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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第71話「星視盤の女」


審問局が動き始めた。


まず、彼らがやったのは、記録の閲覧だった。


ギルドの、過去の適性検査の記録。星視盤の、測定値の控え。それを、審問局が、正式な令状をもって、閲覧を要求してきた。名目は、「〈星喰らい〉の素質を持つ者の、追跡調査」。


その報せを、俺に、伝えに来たのはニラだった。


血の気の引いた顔で。


「……リゲル。あなたの、適性検査の記録が、閲覧対象に入ってる」


来た。


「あなたの、星視盤の測定値。……『測定不能』の、あの記録。空っぽの器の記録。……審問局は、それを探してる。過去の測定記録の中から、『空の器』を、拾い出そうとしてるの」


星無しの判定。かつて、俺を、この街の底辺に突き落とした、あの記録。それが今、審問局の網に、引っかける証拠になろうとしていた。


「……記録を、消せるか」と、俺は訊いた。


「無理」ニラは、首を振った。「適性検査の記録は、正本と副本がある。正本はギルドの封緘書庫。副本は、教会の、星辰教会本部に、写しが送られてる。……測定値は、検査した日に、自動で両方に記録されるの。私が、正本をいじっても、教会の副本と照合されたら、一発でばれる」


逃げ場はなかった。


俺が、星無しであること。空の器であること。それは、五年前のあの日から、二つの場所に、記録され続けていた。消せない記録として。


「……でもね」と、ニラは、言った。「一つだけ、抜け道がある」


「抜け道?」


「測定値の、記録だけじゃ、審問局は動けないの。『空の器』は、素質があるってだけで、罪じゃない。……審問局が、本当に探してるのは、『継承の痕跡』よ。実際に、力を継いだ証拠。誰かを倒して、力を、奪った痕跡。……それがなければ、あなたはただの、『才能のなかった、元・星無しの冒険者』。それ以上にはならない」


継承の痕跡。


俺は、これまで、何を継いできた。狂戦士。岩喰らい。裂き腕。落とし仔。そして――ドッズ。


その、全部を。


「記録を、当たられたら」と、俺は言った。「俺の、討伐記録は、全部ギルドに残ってる。眷属級。階層主。……それを、『空の器』の記録と、突き合わせられたら」


「そこよ」ニラは、身を乗り出した。「あなたの討伐は、全部、『隊としての』討伐になってるの。〈鉄樹〉の、五人の共同の戦果。……あなた一人が、突出して階層主を仕留めた、なんて記録は、どこにも、ない。私が、そう書いてきたから」


ニラの、几帳面な報告書。特記事項なし、と、いつも、素っ気なく書かれたあの記録。


それは、無意識の防壁だった。ずっと、前から。俺が、突出して見えないように。俺の力が、記録の上で、際立たないように。ニラは、知らず知らずのうちに、俺を、記録の霧の中に隠し続けていた。


「……あんた」


「言ったでしょ。記録は、嘘の味方はしない。でも、書き方は選べるの。事実だけを書く。事実だけを書けば、あなたは、『よくやる隊の、一人の狩人』。……嘘は一つもついてない。ただ、目立たない、真実を、選んで積んできただけ」


俺は、この受付嬢の、静かな戦いの、深さをまた一つ思い知った。


◇


だが、審問官ヴェイユは、記録だけの女ではなかった。


三日後。俺はギルドの前で、その女と、直接対面することになった。


偶然、ではなかった。向こうが待っていた。ギルドの用を終えて出てきた俺の前に、灰色の外套の女が、静かに立っていた。


「――リゲル、さん」


その声は、噂通り静かだった。


「星辰教会、異端審問局。ヴェイユ、と申します。……少し、お話をよろしいですか」


逃げれば、疑われる。俺は、足を止めた。


「……何か」


「あなたの、適性検査の記録を、拝見しました」ヴェイユは、前置きなく切り出した。「五年前。星視盤による測定、『測定不能』。……興味深い記録です。測定不能というのは、器が、あまりに小さくて、光が灯らないか。あるいは――器が、あまりに、特殊で、盤が読み取れないか。どちらかなのです」


女の、静かな目が、俺を見ていた。


「そして、あなたは、その『測定不能』の器で、眷属級を、階層主を、討伐する隊の、中核になった。……才のない器が、才ある者を、超える。不思議なお話です。理由を伺っても?」


「……運と仲間だ」と、俺は、答えた。「一人じゃ、何も獲れなかった。隊のおかげだ」


「隊の、おかげ」


ヴェイユは、その言葉を、繰り返した。繰り返して、微かに笑った。感情の、こもらない笑みだった。


「いい、お答えです。……模範的で隙がない。まるで、そう答えるように、教えられたかのように。あるいは、そう答え続けることに、慣れているかのように」


見透かされている。この女は、俺の言葉の内容ではなく、言葉の選び方を、記録している。答えの、滑らかさそのものを、疑いの証拠として。


「……疑ってるのか。俺を」


「いいえ」ヴェイユは、首を、振った。「私は、誰も疑いません。ただ、記録するだけです。あなたが、今、どんな顔で、どんな言葉を、選んだか。……それを積み重ねます。積み重ねた記録が、いつか、ひとりでに、答えを語り始めるまで」


記録が、ひとりでに語り始める。


ミレアの言った通りの女だった。


俺は、必死に、平静を装った。だが、この女の前では、その「装い」そのものが、記録されている。落ち着いて見せれば、落ち着きすぎだと書かれる。動揺すれば、動揺したと書かれる。どう応じても、証拠になる。逃げ場のない対話だった。


まるで、詰将棋の盤の上にいるようだった。ドッズが、俺の詰将棋を「読める」と言ったように――今度は、俺がこの女の静かな詰めの中にいた。一手ごとに、逃げ場を塞がれていく。


「――今日は、これで。お時間をいただき感謝します」


ヴェイユは、静かに頭を下げ、去っていった。灰色の背中が、雑踏に消えていく。


その、去り際。


女は、一度だけ、振り返って言った。


「……ああ。一つ、言い忘れました。あなたの腰のその剣」


腰の、片手半の長剣。ヴァンネスに、預かったあの剣。


「短刀を、腰の反対側に差しておられる。得物が二つ。……最近、替えられたのですね。以前の記録では、あなたは、短刀、一本の使い手だった。……体が、変わったのですか? それとも――中身が変わったのですか?」


答えを待たずに、女は去った。


俺は、その場に立ち尽くしていた。


中身が変わったのか。


ミレアの、言葉と同じ問いを。この女は、初対面の、たった一度の会話で、俺の、一番痛い場所に置いていった。


静かな狩人だった。


第71話更新です!


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