第46話「抜け穴」
抜け穴を見つけてきたのは、コッツだった。
「――旧坑道だ」
スラムから戻ったコッツが、興奮を抑えた声で言った。
「西のスラムの、廃坑があるだろ。昔、大穴の素材を、街まで運ぶのに使ってた運搬坑道。今は崩れて、使われてねえ。……あれ、地図で追うと、第七層の遺構の、真横に繋がってる可能性がある」
コッツは、床に拾ってきた古い運搬図を広げた。スラムの故買屋から、手に入れたものだという。
「見てくれ。この旧坑道は、大穴の正規ルートとは、別系統だ。八十年前、街ができたばっかりの頃、山師が勝手に掘った運搬路。ギルドの管理下にない。……つまり、入札の規制もかからねえ」
「規制の、外か」とヴァンネスが唸った。
「ただし」とコッツは、慎重に付け足した。「崩れてる区間が多い。それに、正規ルートじゃねえから、何が出るか分からねえ。危険だ。……でも、遺構に、金を払わずに辿り着ける。たぶん唯一の道だ」
卓が、静まった。
これは、法の際どい線だった。旧坑道は、ギルドの管理外。だが、そこを通って遺構に入れば、実質的に、入札制を破ることになる。
「……正規の権利がないなら、正規じゃない道で行く、か」と俺は言った。
「違法ではないのよね?」とミレアが確認した。
「厳密にはな」とヴァンネス。「旧坑道は、誰の管理下にもねえ。そこを通るのは、自由だ。ただ、遺構区画に、旧坑道側から入るのが、規制違反になるかどうか……それは、灰色だ。ギルドが、どう解釈するか、次第だな」
「灰色、上等じゃねえか」
珍しく、強い声を出したのは、ガロだった。
俺は、少し、驚いた。慎重なはずのガロが、この件には、妙に前のめりだった。
「ガロ?」
「……いや」ガロは、我に返ったように、声を、落とした。「悪い。焦った。……ただな、このままじゃ、うちは、じり貧だ。兵糧攻めで蓄えは尽きかけてる。遺構には入れない。小口の依頼だけじゃ、いつか、隊が、保たなくなる」
ガロの目に、俺は、初めて見る色を見た。
焦り、だった。
十二年、隊を続けてきた、この男が。前の隊を、全滅で失った、この男が。今、また隊を失うことを恐れている。その恐れが、いつもの慎重さを、少しだけ、上回っていた。
「コッツの子供たち。ミレアの妹。……みんな金が要る。俺は、リーダーとして、それをなんとかしなきゃ、ならねえんだ」
その言葉は、正しかった。責任感からの、言葉だった。
だが、俺の狩人の勘は、その正しさの奥に、微かな、危うさを感じ取っていた。焦った狩人は、罠を、見落とす。追い詰められた狩人は、獲物のふりをした、狩人に、食われる。
「……分かった」と、俺は言った。「行こう。ただし、俺のやり方でだ」
「おまえのやり方?」
「偵察を、先にやる。いきなり全員で潜らない。俺とコッツで、旧坑道を途中まで下見する。安全と、道の確認をしてから、本隊が入る。……焦って、全員で罠に嵌まるのだけは、避ける」
ガロは、しばらく、俺を見て、それから頷いた。
「……そうだな。おまえの言う通りだ。すまねえ、俺が焦りすぎた」
大男は、自分を、落ち着かせるように、息を吐いた。
だが、俺は、見ていた。ガロが息を吐いた。その後も膝の上の拳が、まだ、固く握られたままだったことを。
その夜、俺は眠れずに、宿の窓辺に座っていた。
ガロの、焦り。あれは、ただの、隊の経営の心配だろうか。
十二年、隊を続けた男だ。兵糧攻めくらいで、あんなに、前のめりになるだろうか。前の隊を、全滅で失った男が、なぜ、危険な旧坑道へ、あれほど行きたがる。
何か、俺の知らない事情が、ガロにはある。
狩人の勘が、そう告げていた。だが、俺は、それを問い詰めることをしなかった。仲間の、隠し事に、土足で踏み込むのは――俺自身が、じいさんのことを、隊に隠している以上できなかった。
隠し事を、抱えた者同士。俺と、ガロは、たぶん似た者だった。
だから、気づくべきだった。俺が、じいさんのことで、追い詰められているように。ガロもまた、何かに、追い詰められているのだと。
だが、そのときの俺は、自分の秘密で、手一杯だった。ガロの拳が、なぜ握られたままなのか。その理由を、俺は、確かめようとしなかった。確かめるのが、怖かったのかもしれない。
◇
下見は、二日後だった。
俺とコッツは、西のスラムの、廃坑の入り口に立った。
崩れかけた坑木。崩落で半ば塞がれた、暗い穴。かつて、大穴の富を、街へ運んだ道は、今は、忘れられ、朽ちていた。
「……嫌な感じだ」と、俺は呟いた。
「魔物か?」
「いや。……もっと、嫌なものだ」
足の裏に、耳を澄ませる。旧坑道の奥。かすかな、振動。魔物のものではない。だが、生き物の気配は、ある。それも複数。
そして――旧坑道の奥から吹いてくる風に、微かに、あの匂いが、混じっていた。
上等な、香木の匂い。晩餐の間で、焚かれていた、あの匂い。
「……先客だ」と、俺は言った。「商会がもう、この旧坑道を使ってる」
コッツが、息を呑んだ。
「じゃ、じゃあ、この抜け穴、バレてるってのか」
「バレてる、どころじゃない」と俺は言った。「たぶん、商会は最初から知ってた。この旧坑道の存在を。……いや」
俺は、坑道の奥の、暗がりを見つめた。
「あいつらは、入札制で、表の道を独占した。そして、裏の道――この旧坑道も押さえてる。表と裏、両方の道を握ってるんだ。俺たちが、この抜け穴を見つけて、喜んで飛び込むのを……待ってる」
罠だ。
規制で、表を締め出し、追い詰められた〈鉄樹〉が、裏の道に飛びつくのを見越している。飛び込んだ先で、「旧坑道からの不正侵入」の現場を、押さえるつもりだ。
偽依頼のときと、同じ手だった。追い詰めて、飛びつかせて、罠ごと始末する。
「戻るぞ」と俺は言った。「これは、ガロに、報せなきゃならない。……この抜け穴は、抜け穴じゃない。入り口の見えてる、罠だ」
コッツが、頷いて、走り出す。
俺も、その後に続きながら、なぜか胸騒ぎが収まらなかった。この報せを聞いたとき、ガロは、どんな顔をするだろう。素直に「引こう」と言ってくれるだろうか。
握られたままの、拳を思い出していた。
第46話更新です!
そろそろ戦闘回を描写したい




