第14話「四人目」
串を十本平らげたコッツは、腹が満ちると、口も少しだけ緩んだ。
歳は十七。親は知らない。物心ついたときから西のスラムで、同じ境遇の子供らと寄り合って生きてきた。年嵩の自分が食い扶持を稼ぐ側で、稼ぎ方は――まあ、今日のあれだ。
「冬が近いんだよ。スラムじゃ、冬のたびにチビが二人か三人、朝起きてこなくなる。飯と、乾いた布があるだけで、その数が減る」
だから武器は盗らない。金貨も盗らない。売るときに人目につくものは、巡り巡って仲間の首を絞める。飯と布だけを、足のつかない範囲で。何年もかけて磨いてきた、生き延びるための計算だった。
「弁解はしねえよ。盗みは盗みだ。衛兵に突き出すなら突き出せ。……ただ、袋の中身だけは、先に届けさせてくれ」
コッツは、そう言って頭を下げた。ふてぶてしい態度の下から、初めて年相応の顔が覗いた。
ガロは腕を組んで、しばらく唸っていた。それから、突き出す代わりに、まるで別の話を始めた。
「コッツ。おまえ、目がいいな」
「……は?」
「倉庫の見張りの交代、錆びた格子、こいつの追い方の裏まで読んだ脚。それだけの目と足を、盗みに使うのは勿体ねえって話だ。――冒険者になれ。うちで雇う」
コッツは、串の最後の一本を持ったまま固まった。
「……正気か、おっさん。おれはあんたらの倉庫を破った泥棒だぞ」
「だから雇うんだよ。うちの守りの穴を、初日で三つ見つけた奴だ。斥候としちゃ即戦力だろうが」
「理屈になってねえ!」
「なってるさ。それにな」
ガロは、どっかりと胡座の膝に肘を置いた。
「冒険者の稼ぎは、盗みより率がいい。浅層の依頼一本で、串が百本買える。おまえの言う『朝起きてこなくなるチビ』の数を減らしたいなら、どっちの稼業が向いてるか、計算の得意なおまえなら分かるだろ」
コッツの目が、初めて揺れた。
計算しているのだ。目の前の話の裏を、罠の有無を、そして――串百本の意味を。
「……条件がある」と、少年はようやく言った。「稼ぎの半分は、スラムに入れる。それに文句をつけないこと」
「いいぜ」
「それと、おれは字が読めねえ。依頼書とか、無理だ」
「読めるようになりゃいい。教える奴に、心当たりがある」
ガロはにやりと笑って、俺を見た。正確には、俺の向こうのギルドの方角を。
◇
数日後。ギルドの窓口で、ニラは目を丸くして、それから吹き出した。
「読み書きの先生? 私が?」
「報酬は払う」とガロ。「といっても隊の財布は軽いんでな、当面は大穴土産の薬草で――」
「やります」
食い気味だった。
「実はね、受付の仕事してて、ずっと思ってたの。依頼書が読めなくて損してる冒険者さん、すっごく多いんだよ。報酬の但し書きとか、違約の条件とか、読めないせいで買い叩かれてる人。……字はね、武器なんだから」
ニラはさっそく、余り紙を綴じて練習帳を作り始めた。コッツは「な、なんだよこの姉ちゃん、圧が強え」と及び腰だったが、ニラの授業は存外に性に合ったらしい。ひと月後には、依頼書の数字と地名だけは誰より速く拾うようになった。何年も、値札と人相書きを「形」で覚えて生きてきた目だ。文字が意味に変わった途端、吸い込むのも速かった。
◇
コッツの冒険者登録には、俺が付き添った。
ギルドのカウンターで、少年は落ち着きなく視線を走らせていた。壁の掲示、職員の動き、出入り口の位置。癖なのだろう。どこにいても、まず逃げ道から数える目だ。
「では最初に、適性検査を行います」
受付嬢が、あの水晶――星視盤を台座ごと置いた。コッツが気味悪そうに俺を見る。
「手をかざすだけだ。噛みつかない」
「兄貴のときは、どうだったんだよ」
「……光らなかった」
コッツは「うへえ」と言いながら手をかざした。
水晶の底で、光が灯った。小さいが、はっきりとした橙色の光。
「魔力量、第七区分。星資質、下位。……冒険者としては平均より下、といったところですが、登録に支障はありません」
受付嬢の言葉に、コッツはなぜだか、ばつが悪そうに俺を見た。
「な、なんかごめん」
「何がだ」
「いや、その。兄貴より光っちまった」
俺は思わず、少しだけ笑ってしまった。
「気にするな。……光る光らないと、生き死には別の帳簿だ。おまえは今日から、その下位とやらの資質で、俺の索敵の上を行けばいい。行けるだろ、おまえの目なら」
コッツは目をぱちくりさせて、それから、にっと笑った。
「おう。行ってやるよ」
交付された認識板は、俺と同じ、何の飾りもない灰色だった。少年はそれを陽にかざして、しげしげと眺めた。
「……へんなの。板一枚で、昨日までのおれと何が違うんだろうな」
「違わない。変わるのは、周りの扱いだけだ」
「はは。兄貴、たまに年寄りみたいなこと言うよな」
じいさんの受け売りだからだ、とは言わなかった。
◇
コッツの加入が正式に決まった日、ガロは俺たち三人を酒場の卓に集めた。
「――さて。四人になった。もういっぺんだけ、言っとく」
大男は、卓の真ん中に、古びた木の認識板を置いた。鉄級の板。縁が焼け焦げ、裏に五つの名前が彫り込んである。前の〈鉄樹〉の、隊の板だった。
「うちの隊則は一つだ。『全員で潜って、全員で帰る』。……守れなかった俺が言うんだから、重みは保証する」
誰も笑わなかった。
「腕の差は、あっていい。取り分で揉めるのも、まあいい。だがな、迷宮の中で仲間の背中を値踏みした奴は、その場で隊から放り出す。それだけだ。異存は」
「ない」と俺が言い、
「……前金さえ守られるなら」とミレアが言い、
「お、おれも、ない」とコッツが言った。
ガロは満足そうに頷いて、焼け焦げた板を懐に仕舞い、代わりに真新しい木札を四枚、卓に並べた。隊員の名を彫るための、無地の札だった。
「新生〈鉄樹〉、明日から始動だ。まずは慣らしで浅層からいく。……おい、なんだミレア、その顔は」
「別に。……ただ、思っただけ。全滅した隊の名前を、わざわざ継ぐ物好きが、あたし含めて三人も釣れたんだなって」
ミレアは杯を掲げて、憎まれ口の形のまま、少しだけ笑った。
「験の悪い名前で結構。……縁起なんてものに、あたしは前から高い値をつけてないの」
四つの杯が、鈍い音を立てて合わさった。
その夜、宿に戻った俺は、寝る前にふと、隊の顔ぶれを頭の中で並べてみた。全滅から立ち上がる盾。教会を追われた治癒術士。スラムの盗人。そして、星無しの狩人。
――寄せ集めだな、どう見ても。
だが、じいさんに教わった。群れの強さは、頭数でも牙の長さでもない。逃げるときに、同じ方角へ走れるかどうかだ、と。
卓の四つの杯が、まだ、乾かずに残っていた。盾使いと、治癒術士と、盗人と、星無し。どこから見ても、寄せ集めだ。
それでも、四人だった。
一人でもなく、二人でもなく、四人。その数の分だけ、俺の狩りは、俺一人のものではなくなっていく。窮屈で、そして――悪くない、と、柄にもなく思った。
第14話更新です!
今日もお仕事頑張っていきましょー!




