第39話「鉄級試験」
裂き腕の討伐は、街を沸かせた。
腕を一本失っていたとはいえ、階層主だ。それを、五人の中堅隊が――しかも一人の死者も出さずに獲った。〈鉄樹〉の名は、ヴェルデの冒険者の口の端に、確実に刻まれた。
討伐から半月後、ギルドから正式な通達が届いた。
隊としての、鉄級昇格試験。
「今さら試験でもねえだろ、って気もするがな」とガロは笑った。「階層主を獲った隊が銅級のままってのも、ギルドの体面が悪いんだろうよ。まあ、受けるぞ。鉄級になりゃ、受けられる依頼の幅が変わる」
試験官は、またしてもヴァンネスだった。
「同じ穴の狢が試験官ってのは、どうなんだ」とコッツが茶々を入れた。
「安心しろ。俺は身内にこそ辛くつける性分だ」とヴァンネスは古傷を歪めた。「それに、隊としての試験は、個人の飛び級試験とは違う。見るのは腕じゃねえ。隊としての、判断と連携だ。……腕なら、おまえらはもう鉄級を超えてる。問題は、その先だ」
◇
試験の内容は、第四層での「複合任務」だった。
指定区画の魔物の間引き、負傷者役の救出搬送、そして――途中で意図的に与えられる「想定外」への対処。ヴァンネスが道中で仕掛けを打ち、隊がどう捌くかを見る、実戦形式の試験だった。
第四層、水没層。
間引きは、危なげなく進んだ。コッツの投石測深で安全な足場を選び、灰蜥蜴と水棲の小物を、隊の連携で淡々と処理する。ガロが受け、俺が仕留め、ミレアが浅手を塞ぐ。もはや、息をするような連携だった。
途中、ヴァンネスが一度、試すように口を挟んだ。
「リゲル。今の分かれ道、なぜ左を選んだ。右のほうが、間引き対象は多いぞ」
「右は、水音が低い」と俺は答えた。「深みが多い。間引きの数は稼げるが、後衛のミレアが動ける足場が減る。……数より、隊の陣形が組める地形を選んだ」
「隊のために、稼ぎを一つ捨てた、と」
「捨ててない。取りに行く場所を、選んだだけだ」
ヴァンネスは、石板に何かを書き付けた。満足げな音だった。
――以前の俺なら、迷わず右を選んでいた。獲物の数だけを数えて、後衛のことなど、頭になかった。ミレアの「守られ方を知らない」という言葉が、ようやく、判断の根に、届いていた。
「――負傷者、発見!」
コッツの声。指定の岩棚に、負傷者役の人形が置かれていた。試験の第二段階、救出搬送だ。
だが、俺は足を止めた。
「待て。……罠だ」
「え?」
「人形の周り、水面の泡がおかしい。〈引き込み〉が、人形を餌に潜んでる。試験官が、仕掛けた」
岩棚の下の浅瀬。そこに、擬態した引き込みがいた。負傷者を助けに踏み込めば、掌に畳み込まれる。以前、ミレアが踏みかけたのと、同じ罠だ。
「――さすがだな」
岩陰から、ヴァンネスの声がした。試験官が、自分の仕掛けを、あっさり見抜かれて苦笑していた。
「で、どうする。人形は救出対象だ。放置は減点。だが、引き込みは危険だ。どう捌く」
俺は、隊を見た。答えは、もう全員の頭にあった。
「ガロ、盾で人形ごと引き込みの掌を押さえろ。コッツ、俺の合図で反対側から石を投げて注意を割け。ミレアは搬送準備。俺が――」
「あたしが行くわ」
遮ったのは、ミレアだった。
「引き込みの位置は、あたしが一番よく知ってる。踏みかけたことがあるからね。……治療術士が救出に入るのが、一番、理に適ってる。負傷者の容態も、その場で診られる」
俺は、少し驚いた。以前のミレアなら、後方で「銀貨いくら」と言っていた場面だ。
「……分かった。ミレアが行く。全員、ミレアを死なせるな」
段取りは、一分で組んだ。ガロが盾で引き込みの掌を押さえ、コッツが石で注意を逸らし、その隙にミレアが人形を回収、俺が退路を確保。全員が、自分の役割を、言われる前に動いた。
引き込みが掌を跳ね上げる寸前、ミレアは人形を抱えて跳び退っていた。無傷。完璧な救出だった。
岩陰で、ヴァンネスが石板に何かを書き込む音がした。
◇
試験の締めくくりは、「想定外」だった。
帰路、水没層の細い岩道で、ヴァンネスが最後の仕掛けを打った。天井から、大量の岩殻虫を落としたのだ――ではなく、落ちてくるように「見せかけた」音を、鳴らした。
隊の頭上で、岩が崩れる轟音。
反射的に、全員が身を伏せ、散開しようとした――が。
「……嘘だ」
俺は、動かなかった。
「音だけだ。落ちてきてない。天井の岩は、崩れてない。……試験官、悪趣味だぞ」
岩陰から、ヴァンネスが姿を現した。今度は、苦笑ではなく、感心の顔だった。
「音に、釣られなかったか」
「岩喰らいと、散々やり合ったからな」と俺は言った。「音と、本物の崩落は、足の裏の振動が違う。……偽の音には、実体の重さがない」
それは、継いだ力の話だった。だが、ヴァンネスには「経験」として通じた。老兵は、しばらく俺を見て、それから、石板を閉じた。
「試験は、ここまでだ。……結果は、言うまでもねえだろ」
◇
その晩、ギルドの酒場で、ささやかな祝宴が開かれた。
認識板が、銅色から、鉄色に変わった。〈鉄樹〉――前の隊が背負い、そして絶えた、その色を、新生の隊が、正式に継いだ。
ガロは、真新しい鉄色の板を、しばらく黙って見つめていた。それから、懐から、あの焼け焦げた古い板――前の鉄樹の隊の板を出し、二枚を並べて、卓に置いた。
「……ヘズラ。メイセン。ロコ。ジフ」
大男は、四人の名を、静かに呼んだ。
「鉄に、戻ったぞ。おまえらの色に。……見てるか」
それから、豪快に洟をかんで、「よし! 飲むぞ!」と叫んだ。誰も、大男の目が赤いことには、触れなかった。
宴は、賑やかだった。
コッツが酒を一口で真っ赤になって潰れ、ミレアがそれを介抱しながら「未成年に飲ませるな」とガロを叱り、ヴァンネスが古い冒険譚を語り、そして――俺は、そのすべてを、少し離れて眺めていた。
いい夜だった。
いい夜だと、確かに、思っていた。
だが、その賑わいの中で、俺はふと、思い出そうとした。前に、こんな風に、みんなで笑った夜は、あっただろうか。村にいた頃。じいさんと。ニラと。祭りの夜。
……思い出せる。夏祭りの笛の音。それは、まだ、ある。
だが、その手触りが、以前より、少しだけ、遠い。
消えたわけではない。ただ、水底に沈むように、少しずつ、遠ざかっている気がした。
名前を、唱えなければ。俺は、酒を置いた。今夜も、忘れる前に、この賑わいを、ニラに話そう。鉄色の板のことも、ガロの赤い目のことも、コッツの潰れ方も。
話して、二人の頭に、残すために。
それが、俺の、狩り以外の、新しい戦いになっていた。
第39話更新です!
しばらく夜に投稿することになりそうです!




