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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第41話「専属の意味」


専属契約の是非を、俺たちは三日かけて話し合った。


いや、話し合う、というより――金貨五十枚という数字と、各々が、静かに向き合う三日間だった。


コッツは、口では「うちは断るんだろ?」と言いながら、その目が、揺れていた。無理もない。あの子が背負っているのは、自分の欲ではない。スラムの、朝起きてこなくなる子供たちの命だ。金貨五十枚は、その命を、何十人分も救える数字だった。


ミレアも、同じだった。妹のリタの療養費。教会の言い値の値上げ。専属になれば、その全部が、消える。彼女は一度も「受けよう」とは言わなかったが、一度も「断ろう」とも言わなかった。


二人が抱えているものの重さを、俺は知っていた。だから、軽々しく「断ろう」とは言えなかった。


決め手をくれたのは、ヴァンネスだった。


◇


「専属になった隊が、その後どうなったか。……昔話を、してやろう」


三日目の晩、老兵は酒場の卓で、静かに語り始めた。


「二十年前だ。〈金鹿〉って隊があった。当時のヴェルデで、一番の隊だ。銀級。腕も、人望も、飛び抜けてた。その〈金鹿〉が、ある商会と専属契約を結んだ。……当時のバルドー商会だ。今の当主の、先代のな」


ヴァンネスの声は、淡々としていた。淡々としているぶん、重かった。


「最初の一年は、夢のようだったそうだ。最高の装備、破格の報酬、選び抜かれた依頼。〈金鹿〉は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。……だが、二年目から、依頼の中身が、変わっていった」


「変わった?」


「商会が、独占したい鉱脈があった。だが、そこは他の隊も狙ってた。……で、〈金鹿〉に、命じられた。『競合の隊が、その鉱脈に近づけないようにしてくれ』とな」


卓が、静かになった。


「最初は、嫌がらせだった。依頼の横取り。妨害。それが、だんだんエスカレートした。……ある日、競合の隊が、迷宮で『事故死』した。〈金鹿〉が、その現場の近くにいた。証拠は、何もない。だが、〈金鹿〉のリーダーは、その日から、酒が止まらなくなった」


「……まさか」とコッツ。


「三年目に、〈金鹿〉は解散した。リーダーは、酒に溺れて廃人になった。他の隊員も、散り散りだ。商会は、何食わぬ顔で、次の隊と契約した。……専属ってのは、そういうことだ。最初は、船に乗せてもらう。だが気づいたときには、漕がされてる。しかも、行き先は船主が決める」


ヴァンネスは、葡萄酒を、一息に呷った。


「金貨五十枚は、給金じゃねえ。手綱の代金だ。一度嵌めたら、二度と外せねえ、手綱のな」


卓に、沈黙が落ちた。


コッツが、消え入りそうな声で訊いた。


「……なあ、爺さん。〈金鹿〉のリーダーはさ、なんで、断らなかったんだ。競合の隊を『事故死』させろって言われたとき。そこで断りゃ、廃人にならずに済んだろ」


「断れなかったのさ」とヴァンネスは言った。「一年、破格の暮らしをした後だ。最高の装備、破格の報酬。隊のみんなが、その暮らしに慣れちまってた。今さら元の、その日暮らしには戻れねえ。……手綱ってのは、鉄の鎖じゃねえんだ。慣れちまった、いい暮らしだ。それが、一番、切れねえ」


慣れちまった、いい暮らし。


コッツが、はっと、口を噤んだ。金貨五十枚で救えるスラムの子供たち。その暮らしに慣れた後、もし商会が「スラムの誰かを見殺しにしろ」と言ってきたら――そのとき、自分は断れるか。少年の顔に、その問いが、はっきりと浮かんでいた。


「……こえー話だな」とコッツは呟いた。「金って、こえーな」


「金が怖いんじゃない」とミレアが言った。「金に慣れる自分が、怖いのよ。……あたしは、それを教会で見た。寄進の額で治療の順番を決める自分に、みんな、慣れていったの。最初はおかしいと思ってた人ほど、綺麗に慣れていった」


◇


その夜、俺たちは、結論を出した。


全員の顔を、順に見た。コッツは、まだ、揺れていた。ミレアも、唇を噛んでいた。


「……断る、でいいか」と、ガロが、静かに訊いた。


「一つだけ、確認させて」とミレアが言った。「断ったら――あたしの妹の療養費は、どうなる。コッツの子供たちの冬は。あたしたちは、その現実をどう背負うの。『正しさ』だけじゃ、命は繋げないのよ」


重い問いだった。だが、逃げてはいけない問いだった。


「背負う」と、俺は言った。「専属の金貨で背負うんじゃない。俺たちの狩りで、背負う。裂き腕を獲った俺たちなら、稼げる。時間はかかる。専属より、ずっと遠回りだ。だが――その金は、誰の手綱もついてない、俺たちの金だ」


「甘い理想論ね」


「ああ、甘い」と俺は認めた。「だが、ミレア。あんたが妹に会いに、いつでも飛んでいける身軽さを、売りたくないと言ったのは、あんただ。専属になれば、その身軽さは、金貨五十枚で買い取られる。……妹の療養費は稼げる。だが、妹に会いに行く自由は、消える。それで、いいのか」


ミレアは、長いこと、黙っていた。


それから、ふ、と、息だけで笑った。


「……ずるいわよ、あんた。あたしの一番弱いところを、また突く」


「ガロの真似だ」


「たちが悪いのも、遺伝したのね」


ミレアは、目を閉じて、それからはっきりと言った。


「断る。……いいわ。妹には、遠回りして、会いに行く。手綱付きの金で会う妹より、そっちのほうが、きっと、笑える」


コッツも、顔を上げた。


「……おれも、断る。スラムのチビたちにさ、いつか胸張って言いてえんだ。『兄ちゃんの稼ぎは、誰にも縛られてねえ金だ』って。手綱付きの金で買った薪じゃ、格好つかねえもんな」


決まった。


満場一致で、〈鉄樹〉は、専属契約を、辞退する。


◇


翌日、ガロが商会へ、辞退の返答を届けた。


グレム・バルドーは、拍子抜けするほど、あっさりと引き下がったという。「そうか、残念だ。だが、皆さんの意思は尊重しよう」と、最後まで柔和なままだったと。


だが。


その翌日から、〈鉄樹〉の周りの空気が、静かに、変わり始めた。


ギルドの掲示板で、〈鉄樹〉が受けられそうな割のいい依頼が、なぜか、貼り出される前に「予約済み」になる。素材の買い取り価格が、他の隊より、わずかに、しかし確実に渋くなる。取引先の職人が、急に「手が回らない」と、修理を後回しにする。


一つ一つは、些細だった。証拠もない。偶然と言われれば、それまでだ。


だが、積み重なると、それは、明確な意思表示だった。


「……兵糧攻めだな」と、ガロが呟いた。「脅しもしねえ。手も出さねえ。ただ、じわじわと、俺たちの稼ぎの道を、細くしてくる」


グレム・バルドーの、去り際の言葉が、蘇った。


――船なしで放り出されるか、商会という船に乗るか。


俺たちは、船を、蹴った。


だから今、俺たちは荒海に、放り出されようとしていた。その海がどれほど深いのか。

俺たちは、これから、身をもって測ることになる。


第41話更新です!!


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