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─閑話─ 初めての おつかい

やっつけで降りてきた余談。時々手直し予定。

 「だいじょーぶ?エドワードぉ?」

ソファベッドの上で唸っているエドワードに、八歳になったばかりのニコラスが心配で仕方がないという顔をして声をかけてきた。

 「大丈夫。ただの風邪だから、今日一日寝ていれば良くなるよ」

そうは言ったが、寝ていても天井が回る。こりゃあ厄介だ。エドワードは思った。

 「ハルエさん、来てもらう?」

 「そこまで手を煩わせるのも悪いね。作り置きをたくさん作ってくれたから、きちんと食事を摂っていればいいのさ」

ゴホゴホと赤い顔をして言った。

 「たしか解熱シートがあったよね!」

ニコラスはキッチンの方へ急いで行った。高い所にあるけれど、脚立があれば大丈夫だ。

 あぁ、頼むよ。と熱に浮かされてふわふわした頭の中で呟いてから、急に飛び起きた。薬を間違えては厄介だからと、彼はニコラスの身長より高い場所へ薬品箱を置いている。

 「危ないからやめなさい!」

キッチンへ慌てて飛んでいくと、ニコラスはすでに脚立を降りるところだった。

 「もぉー。おれ、八歳だよ。甘やかすなよ」

ぶぅとふくれてニコラスは言った。

 たしかに八歳にはなった。二年前から身長も伸びている。だからといって、もしも脚立を踏み外して怪我をしても大変だ。大切な預かり者に何かあったらと、いつも気が気ではない。

 「解熱シート無かったよ。のみ薬も残り少ないから、下の薬屋さんまで行ってくる」

 「行ってくるって一人で行った事はないだろう?」

 「いっつも下のラボまで行ってるんだよ。その下のショッピングモールまでだって行けるさ」

 「いや、道順が違う。下まで繋がっているのは我々のエレベーターだけだ。誰かに見られたり…」

 「もぉ!大丈夫だって」

 「だけど…」

ふらふらしながらもエドワードは心配で仕方がないんだと熱弁する。ややしばらく、行く。行くな。の押し問答が続いた。

 「エドワードは寝てなきゃダメなの!」

ダン!と床を踏み鳴らしてニコラスは癇癪を起こしかけている。

 「だったら、ラボまで行って誰かに付いてきてもらえばいい?これでいいでしょ!おれだって、エドワードが苦しがってるの見たくないんだよ!」

腰に手をあて、眉を吊り上げている。本気で怒っている。苦笑した。頼もしくなったと思った。

 「わかったよ。ラボで誰かと一緒なら許すよ」

お手上げと枕に沈んだ。

 「もう。最初からそうしてよ」

小さい世話人は尖らせた口を笑顔に変えて、エドワードのスーツからキャッシュカードを抜き出す。


 「じゃ、行ってくるね」

エドワードがまた引き留める前に、エレベーターのボタンを押して消えていった。

 当たり前のようにカードなぁ。苦笑した。



 ニコラスが一人で行動していい範囲は地上から三十階の研究所までだ。

 マスターが出資する研究施設で、超能力研究と機器の開発を行っている施設がある。

 「こんにちはー」

超能力研究のラボの方へ声をかけた。

 ちょうど所長がいて、時々筆談しながら誰かと話している。若い女。

 聞こえた感じでは新しく施設へやって来た研究員のようだった。筆談をしている辺り、自分の事なのだろうとそう感じた。

 回り込んで確認する。

 プラチナブロンドの髪を肩で切り揃えたすみれ色の瞳の女性だ。まだ少女といってもいいかもしれない。

 「あぁ、ニコラス君。丁度いいところに来たね。今、彼女と話していたんだ」

所長が手招きした。

 「誰?」

 「彼女はフランソワ・シャルジュ。今日からここを手伝ってもらうのだよ。本業が…」

 「ふーん。おれさぁ、下の薬屋さんまで行きたいんだけど。所長、一緒に行ってくれる?」

所長は説明を続けようとしたが、ニコラスには興味はなかったらしく、ブラウンの瞳を大きく見開いて自分の目的を語った。

 「ちょっとあんた。話している途中だったじゃない。それにね『誰?』じゃなく『誰ですか?』だし、紹介されたら名乗りなさいよ!」

彼女はニコラスの無遠慮な態度に腹を立てているらしい。

 「いいじゃんか!おれは用事があって急いでるんだ!」

噛みつくように言った。

 「だったら、なおのことお願いする態度に出なさいよ」

彼女はビシッと人差し指をニコラスに突きつける。

 「なんだよ。おれに命令すんのか?」

彼女の剣幕には負けない。

 「あんたの態度を直せって言ってるの。分かる?」

腰に両手をあてて、ニコラスを見下ろした。

 細い眉をきゅっとあげて凄む彼女はは、所長には見覚えがありすぎた。目の前にいる、八歳。

 「所長。なんだよ、この女!」

 「はっ!言い返せないものだから、他人に文句言うの?」

 「なんだと?」

 「何よ?」

互いに噛み付きあいが続く。そっくりではないか!所長は苦笑した。

 

 「まぁまぁ。で、薬局には何の用?」

話題を変えたくて所長は苦笑いだ。

 「エドワードが熱が出たんだぁ。解熱シートが無かったから、買いに行きたい」

噛み付きの態度が急に引き、ニコラスの声のトーンが落ちた。

 エドワードはたった一人の頼れる人だ。彼にもしもの事があれば、自分は一人では生きていけない。

 「それは大変だね。他に何か必要なものは?」

問われて首を振った。

 エドワードが心配でなにも訊かずに飛び出したことを後悔した。しゅんと、肩が落ちるのに気がついた所長が笑った。

 「フランソワさん、この子に付き合ってくれるかい?」

 子供らしく落ち込んだニコラスに、フランソワも落ち着きを戻した。

 「えぇ?あたし、子守りに来たんじゃないんですけどー」

が、意にそぐわない事は伝えた。

 「さっきも説明しただろう?いろいろと事情があってね。後で詳しく話すから、まずは付き合ってあげて」

多くを語らず所長は言う。

 結局、半ば追い出されるように二人はエレベーターに押し込まれた。



 「あんたさぁ、一人で行けないわけ?」

フランソワはすみれ色の瞳を大きくして言った。

 「一人で行くなって言われるんだ。なんでなのか分かんないけど」

下降の表示を眺めながら不満げ。

 「エドワードって、あんたのお父さん?お母さんは?」

その質問は地雷だったかもしれない。

 「知らない。いない。…お父さんは…」

急に思い出した。

 「嫌いだ。おれを捨てたんだ」

それっきりなにも言わなくなってしまった。



 彼女がここに呼ばれたのは、超能力としては微弱なものを心理学と絡めて自分なりに研究していたからだ。

 拙い論文にマスターが目を付け、彼女に打診。本業を続けたままでいいから、来てみないかと誘われた。

 本業は女優。子役から始まり、今は主役を支える個性派の女優として、ステップアップを図っている最中。いつか主役にと呼び声を待っている。

 所長との筆談では、この子は命を狙われる危険があると説明を受けていた。それで一人で行動するなと言われていたのだろうが、過保護すぎないかと思った。


 「じゃ、エドワードってあんたの何になるの?」

考えたこともなかった。

 たしか、父親の護衛をしていた人。休みには家に来て一緒にいて、たくさん話しかけてくれた、優しいおじさん。

 父親より長く一緒にいたような気がする。

 ドライブをしたり、一緒にお風呂に入って、絵本を読んでくれて……。

 

 どうして一緒にいてくれるのだろう?


 この国へ来た理由ははっきりと教えられていなかった。

 お父さんがニコラスの事は嫌いだから、遠くへ捨ててこいとエドワードに言ったのだという。捨てるなんてできないから、この国で一緒に住もうと言ってくれた。

 それしか知らないのだ。でも、これだけは言える。

 「エドワードは、おれの大事な人だよ」


 

 ふん!彼女は鼻から大きく息を出した。この子に訊いても、本当の事は分かりそうもないと、頭を切り替えることにした。

 最初の目的。

 薬の購入。



 「解熱シートと内服薬と…。これでいいのね?」

商品棚からカゴへ移しながらフランソワが言う。

 「ねぇ、あっという間に元気になるような薬って無いの?」

 「あぁ?あるわけ無いじゃん。薬飲んでおとなしく寝てりゃ治るわよ。症状が改善しなくて熱が続くようなら三階のクリニックへ行くことね」

 「それって、むせきにんって言うんじゃないの?」

 「無責任じゃないわよ。普通の事。腹の立つ子ね」

ぷぅっとニコラスの頬が膨らんだ。

 「知ってるよ。そのくらい!エドワードが心配だから言ったんだ」

風邪の治療に、一番は休息と栄養などと知らなかった。が、彼女の喋りがどこかカチンとくる。

 「お子様なんだから、大人の言うことはききなさいよ」

鼻先をはじかれた。

 「痛いな!じどうぎゃくたいだぞ!」

 「こんなので虐待にならないわ。お子様」

意地悪な笑いを浮かべて、にっと笑った。

 「乱暴女!お嫁にいけないからな!」

言ったとたん、意地悪な揶揄う笑顔が消えた。

 「あんた。今の、セクハラ発言。分かんないでしょうね。お子様だもの」

ピシャリと人差し指をニコラスの胸に押し付けた。美しい顔が本気の怒り顔になり、背中が冷える。

 「嫁だぁ?冗談でも言わないでよね。仕事以外、例えお子様でも男と歩くなんて虫唾が走るのよ。我慢してやってんのよ。こっち!」

怯んだ。剣幕が本気だ。

 「ごめん…なさい…」

ふんっと、また鼻息を噴き出して腰に手を当ててニコラスを見下ろしている。

 「素直なとこは褒めてあげる。世の中いろんな嗜好の人がいるんだから、不用意な発言駄目よ」

 「はい」

今度は、しゅんとなるニコラスの額が小突かれた。


 戻り際、彼女は少し待てと隠されたエレベーターホールへニコラスを待たせて一階のショッピングモールへ戻っていった。

 「おーそーいー!」

文句を言う。

 「そんなに長く待たせてないでしょ?いちいち文句言う。ほら」

持っていた手提げの紙袋をニコラスに見せた。

 「薬もこれに入れて。自分で持てるでしょ?(うえ)に着いたら冷蔵庫。薬飲ませて少し落ち着いたら二人で食べなさいよ。プリン」

相変わらず眉根を寄せて、しかめた顔で彼女は言った。

 エレベーターに乗り込む。

 「へぇ。優しいこともできるんだね」

かちーん!フランソワの中で何かが鳴った。

 「ほんっとに口の減らないお子様ねっ」

鼻先をつままれた。真っ赤になっている。

 「らんぼーもの!エドワードが元気になったら、おまえなんか追い出してやる!」

 「残念でしたー。雇い主はあんたたちじゃないから、無駄よ。無駄無駄ー」

額に二発。

 研究所到着。

 目の前に赤い顔でフラフラしているエドワードが立っていた。

 ニコラスが心配でここまで降りてきたらしい。所長が苦笑している。

 「エドワード!」

ここまで来てニコラスの笑顔がこれまでに無いほど輝いているのをフランソワは見た。エドワードはその幼い体を、フラフラしながらも膝をついてニコラスを迎え入れている。


 ニコラスは彼にしがみつくと首筋に頭を押し付けて、そしてフランソワは見てしまった。

 八歳の子供が、嬉々としてその首筋に顔を押し付け、深呼吸している。

 この子同類……?フランソワは思った。

 

 

 フランソワ・シャルジュ。

 映画界に久しぶりに現れた大型女優。


 主演映画の大ヒットとともに、彼女は自らレズビアンであることを公表した。

 スキャンダルではあったが世間は概ね好意的。数年後には押しも押されぬ大女優である。


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