第33話「偽依頼」
依頼書は、上等な紙に書かれていた。
指名依頼、と受付のニラが読み上げたとき、俺は真っ先に、その紙質を見た。滑らかで、薄く、縁が均一に断たれている。市場の駄紙とは、格が違う。
「〈鉄樹〉ご指名。第五層、旧坑道跡での『特殊鉱石』の採取護衛。期間三日、報酬――金貨五枚」
「五枚!?」とコッツが素っ頓狂な声を上げた。
破格だった。第五層の採取護衛の相場は、危険手当を乗せても銀貨二十枚がいいところだ。それが金貨五枚。相場の七倍以上。
「依頼主は?」
「……『匿名希望』。ギルドを介した正式な指名依頼で、依頼主名は非公開。前金三割は、既にギルドに預託済みです」
ニラは事務的に読み上げながら、しかし、その目は明らかに「これ、変だよ」と言っていた。
「前金が済んでる、と。……羽振りがいいな」とガロ。
「特殊鉱石の採取に、なんで『護衛』が要るんだ?」と俺は訊いた。「採取なら、掘り手を雇えばいい。護衛を指名するってことは、掘り手はもう向こうが用意してて、俺たちに守らせたい何かがある、ってことになる。……第五層で、金貨五枚も積んで守りたい何かって、なんだ」
卓が、静まった。
「うますぎる話には、裏がある」ミレアが指を組んだ。「あたしたちは、それをこの街で、嫌ってほど学んだはずよ」
全員の脳裏に、同じ言葉が浮かんでいた。金の要る隊が、金を欲しがっている。その情報が、然るべき筋に、然るべき速さで届いていた――。
「――受けよう」
意外にも、そう言ったのは俺だった。
「おい、リゲル」
「ただし、裏取りをしてからだ。受けるふりをして、罠なら罠ごと確かめる。……こういう依頼を寄越す相手の正体を、俺は知りたい。『沈む見込み』を売ってた奴と、これが同じ手のものなら、なおさらだ」
「反対」と、即座にミレアが言った。「危険と実入りが釣り合ってない依頼は、受けない。あたしの主義。……罠だと分かってる穴に、なんでわざわざ頭を突っ込むの」
「罠だと分かってるからだ」と俺は言った。「知らずに踏む罠は、ただ死ぬ。分かって踏む罠は、仕掛けた側の情報が取れる。獲物のふりをした狩人ほど、性質の悪いものはない。……向こうは、俺たちを袋のネズミにしたつもりで、手の内を全部、見せてくれる」
「もし、想定を超える戦力で来たら?」
「そのための、裏取りだ。段取りと戦力の見込みが立たなければ、前金を返して、断る。命は張らない。張るのは、頭だけだ」
ミレアは、まだ渋い顔をしていた。ガロが、その肩を軽く叩いた。
「ミレア。おまえの慎重さは、隊の宝だ。だが今回は、リゲルに分がある。……こういう手合いは、一度なめられたら、際限なく来る。ここらで一度、『こいつらは罠ごと噛み返してくる』と教えとくのは、長い目で見りゃ、安全への投資だ」
「……投資、ね」ミレアは息を吐いた。「その言い方、ずるいわよ。あたしがいちばん弱い言葉」
「知ってて使った」
「たちが悪い」
それでも、ミレアは折れた。折れる代わりに、条件を付けた。
「治療費は依頼の前金から先取り。撤退の判断は、あたしにも一票。誰か一人でも『退く』と言ったら、意地を張らずに退く。……これが呑めるなら、付き合う」
「呑む」と俺は即答した。「撤退の一票は、多いほどいい」
ガロは俺の顔をしばらく見て、それから、にやりと笑った。
「……おまえ、だんだんヴァンネスの爺さんに似てきたな」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてねえよ」
◇
裏取りは、コッツの領分だった。
まず、紙。少年は依頼書の写しを持って、街の紙商を三軒回った。三軒目の老舗で、答えが出た。
「これは……南岸の漉き紙ですな。〈雪見紙〉という高級品で、この街で扱ってるのは一軒だけ。バルドー商会の卸しですよ。役所か、余程の大店しか使いません」
バルドー商会。天秤と樽の紋。
「次に、前金だ」と、ヴァンネスが動いた。老兵はギルドの経理に古い伝手があった。「匿名の預託金がどこから振り込まれたか――帳簿の裏取りは、俺がやる。時間はかかるが、金は必ず足がつく。銭に名前は書いてなくても、動いた道には名前が残るからな」
三日後、ヴァンネスが渋い顔で戻ってきた。
「預託金の出所は、『ヴェルデ商工共済会』って組合だった。表向きは、街の商人が積み立てる互助組合だ。……だが、その共済会の実質の胴元が、バルドー商会だ。前金も、紙も、両方から同じ紋が出た」
商会。またしても、商会。
「話を整理するぜ」ガロが指を折った。「一、うちが金に困ってるのを、商会は知ってる。二、そこへ、相場の七倍の依頼を、匿名で寄越した。三、依頼の中身は『第五層で何かを守れ』。四、断りにくいように、前金まで先に積んだ」
「……釣り針に、これでもかってくらい餌が付いてるわね」とミレア。
「問題は、針の先に何があるかだ」と俺は言った。「単なる厄介払いか。腕試しか。それとも――『筋の話が通じない隊』を、始末する算段か」
二十三日前、支部長室で綿の声の番頭が去り際に見せた、あの帳簿のような目。『断られた相手ほど、忘れない』というミレアの言葉。全部が、嫌な形に噛み合っていく。
◇
その晩、俺はニラの寮を訪ねた。約束の、報告だ。
「今度は、たぶん、戦いになる」
俺がそう言うと、ニラは手帳を開きかけた手を、止めた。
「……人と?」
「分からない。だが、そういう匂いのする依頼だ。だから、先に言いに来た」
ニラはしばらく黙って、それから、いつになく強い声で言った。
「リゲル。一個、お願いしていい?」
「ああ」
「その依頼書、私に写させて。紙も、文面も、全部。……もし本当に商会が絡んでるなら、証拠になる。今回こそ、後から『知らなかった』って言わせない。私、書庫の封緘の件も、遺品の件も、ぜんぶ余白に取ってあるの。……いつか、全部繋がる日のために」
几帳面な受付嬢の目に、静かな怒りがあった。
この街に来て一年足らずで、こいつも変わった。理不尽を判で処理し続けるうちに、判の下に、消えない記録を貯め込む戦い方を、自分で見つけていた。
「……頼む」と俺は言った。「あんたの記録は、俺の短刀より、たぶん強い」
ニラは少しだけ笑って、それから、真顔に戻って付け足した。
「もう一個。……戦う前に、教えてくれてありがとう。でも次からは、勝ったあとも、ちゃんと帰ってきて教えてね。その報告のほうが、私は、ずっと好きだから」
その言葉に、俺は、うまく答えられなかった。勝ったあとの報告のほうが好きだ、というのは、つまり――勝てないかもしれない、と思わせている、ということだ。ニラに、そんな心配をさせている。それだけは、分かった。
依頼の受注印を、翌朝、ニラが押した。
『第五層、旧坑道跡、鉱石採取護衛。依頼主・匿名。――受付、控え取得済み』
最後の一文は、台帳には載らない、ニラだけの追記だった。
第33話更新です!
今日は深夜当たりにもう一話更新です!




