第29話「裁くのは誰か」
バジルと帳簿を衛兵に引き渡したとき、俺たちは、それなりの結末を予想していた。
遺品の不正な流通。死の「見込み」を売り買いする情報網。帳簿という動かぬ証拠。少なくとも、バジルの商売は潰れる。そう思っていた。
十日後に出た沙汰は、こうだった。
――古物商バジル。無届け品目の取り扱いにつき、罰金銀貨三十枚。営業停止、二十日。
以上。
「……に、二十日ぁ!?」
沙汰書の写しを手に、コッツがひっくり返った声を上げた。
「死人の追い剥ぎの元締めだぞ!? 罰金と、二十日の休みで終わりかよ!?」
「終わりだ」
ヴァンネスが、苦い顔で卓に着いた。老兵は裁きの筋を、方々から聞き集めてきていた。
「筋はこうだ。まず、遺品の『追い剥ぎ』は立件できねえ。羽虫ども個々の拾いを、バジルの指示と結びつける証人がいねえからだ。羽虫は雇いじゃなく『持ち込みの売り手』って建て付けでな。次に、例の帳簿だ。……あれは、証拠品の目録から消えた」
「消えた?」
「正確には、『商いの仕入れ台帳』として、検分後にバジルへ返された。走り書きの件は『日付の覚え書き』で片付いた。……途中から、腕のいい代言人が付いたのさ。それも、街で一番高い奴が。バジルの稼ぎで雇える代言人じゃねえ」
誰が雇ったか、という問いを、誰も口に出さなかった。出さなくても、卓の全員の頭に、同じ紋が浮かんでいた。天秤と、樽。
「良い報せもあるぜ」と、ヴァンネスは無理やり調子を変えた。「〈鉄樹〉の遺品は、全部戻る。『所有権に争いのある品』として、ギルド預かりで返還だ。ロコの地図も、な。……それと、ドッズ。あいつは雇われの用心棒ってことで沙汰なし。ただし、今度の一件でこの街での目は完全に潰れた。昨日、南門から出てくのを見た奴がいる」
ドッズ。
倉庫の床に膝をついた、あの折れた背中を思い出した。あの男の五年を「手に入る」と囁いた、俺の中の声のことも。あの男がどこへ流れて、何になるのか。それを考えると、胸の底が、鈍く冷えた。
「もう一つ、悪い報せだ」
ヴァンネスは声を、さらに落とした。
「例の『沈む見込み』の売り込みの件。俺なりに、筋を洗ってみた。……いいか。隊がどこの層で何の依頼をやってるかを、事前にまとめて知れる場所は、この街に一つしかねえ。受注台帳だ。ギルドのな」
「……おい、爺さん。それは、つまり」とガロ。
「ああ。ギルドの中に、台帳の中身を売ってる奴がいる。危ねえ依頼を危ねえ層で受けた隊の情報を、なめし革通りに流してる誰かがな」
卓が、冷えた。
コッツが、信じられないという顔で言った。
「受付の……ギルドの人間が、冒険者の死に賭けてるってのかよ。おれたちの依頼書を受け取って、『いってらっしゃい』って言ってる、その口で?」
「決めつけるな。受注台帳に触れるのは受付だけじゃねえ。写しは経理も検分も通る。夜勤の書庫番も見られる。……疑えば全員、庇えば全員だ。だから俺は、支部長に正面から掛け合った。台帳の閲覧記録を調べろ、とな」
「で?」
「『内部の綱紀に関わる話は、内部で処す』とよ」ヴァンネスは吐き捨てた。「バジルの帳簿が目録から消えた街だぜ。内部で処すって言葉の意味は、まあ、察しろ」
俺は黙って、ニラの顔を思い浮かべていた。
窓口で依頼書を受け、余白に記録を書き、帰らない者の判を抽斗の奥にしまう、あの几帳面な手。あの手と同じ建物の中に、同じ台帳を、死神への売り物として写す手があるかもしれない。
――言うべきだろうか、ニラに。
言えば、あいつは職場の全員を疑いながら働くことになる。言わなければ、あいつの善意の記録が、いつかどこかで、悪意の写しと隣り合う。俺はこの晩、初めて、あいつに何かを「言わない」ことを選んだ。守るための沈黙は、こんなにも後味が悪いのかと、知りながら。
「――納得いかねえ」
コッツが、卓を叩いた。
「証拠があって、悪事の中身も割れてて、それで罰金と二十日? じゃあ何か、正義ってのは、代言人の値段で決まんのかよ」
「この街ではな」とヴァンネスは言った。「……いや、たぶん、どこの街でもだ」
「そんなの――」
「コッツ」
遮ったのは、ガロだった。大男は、戻ってきたロコの地図を丁寧に筒へ仕舞いながら、静かに言った。
「怒っていい。その怒りは正しい。だがな、覚えとけ。正義ってのは、天秤の皿にどっちが重い銭を載せるかの勝負じゃねえ。――どっちが長く覚えてるかの勝負だ」
「……覚えてる?」
「銭で買った判決は、銭で買ったことごと、記録に残る。今度の沙汰の不自然さは、この場の全員が覚えた。ニラの嬢ちゃんの台帳にも、ヴァンネスの帳面にも残る。バジルの後ろにいる連中は、俺たちが忘れると思ってやってる。……忘れねえ側に回り続けることが、俺たちみてえな下々の、一番しぶとい戦い方だ」
ガロの言葉には、十二年の重さがあった。
だが、俺は聞きながら、別のことも考えていた。忘れない側に回り続ける――それを言うこの男の隣で、俺は、忘れていく側の人間なのだ。
◇
割を食ったのは、ニラだった。
遺品の返還手続きは、受付の仕事になる。だが今回の品は「所有権に争いあり」の扱いで、一点ごとに来歴の照会と、遺族への通知と、受領の署名が要った。押し付けられたのは、一番若い窓口――ニラだ。
「大変なんてことないよ。仕事だもん」
と、本人は言った。言ったが、俺は数日後、その仕事の中身を見ることになった。
返還の立ち会いだ。ヘズラの盾は、街道沿いの村から出てきた老母に返された。ギルドの面談室で、ニラは老母の前に盾を置き、来歴を読み上げ、署名を求めた。老母は署名の代わりに拇印を捺し、盾を撫でて、それから、ぽつりと訊いた。
「……この盾は、息子の死んだ場所に、ずっとあったんですか」
事実は違う。盾は現場から剥がされ、倉庫で値札を待っていた。それを言えば、老母は息子の死に場所が漁られたことまで知る。言わなければ、記録係が嘘をつくことになる。
ニラは、少しだけ黙って、それから言った。
「……盾は、息子さんの隊のお仲間が、探して、探して、見つけ出しました。この盾が独りでいた時間は、あります。でも、忘れられていた時間は、一度もありません」
嘘のない範囲で組まれた、精一杯の言葉だった。
老母は何度も頷いて、盾を抱えて帰っていった。扉が閉まった後、ニラは手元の書類を整える振りをして、長いこと、顔を上げなかった。
「……ニラ」
「だいじょうぶ」
先回りして、ニラは言った。
「だいじょうぶ。……ただね、思っただけ。私の仕事って、紙の上では『返還手続き』って四文字なんだよ。四文字の中に、今のが全部入ってるの。……偉い人たちが銀貨で片付けたものの後始末は、いつも、四文字の中でやるの」
ニラは書類の隅に、受理の判を、静かに押した。
第29話更新です!
仕事でだいぶ遅れちゃったぜ




