第52話「コッツの報告」
落とし仔から生きて帰った夜。俺はコッツに話した。
星継のことを。
隠し通すことは、もうできなかった。コッツは俺の戦いを間近で見た。「人間の動きじゃない」と言った。誤魔化せば、コッツの中に、疑いと恐れだけが残る。それは隊のひびになる。
だから話した。全部ではない。だが、核心は。
敵を倒すと、その力を継ぐこと。継ぐたび、自分の記憶が消えること。母の顔を、村の冬を、初めて狼を仕留めた夜を、失ったこと。
コッツは黙って聞いた。聞き終えて、しばらく俯いて、それから顔を上げた。
「……兄貴。おれ、一個だけ、確認、いいか」
「ああ」
「その力……兄貴は、望んで、手に入れたのか? それとも、勝手に宿ったのか」
意外な問いだった。
「勝手に、だ」と、俺は答えた。「気づいたら宿ってた。星無しの、俺に。……望んでなった化け物じゃない」
「なら、いい」
コッツはあっさり言った。あの怯えた目は、もうなかった。
「怯えて、悪かったよ、兄貴。おれ、勘違いしてた。……力に呑まれて、化け物になった奴かと思った。でも、違うんだな。兄貴は、望んで化け物になったんじゃない。むしろ、逆だ。記憶を失いながら、必死に、人間でいようとしてる。……それが分かったら、怖くなくなった」
少年の言葉は、まっすぐだった。
「それにさ」コッツは、へへ、と笑った。「おれも、ドブ育ちで、盗人で、まっとうな稼業じゃなかった。ミレアの姐さんは、教会を追われた。ガロの旦那は、隊を全滅させた。……この隊、脛に傷のない奴、一人もいねえじゃん。今さら、兄貴が、記憶を継ぐ化け物でも、仲間は仲間だろ」
俺は、この少年に救われた気がした。
秘密を抱えることの重さ。それが、コッツのたった一言で、少しだけ軽くなった。
「……ありがとう、コッツ」
「へへ。……あ、でも、一個だけ、訊いていいか」
コッツは、少し真面目な顔になった。
「記憶が消えるって……兄貴、怖くねえのか。だって、そのうち、おれたちのことも忘れちまうかもしれねえんだろ。おれの顔も、ミレアの姐さんも……ニラの姉ちゃんのことも」
ニラの名前が出て、俺は一瞬、言葉に詰まった。
「……怖い」と、正直に答えた。「怖いから、毎晩、名前を唱えてる。忘れないように。それと、ニラに話してる。俺の中にしかない記憶を。……二人の頭に入れておけば、片方が忘れても、もう片方が覚えてる」
「……いい方法だな、それ」コッツは、感心したように言った。「なあ、兄貴。おれにも話せよ。兄貴の、大事な記憶。おれも覚えとく。ニラの姉ちゃん一人じゃ、大変だろ。……三人の頭に入れときゃ、もっと消えにくいだろ」
俺は、このスラム育ちの少年のまっすぐさに、また救われた。
「……ああ。頼む」
「おう。任せろ。おれ、記憶力だけは、天才だからな」
少年は胸を張った。
「へへ。……あ、でも、ミレアの姐さんには、まだ言わねえほうが、いいかもな。あの人、『星喰らい』の、教会の話、気にしてたし。混乱、させちまう」
コッツの気遣いは的確だった。ミレアの妹の療養費の、値上げの理由書き。「星喰らいの兆候」。その言葉と俺の力が繋がったとき、ミレアがどう思うか。それは、まだ慎重に扱うべき問題だった。
◇
だが、コッツはその数日後。別の「報告」を俺にもたらした。
見舞いの帰り道。コッツが深刻な顔で、俺を物陰に引っ張った。
「兄貴。……言おうか、どうか、迷ったんだけど。おれ、斥候だからさ。目に、入っちまうんだ、いろんなもんが」
「どうした」
「ガロの旦那が……商会と、会ってる」
心臓が冷えた。
「三度、見た」コッツは声を潜めた。「治療院に、ドレンが来てるんだ。旦那の病室に。……一度目は、見舞いかと思った。でも、二度目、三度目と続くと……あれは、見舞いじゃねえ。何か、話し込んでる」
俺は知っていた。ドレンの狙いを。ガロの借金を。俺の秘密を売れという要求を。そして――ガロが、それを断ったことも。
だが、それをコッツに話すべきか。
話せば、コッツはガロを疑う。隊の結束に、ひびが入る。
話さなければ、コッツは一人で、この疑いを抱え込む。
俺は――話さない方を選んだ。
「……大丈夫だ、コッツ」と、俺は言った。「ガロは、俺たちを裏切らない。ドレンが何か仕掛けてきても、ガロは撥ね返す。俺は、それを知ってる」
「……本当か?」
「本当だ。ガロを、信じろ」
コッツはまだ不安げだったが、頷いた。「……兄貴が、そう言うなら」
俺はコッツを安心させた。ガロを信じている、と。
それは本心だった。ガロは、ドレンの要求を断った。俺は、それをこの耳で聞いた。
だが。
ドレンの、最後の言葉も、俺は聞いていた。
――追い詰められた人間が、いつまで立派でいられるか。借金と、痛みと、絶望は、人を変えます。ゆっくりと、ね。
その言葉から、俺は目を逸らしていた。
ガロを信じたい。だから、ガロが追い詰められていることから、目を逸らした。ガロの絶望を、見て見ぬふりをした。
俺はコッツに「ガロを信じろ」と言った。だが、本当は――俺自身が、ガロとまともに向き合うことを、避けていた。
借金のことを、隊のみんなで話し合うべきだった。ガロが一人で抱え込まないように。ドレンの毒が回る前に。
だが、俺はしなかった。
自分の秘密で手一杯で。ガロを信じるという言葉に、逃げて。
その俺の選択が。一人で抱え込ませた、その沈黙が。正しかったのかどうか。
その答えを、俺はまだ持っていなかった。ただ、胸の底に、小さな、鉛のような重さだけが、残った。
◇
その夜、俺はニラに、この迷いを話した。
コッツの報告。ガロと商会。俺がコッツに「信じろ」と言ったこと。
ニラは静かに聞いて、それから言った。
「……リゲル。信じるのと、見て見ぬふりをするのは、違うよ」
その一言が、俺の胸を刺した。
「信じるなら、ちゃんと向き合わなきゃ。ガロさんが一人で苦しんでるなら、隣に行かなきゃ。……信じてる、って言葉で、遠くから見てるだけなのは、それは、信じてるんじゃなくて――怖いから、近づかないだけ、なんじゃないの?」
俺は答えられなかった。
ニラの言う通りだった。
だが、俺はまだ動かなかった。動けなかった。
そして、その数日後。
事態は、俺が動くよりも速く――動き始めた。
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