第45話「規制線」
遺構へ行く、と決めた矢先に、ギルドから通達が出た。
『遺構区画は、本日より、ギルド管理下に置く。無許可の探索を、禁ずる。探索権は、入札によりこれを付与する』
規制線が引かれた。
表向きの理由は、「安全管理」だった。素人が殺到して死者が続出している以上、無制限の開放は危険だ、という理屈。それ自体は正しい。誰も、反論できない。
だが、その運用は――巧妙な締め出しだった。
「入札制だと」
ヴァンネスが、通達を睨んだ。
「探索権を金で競らせる。高い札を入れた隊から、優先で遺構に入れる。……一見、公平だ。だがな、この方式で、一番得をするのは誰だ?」
「……金を、一番持ってる奴」と、コッツが答えた。
「そうだ。商会だよ」
ヴァンネスは、吐き捨てた。
「バルドー商会は、傘下に、いくつも探索隊を抱えてる。専属契約の隊だ。その隊に、いくらでも札を積ませられる。……つまり、この入札制は、遺構を、商会の独占にするための仕掛けだ」
そして、〈鉄樹〉には金がなかった。
兵糧攻めで、隊の蓄えは、底を尽きかけていた。小口の依頼で、食い繋いではいるが、入札に積める金などない。
「うまく、できてやがる」とガロが唸った。「地震で遺構が開いた。ラッシュで街が浮かれた。すかさず、ギルドが規制をかけて入札制にした。……この流れ、速すぎねえか? まるで、遺構が開くのを待ち構えてたみたいだ」
待ち構えていた。
その言葉に、俺は、じいさんの予言を思い出した。
大穴の下で、近く、大きな星が動く。地が揺れ、道が変わり、閉じていた場所が開く。
じいさんは、知っていた。遺構が開くことを。
では――商会は?
グレム・バルドーの、去り際の言葉。「この街の大穴は、これから、大きく変わる。近いうちにね」
あの老人も、知っていたのだ。遺構が開くことを。開く前から。
じいさんと、商会。二人ともこの日を知っていた。
偶然が、また一つ、重なった。
◇
入札の日、俺たちは、ギルドの入札所に顔を出した。
参加するためではない。参加できないことを、確かめるためだった。
入札所は、金の匂いで、むせ返っていた。
壇上で、係の男が、区画の番号を読み上げる。
「――遺構第三区画、東翼! 初値、金貨十枚から!」
「十五!」「二十!」「二十五枚!」
声が、飛び交う。金貨十枚といえば、鉄級の隊の年の稼ぎだ。それが、挨拶代わりの初値で飛ぶ。二十五で決まりかけた、その時、会場の隅から、退屈そうな声がした。
「四十」
会場が、静まった。値を付けたのは、商会の紋を着けた男。競っていた独立系の隊のリーダーが、拳を握り、俯き、そして札を下ろした。勝負ではなかった。財布の底の深さが、違いすぎた。
「第三区画東翼、金貨四十枚! 〈黒曜〉隊!」
拍手も、ため息もなかった。ただ、次の区画の読み上げが、始まった。同じことの繰り返しだった。独立系が値を吊り上げ、最後に商会系が、退屈そうに、上から札を置く。競りの形をした、独占だった。
名だたる隊が、札を入れていく。その大半が、商会傘下の専属隊だった。彼らは桁違いの札を、ためらいなく積んだ。自分の金ではないからだ。商会の金で、商会のために、遺構の権利を、買い占めていく。
その中に、見覚えのある顔が、あった。
かつて、俺たちと同じ、中堅の隊だった〈灰鷹〉。半年前までは、ギルドの酒場で、対等に杯を交わした連中だ。その〈灰鷹〉が今、商会の紋の入った、真新しい装備を着て、専属隊の列に並んでいた。
目が、合った。
〈灰鷹〉のリーダーは、一瞬、気まずそうに目を逸らした。それから、開き直ったように、俺に近づいてきた。
「……〈鉄樹〉さんよ。悪く思うな。うちも、食っていかなきゃならねえんだ。専属は、確かに手綱付きだ。だが、飢えて自由でいるより、縛られて、腹一杯のほうが……ましなときも、あるのさ」
弁解のような言葉だった。俺は、責めなかった。責められる立場ではなかった。妹の療養費を抱えるミレアも、子供たちを抱えるコッツも、あと一歩、違えば、〈灰鷹〉と、同じ選択を、していたかもしれない。
上座に、番頭のドレンがいた。綿の声の男は、札の集計を涼しい顔でながめていた。俺たちに気づくと、あくまで丁寧に頭を下げた。
「これは、〈鉄樹〉の皆さま。……入札に、参加なさいますか?」
その声には、答えを分かった上での、余裕があった。
「見物に来ただけだ」とガロが言った。
「左様でございますか」ドレンは、微笑んだ。「残念です。皆さまほどの腕をお持ちの隊が、遺構の恩恵に、あずかれないとは。……ああ、そういえば」
番頭は、思い出したように、付け足した。
「当会の専属になられていれば、今頃、遺構の最前列でしたのに。……人生の岐路というものは、後になって、初めて、その大きさが分かるものですなあ」
綿にくるまれた、明確な当てこすりだった。
コッツが、拳を握るのが、えた。俺は、その肩、手を置いた。
「ドレン、だったか」と俺は言った。「一つ、訊いていいか」
「なんなりと」
「あんたたちは、いつから、遺構が開くのを、知ってた?」
ドレンの、綿の笑みが――一瞬、ほんの一瞬だけ止まった。
「……はて。何のことでしょう。地震は、天災でございます。予知などできるはずも」
「そうか」と俺は言った。「なら、いい。ただ、あんたたちの動きが、あまりに速いんでな。地震の翌日には、もう入札制の準備ができてた。……天災の後始末にしては、手回しが良すぎる。まるで、台本があったみたいに」
ドレンは、笑みを、貼り直した。だが、その目の奥に、初めて、値踏み以外の色が差した。
警戒だ。
この番頭は、俺を、ただの「筋の通った、扱いにくい冒険者」だと思っていた。だが今、そこに、別の疑いが、加わった。こいつは、何か気づいているのではないか、という疑い。
「……〈鉄樹〉の狩人殿は、面白い想像をなさる」
ドレンは、静かに言った。声から、綿が、少し、剥がれていた。
「ですが、想像は、想像。証拠のない想像を、口になさるのは……危のうございますよ。この街では、特に」
それは初めての、あからさまな脅しだった。
◇
入札所を出て、俺たちは、しばらく無言で歩いた。
「……リゲル」と、ガロが、低く言った。「おまえ、何を掴んでる」
俺は、迷った。
じいさんのこと。器の喩え。予言。星座。全部が、繋がりかけている。だが、その中心に、じいさんが――俺に生き方をくれた、あの人がいる。それを、口にすることが、俺にはまだできなかった。
「……まだ、何も」と、俺は言った。「ただの、嫌な予感だ」
嘘ではなかった。だが、全部でも、なかった。
俺はまた、大事なことを、隊に「言わない」ことを、選んでいた。
守るためか。それとも、認めたくないためか。
自分でも、分からなかった。
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