだけBL要素あります。
俺は子供の頃、言葉を話せなかった。話せないというより、全部の音や言葉が同時発生して、分からなかったんだと思う。
目の前で誰かが声をかけても、色んな音が聞こえてくるから俺の事とは分からなかった。
女の人が(今思えば母)始終付きっきりで俺の前でなにかを話しているから、やっと俺に向けられた言葉なんだろうって気がついた。
たぶん二歳か三歳の頃。
相変わらず全ての音は俺の中で渦巻いていた。その音を止める術は知らなかったんだ。
女の人が、母が、俺の前からいなくなってから、男の人が現れた。父だった。
話しかけられ続けて、言葉を知った。
その頃には聞こえるものが近くなのか遠くなのか、自分に関係があるのか無いのか、何となく分かってきたんだ。
父の名前が聞こえたときはそれを教えたさ。
それが父の政敵の密談だとか、海外の政治家の会談内容とか、テロリストの計画だとか逐一報告したよ。単純だろ?
エドワードと出会って、その時は父の警護だと思っていたさ。
いつも俺のそばにいて、よく遊びに連れ出してくれた。父より一緒にいる時間が長かった。だからエドワードを好きになっていくのも分かるだろ?
耳は相変わらずで、エドワードが聞こえるものを選ぶ方法の訓練をしてくれたんだ。目の前の音を聞き分けられるようにって。
後で聞いた。
マスターが支援している研究機関から方法を訊いたらしいんだ。
六歳の時、眠って気がついたらこの国にいた。俺を嫌った父が国外に追放したんだと、その時エドワードから聞かされてずっと信じてきた。
だって直前の記憶は、今思い出しても俺を苦い顔で見下ろすアイツだもんな。
エドワードの元で暮らすようになってから、その研究機関へ通って耳のコントロールを覚えていったよ。その訓練の途中で、俺はテレパシーを使うことを覚えたし、催眠術も覚醒した。
別の機関では耳奥に装着するアイテムも作ってもらった。こっちは時々アップグレードしてくれる。
なぁ、ここからはアキラの苦手な話になるぞ。
「あーもういいや。だいたい分かった。んで、この後はキミの恋バナっぽい話になりそう」
バレたか?からかいついでに話そうと思ったのに。
アキラが苦笑している。
ここから俺とエドワードとの、いちばん情熱の溢れる思い出なんだがなぁ。お子さまには早すぎか?
アキラは胸いっぱいだと帰っていきやがった。
俺もエドワードの遺言をクールから受け取ってスタンバイハウスを後にした。
家に帰ってきた。
建設途中で放棄された、軌道エレベーターになるはずだった建物だ。二三〇階までは建設されたんだが、この国から発着するにはコストがかかるとかで断念されて長く放棄。
じゃあってマスターが買い上げたんだけど、二二九階のフロアは俺とエドワードの家にしろと言われて使っている。その下の階は空きだらけだ。空っぽ。ほとんど廃墟。
下層はショッピングモール。その上がクリニック。
さらにその上にマスターが支援してる研究機関がいくつか。そして続く廃墟フロア。
『覚えているかい?ニコラス』
家に戻ってシャワーを浴びる。ヒタヒタと思い出がよみがえる。
『君が私の仕事に同行したある時、公園で若い男女の睦事を目にしてしまったね』
一緒に湯船に浸かりながら、エドワードは俺の肩に湯を掬ってかけた。大きな手が肩を滑っていった。
『初めて目にしたのが、濃厚なキスシーン』
笑った。
『エドワード、慌てて俺に目隠しした』
そうだねと俺のうなじにキス。ぞわぞわと快感が駆け上がる。
キスシーンといったら、鳥が嘴を合わせるような、親しい人とするようなのしか知らなかった。
エドワードをずっと意識していたから、俺もあんな風にされてみたいって思った。自分でコミックやら動画見て、想像した。
『エドワードが留守をした時とかに、俺、エドワードとキスをするの想像したよ』
『私に夜這いをかけたね』
何だか居ても立ってもいられなくて。どうしてもエドワードとそういうことがしたくて。
『私に催眠術』
『かけたけど、やっぱりフェアじゃないって止めたじゃないか』
『君の気持ちに気付いて、自分の気持ちにもきづいたけど、ずっと君の父親になるつもりだったんだよ。あのキスで途中まで来たら、引き返せなくなったじゃないか』
エドワードも笑った。
エドワードにキスをすることと、その後の行為も俺は知ってた。でもまさか、いきなりの行為は初めてで、
『本当は少し怖かった』
『よく我慢したね』
我慢はしてない。エドワードにキスされた時嬉しかった。
ただ、あまりにも濃厚で……さ……。
振り向いてキス。温かくて厚い舌の感触に頭の奥が痺れてくる。
初めての行為は、そりゃあ、な。
それなりだ。
映画で観た感じはそんなんでもないように見えたのに。
でもエドワードに触れられている感覚は喜びだった。力強い腕に抱かれて、幸せに満たされた。ずっとそれが続くのだと思っていた。
突然終わるなんて……。
エドワードが仕事に行った時の、一人の夜は何度も過ごしたさ。
寂しくはなかった。必ずエドワードは帰ってくると信じていたから、もう帰ってこない今は、寂しい。
二度と会えないって分かっているから。
「エド……」
鼻の奥が痛くなった。こぼれる。涙。
ベッドにどさりと落ちた。遺言のメモリーカードを握りしめた。
夢の中、会えるような気がしたから。




