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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第77話「核を穿つ」


二日目の、夜明けだった。


スピカは、第二層まで上がってきていた。地上まで、あと一層。街の、真下だった。


防衛線は、削られていた。三つあった線のうち、二つが、破られた。死者は、二十七人。負傷者は、数え切れない。組合の隊も、同盟の隊も、審問局の審問官も、同じ数だけ死んだ。星辰の獣は、身分で、人を、選ばなかった。


残る線は、一つ。


大穴の、出口。ガロの、最終防衛線だけだった。


「――リゲル。あと、どれくらい保つ」


血と埃に、まみれたヴェイユが、静かに訊いた。彼女の外套は、もう灰色ですらなかった。審問官の、部下は、半分が死んでいた。それでも、この女の声は初日と、同じ静けさを保っていた。


「半日」と、俺は、答えた。「核の削り方は掴んだ。突けば砕ける。だが、砕けた分は周りの澱を吸って、また太る。……削る速さより太る速さが遅ければ、いつか削り切れる」


「その、勘定は」


「……こっちが、保てばの話だ」


俺の、体は限界を超えていた。


二日、継承の力を全開にし続けた。眷属級の、振動感覚。裂き腕の間合い。狂戦士の勘。ドッズの、足。継いだ全ての、死者の力を休みなく、燃やし続けた。指の先が痺れている。視界の縁が、時々白く、飛ぶ。


そして、それとは別の。


別の、感覚が。


核を、突くたび。俺の器へ、滴が落ちてくる。


星の力の澱。誰にも、受け取られなかった、力。それが俺の空っぽの器の底に少しずつ溜まっていく。


満ちていく。


生まれて初めて。


その感覚は――甘かった。


恐ろしいほど、甘かった。


十五年空っぽだった器に初めて、水が注がれる。渇いた喉に、水が落ちるように。それは力とも、快感とも、違うもっと、根源的な充足だった。


器は、満たされたがっている。


俺の中の、何かが、そう囁いていた。もっと、突け。もっと、砕け。もっと、注げ。全部、受け取れ。おまえの器は、そのためにあるのだから――。


その囁きが、誰の声に似ているのかを。


俺は、認めたくなかった。


◇


最後の突撃は日が傾いてから、始まった。


街の全戦力が大穴の出口の広間に集まった。避難民は、そのすぐ後ろ。逃げ場はない。ここで、止めなければ、街が終わる。


ガロの盾が、最前列に並んだ。


大男の、両隣にも盾使いが、いた。組合の。同盟の。かつて、互いを嗤い合っていた男たちが同じ横一列で、盾を構えていた。


「――全員、聞け!!」


ガロの、大音声が、広間に響いた。


「後ろにゃ街がある! てめえの女房が餓鬼が婆さんがいる! ……盾ってのはな後ろの奴を信じて、初めて、構えられるもんだ! 今俺の後ろにいるのは街の全部だ! ……なあ街の連中よ! 俺を信じてくれるか!!」


避難民の中から、返事が上がった。ばらばらの、悲鳴のような声だった。


それでも、返事は返事だった。


裏切りの醜聞にまみれた男に。街が、初めて返事をした。


ガロの、盾が上がった。


「――上等だ!!」


◇


スピカが、た。


白い光の渦が大穴の出口の坑道を駆け上がってくる。光の槍が雨のように、降り注ぐ。盾の列がそれを受け逸らし、砕ける。人が倒れる。だが、列は動かない。一人倒れれば、後ろの一人がその穴を埋める。


コッツの、最後の罠が、火を噴いた。


火計ではない。落石だ。坑道の天井の岩を、一斉に落とす。スピカの、光の渦はそれを貫通した。だが――落石は渦を押し留めた。ほんの数呼吸だけ。


その、数呼吸で十分だった。


俺は、走った。


長剣を、両手に握って。落石の隙間を抜けて。白い光の渦の中心へ。


見える。


二日間、削り続けたあの核が。もう、最初の、三分の一の大きさになっている。脈打つ速度が落ちている。あれは、疲れている。星の力の澱ですら二日削られ続けて、疲弊している。


あと、一撃。


深く、届けば。


「――リゲル!!」


背後で、ガロの声。


盾使いの列が俺の走路を作っていた。光の槍の雨を全部その身に受けて。俺一人が、通れる細い道を。


誰かが、倒れる音。誰かが、その穴を埋める音。


走りながら、俺は、その顔を見ていた。見てしまった。


かつて、俺たちを「星無しの掃除屋」と嗤った酒場の鉄級の男が盾を掲げていた。入札所で「悪く思うな」と目を逸らした、〈灰鷹〉のリーダーが槍を受けていた。ザッハが隊の若いのを突き飛ばし、代わりに肩を光に灼かれて、膝をついた。それでも、倒れた場所から、俺の走路を片手で、指し示していた。


名前を、知らない者もいた。


だが、名前を知らない者にも、名前はある。


走りながら、俺は必死に数えた。この道を、作ってくれた、一人ずつを。後で、名簿に加えるために。誰かが覚えていなければ、この道はただの通り道になってしまうから。


その、道の上を。


俺は、走った。


全員が、俺に託した。


商会の男も。同盟の男も。審問官も。街の住民も。かつて、憎み合い騙し合い嗤い合った全部の人間がたった今俺の背中一つに街を託していた。


その重さを、背負って。


俺は白い光の中心へ飛び込んだ。


◇


核が、目の前にあった。


脈打つ、小さな光の球。星の力の澱のその一番深い場所。


剣を振りかぶった。


その、瞬間。


核が――囁いた。


声ではなかった。だが、確かに伝わった。二年地の底を這い上がってきたその理由が。


――受け取ってほしい。


星の力。誰にも、受け取られず、地の底にこぼれ溜まり腐り意思を持つほどに澱んだ力。


それはただ器を探していた。


自分を、受け取ってくれる器を。


二年。ずっと。


――おまえは、空だ。おまえなら、全部受け取れる。


剣を握る手が震えた。


継げと、囁きが言う。俺の中の、器が疼く。甘いあの充足が腕を伝って、上がってくる。


継げば、この澱の全部が俺のものになる。星の力そのものが。誰も、俺に勝てなくなる。街を救い商会を砕き教会すら退けられる力が。


継げば。


継げば俺は――何を失う。


母を、失った。父を、失った。村の冬を、初めての狩りの夜を、失った。


この途方もない澱を継いだら。


次に、消えるのは。


「――受け取らない」


俺は剣先を核から、逸らした。


逸らして、核の脈打つその「拍」の間隙へ。突き刺すのではなく――斬り払った。


器に、注ぐのではなく。


器を、砕くように。


「おまえを、俺は継がない。……悪いが俺の器にはもう入れておきたいものがいっぱいなんだ」


長剣が、核を両断した。


白い光が絶叫した。


街の、全部が震えた。核を失った渦が四方へ爆ぜる。無数の光の破片が大穴の天井を壁を坑道を貫きそして――散った。


集まる先を、失った澱が。


大気に、大地に溶けていく。誰にも、受け取られないまま。二年前と、同じように。地の底にまた少しずつ溜まりに行くのだろう。


いつかまた意思を持つ日まで。


だが、今日は。


今日は、それで、よかった。


◇


静寂が来た。


白い光が消えた。坑道に松明の赤い光だけが戻った。


誰も、声を上げなかった。


上げる力が、残っていなかった。ただ、盾を構えていた男たちが一人ずつ膝をつき座り込み倒れ込んだ。


生きていた。


街は、残った。


ガロが砕けた盾を抱えたまま笑っていた。コッツが俺のところへ転がるように駆けてきた。ヴェイユが静かに目を閉じた。


俺は長剣を地に突き立てて、体重を預けていた。


継がなかった。


澱の全部は。


だが、二日間削り続けたその間に。


俺の器の底には。


確かに溜まっていた。滴が。星の力の澱のほんの一滴が。


甘く静かに。


満ちていた。


その甘さを俺は坑道の暗がりで、しばらく味わっていた。


味わって、いる自分に気づいて。


慌てて、名前を唱え始めた。


母。父――ドルク、飴を二つ買う人。じいさん。ガロ。ミレア。コッツ。ヴァンネス。ドッズ。そして、ニラ。


名前は、全部出てきた。


順番も狂っていなかった。


だから、俺は安堵した。


安堵して、長剣に体重を預けたまま目を閉じた。


第77話更新です


スピカ戦いかがだったでしょうか?コメント感想お待ちしております!

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