第70話「審問局」
異端審問局が、ヴェルデに来た。
ガロの警告から、十日後のことだった。
灰色の揃いの外套。胸に星と剣を組み合わせた、審問局の紋章。一団は二十人ほど。街の中央区、教会の分堂を接収し、そこを支部とした。物々しい、列だった。街の人々は、遠巻きにそれを見ていた。
その行進を、俺も、コッツと、路地の陰から見ていた。
「……なんか、様子が変だぜ」と、コッツが囁いた。「兵隊の行進とは違う。あいつら、周りを見てねえ。……いや逆だ。見すぎてる。一人一人が、街の顔を、片っ端から覚えていくみてえな目だ」
少年の観察は、鋭かった。審問局の一団は、威嚇のために、行進しているのではなかった。歩きながら、街を記録しているのだ。どの店に誰がいて、どの路地がどこに繋がっているか。占領軍が、地図を、頭に刻むように。
そして、その一団の先頭を歩く者がいた。
馬にも輿にも乗らず。ただ、一人、隊列の、半歩前を静かに歩く女。
それが、審問官ヴェイユ、だった。
表向きの、目的はこうだった。
「――近年、辺境諸域において、〈星喰らい〉の兆候が、増大している。当局は、これを重く見て、大陸各地に、調査支部を設置する。ヴェルデは、その、一つである」
支部長として着任した審問官は、ヴェイユ、という名の女だった。
遠目に、一度だけ見た。三十代の半ばだろうか。細身で、姿勢がよく、感情の読めない、静かな顔をしていた。声を荒げるでもなく、威圧するでもなく、ただ、静かに指示を出す。その静けさが、かえって、不気味だった。
「……嫌な感じね」と、ミレアが言った。
教会を、内側から知る、彼女の勘だった。
「異端審問局の中でも、あの人は、有名なの。〈静かなヴェイユ〉。……拷問も、火刑も、めったにしない。ただ、記録する。徹底的に。疑わしい人間の、暮らしを丸ごと記録して、証拠が、動かせなくなるまで、待つ。……そして、逃げ場が、なくなったところで、静かに詰める」
記録して詰める。
それは、皮肉なことに、ニラの戦い方と、同じだった。記録を、武器にする者同士。だが、片方は、人を守るために。片方は、人を狩るために。
◇
その、審問局の到来と、時を同じくして。
ミレアの元に、リタからの、次の手紙が届いた。
いつもの丸い癖字。だが、その内容は、姉を凍りつかせた。
『おねえちゃんへ。
まえのてがみに、かいた、けんさのことなんだけど。
わたし、りょうよういんから、べつのところに、うつることに、なりました。もっと、いいせつびの、あるところだって。せんせいたちは、「せんばつされた」って、いってました。えらばれた、ってことみたい。
でも、わたし、ちょっと、こわいの。
うつるのは、リディアの、たいせいどうの、おくにある、「ほしのま」っていうところ。おなじように、えらばれたこどもが、なんにんも、あつめられてるんだって。
めんかいは、とうぶん、できなくなるって、いわれました。
おねえちゃんに、あいたいです。
リタ』
手紙を持つ、ミレアの手が、震えていた。
「……選抜された、ですって?」
声が、掠れていた。
「心の臓に、雑音のある、体の弱い子が。……何に、選ばれるっていうの。もっといい設備? 面会禁止? リディアの、大聖堂の、奥の……〈星の間〉?」
俺たちは、顔を見合わせた。
教会の、星喰らいの調査。療養院を回る、新しい水晶。「検査にうかった」子供たち。そして、審問局の、支部設置。
全部が、繋がっていく。嫌な形に。
「……リゲル」ミレアが、俺を、見た。その目は、いつもの、余裕のある目では、なかった。「あたし、前に、言ったわよね。あんたの側に立つことが、リタの立場に、跳ね返るかもしれないって。……逆だったのかもしれない」
「逆?」
「教会は、あんたを、探してるだけじゃない。……〈星喰らい〉の、素質のある子供を、集めてるんじゃないの? 星視盤で測って。空っぽの器を持つ子を。……リタの心臓の雑音は、もしかしたら、その素質と……」
ミレアは、そこで、言葉を切った。
切って、それから、立ち上がった。
「――行くわ。リディアに」
「ミレア」
「面会禁止になる前に。まだ、療養院にいるうちに。妹を連れ戻す。……無理でも、せめて、顔を見る。何をされようとしてるのか、確かめる」
その決意は、止められない種類のものだった。教会を破門された女が、教会の一番奥へ、妹を取り戻しに行く。それが、どれだけ、危険なことか。彼女自身が、一番、分かっているはずだった。
「一人で、行かせない」と、俺は言った。
「駄目よ」ミレアは、即座に、遮った。「あんたは駄目。教会が探してる、当の本人が、教会の本拠地に、のこのこ行ってどうするの。……それこそ、鴨が葱を背負って、審問局の玄関を、叩くようなものよ」
正論だった。
「あたし一人で、行く。破門された身だけど、療養院にまだ伝手はある。妹の顔を見て、様子を探って、戻ってくる。……それだけよ。無茶はしない」
無茶は、しない、と、無茶をする人間の顔で、ミレアは、言った。
◇
結局、ミレアは、翌朝、旅立った。
一人ではなかった。ヴァンネスが、「同盟の、リディア方面の、買い付けのついでだ」と、無理やり、同行を、決めた。老兵の精一杯の護衛だった。
見送りの、街の門で、ミレアは、俺たちに言った。
「留守を、頼むわね。……青麦の子たちの、治療の手当ては、あの、治療係の娘に、任せてある。それと、リゲル」
彼女は、俺の胸を指でつついた。
「あんたの、体の記録。あたしが戻るまで、コッツに、つけさせるから。脈と、体温くらいなら、あの子でも、測れる。……サボったら承知しないから」
「……ああ」
「行ってくる。……妹を、連れて帰る」
ミレアと、ヴァンネスの姿が、街道の向こうに、消えていった。
その背中を、見送りながら、俺は、思っていた。
一人、また一人と、〈鉄樹〉が、それぞれの戦いへ、散っていく。ガロは、井戸端へ。ミレアは、リディアへ。残ったのは、俺と、コッツと、そして、ギルドの窓口の、ニラだけ。
隊が細くなる。
だが、細くなった糸のそれぞれの先が、この街の、そして大陸の、大きな何かに、繋がり始めている。
その、大きな何かの、中心に。
俺がいる。
空の器として。
第70話更新です!
昨日はアップできなくてすんませぬ




