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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第27話「遺品の値段」


「いいか、あんたら。おれの案内で行くからには、三つ守ってくれ」


西のスラムの入り口で、コッツは俺たちに指を三本立てた。すっかり隊の末っ子の顔が板についた少年が、この日は別人のように、庭の主の顔をしていた。


「一つ、値切るな。故買屋相手の値切りは喧嘩の作法だ。二つ、素性を訊くな。三つ――哀れむな。ここの連中は、哀れまれるのが一番嫌えだ」


最初に訪ねたのは、路地の奥の、看板のない古着屋だった。


店番は、オルガという名の婆だった。煙管をくわえ、山と積まれた古着の玉座に埋もれるように座っている。コッツの顔を見ると、婆は煙と一緒に「生きてたのかい」と言った。


「へへ。冒険者になったんだ、おれ」

「はん。ドブ鼠が穴鼠になっただけじゃないか」


悪態の応酬が、この界隈の挨拶らしかった。コッツが盾の一件を話すと、婆は煙管の先で、俺たちを順に指した。


「〈羽虫〉の品を探してる、ってのかい。……およし。あれは、この辺の故買とは筋が違う。あたしらの商売は、生きてる人間の質草だ。あいつらのは、死人の追い剥ぎだよ。一緒にされるのも腹が立つ」


「筋が違うなら、婆さんも良くは思ってねえんだろ」とガロ。「なら、教えてくれ。羽虫の品は、どこへ流れる」


婆は長いこと煙を吐いてから、値段を言った。情報も商品、というのがスラムの理屈だ。ガロは黙って銀貨を積んだ。


「……東区の外れ、皮なめしの倉庫が並ぶ通りの三番目。〈バジル〉って男が仕切ってる。表向きは古物の卸し。羽虫どもの拾いもんは、ぜんぶ一度あそこに集まって、値札を付け替えられてから市場に散る」


「バジル」


「気をつけな。あの男、ここ一、二年で急に羽振りが良くなった。用心棒を飼って、衛兵にも顔が利く。……妙な男だよ。死人が出ると、誰より早く知ってる。あたしらは陰で〈蠅取り〉って呼んでる。蠅より先に、死肉の場所を知ってる男さ」


◇


それから三日、俺たちは市場と故買筋を回り、バジルの手を経たらしい品を追った。


探索は、簡単には進まなかった。


二軒目に訪ねた質屋は、羽虫の名を出した途端に「知らないね」と店を閉めた。三軒目の道具屋は、逆に知りすぎていて、何も言わないことで全部を言った。この稼業の口は、銀貨で開く口と、恐れで閉じる口の二種類があって、バジルの周りは後者ばかりだった。


「……妙だろ」と、コッツが路地で首を捻った。「故買屋ってのは、本来、口の軽い稼業なんだ。情報も商品だからな。それがバジルの件だけ、みんな貝になる。ありゃ、銭の貫目が違う後ろ盾の匂いだ」


手詰まりかけた三日目の昼、思わぬところから糸が来た。


スラムの路地を歩いていると、子供が三人、コッツに駆け寄ってきたのだ。継ぎだらけの上着を着て、けれど頬に肉のついた子供たちだった。


「コッツの兄ちゃん! 薪、届いたよ!」

「毛布も! ばあちゃんが、礼を言っとけって!」


「おう。……って、おまえら、走り回れるほど元気になったんなら、上等だ」


コッツは照れくさそうに子供らの頭を小突いた。眷属級の分け前の、一番大きな山の行き先。それが目の前で、頬の肉と、走り回る足になっていた。


一番小さいのが、コッツの袖を引いて、声を潜めた。


「あのね、兄ちゃんが捜してるやつ。皮なめし通りの倉庫でしょ。うちら、あのへんで薪拾いするから、知ってるよ。夜にね、変な人たちが来るの。穴の道具をいっぱい背負った人たち。それでね、朝になると、荷車が出てくの」


「――夜に入って、朝に出る、か。偉えぞ、おまえ。今の話、銅貨三枚分だ」

「え、いいの!?」

「情報も商品だ。スラムの掟だろ」


コッツは真顔で銅貨を数えて渡した。子供らは歓声を上げて駆けていった。


その背中を見送って、ミレアがぽつりと言った。


「……あんたの仕送り、利子付きで戻ってきたわね」

「へへ。狙ってやったわけじゃねえけどな」


施した銭が、人の頬になり、目になり、耳になって帰ってくる。同じ街で、死人から剥いだ銭が、代言人と用心棒になっていく。銭そのものに色はない。色を付けるのは、使う人間の側だ。……そんなことを考えたのは、たぶん、ドレンの金貨十枚を見て以来だった。


ヘズラの盾に続いて、見つかったのは二つ。


一つは、槍使いメイセンの携行鍋だった。底に焦げの模様が染みついた、何の変哲もない鉄鍋。古道具屋の隅で銅貨十五枚の値札を付けられていたそれを、ガロは黙って買い、しばらく両手で持っていた。「……こいつの塩汁が、まだ焦げの匂いの奥にいやがる」と、それだけ言った。


先日、ガロが借り物の鍋で再現した、あの塩汁。その、本物の鍋が、ここにあった。ガロは、焦げの模様を、指でそっとなぞった。次に塩汁を作るときは、この鍋で――そう言いたげな、指の動きだった。会ったこともないメイセンの味を、俺たちは知っている。今度は、その味を煮た、本物の鍋が隊に帰ってきた。


もう一つは、魔導士ジフの手帳だった。


紙物は値が付かない。露店の親父は「焚き付けにでもしな」と、鍋のおまけに寄越した。革の表紙は水を吸って波打ち、頁の半分は滲んでいたが、残り半分には、几帳面な細い字と、余白の変な詩が生きていた。


『第四層の柱は、沈んだ森の骨に似ている。我々は毎日、誰かの骨の間で飯を食う』


その頁を開いたまま、ガロは長いこと、動かなかった。


「……ロコの地図が、まだ見つからねえ」


やがて大男は言った。斥候ロコの手描き地図。地図屋が買いに来たという、あの男の腕の証。


「地図は紙物でも高く売れる」とコッツが言った。「良い地図なら、バジルは市場に流さねえ。上客に直接売るはずだ。……つまり、まだ倉庫にある見込みが高え」


「なら、乗り込むしかねえな」


「待った」とヴァンネスが手を挙げた。この日から、老兵は当然のように俺たちの卓にいた。「乗り込んで、どうする。『うちの隊の遺品を返せ』か? 向こうは『正規に仕入れた古物だ』と言うだけだ。法の上じゃ、あっちに分がある」


「じゃあどうしろってんだ」


「買い手として行くのさ」


ヴァンネスは、にやりと古傷を歪めた。


「羽振りのいい卸しってのはな、大口の客には倉庫の奥まで見せる。『死んだ鉄級の隊の遺品を、まとめて欲しがってる好事家がいる』――そういう触れ込みなら、バジルは自分から品を並べる。並べさせてから、出所を問い詰める。品と口が揃ったところを押さえるんだ」


「……あんた、ほんとに三十年、堅気の冒険者だったのか?」とミレアが呆れた。


「三十年もやってりゃ、汚え手口の百も溜まるのさ。使う側に回らなかっただけでな」


◇


段取りは決まった。


買い手役はヴァンネスとミレア。老練な好事家の使いと、金勘定に細かい女番頭。この二人なら芝居が要らない、というのが満場一致だった。ガロは表で待機。顔が知れすぎている。俺とコッツは、裏手から倉庫の様子を探る。


決行は、二日後の夕刻。


前の晩、俺はニラに「約束」を果たしに行った。次に強い敵とやるかもしれないときは、先に教える――あの雪の晩の約束だ。


「相手は人間だ。たぶん、戦いにはならない。ならないように段取りを組んだ」


「うん」


ニラは手帳を開いて、日付と、バジルの名と、倉庫の場所を書き付けた。それから、少しだけ笑った。


「戦いにならないように段取りを組んだ、って報告しに来てくれるの、いいね。……ちゃんと約束、覚えてるんだ」


「約束は、忘れない主義だ」


俺がそう言うと、ニラはなぜだか、一瞬だけ、遠い目をした。


「……うん。知ってる」


その目の意味を訊く前に、ニラはもう次の頁をめくっていた。


――二日後の夕刻。


皮なめしの通りの三番目。饐えた革の匂いが立ち込める中に、その倉庫は、口を閉ざすように、建っていた。分厚い扉。明かりの漏れない窓。中に、死者の持ち物の森が眠っている。


ガロが、買い戻したヘズラの盾を、背に負い直した。


「……行くぞ。全員、手筈通りに」


扉の内側で、何が待っているのか。それを確かめるために、俺たちは、その一枚の扉へ、歩き出した。


第27話更新です!


世の中の学生さんは、もう夏休みなのですね

久しくこのワードを聞いてなかったもので驚きでした笑

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