↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/156

第7話「賞金の分け前」


検分隊が骸を確認して戻ったのは、五日後だった。


討伐認定。賞金、銀貨五十枚。灰級の新人が単独で賞金首を仕留めた――話は尾ひれをつけて街を回り、ギルドに顔を出すたび、視線の質が変わっているのが分かった。嘲りが消えたわけではない。嘲りに、値踏みと少しの警戒が混ざった。


「星無しのまぐれだろ」

「まぐれで銀級喰いが殺せるかよ」

「じゃあ何だってんだ」


酒場の噂話は、聞き流した。答えを持っているのは俺だけで、その答えは誰にも話せない。


ただ、一つだけ、割り切れないものがあった。


賞金首、と皆は言う。だが、あいつは元は冒険者だった。仲間がいて、認識板を掲げて、待つ誰かがいた男だ。それが、何かの果てに、あんな成れの果てになった。俺はその男を仕留めて、力を奪い、そして今、その男の首にかかった金貨を、受け取ろうとしている。


賞金とはつまり、あの男の生きた証の、値段だった。


うまく飲み込めなかった。だが、飲み込むしかなかった。この街は、命に値段をつけて回る街だ。あの男の首の値段も、その仕組みの、一部でしかない。


賞金の受け取りは、七日目と決まった。


その日、ギルドの受付に行くと、先客がいた。


ドッズと、銅の鎖の二人。あの日以来、姿を見せなかった三人が、カウンターの前に陣取っていた。


「――おう、来たな! 待ってたぜ、相棒!」


ドッズが、両腕を広げて振り返った。


相棒。


あまりの言い草に、怒りより先に感心が来た。人間の面の皮は、ここまで厚くなれるものらしい。


「今、ギルドに申し立ててたとこだ。トーサ街道の賞金首討伐は、俺たち銅の鎖とおまえの共同討伐だってな」

「……共同」

「そうだろうが。あれは俺たちの受けた護衛依頼の最中に起きた戦闘だ。おまえは俺のパーティの臨時要員。つまり戦果はパーティのもんだ。分け前は頭割りで四等分――いや、指揮を執った俺の取り分を乗せて、おまえは一割ってとこか」


後ろの二人が、にやにやと笑っている。


受付の職員は困り顔で、規約集をめくっていた。ドッズの理屈は、穴だらけのくせに、形式だけは整っている。臨時要員だったのは事実。護衛依頼の最中だったのも事実。書類の上では、俺は確かに「銅の鎖の指揮下」にいた。


「異議があります」


涼しい声が、カウンターの内側から上がった。


ニラだった。書類の束を抱えて、隣の窓口からこちらへ歩いてくる。胸元には研修明けの新人職員の徽章。それを見たドッズが、露骨に鼻で笑った。


「なんだぁ? 新人のねーちゃんは引っ込んでな。大人の話だ」

「規約第十一条、報酬配分に関する係争は、記録に基づき裁定されます。……裁定官を呼びますか? 記録なら、揃っていますので」


ニラは笑顔だった。俺は幼馴染として知っている。こいつが一番怒っているときの顔だ。


◇


裁定までの待ち時間、俺は二階の廊下の長椅子で待たされた。


隣に、書類の束を抱えたニラが座った。裁定の証拠整理の最終確認らしい。膝の上で紙をめくる手が、速い。


「……いつから集めてた、これ」

「リゲルが帰ってきた日の夜から」


ニラは手を止めずに答えた。


「未帰還報告の写しを見たとき、変だと思ったの。護衛依頼の完了報告と、日付の辻褄がね。それで商隊の宿を調べて、御者さんに話を聞きに行って、依頼書の控えの写しを申請して――」


五日間。俺が傷を癒し、賞金の使い道を考えていた五日間、こいつは仕事の合間に、これを全部やっていたのか。


「……職員が、一方の肩を持っていいのか」

「持ってない。記録を揃えただけ。記録はどっちの味方もしないよ。――ただ、嘘の味方も、しないってだけ」


ニラは書類の角をとんとんと揃えて、それから、少しだけ笑った。


「それにね。窓口に来る冒険者のことは、みんな覚えてるの。ドッズさんたちが五年間、新人をどう使ってきたかも、先輩たちはみーんな知ってる。知ってて、証拠がないから黙ってただけ。……今回は、あるから」


書いたものは残る。残ったものは、いつか牙になる。


こいつの手帳の癖を「暇なやつ」と思っていた昔の自分を、俺は少し恥じた。


「時間です。両者、入室を」


職員の声がかかった。ニラは立ち上がり、書類を抱え直して、俺を見た。


「行こう。負けないから」


◇


裁定は、その日の午後に開かれた。


ギルド二階の裁定室。裁定官は白髪の女で、退屈そうに書類を繰りながら、双方の言い分を聞いた。


ドッズは滑らかだった。依頼の受注経緯、俺を臨時雇用した「厚意」、戦闘は指揮の一環だったという主張。嘘は最小限に、解釈だけを都合よく捻じ曲げる。慣れている、と分かる話し方だった。


「――以上の記録から、確認させていただきます」


ニラの番になった。彼女がカウンターの内側で五日かけて揃えたものが、卓に並んだ。


「まず、受注時の依頼書の控え。リゲルの登録名目は『荷役補助』。戦闘要員ではありません。銅の鎖の皆さんの主張通り『指揮下の共同戦闘』だったとすると――非戦闘員の新人を、単独で殿に配置したことになります。規約第七条、重大な安全義務違反です」


ドッズの眉が、ぴくりと動いた。


「次に、帰還後に銅の鎖が提出した完了報告書。ここには『臨時要員リゲルは、道中の魔物襲撃により死亡』と明記されています。……共同で戦ったはずの方の死亡を報告した二日後に、その方の戦果の分け前を申請なさるのは、時系列として、どういうことでしょう」


裁定室が、静まった。


「加えて、商隊側の証言記録。『森に入る直前、少年一人を後方に残して速度を上げるよう、ドッズ氏から指示があった』。以上です」


見事なものだった。


嘘を暴くのに、ニラは推測をひとつも使わなかった。並べたのは全部、奴ら自身が書き、言い残した記録だけだ。書いたものは、消えない。人の口と違って。


裁定官は書類を置いて、初めて興味深そうにドッズを見た。


「弁明は」

「……こ、これは、その、報告の行き違いで」

「裁定を下します。トーサ街道の賞金首討伐は、リゲル単独の戦果と認定。賞金の全額を同人に支払う。銅の鎖には安全義務違反および虚偽報告により、依頼受注停止三月と違約金を科す。――以上」


◇


ギルドの表に出ると、西日が傾いていた。


階段の下で、ドッズが待っていた。取り巻きはいない。一人だった。


「……調子に乗るなよ、星無し」


声から、人好きのする響きは消えていた。これが素なのだろう。


「この街はな、まぐれ当たりの新人が一番嫌われるんだ。実力もねえのに目立った奴から、順に潰される。俺は親切で言ってやってる。賞金持って、田舎に帰んな」

「あんたの親切は、森で十分受け取った」


ドッズは舌打ちして、俺の肩に自分の肩をぶつけて去っていった。子供みたいな去り際だった。だが、あの目は覚えておくことにした。ああいう目をした獣は、傷が癒えた頃に、必ず戻ってくる。


「リゲル!」


ギルドから、ニラが駆け出してきた。裁定の書類仕事を終えたらしい。夕日で顔が赤い。


「勝ったね」

「あんたが勝たせた。……礼を言う。それと」


少し迷って、続けた。


「手帳のこと、あらためて頼む。今日みたいに、書いたものは強い。俺の消えたものも、あんたが書いてくれるなら――残る」


ニラは一瞬きょとんとして、それから、夕日のせいだろうか赤くなった。


「ま、任された」


◇


同じ頃。遥か北の辺境、アーロイ村。


老狩人は小屋の前の切り株に腰かけ、暮れていく空を見上げていた。


一番星が出る。冬にはまだ遠いが、それでも老人の目は、巨人の星座が昇るあたりを、正確になぞった。


「……ひとつ、灯ったか」


誰にともなく呟いて、老人は薪を割りに立った。


第7話更新です!


土日は頑張って更新するぞ~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
爺さん何か知ってるよねこれ?!!!???
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。