↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/156

第92話「四十七の名前」


扉が開いた。


白い法衣と、白銀の鎧。聖騎士が六人。その、後ろに司祭が数人。


先頭の、聖騎士が〈星の間〉の、光景を見て剣の柄に手をかけた。


「――何者だ」


その、誰何の声を。


ガロの、盾が遮った。


大男が一歩、前へ、出た。鉄樹の紋の、盾を正面に構えて。


「悪いな。……ちょいと、迷子を迎えに来ただけだ」


「迷子、だと」


「四十七人、な」


◇


戦端は、瞬時に開いた。


だが、その戦い方を俺は、事前に全員に命じていた。


――誰も、殺すな。


教会の、聖騎士も。司祭も。一人も殺すな。ここで血を流せば、俺たちは「星喰らいの一味が、聖堂を襲い、聖職者を殺害した」という、教会の完璧な記録になる。


だから、殺さない。


制圧して縛って生かして帰る。


それが記録の、戦いだった。


「――行くぞ!」


俺は、長剣を抜いた。抜いて峰に返した。


聖騎士の、剣は速かった。教会の精鋭。だが、俺の足の裏は彼らの踏み込みを、拾っていた。眷属級の感覚。裂き腕の間合い。狂戦士の勘。ドッズの対人の足。


全部を使って俺は、殺さないことに専念した。


一人。手首を峰で打ち、剣を落とさせる。


二人。膝の裏を蹴り、崩し鳩尾に柄頭。


三人目が剣を振り上げた。その、腕の下を潜り。


――その時。


器の底の滴が。


疼いた。


甘いあの感覚。核を突いたときの、あの充足。


ここでこの男の、喉を掻き切れば。


剣の、腕を継げる。


教会の精鋭の技を全部。


――継げ。


誰の、声でもない声が囁いた。


その囁きがあまりに自然に聞こえたことが恐ろしかった。


俺は。


剣の峰を。


男の、鎧の隙間ではなく、鎧の面に叩きつけた。


わざと。


殺せる場所を外して。


鈍い音とともに、聖騎士が崩れ落ちた。生きている。息をしている。


「……悪いな」


俺は、その男に言った。


そして、自分の、器の底に言った。


「――俺の器に何を入れるかは、俺が決める」


◇


五分と、かからなかった。


聖騎士六人、司祭四人。全員、気絶。誰も死んでいない。


ミレアが縛り上げながら、感嘆の声を漏らした。


「……無傷で十人。あんた、本当に化け物ね」


「殺すより、難しい」と、俺は、言った。「殺す方がずっと、簡単だ」


それは、事実だった。


そして、その事実こそがこの二年で俺が一番、恐れるようになったものだった。


◇


だが、問題はその後だった。


四十七人の、子供。


動ける子は、十人ほど。残りは意識が朦朧としているか、まったく目を開けない。


抱えて運ぶには、多すぎた。


「――水路を使う」とコッツ。「でも、六人で四十七人は、無理だ。往復すりゃ、見つかる」


「運び屋は」


「水路の、出口で待ってる。でも、あそこまで運ぶのが」


時間がなかった。


その時。


ニラが手帳を抱えて寝台の、列を走っていた。


一台ずつ、覗き込んで。何かを書いている。


「ニラ! 何をしてる!」


「名前!」


彼女が叫び返した。


「番号じゃない! この子たちの、名前を書いてるの! ……見て、リゲル。この寝台の、裏!」


俺は、駆け寄って覗き込んだ。


寝台の、裏板。


そこに。


小さな、爪の、引っ掻き傷で。


文字が刻まれていた。


『ミナ』


隣の、寝台の裏には。


『ぼくは、トト』


その、隣には。


『わたしのなまえは、サラです。わすれません』


忘れません。


番号を与えられ、名前を奪われた、子供たちが。


澱を注がれ、記憶を押し出される前に。


自分の、名前を。


寝台の、裏に。


爪で。


「――全部、書く」


ニラの、声は、震えていた。震えながら、ペンは止まらなかった。


「一人も残らず。……この子たちが、自分で残した名前を私が写す。四十七人、全員」


◇


俺は、動けなかった。


十歳の子供が。何日かあるいは、何ヶ月か、この白い部屋で。


明日には、忘れるかもしれない自分の、名前を。


寝台の裏に爪で刻んでいた。


誰にも、見つからないように。


誰かがいつか、見つけてくれることを、願って。


――名前が大事だと、この子たちは、知っていた。


誰にも、教えられずに。


器にされようとする者だけが、辿り着く真実として。


「……ニラ」


俺は、言った。声が掠れた。


「手伝う」


「え?」


「俺も、書く。……全部、写す。一人残らず」


コッツが駆け寄ってきた。ガロも。ミレアも。ヴァンネスも。


誰も、何も、言わなかった。


六人と一人が四十七の寝台の、裏板を覗き込んで。


爪の傷を写し取った。


逃げる時間を削って。聖騎士が次に来るまでの、限られた時間を削って。


名前を集めた。


◇


全部で四十一の、名前があった。


六人の子は、何も書いていなかった。書く前に注がれたのか。書く力がなかったのか。書く文字を知らなかったのか。


ニラは、その六人分の、頁にも印をつけた。


『名前、不明。三十番。九番。十七番。二十二番。三十八番。四十四番。……いつか、思い出したら、教えてください』


教えてください、と書いた。


記録者は、空白を空白のまま、残した。埋めるのは、この子たち自身だ、と。


◇


脱出は、地獄だった。


動ける子供に動けない子供を背負わせ、大人が両脇に二人ずつ。ガロが四人を担いだ。ヴァンネスが三人。ミレアがリタを。


水路の闇を進んだ。子供たちは、誰も、泣かなかった。泣く力もないのだ。


出口に運び屋が待っていた。荷馬車が五台。


「……四十七人だ」と、俺は、言った。


「聞いてる」運び屋の頭が、頷いた。「大陸中に散らす。三十日で。……名前は、変えるぞ」


俺は、ニラを見た。


彼女は、頷いて新しい手帳を掲げた。


「変えてください」と、彼女は、言った。「でも、元の名前は、ここにあります。……この子たちが、いつか、取り戻したくなったら。私が返します」


運び屋の頭は、その手帳をしばらく、見ていた。


それから、初めて笑った。


「……あんた、変な女だな。命が懸かってるのに、名前の心配か」


「名前は、命の入れ物ですから」


荷馬車が夜の街道へ、消えていく。


四十七の、小さな命を乗せて。


名前を預かった、俺たちを残して。


◇


空が白み始めていた。


白い街の、白い夜明け。


大聖堂の、鐘が鳴った。


まもなく、〈星の間〉の、異変が発覚するだろう。追手が来る。この街に留まることはできない。


だが、俺たちはしばらく、その場を動かなかった。


ミレアの腕の中で、リタが目を開けていた。


姉の顔を不思議そうに見上げて。


それから、掠れた声で言った。


「……あなた、だあれ」


ミレアは、涙を拭った。


拭って笑った。


世界で一番、優しい顔で。


「……ミレアよ。あなたの、お姉ちゃん」


少女は、しばらく、その顔を見ていた。


それから、小さく頷いた。


「……おねえちゃん」


意味を知らずに。


ただ、音として繰り返した。


その、たった一言が。


白い夜明けの街に。


静かに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。