第15話「慣らし潜り」
新生〈鉄樹〉の初潜行は、第二層までの慣らしと決まった。
依頼は灰蜥蜴の間引き。群生地の個体数を減らして尾を納品する、地味だが実入りの堅い仕事だ。隊列はガロが先頭、コッツが二番手で索敵、ミレアが三番手、俺が殿。
「いいか、今日の目的は稼ぎじゃねえ。互いの癖を覚えることだ。無理はするな、格好もつけるな。……特にリゲル、おまえだ」
「俺?」
「おまえだ」
ガロは大真面目な顔で言った。
「おまえはソロの癖が骨まで染みてる。今日はそれを、俺たちに見せろ。直すのはそれからだ」
言われた意味は、第一層の半ばで分かることになった。
◇
最初の戦闘は、灰犬の五頭群れだった。
コッツの索敵は見事だった。交戦の三十歩も手前で「右の岩陰、犬。五。たぶん挟む気」と正確に上げてきた。ガロが盾を構え、隊列が止まる。教本通りなら、盾が受けて、俺が横から崩す場面だ。
だが、俺の体は違うことをした。
群れの動きを見た瞬間、頭の中に地形図が開いた。右の岩陰から三頭、左の窪みから二頭。挟撃の噛み合わせ点はガロの正面、その半歩手前。なら、先に左の二頭を潰せば挟撃は片翼になり、残り三頭は正面衝突しか手がなくなる――。
気づいたときには、隊列を離れて走っていた。
左の窪みへ回り込み、飛び出し際の二頭を続けざまに仕留める。読み通り、右の三頭は連携を失って正面から出るしかなくなり、ガロの盾に弾かれ、態勢を崩したところを俺が背後から刈った。
完勝、のはずだった。
「――今の、なし」
ミレアの声は、氷みたいに平坦だった。
「リゲル。あんたが左に消えた瞬間、後衛のあたしの右側は、がら空きだったの。もし索敵に漏れた個体が一頭でもいたら、あたしは今頃、喉を食われてる」
ぐうの音も出なかった。
事実、その通りだった。俺の頭の中の地形図に、「後衛を守る」という線は、一本も引かれていなかったのだ。獲物と、地形と、仕留めの手順。それだけで、絵が完成してしまっていた。
「わ、悪気はねえと思うぜ」と、コッツがおずおずと口を挟む。「今の動き、狩りとしては完璧だった。おれ、ちょっと見惚れた」
「そうよ。狩りとしてはね」
ミレアは杖の先を、こつん、と俺に向けた。
「でもあたしたちは獲物じゃなくて、あんたの隊なの。あんた――守られ方を知らないでしょ」
守られ方。
妙な言葉だった。守り方、ではなく。
「盾の後ろに立ったことがない。回復を待って戦ったことがない。誰かに背中を預けて、預けた分だけ自分の受け持ちを狭くしたことがない。……全部一人でやってきた人の動きよ、それ。褒めてないからね」
◇
その後の潜行で、俺は意識して隊列に留まった。
試金石は、昼前に来た。
灰蜥蜴の群生地。本命の獲物だ。岩場の窪みに、成体が八、九匹。尾の納品数としては上々だが、数が多い。以前の俺なら、風下から一匹ずつ釣り出して、半日かけて各個に狩る場面だ。
「隊でやる場合は、どう狩る」
俺はあえて、ガロに手順を訊いた。ガロはにやりと笑って、指で地面に図を描いた。
「蜥蜴は臆病だ。群れの端を叩くと固まって、真ん中の一番でかいのの後ろに集まる習性がある。だから逆をやる。俺が正面から音を立てて出て、頭のでかいのを盾で挑発する。群れの目が全部俺に集まったところで――」
「横腹が、丸ごと空く」
「そういうこった。おまえとコッツで横から刈れ。ミレアは俺の左後ろ。蜥蜴の尾の打撃は俺が全部もらう。治療の順番は、任せる」
一人で狩る絵とは、まるで違う絵だった。
俺の狩りは「群れに気づかれないこと」から組む。ガロの戦は「群れの注意を、あえて一点に集めること」から組む。囮に、隊で一番頑丈な自分自身を置く。俺には決して描けない図だ。描けない理由は単純で、俺には今まで、注意を引き受けてくれる誰かがいなかった。
戦闘は、図の通りに運んだ。
ガロが盾を岩に打ち鳴らして吼え、九つの三角の頭が一斉にそちらを向く。次の瞬間、俺とコッツは無防備な横腹に走り込んでいた。コッツが投げ石で二匹の目を潰し、俺が仕留める。尾の一撃を胴に受けたガロへ、ミレアの白い光が飛ぶ。
数えて、百も要らなかった。半日がかりのはずの狩りが、百数える間に終わっていた。
尾を回収しながら、コッツが興奮気味にまくし立てた。
「すっげえ! なあ、今の見たか兄貴! おれの石、二連で目に――」
「見てた。いい腕だ」
「へへ」
俺は答えながら、手の中の獲物より、胸の内の妙な感触を確かめていた。
隊で狩ると、こんなに速いのか。
速くて、そして――誰の継承も、要らなかった。
◇
留まって、初めて分かることがあった。
ガロの盾の後ろは、静かだ。魔物の出足が盾で殺されるから、こちらは呼吸を乱さずに仕留めの一手だけを選べる。ミレアがいると、浅手を「治るもの」として勘定に入れられる。無傷を絶対条件にした立ち回りと、浅手を許した立ち回りでは、選べる手の数がまるで違う。コッツの索敵があれば、俺は前だけを見ていられる。
楽なのだ。恐ろしいほど。
そして俺は、その楽さに、うっすらとした不安を覚えている自分にも気づいていた。
――慣れて、いいのか。
継承は、俺一人の秘密だ。強敵とやり合うとき、俺は隊にすべてを見せられない。それに、もし俺がまた何かを「失って」、それが戦いに関わる何かだったら? 隊の連携の中に、俺の欠けた穴が開く。ソロなら、穴ごと死ぬのは俺だけで済む。
楽さと、秘密。天秤の皿は、どちらも重かった。
◇
第二層の水場の脇で、昼をとった。
携行食を齧っていると、ガロが隣に腰を下ろした。
「午前の答え合わせだ。……ミレアの言い分、どう聞いた」
「正しい。反論はない」
「だろうな。で、直せそうか」
「直す。時間はかかる」
「そうか。なら、いい」
ガロはそれだけ言って、しばらく水面を眺めていた。それから、独り言のように付け足した。
「前の隊にもな、一人いたんだ。おまえみたいに、一人で完結しちまう奴が。腕は隊で一番だった。……最後の日、あいつは自分の判断で隊列を離れて、それ自体は正しい判断で、あいつの受け持ちの敵は全部片付けた。だが、あいつが空けた穴の側から、隊は崩れた」
淡々とした声だった。淡々としているぶんだけ、重かった。
「正しさが仇になることが、隊にはある。覚えとけ」
午後の潜行で、俺は一度も隊列を離れなかった。離れたくなる場面は三度あった。三度とも、俺の頭の中の「完璧な狩りの絵」を破り捨てて、ガロの盾の半歩後ろという、俺の受け持ちに留まった。
窮屈だった。
窮屈で――なぜだか少しだけ、あの継承の熱の残る体が、静かになる気がした。
帰り際、納品の尾を数え終えたコッツが、ふと言った。
「なあ、リゲルの兄貴。兄貴って、隊列に収まってるときのほうが、なんつーか……人間っぽい顔してるぜ」
何気ない一言のはずだった。
それなのに、俺は咄嗟に、返す言葉が見つからなかった。




