第6話:白銀の使者
翌朝、黒嶺の里を囲む大門の前に、数騎の馬上の人影があった。
先頭に立つのは、陽光を照り返す白銀の鎧を纏った男。整った金髪と鋭い眼光を持つその姿は、絵に描いたような王国の正統派騎士そのものだった。
第3国境騎士団隊長、ジークフリート・フォン・ヘルド。
「……相変わらず、薄暗くて愛想のない里だな」
ジークフリートは馬上で呟き、手綱を引き絞った。
門が開かれ、長男アルスと次男ルシアンが出迎える。レナがその背後で警戒を露わにし、手元の柄に指をかけていた。
「遠路遙々のご到着、感謝する。ジークフリート隊長」
ルシアンが眼鏡を押し上げ、完璧な社交辞令の笑みを浮かべる。アルスは威圧するように一歩前に出ると、高く見下ろした。
「王国の使者殿か。手荒な歓迎は望まんのだろうな」
「滅相もない、アルス殿。我々は頭領との対話と、依頼の確認に来たまでだ。王国軍としても、黒嶺の武勇には大いに期待している」
ジークフリートは馬から降り、洗練された礼を執った。立ち振る舞いに一切の隙はない。
だが、その鋭い視線が列の後方――集落の影に身を潜めるように立っていた、タレ目の男をとらえた。
イグニスだ。だるそうに壁に寄りかかり、欠伸を噛み殺している。
ジークフリートは一瞬だけ口元を歪めたが、すぐに公人の表情に戻した。
そのまま応接室へと案内される一行。儀礼的な会談と書状の確認が滞りなく進み、夕刻が近づくにつれ、緊張感は次第にほぐれていった。
夜、里の外縁に位置する古い見張り台の陰。
冷たい風が吹き抜ける暗がりで、イグニスが火のついていない煙草を咥えていた。
足音が近付いてくる。鉄環の触れ合う僅かな音。
「不味い煙草を吸ってやがるな、クソタレ目」
暗闇から現れたのは、上着を羽織っただけのジークフリートだった。昼間の白銀の鎧は脱ぎ捨てている。
「お前が持ってきた仕事のせいで、こっちは大迷惑なんだよ、ジーク」
イグニスは振り向きもせず、吐き捨てるように返した。
ジークフリートはイグニスの隣まで歩み寄り、胸ポケットから小さな酒瓶を取り出すと、一口飲んでイグニスへ放り投げた。
「上層部からの直々の指名だ。断崖の最深部に『災厄級』が活発化しているのは事実だからな。俺も部下を率いて現地で合流する」
「……ただの討伐にしては、時期が良すぎる」
イグニスが酒瓶を受け取り、小さく口をつける。安い酒の味が舌を刺した。
「上から降りてきた命令をそのまま実行するのが、俺たち騎士の仕事だ。内部のきな臭い政治に興味はない」
ジークフリートはそう言い切ったが、その声のトーンは僅かに低かった。
彼自身、今回の遠征に漂う不自然さを肌で感じ取っている。だが、それが大公のいかなる陰謀に通じているのか、その全貌までは掴み切れていない。上層部が何かを隠していることだけは、経験上理解していた。
「お前の兄上二人は、気合いが入っていたな。長男は一撃で魔物を叩き潰す気満々だし、次男は完璧な作戦計画を自慢げに語っていた」
「あいつらは強いからな。正面から戦えば、俺なんて一瞬で殺される」
「ハッ、白々しい。そのヘラヘラした面を拝むたびに、胃の底から不快な毒が湧いてくるぜ。お前が正面から戦うわけがないだろうが」
ジークフリートが嘲笑う。イグニスもまた、目を細めて鼻で笑った。
数年前、境界線の泥沼で共闘した夜。
お互いの「えげつなさ」を誰よりも知っているのは、この二人だった。
「気をつけて行けよ、ジーク。山は荒れる」
「お前に心配される筋合いはない。……言っておくが、陣営が乱れれば、俺はお前たちの背中を護る余裕はないぞ」
「期待してないさ。お前がへばったら、首だけは持って帰ってやるよ」
「そうしろ。……俺もそうする」
二人はそれ以上言葉を交わさず、酒瓶を交わした。
罵り合いの裏にあるのは、互いの実力への絶対的な信頼と、いずれ訪れるかもしれない立場の衝突への覚悟。
ジークフリートは背を向け、暗闇の中へと去っていった。
イグニスは酒瓶に残った最後の一滴を飲み干すと、夜空を見上げた。
不気味なほど静まり返った星空が、明日からの過酷な遠征を予感させていた。




