第47話「遺構」
俺の報せに、ガロは、すぐには頷かなかった。
「……罠だと、おまえは言う。だが、確証はあるのか」
宿の溜まり部屋。俺の下見の報告を聞いたガロの声は、いつになく硬かった。
「香木の匂いがした。商会が、旧坑道を使ってる。……追い詰められた俺たちが、飛びつくのを待ってる。偽依頼と同じ手だ」
「匂い一つで、罠だと?」ガロは、首を振った。「香木くらい、金のある隊なら誰でも焚く。それだけで、商会と決めつけるのは――」
「ガロ」俺は、遮った。「あんた、おかしいぞ。いつものあんたなら、真っ先に『引け』と言うはずだ。なんで、今日はこんなに行きたがる」
部屋の空気が、凍った。
ミレアとコッツも、異変に気づいていた。二人とも、口を挟めずに、俺とガロを見比べていた。
ガロは、長いこと黙っていた。
それから、絞り出すように、言った。
「……借金、ある」
「借金?」
「隊の蓄えは、とっくに尽きてる。兵糧攻めの間、俺は、隊のみんなに、それを悟らせなかった。……だが、もう限界だ。今月の宿代も、食い扶持も、ミレアの妹の療養費の立て替えも……全部、俺個人が、借りて、埋めてた」
「……どこから、借りた」と、俺は、嫌な予感とともに訊いた。
ガロは、答えなかった。答えないことが、答えだった。
「――商会か」と、ミレアが、掠れた声で言った。「あんた、商会から金を借りたの」
「……ドレンが、来たんだ」ガロは、うなだれた。「兵糧攻めが、一番きつかった頃だ。『困っているなら、用立てましょう』と。……専属契約じゃない。ただの、個人的な貸付だと。俺は、藁にも縋る思いで……隊を、保つために……」
手綱だ。
ヴァンネスの語った、〈金鹿〉の話。専属契約でなくても、商会は、手綱をかける方法を、持っていた。個人的な借金。それは契約書より、ずっと静かで、ずっと抜けられない、手綱だった。
「その借金の、返済条件が」ガロは、続けた。「『遺構で、遺物を掘ってくること』だった。……旧坑道の場所を、教えてきたのもドレンだ。『ここから入れば、入札を通さずに遺構に行ける』と」
全部、繋がった。
コッツが「見つけてきた」旧坑道。あれは、コッツの手柄ではなかった。商会が、ガロを通して、俺たちに、掴ませた餌だった。
追い詰めて。借金で縛って。抜け穴を、掴ませて。飛び込ませる。
これまでで、一番、手の込んだ罠だった。そして、その罠の中心にガロがいた。
◇
部屋は、重い沈黙に満ちた。
コッツが、俯いていた。ミレアが、唇を噛んでいた。裏切られた、という言葉が、部屋に満ちかけていた。
「……悪かった」ガロが、頭を下げた。「黙ってて悪かった。俺は、リーダー失格だ。焦って、商会の手を、取っちまった。……軽蔑していい」
「軽蔑なんか、しないわよ」
ミレアが、静かに言った。声は、怒っていなかった。むしろ、悲しそうだった。
「あんたが、誰のために、借金したか。……あたしの妹の療養費が、その中に、入ってるんでしょう。あたしのために、あんたは、手綱を嵌められたのよ。軽蔑なんて、できるわけないじゃない」
コッツも、顔を上げた。
「おれの、子供たちの、冬もだろ。……隊長、一人で背負い込みやがって。ばかだよ、ほんと」
ガロの、大きな肩が震えた。
「……すまねえ」
「謝るのは、なしだ」と、俺は言った。「今、必要なのは謝罪じゃない。判断だ。……ガロ。借金は、いくらだ。返済の期限は」
「金貨、二十枚。期限は、この、遺構ラッシュが、終わるまで。……遺物を掘れなきゃ、俺は、商会の専属の『駒』にされる。それが、貸付の裏の条件だ」
金貨二十枚。〈鉄樹〉の、今の稼ぎでは、到底届かない額だった。
だが。
「……行くしか、ないな」と、俺は言った。
「リゲル?」
「罠だと、分かってる。だが、行かなきゃ、ガロが、駒にされる。なら行く。……ただし、今度も、俺のやり方だ。罠だと知って飛び込む。飛び込んで、罠を逆に利用する」
俺は、全員の顔を見た。
「遺構に入る。遺物を掘る。ガロの借金を、返す分だけ。それと――俺は、あの星座の壁を、この目で見る。商会の罠を、掻い潜ってな」
◇
三日後。俺たちは、旧坑道の奥深くにいた。
崩れた坑道を、コッツの先導で慎重に進む。商会の気配を避け、正規の探索隊とも、鉢合わせないように。狩人の、隠形の技が活きた。俺たちは、誰にも気づかれずに、旧坑道を下っていった。
そして、辿り着いた。
遺構の最深部に。
それは、想像を絶していた。
巨大な、地下空洞。天井は、燐光の苔ではなく、遺構自体が放つ、淡い、青白い光で、照らされていた。滑らかな、継ぎ目のない金属と石の壁。百年、いや、それ以上の時を経て、なお朽ちない建材。
大穴の荒々しい岩肌とは、まるで異質だった。これは、自然の造形ではない。誰かが、造ったものだ。厄災戦争の時代に。
そして、空洞の最奥の壁に。
それは、あった。
巨大な星図の浮彫。
壁一面に、無数の星が、精緻に刻まれていた。その中央に、ひときわ大きな人型の星座。
巨人。
右手に赤い宝石が、嵌め込まれていた。左足に青い宝石。そして、帯の位置に、三つの小さな星が、横に並んでいた。
冬の巨人の星座。
村で見た、あの星座。俺の名前の青い星。じいさんの名の赤い星。ニラの名の三ツ星の真ん中。
それが、百年前の遺構の壁に、宝石で刻まれていた。
「……嘘、だろ」と、コッツが呟いた。
俺は、壁に近づいた。
近づくほどに、既視感が、強くなった。
見たことがある。この星図を。いや、この星図そのものではない。だがこの配置を、この、赤と青と、三ツ星の並びを、俺はどこかで見た。
どこで。
記憶を探る。村の夜空。じいさんの小屋。手紙。……違う。もっと古い。もっと、深い場所の記憶。
頭の奥が疼いた。
そして――継承の断片が蘇った。
岩喰らいの記憶ではない。裂き腕でもない。もっと、最初の。一番、最初の継承。
あの、涸れ沢の狂戦士。
三つ星の、徽章を付けていたあの男。
流れ込んできた、千切れの記憶のその最後に――暗い穴の底で、赤い光を見上げ、誰かの囁きを聞いた、あの断片。『強くなりたいか』と、かが。
その、暗い穴の壁に。
この、星図があった。
狂戦士が、星継を仕込まれた場所。その壁に、この巨人の星座が刻まれていた。
俺は、その記憶の断片を、今、初めて、はっきりと思い出した。この壁を見たことで。
「リゲル! 顔色が――」
ミレアの声が遠かった。
俺は、星図を見上げたまま、立ち尽くしていた。
これは、ただの遺構ではない。
星継が、生まれた場所だ。
そして、その壁に刻まれた星座が、よりによって、俺と、じいさんと、ニラの、名前の星座であることの意味。
それは――偶然では、断じてなかった。
赤い宝石が、青白い光の中で、まるで、じっと俺を見下ろす瞳のように、光っていた。
第47話更新です!
ゆっくりとですが色々明かしていけたらと思っています!
コメント感想お待ちしております!!!




