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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第58話「六層の依頼」


その依頼が掲示板に貼られたのは、灰の同盟の発足から、十日ほど後のことだった。


『第六層、旧・裂き腕縄張り域の現況調査。ならびに、遺構閉鎖に伴う迂回路の測量。期間五日。報酬、金貨八枚。指名、〈鉄樹〉』


金貨、八枚。


破格だった。だが、偽依頼のときのような胡散臭さは、表向き、どこにもなかった。依頼主は、ギルドの正規名義。目的も、筋が通っている。裂き腕という主を失った第六層が、今どうなっているか。空いた縄張りに、何が入り込んでいるか。それを確かめるのは、大穴を稼ぎ場とする全ての者にとって、必要な調査だった。


指名の理由も、明快だった。裂き腕を獲った隊。第六層の入り口まで、実際に潜った隊。この街で、その条件を満たすのは、うち一つしかない。


「――受けるべきだ」


真っ先にそう言ったのは、ガロだった。


「金貨八枚は、隊の再起の元手になる。同盟の連中にも、示しがつく。組合の関所が本格化する前に、まとまった稼ぎを作っとくのは、理にも適ってる。……それに、俺の腕も、盾が構えられるとこまで来た。復帰戦には、ちょうどいい」


理屈は、全部通っていた。


通りすぎている、と、俺の中の狩人が囁いた。


「……気になることが、二つある」と、俺は言った。「一つ。時期だ。組合の発足で、ギルドの周旋は、これから組合を通る建て付けになる。その直前の、駆け込みみたいな正規依頼。急ぎすぎてる。二つ。ヴァンネスがいない」


ヴァンネスは、同盟の立ち上げで手一杯だった。買い取りの共同交渉の初回が、ちょうど依頼の期間に重なる。同盟の旗頭が、そこを外すわけにはいかない。


「つまり、この依頼を受けると、うちは五人じゃなく、四人で第六層に潜ることになる。……戦力が、一番、薄いときに」


「考えすぎじゃねえのか」とガロが言った。「正規のギルド名義だぞ。書式も、判も、周旋の経路も、全部、本物だ。ニラの嬢ちゃんが、受付で検(あらた)めてる」


その、ニラは。


窓口でこの依頼書を、俺たちに差し出したとき、ずっと、眉根を寄せていた。


「……書式は、本物。判も、本物。経路も、正規」ニラは、依頼書の隅を、指でなぞった。「でもね、一個だけ、引っかかるの。この依頼、起案から掲示まで、二日しかかかってない。ギルドの正規依頼はね、起案して、査定して、決裁して、掲示まで、早くても六日はかかるの。私、三年近く窓口にいて、二日で通った依頼を、初めて見た」


「急ぎの案件なら、あるだろ」


「あるよ。魔物の襲来警報とか、行方不明の捜索とか。……でも、これは調査だよ。五日かけてやる、急がない調査。急がない中身なのに、手続きだけが、急いでる。……ちぐはぐなの」


記録の専門家の直感だった。


内容ではなく、手続きの速度に、嘘の匂いを嗅ぎ取る。三年、判を捺し続けた指だけが拾える違和感。


◇


卓の空気は、割れた。


ガロは、受けたい。俺は疑っている。ミレアは腕を組んで、両方の言い分を天秤にかけていた。


「……整理するわよ」と、ミレアが口を開いた。「罠だとしたら、仕掛けたのは、商会。狙いは、ザッハの警告の通りなら、リゲルの『回収』。手口は、偽依頼のときと同じ、隊ごと孤立させて、囲む。……ここまでは、いい?」


「ああ」


「じゃあ、逆に訊くけど。断ったら、どうなる?」


ミレアは、卓を、指で叩いた。


「破格の正規依頼を、理由もなく蹴った隊。同盟の連中は、どう見る? 『鉄樹は、自分の稼ぎ時だけ、及び腰になった』。組合は、どう使う? 『ほら見ろ、独立系の看板も、しょせん、この程度』。……そして、罠が本物なら、あっちは、次の罠を張るだけ。今度は、もっと見抜きにくいやつを。あたしたちは、罠かもしれない依頼を、この先、永遠に断り続けるの?」


誰も、答えられなかった。


「受けても、地獄。断っても、じり貧。……なら、あたしの一票は、『受ける』。ただし、丸腰では行かない。偽依頼のときと、同じ。罠なら、罠ごと確かめる。今度は、相手の狙いが『排除』じゃなくて『回収』だって、先に分かってる分、こっちが有利」


「……罠だと分かってて踏むのは、二度目だな」と、俺は言った。


「二度あることは、三度あるのよ、うちの隊」


ミレアの憎まれ口に、卓に、少しだけ笑いが戻った。


採決は受諾、三対一。最後まで反対したのは、意外にもコッツだった。


「……おれは、反対だ。反対だけど、決まったなら、行く」少年は、俯いたまま言った。「その代わり、一個だけ、言わせてくれ。……おれ、昨日、市場で見た気がするんだ」


「何を」


「ドッズだ」


卓の空気が、止まった。


「人違いかもしれねえ。フードを被ってたし、一瞬だったし。街を出てった奴が、戻る理由もねえ。……でもよ、おれの目は、人違いをしたことが、ほとんど、ねえんだ」


ドッズ。


南門から出ていった、あの、折れた背中。次は殺しとけよ、と言い残した男。


「……分かった。頭に、入れておく」と、俺は言った。


出発は、三日後と決まった。


三日間を、俺たちは支度に注ぎ込んだ。


コッツは、罠の道具を倍に増やした。仕掛け縄。撒き菱。偽の足音用の吊り石。「相手が魔物でも、人でも、効くやつだけ選んだ」と、少年は荷を締めながら言った。人でも、という言葉を、誰も聞き流さなかった。


ミレアは、薬を人数分の倍、詰めた。解毒。止血。気付け。それから、見慣れない小瓶を一つ。「眠り薬。……使わないで済むなら、それが一番だけど。『回収』が相手なら、殺さずに黙らせる手も、要るでしょ」


ガロには、新しい大盾が届いた。


商会の品では、なかった。灰の同盟の鍛冶職人が、打ったものだった。「前の盾の砕けた鉄を、芯に混ぜて、打ち直した」と、職人は言ったという。ヘズラの紋と同じ、鉄樹の紋が、真新しい面に彫られていた。


ガロは、その盾を、動くようになった右腕に括った。括って、長いこと、黙っていた。


「……重てえな」と、やがて、大男は言った。「ちょうどいい重さだ」


第六層へ。主の消えた縄張りへ。四人で。


支度の合間、俺はいつもの約束を、果たしに行った。ニラは手帳に、依頼の仔細と、出発の日付を書き込んで――それから、頁の余白に、いつもの『がんばれ』の代わりに、一言だけ書いた。


『全員で潜って、全員で帰る。以上、受付からの、いつもの追加条項』


「……契約は、守る主義だ」


俺がそう返すと、ニラは笑った。笑って、それから、笑ったまま言った。


「破ったら、承知しないから」


第58話更新です!

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