第34話「罠ごと狩る」
罠を疑って踏む罠は、ただの罠ではない。狩り場になる。
第五層の旧坑道跡へ向かう道中、俺は隊に、狩人の心得を叩き込んだ。
「今回、俺たちは獲物のふりをする。向こうは、俺たちを袋小路に追い込んだと思ってる。その『思い込み』が、向こうの一番の隙だ。……いいか。罠にかかったふりをして、罠を仕掛けた側を、丸ごと数える」
段取りは、道中で詰めた。
コッツには、坑道の入り口付近の地形を先に読ませ、「落とし穴を仕込める場所」を探させる。俺が広間で相手を喋らせて時間を稼ぐ間に、退路に細工をする段取りだ。ミレアには、狭所での接近戦を見越して、例の「転ばせ薬」を壁に撒く役を。ガロは、いつでも入り口を塞げる位置に。ヴァンネスは、逃げる者を確実に押さえる殿。
「一つ、徹底しろ」と俺は念を押した。「殺すな。今回の相手は人間だ。殺せば、こっちが崩落事故で処理される側になる。当身、関節、峰打ち。命は取らず、動きだけ止める」
「珍しいな、おまえが『殺すな』を先に言うのは」とガロ。
「……前に、危うく踏み外しかけた」
俺は、それだけ言った。ドッズ戦の、あの囁きのことは、隊の誰にも話していない。話せなかった。「殺せば強くなれる」と自分の中の声が囁いた、などと、どう話せばいい。だから俺は、規律の形にして、自分を縛ることにした。掟にしてしまえば、囁きが来ても、掟を盾にできる。
掘り手は、坑道の入り口で待っていた。
五人。だが、一目で分かった。掘り手ではない。手の皮が柔らかすぎる。つるはしの持ち方が素人で、目つきだけが玄人だった。腰の下に、隠した得物の膨らみ。傭兵くずれだ。
「〈鉄樹〉さんかい。待ってたぜ。坑道の奥に鉱脈がある。護衛、頼んます」
愛想のいい男が代表して言った。俺は愛想よく頷き返しながら、頭の中で数えた。五人。得物は短めの剣か鉈。この狭い坑道での取り回しを考えた選択。……こいつらは、坑道の中で仕事をする気だ。
潜行が始まった。
坑道は、大穴の本道から外れた古い採掘跡で、天井が低く、道が枝分かれしている。逃げ場のない一本道へ、獲物を追い込むのに、あつらえ向きの地形だった。向こうにとっては。
「――この先の広間に、鉱脈が」
偽の掘り手が、奥の広間を指した。袋小路だ。入り口は一つ。天井が落ちれば、出られない。
俺は、あえて先頭で広間に入った。
背後で、足音が変わった。つるはしが床に置かれ、隠していた刃が抜かれる、衣擦れの音。五人が、坑道の入り口を塞ぐ形に展開する。
「悪く思うなよ、〈鉄樹〉さん」
愛想のいい男の声から、愛想が消えた。
「あんたら、目立ちすぎたんだ。眷属級を獲った? 商会の招きを蹴った? 街の分をわきまえねえ隊は、街から消える。それがこの街の道理だ。……安心しな、痛くはしねえ。崩落事故ってことで、綺麗に処理してやる」
「――そうか」
俺は振り返らずに言った。
「なら、答え合わせをしよう。おまえたちを雇ったのは、バルドー商会だな」
男の気配が、一瞬、揺れた。
「……何のことだか」
「否定しないってことは、当たりだ。雪見紙の依頼書。商工共済会の前金。『崩落事故で処理』という手口。全部、あの番頭の匂いがする。……ドレン、だったか」
「――やれ」
男が、しびれを切らして叫んだ。
その瞬間には、もう、罠は返っていた。
◇
五人が刃を構えて踏み込む――その足元が、突然、消えた。
コッツが仕込んでいた。広間に入る前、俺が時間を稼いで喋っている間に、少年は入り口の手前に、細い縄と、掘り跡の落とし穴を仕込んでいた。坑道育ちではない傭兵は、足元の掘り跡の「新しさ」を、読めなかった。
先頭の二人が、膝まで踏み抜いて、つんのめる。
その頭上を、ガロの盾が薙いだ。
「がはっ――!?」
大盾の一撃で二人が壁に叩きつけられ、崩れる。残る三人が怯んだ半瞬、俺は既に懐に入っていた。
殺さない。今回は、殺さない。峰と、柄と、当身。ドッズ戦で自分に誓った通り、俺は「殺せば継承できる」という囁きの届かない速さで、決着を組んだ。手首を打ち、剣を落とさせ、鳩尾を突く。一人、二人。
最後の一人――愛想のいい男が、逃げようと入り口へ走った。
そこに、ミレアの声が飛んだ。
「足、止めときなさい」
男の足が、縺れた。ミレアが坑道の壁に、事前に撒いておいた滑り粉。獣脂と灰を混ぜた、彼女特製の「転ばせ薬」だった。派手に転んだ男の背に、ヴァンネスの槍の石突きが、静かに乗った。
「……終わりだ。無駄な抵抗はよせ」
五人、制圧。こちらは、かすり傷一つなかった。
◇
縛り上げた男たちを、俺は一人ずつ検分した。
得物、装備、持ち物。傭兵くずれの割に、装備が揃いすぎている。誰かが金を出して支度させた組だ。だが、いくら締め上げても、こいつらの口から「ドレン」の名は出なかった。出せないのだ。
「……俺たちは、口入れ屋から仕事を受けただけだ。依頼主の顔なんざ、見ちゃいねえ」
愛想の消えた男は、本当にそれ以上を知らないようだった。金で雇われ、金で動く。切り離された手足。頭は、決して自分の顔を見せない。
「用意周到だな」とガロが唸った。「捕まえても、大元まで辿れねえように、間に何枚も人を挟んでやがる」
だが、一つだけ、収穫があった。
男の懐から出てきた、指示書だ。決行の段取りが書かれた、小さな紙片。文字は、依頼書とは別の筆跡――使い捨ての口入れ屋の字だろう。だが、その紙が。
雪見紙だった。
依頼書と、同じ紙。傭兵への末端の指示にまで、南岸の高級紙を使う口入れ屋が、どこにいる。紙は、握った手を、また一つ手繰り寄せた。金では拭えない、紙の癖という足跡を。
「持ち帰るぞ、これも」と俺は紙片を仕舞った。「証拠は、多いほどいい。ニラの余白と、ヴァンネスの帳面と、合わせれば――いつか、あの番頭の綿の下の顔を、引きずり出せる」
制圧した五人は、坑道の入り口までガロが縄で連行し、大穴の管理番に「崩落事故を装おうとした襲撃者」として引き渡した。もっとも、こいつらもバジル同様、大した罪には問われまい。それも、分かっていた。
それでも、俺たちは全員、無傷で帰る。獲物のふりをして、罠を仕掛けた側を数え、傷一つ負わずに。それが今回の、俺たちの勝ちだった。
地上への帰り道、コッツが浮かれた声で言った。
「なあ、今回のおれの落とし穴、冴えてたろ! 兄貴が長々喋ってる間に、ちゃちゃっとよ!」
「冴えてた。おまえの穴で、二人抜けた」
「へへっ」
だが、俺の胸の底は、晴れなかった。
勝った。今回も、うまく勝った。だが、相手は手足の一組を失っただけだ。頭は無傷で、綿にくるまれたまま、また次の手足を金で生やすだろう。
そして向こうは、これで一つ、学んだはずだ。〈鉄樹〉は、真正面の罠では殺せない、と。
――なら、次は。
次は、真正面から来ないだろう。それが、俺の晴れない理由だった。
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