第50話「詮議」
コッツの問いに、俺は答えられなかった。
――人間の、動きじゃなかった。
その通りだった。あれは、俺一人の力ではない。狩ってきた、獲物たちの力を継いだ、化け物の動きだった。
だが、それを、どう話せばいい。
「……後で、話す」と、俺は、言った。「今は脱出が先だ。全員で、生きて帰る」
コッツは、それ以上、問わなかった。だが、その目の、怯えは消えなかった。
脱出は、それから、丸一日かかった。
コッツの索敵と、俺の痕跡読みで、下の坑道から、別の登り口を見つけた。落とし仔のいないルート。
その道中、奇妙なことが起きていた。
敵と、味方の、境が溶けていた。商会の隊が、〈鉄樹〉の、負傷者を担ぎ、〈鉄樹〉が、商会の隊の、道を照らした。ミレアは、両隊の傷を、分け隔てなく治療した。ザッハは、俺の指示に素直に従った。
崩落の、闇の中で、生き延びるという、たった一つの目的が、天秤と樽の紋と、鉄樹の紋の間の線を、消していた。
「……妙な、もんだな」と、道中ザッハがぽつりと言った。「昨日まで、俺は、あんたらを、始末する側だった。それが今、あんたらの、狩人の声を命綱にしてる」
「明日には、また、敵に戻るかもな」と、俺は答えた。
「かもな。……だが、今日のことは忘れねえ」
敵味方、十三人、一人も、欠けずに――ガロを担いで、俺たちは、地上へ帰り着いた。
◇
だが、地上に、待っていたのは、労いではなかった。
詮議だった。
旧坑道からの、遺構への、不正侵入。それが、ギルドの知るところとなっていた。〈鉄樹〉は、規制違反の、疑いで、ギルドの詮議にかけられた。
そして――商会は、動いていた。
詮議の席で、商会の代言人が、朗々と、べた。
「〈鉄樹〉は、入札の規制を、破り旧坑道から、不正に、遺構へ侵入した。のみならず――当会の、正規の探索隊が、遺構の崩落に、巻き込まれた際、〈鉄樹〉は、これを見殺しにしようとした。当会の隊の、損害は、甚大。この責任は、〈鉄樹〉に、ある」
見殺しにしようとした。
事実の、正反対だった。俺たちは、崩落の中で、商会の隊を助けた。ザッハを、庇って、ガロは重傷を負った。それを商会は、逆さまにして、自隊の損害を、俺たちに転嫁しようとしていた。
「異議あり」
俺は、立ち上がった。
「事実は、逆だ。崩落の中で、商会の隊を助けたのは俺たちだ。生存路を、示したのも、負傷者を、担いだのも。……ガロが、右腕を砕いたのは、商会の隊長を庇ったからだ」
「証拠は?」と、代言人が、冷たく言った。「そちらの主張を、裏付ける証拠は?」
証拠。
崩落の、闇の中の出来事だ。記録も、証人も――。
いや。
証人は、いる。
「……ザッハ」と俺は、詮議の席の、隅を見た。
商会の、隊長格・ザッハが、そこにいた。詮議の、証人として呼ばれていた。商会側の、証人として。
ザッハは、長いこと俯いていた。
商会の専属だ。商会に、逆らえば、彼の立場も危うい。〈金鹿〉の、二の舞になるかもしれない。
だが。
「……証言、します」
ザッハが、顔を上げた。
「崩落の真実を。……〈鉄樹〉は、我々を助けました。見殺しにするどころか。あの、狩人――リゲルは、崩落の中で、我々、商会の隊の、生存路を示した。私は、落石の下敷きに、なりかけたところを、リゲルに、突き飛ばされて助けられた。そして、そこのガロという男は――私を、庇って爪の直撃を受け、右腕を砕いた。……敵である、私を庇ってです」
詮議の、席がざわめいた。
「ザッハ! 貴様、商会の――」と、代言人が、色をなした。
「商会の、専属です」と、ザッハは、静かに遮った。「ですが、今日証言するのは、専属の命令より、重い。……冒険者の、命の話だからです。〈鉄樹〉は、敵の我々を、見捨てなかった。この事実を、曲げて、恩を仇で返すことは――冒険者としてできません」
ザッハは、懐から、一枚の、覚え書きを出した。
「それと、これを。崩落の直後、私が、書き留めた記録です。日付、状況、〈鉄樹〉の、行動。……リゲルに頼まれました。『生きて帰れたら、ありのまま、証言してくれ』と。あの、崩落の命が懸かった、瞬間にです。……あの男は、あの瞬間から、この詮議を、見越していたのかもしれない」
記録は、命より長く残る。
俺の言葉が、ザッハの、覚え書きになって、詮議の席に、証拠として置かれた。
◇
だが、それでも、詮議は、「痛み分け」に、終わった。
ザッハの証言で、「見殺し」の、汚名は晴れた。だが、「旧坑道からの、不正侵入」の、事実は消せなかった。
裁定はこうだった。〈鉄樹〉の、遺構での、採取物は全て没収。旧坑道の、使用は以後禁止。ただし、崩落時の、人命救助を、酌量し営業停止などの、重罰は科さない。
正しさが、勝ち切れなかった。
かつて賞金首の、裁定のときは、ニラの、記録が完璧に勝った。だが、今回は違った。相手は、ドッズのような個人ではない。商会という、街の根に絡んだ巨大な力だった。
記録は、嘘の味方もしない。だが、記録だけでは、巨大な力を打ち倒すには、まだ足りない。今回、俺たちが、勝ち得たのは「引き分け」だった。
詮議の後、ザッハが、俺に近づいてきた。
「……すまなかった。俺の証言でも、引き分けが精一杯だった」
「十分だ」と、俺は言った。「あんたは、専属の立場を、賭けて証言してくれた。……大丈夫か。商会に、睨まれたんじゃ」
「かもな」ザッハは、苦く、笑った。「だが、後悔はしてねえ。……三十年ぶりに、冒険者に戻れた気がする。専属の駒じゃなく、な」
男は、去り際に言った。
「リゲル。あんたの、あの、崩落の中の、動き……あれは、いったい、何だったんだ。まるで、地面の下が見えてるみたいだった」
俺は、答えなかった。
答えられなかった。
ザッハは、それ以上訊かなかった。ただ、「そうか」と、頷いて去っていった。
だが、俺の隊のコッツは。
コッツだけは、まだ、あの、怯えた目で、俺を見ていた。
「後で、話す」と、俺は、言った。その、約束を、果たす時が――近づいていた。
◇
その晩ニラが、詮議の記録の、写しを持ってきた。
「……引き分け、だったね」と、ニラは静かに言った。
「あんたの、記録も、ザッハの証言もあったのに」と、俺は言った。「勝てなかった」
「ううん」ニラは、首を、振った。「引き分けたの。……相手は商会よ。この街の根っこに絡んでる、化け物みたいな力。それを相手に、引き分けたのは負けじゃない。……賞金首の裁定の、ドッズのときは、完勝だった。でも、あれは、相手が個人だったから。今回、引き分けられたってことは、私たちが、それだけ、大きな相手と渡り合えるようになった、ってことだよ」
ニラは、詮議の記録を、手帳に綴じ込みながら言った。
「それに。……ザッハさんの証言。あれ、記録に残ったの。『商会の専属が、商会に逆らって、真実を証言した』って。……これ、いつか、大きな意味を持つ。私そう思う」
几帳面な受付嬢の目に、確信があった。
負けていない。引き分けた、証拠を貯めている。ニラの、その、静かな戦いは――俺の、短刀よりずっと遠くを見ていた。
第50話更新です!
ザッハは根はいいやつなんや




