第51話「見舞いと綻び」
ガロは、街の治療院に収容された。
命は取り留めた。だが、右腕の骨は砕け、肋は、数本折れていた。ミレアの治癒術と、治療院の、手当てで、命に別状はなくなったが――盾使いにとって、右腕の、複雑骨折は致命的だった。
「……治るには、治る」と、ミレアは、治療院の廊下で、俺に告げた。声が重かった。「でも、元通りにはならない。あれだけの砕け方よ。盾を、以前のように構えられるかは……分からない」
盾使いが、盾を構えられなくなる。
それは、冒険者としての、ガロの、終わりを意味しかねなかった。
◇
見舞いに行った。
ガロは、寝台の上で、上体を起こしていた。右腕を包帯で吊るし、顔には、まだ痛みの色があった。だが、俺たちを見ると、無理に笑った。
「……よお。すまねえな、心配かけて」
「謝るな」と、俺は言った。「あんたは、ザッハを庇った。あんたの一撃がなきゃ、ザッハは死んでた。……あんたは、隊則を守ったんだ。全員で帰るって」
「ザッハは、隊じゃねえよ」ガロは、笑った。「敵だ。……でも、まあ、目の前で、死なれるのは寝覚めが悪いからな」
大男の、強がりが痛々しかった。
コッツが、串焼きを差し入れた。ミレアが、治療の追加を施した。ヴァンネスが、下手な冗談を言った。ニラが、見舞いの品と手帳を持ってきた。
いつもの、〈鉄樹〉の賑わいが、治療院の一室にあった。
ニラは、ガロの、寝台の脇で手帳を開いていた。
「ガロさん。……お仲間の、四人のこと聞かせてくれませんか」と、ニラは、言った。「ヘズラさん、メイセンさん、ロコさん、ジフさん。……私、その方たちのことを、記録に残したいんです。遺品を、探した記録はあるけど。その人が、どんな人だったか、まだ書けてないから」
ガロは、少し驚いた顔をして、それから、ゆっくりと語り始めた。臆病だが、一歩も引かなかった、ヘズラ。塩加減にうるさい飯炊きのメイセン。地図の名手、ロコ。余白に詩を書くジフ。
ニラは、几帳面に書き留めた。死んだ、四人の名前と、人となりが初めて、紙に残された。
「……ありがとうな、嬢ちゃん」と、ガロが、掠れた声で言った。「あいつらが、ただの『全滅した隊』じゃなくて……ちゃんと、名前のある人間として残る。それが、どんだけ……嬉しいか」
だが、その賑わいの底に、俺は、ガロの、目の奥の翳りを見ていた。
借金。
商会からの、金貨二十枚の借金。返済の条件は、「遺構で、遺物を掘ること」。だが、その遺構は、没収され、旧坑道は禁じられ、ガロは、盾を握れなくなった。
返済の道が絶たれた。
それが、何を意味するのか。俺には、分かっていた。ガロは、商会の専属の「駒」にされる。借金のかたに。
◇
見舞いの、帰り際。
俺は、ふと、忘れ物に気づいて、一人病室に戻った。
病室の扉を開けようとして――俺は、足を止めた。
中から、声がした。ガロの声ともう一つ。
上品な綿のような声。
番頭、ドレンだった。
俺は、扉の陰に身を隠した。盗み聞きは、狩人の性ではない。だが、その声の話の中身が、俺を動けなくさせた。
「……お加減はいかがですかな、ガロさん」ドレンの綿の声。「いやはや、お気の毒に。右腕とは。……盾使いに、とっては辛いことですなあ」
「……何しに、来た」ガロの掠れた声。
「お見舞い、ですよ。それと――ご返済の、ご相談に」
かさり、と、紙の音。
「ご存知の通り、遺構での、採取物は、没収されました。旧坑道も使えない。……つまり、ご返済の当てはなくなった。金貨二十枚。……さて、どうなさいますかな」
沈黙。
「ですが、ご安心を」ドレンの声は、あくまで優しかった。「当会は慈悲深い。……お体が、そのような有様では、冒険者はもう難しい。ですから、こういう、ご提案はいかがでしょう。ご返済の、代わりに――〈鉄樹〉の、あの狩人。リゲル君に関する、『情報』をいただけませんか」
俺の名前が出た。
心臓が、跳ねた。
「……リゲルの、情報?」
「ええ。あの、崩落の報告。妙な噂がありましてね。リゲル君の、あの戦い方。まるで、地の底が見えているような。……あれは、いったい何なのか。あの男は、何を隠しているのか。……ガロさん、あなたは隊長だ。何かご存知でしょう」
沈黙が、長く続いた。
俺は、扉の陰で、動けなかった。
ガロは、答えるだろうか。俺の秘密を――いや、ガロは、俺の秘密を知らない。星継のことは、隊の誰にも、話していない。ニラ以外には。
だが、ガロは、俺の「妙な戦い方」を、見ている。コッツが「人間の動きじゃない」と、言うのを、聞いている。何かを感じている。
それを、ガロは商会に売るだろうか。借金のかたに。
「……断る」
ガロの、声がした。
低く、しかし、はっきりと。
「リゲルは、俺の隊の仲間だ。仲間の秘密を――たとえ、俺が知ってても――売るような、商売はしねえ。俺は、そういう稼業をしてきたんだ。ずっと」
「おや。……金貨二十枚と、専属の駒。その道を、選ぶより、仲間の情報一つで、全部、帳消しになるのですよ」
「同じことを、二度言わせるな」ガロの声が鋭くなった。「断る。……出てけ」
ドレンがため息をつく音がした。
「……残念です。実に、残念だ。あなたは、賢い方と、思っていたのですが。……まあ、いいでしょう。返済の、期限は、あとひと月。それまでに、お気が、変わることを祈っておりますよ」
足音が、近づいてくる。俺は慌てて、廊下の角に、身を隠した。
ドレンが、病室から出てきた。上等な外套を、翻し綿の笑みを貼りつけたまま。俺の隠れた角の、すぐ、そばを通り過ぎていく。
その、去り際。
番頭はふと、足を止めた。
そして、俺の隠れた角の方を、見ずに――しかし明らかに、俺に聞かせるように、独り言のように呟いた。
「……立ち聞きとは、感心しませんなあ、リゲル君」
気づかれていた。
「ガロさんは、あなたを、庇いましたよ。ええ、立派に。……ですが、覚えておおきなさい。追い詰められた人間が、いつまで、立派でいられるか。……借金と、痛みと、絶望は、人を変えます。ゆっくりと、ね」
ドレンは、それだけ言って、去っていった。
廊下に、俺は一人残された。
ガロは、俺を庇った。仲間の、秘密を売らなかった。
だが、ドレンの、最後の言葉が、俺の胸に冷たく刺さって、抜けなかった。
――追い詰められた人間が、いつまで、立派でいられるか。
病室の、扉の向こうで。
ガロが、一人何を思っているのか。
俺には見えなかった。
第51話更新です!




