第7話「賞金の分け前」
検分隊が骸を確認して戻ったのは、五日後だった。
討伐認定。賞金、銀貨五十枚。灰級の新人が単独で賞金首を仕留めた――話は尾ひれをつけて街を回り、ギルドに顔を出すたび、視線の質が変わっているのが分かった。嘲りが消えたわけではない。嘲りに、値踏みと少しの警戒が混ざった。
「星無しのまぐれだろ」
「まぐれで銀級喰いが殺せるかよ」
「じゃあ何だってんだ」
酒場の噂話は、聞き流した。答えを持っているのは俺だけで、その答えは誰にも話せない。
ただ、一つだけ、割り切れないものがあった。
賞金首、と皆は言う。だが、あいつは元は冒険者だった。仲間がいて、認識板を掲げて、待つ誰かがいた男だ。それが、何かの果てに、あんな成れの果てになった。俺はその男を仕留めて、力を奪い、そして今、その男の首にかかった金貨を、受け取ろうとしている。
賞金とはつまり、あの男の生きた証の、値段だった。
うまく飲み込めなかった。だが、飲み込むしかなかった。この街は、命に値段をつけて回る街だ。あの男の首の値段も、その仕組みの、一部でしかない。
賞金の受け取りは、七日目と決まった。
その日、ギルドの受付に行くと、先客がいた。
ドッズと、銅の鎖の二人。あの日以来、姿を見せなかった三人が、カウンターの前に陣取っていた。
「――おう、来たな! 待ってたぜ、相棒!」
ドッズが、両腕を広げて振り返った。
相棒。
あまりの言い草に、怒りより先に感心が来た。人間の面の皮は、ここまで厚くなれるものらしい。
「今、ギルドに申し立ててたとこだ。トーサ街道の賞金首討伐は、俺たち銅の鎖とおまえの共同討伐だってな」
「……共同」
「そうだろうが。あれは俺たちの受けた護衛依頼の最中に起きた戦闘だ。おまえは俺のパーティの臨時要員。つまり戦果はパーティのもんだ。分け前は頭割りで四等分――いや、指揮を執った俺の取り分を乗せて、おまえは一割ってとこか」
後ろの二人が、にやにやと笑っている。
受付の職員は困り顔で、規約集をめくっていた。ドッズの理屈は、穴だらけのくせに、形式だけは整っている。臨時要員だったのは事実。護衛依頼の最中だったのも事実。書類の上では、俺は確かに「銅の鎖の指揮下」にいた。
「異議があります」
涼しい声が、カウンターの内側から上がった。
ニラだった。書類の束を抱えて、隣の窓口からこちらへ歩いてくる。胸元には研修明けの新人職員の徽章。それを見たドッズが、露骨に鼻で笑った。
「なんだぁ? 新人のねーちゃんは引っ込んでな。大人の話だ」
「規約第十一条、報酬配分に関する係争は、記録に基づき裁定されます。……裁定官を呼びますか? 記録なら、揃っていますので」
ニラは笑顔だった。俺は幼馴染として知っている。こいつが一番怒っているときの顔だ。
◇
裁定までの待ち時間、俺は二階の廊下の長椅子で待たされた。
隣に、書類の束を抱えたニラが座った。裁定の証拠整理の最終確認らしい。膝の上で紙をめくる手が、速い。
「……いつから集めてた、これ」
「リゲルが帰ってきた日の夜から」
ニラは手を止めずに答えた。
「未帰還報告の写しを見たとき、変だと思ったの。護衛依頼の完了報告と、日付の辻褄がね。それで商隊の宿を調べて、御者さんに話を聞きに行って、依頼書の控えの写しを申請して――」
五日間。俺が傷を癒し、賞金の使い道を考えていた五日間、こいつは仕事の合間に、これを全部やっていたのか。
「……職員が、一方の肩を持っていいのか」
「持ってない。記録を揃えただけ。記録はどっちの味方もしないよ。――ただ、嘘の味方も、しないってだけ」
ニラは書類の角をとんとんと揃えて、それから、少しだけ笑った。
「それにね。窓口に来る冒険者のことは、みんな覚えてるの。ドッズさんたちが五年間、新人をどう使ってきたかも、先輩たちはみーんな知ってる。知ってて、証拠がないから黙ってただけ。……今回は、あるから」
書いたものは残る。残ったものは、いつか牙になる。
こいつの手帳の癖を「暇なやつ」と思っていた昔の自分を、俺は少し恥じた。
「時間です。両者、入室を」
職員の声がかかった。ニラは立ち上がり、書類を抱え直して、俺を見た。
「行こう。負けないから」
◇
裁定は、その日の午後に開かれた。
ギルド二階の裁定室。裁定官は白髪の女で、退屈そうに書類を繰りながら、双方の言い分を聞いた。
ドッズは滑らかだった。依頼の受注経緯、俺を臨時雇用した「厚意」、戦闘は指揮の一環だったという主張。嘘は最小限に、解釈だけを都合よく捻じ曲げる。慣れている、と分かる話し方だった。
「――以上の記録から、確認させていただきます」
ニラの番になった。彼女がカウンターの内側で五日かけて揃えたものが、卓に並んだ。
「まず、受注時の依頼書の控え。リゲルの登録名目は『荷役補助』。戦闘要員ではありません。銅の鎖の皆さんの主張通り『指揮下の共同戦闘』だったとすると――非戦闘員の新人を、単独で殿に配置したことになります。規約第七条、重大な安全義務違反です」
ドッズの眉が、ぴくりと動いた。
「次に、帰還後に銅の鎖が提出した完了報告書。ここには『臨時要員リゲルは、道中の魔物襲撃により死亡』と明記されています。……共同で戦ったはずの方の死亡を報告した二日後に、その方の戦果の分け前を申請なさるのは、時系列として、どういうことでしょう」
裁定室が、静まった。
「加えて、商隊側の証言記録。『森に入る直前、少年一人を後方に残して速度を上げるよう、ドッズ氏から指示があった』。以上です」
見事なものだった。
嘘を暴くのに、ニラは推測をひとつも使わなかった。並べたのは全部、奴ら自身が書き、言い残した記録だけだ。書いたものは、消えない。人の口と違って。
裁定官は書類を置いて、初めて興味深そうにドッズを見た。
「弁明は」
「……こ、これは、その、報告の行き違いで」
「裁定を下します。トーサ街道の賞金首討伐は、リゲル単独の戦果と認定。賞金の全額を同人に支払う。銅の鎖には安全義務違反および虚偽報告により、依頼受注停止三月と違約金を科す。――以上」
◇
ギルドの表に出ると、西日が傾いていた。
階段の下で、ドッズが待っていた。取り巻きはいない。一人だった。
「……調子に乗るなよ、星無し」
声から、人好きのする響きは消えていた。これが素なのだろう。
「この街はな、まぐれ当たりの新人が一番嫌われるんだ。実力もねえのに目立った奴から、順に潰される。俺は親切で言ってやってる。賞金持って、田舎に帰んな」
「あんたの親切は、森で十分受け取った」
ドッズは舌打ちして、俺の肩に自分の肩をぶつけて去っていった。子供みたいな去り際だった。だが、あの目は覚えておくことにした。ああいう目をした獣は、傷が癒えた頃に、必ず戻ってくる。
「リゲル!」
ギルドから、ニラが駆け出してきた。裁定の書類仕事を終えたらしい。夕日で顔が赤い。
「勝ったね」
「あんたが勝たせた。……礼を言う。それと」
少し迷って、続けた。
「手帳のこと、あらためて頼む。今日みたいに、書いたものは強い。俺の消えたものも、あんたが書いてくれるなら――残る」
ニラは一瞬きょとんとして、それから、夕日のせいだろうか赤くなった。
「ま、任された」
◇
同じ頃。遥か北の辺境、アーロイ村。
老狩人は小屋の前の切り株に腰かけ、暮れていく空を見上げていた。
一番星が出る。冬にはまだ遠いが、それでも老人の目は、巨人の星座が昇るあたりを、正確になぞった。
「……ひとつ、灯ったか」
誰にともなく呟いて、老人は薪を割りに立った。
第7話更新です!
土日は頑張って更新するぞ~




