─閑話─ 遺言。エドワード
クールから呼び出し。
仕事?でもないような雰囲気だったな。
「来たよぉ!」
スタンバイハウスのリビングのドアを開けて声をかけた。
ニックが先に来ていた。なんだか緊張した顔をしている。なんかヤバめの仕事かな?
「アキラ。座ってください。今日は仕事ではありません」
「違うの?じゃ、どーして?」
「エドワードさん。ニコラスのパートナーの遺言を開きます。あなたはその立ち会いですよ」
クールが言った。あー成る成る。
「ボクでいいの?」
言うと、ニックは神妙な面持ちで頷いた。
エドワードさんの本業は要人警護。
優秀な人で、要人から直々の指名もあったという。そんな人が、テロリストの標的にされたのだって。要人殺害を何度も阻止してきたから、恨まれていたらしい。
「ニコラスは知らなかったでしょうが、エドワードさんは仕事に行く時にはここに来て遺言を録っていたのですよ」
クールは小さなリモコンを正面のモニターに向けた。
わー初めて見たけど、エドワードさんってイケオジ。
ニックがたまに話してくれるし、うっかりニックに触れて見えてて、だいたいのイメージはあったけど、うん。
ニックがたまに見とれているおじさま、雰囲気とか姿とかエドワードさんに似ているんだね。
『ニコラス』
呼ばれてニックはぴくりと肩をはね上げた。とても温かい、愛おしさに満ちた声。
「うぅ……」
ボクは口を押さえた。この後の展開に涙が出てきそう。
「なんでお前が涙目になってんだよ」
ニックが呆れてる。だって~。うるうる。
『この映像を見ているという事は。うん。そういうことだね。そろそろ落ち着いたかい?』
落ち着いてねーし。と、低いニックの呟き。
映像のエドワードさんはにっこり微笑みながら思出話をいくつかしていた。
『前々から言っていることだけど、君はもう少し同年代の人たちと交流を持つべきだよ。友達と過ごす日々もいいものだ』
うん。そう思う。
そんな奴等いらないって言うけど、仲間たちと内容の無いバカ話とかで笑い会うのもいいものだよ。
『さて、ニコラスに残すものは色々あるけれど、まずあの家にあるもの全ては君のものだ。私の預金もね。故郷の母には別に母名義のものがあるから、気に病むことはないからね』
うわー、太っ腹!どんだけの遺産があるんだろ?ハウスキーパーのがどうとか、何たらの契約がどうとか、とにかく暮らすのに困らない配慮がされているみたい。ニックはずっといらないんだって渋い顔をしていた。ボクなら嬉しいんだけどな。
愛されてるなぁ。
『さて、ここからは君に伝えるべき時期を見て話そうと思っていた。私が死んだ今それは叶わなくなったので、クールに託したよ』
そこで一時停止した。
「ここからはニコラスの実父に関することです。聞きたくなければここで止めますが?」
しばらく考え込んで、ニックは首を横に振った。
いずれ向き合わなければならない事だと、ニックは言った。いい機会だから、エドワードさんの声を聴いていたいと、ちょっと涙声。ボクもその姿にまたウルっと来ちゃった。
再び映像が動き出した。
『君と出会ったのは、ニコラスが六歳の頃だったね。あの時私は、君のお父上の警護……というのは実は表向きの事で、本当は君の警護と保護が私の任務だったのだよ』
「え?」
ニックが意外というように大きな声をあげた。
「確かにあの時、エドワードはずっと俺と一緒だった。一緒に遊んでくれたりドライブに連れていってくれたり」
警護の休暇とかに相手をしてくれていると思っていたらしい。
ってか、ニックの親って何者?要人の警護ってくらいだから、ニックの父親ってすごい人なんだろうけど?
『君はお父上の政敵から狙われていたのだよ。テロリストたちもだ。その身柄、もしくはその命をね。お父上は、けして君を嫌っていたわけではないのだけは知ってほしかった。クールとも話していたのだが、君自信が自分を守れると思えるようなら、もう安心だ』
政敵?命を狙われる?テロリスト?
ニックって、何者?ただのバイオリニストじゃないの?
『君が作り上げてしまったお父上像と折り合いがついたら、会いに行ってあげるといい。君の無事に、成長した姿にきっと喜ぶだろう。あぁ、でも君がバイオリニストとしてデビューしているから気がついているよ。図らずもお母上と同じとは嬉しいかぎりだろうね』
ボクは隣に座るニックへ、顔を向けられなかった。ニックの手が口元へ動いて、かすかな嗚咽が聞こえてきたんだもの。
あのニックがだよ。
わりといつも強気でいるのにさ。
エドワードさんはニックの故郷に行ったら、お父さんがそのままに保存している別荘を訪れるといいとも言っていた。幼い頃のニックとお母さんの思い出があるのだという。
『ニコラス』
ひときわ優しい声でエドワードさんが呼んだ。
『君を縛るつもりはないけれど、愛しているよ。私の愛は永遠に君だけに捧げる。愛してる。そしてさようならだ』
ニックの嗚咽の声が大きくなった。
「俺も。愛してる。エドワード」
うぅ、ボクもぅダメ。だばだば涙が出てくる。
うわーん!
落ち着いたのは三十分以上も経ってからだ。泣いてるボクの事見て、ニックが早々と泣くのを止めて呆れてる。
「あのなぁ、本当なら俺が泣きたいんだぞ」
「だってさ、ニックが悲しんでいるんじゃないかと思ったらさぁ、ほんとは強がってるんじゃないかとか思ったらさぁ、何だか泣けてくるんだもん」
ぐしぐし。
ニックが困り顔。
クールもやれやれって、肩をすくめた。
「でもニックが狙われてたって、そんな危ない家だったの?」
あれ?訊いちゃいけなかったかな?ちょっと複雑な顔してる。
「コーマ国。知ってるか?」
「うん。長期独裁国家って。でも政策がうまく行ってるのか、わりと平和な国だって聞いてるよ」
「その独裁者が俺の父親」
へ?
へぇ?
えぇっ?
「だいとうりょうのごしそく!」
全部平仮名になるほど動揺した。
「ボク、今まで散々失礼なことしてたよ。不敬罪で逮捕される?投獄されちゃう?縛り首?」
「いつの時代の話だよ。それに俺に国はもう無い。関係無い」
ニックは言った。
お父さんの事を今まで恨んでいたっていうから、いきなり言われた真実でも受け入れにくいんだろうな。
でも、どうして恨むことになったんだろう?
訊いちゃダメかな?
あぁ、こんなに気にしたら、ニックの髪が触れても見てしまいそう。
そぉっとソファを立ち上がって、反対側の一人掛けの椅子に腰を下ろした。
その行為にニックも気がついて、あれ?なんかすっごく優しい微笑みになってる。
「一緒の仕事をしているんだ。いつかは知ってもらうべきだと思っているよ」
ニックは言った。
クールが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ニックの思うままに話す言葉をボクは聞いていた。




