↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/155

第12話「銭勘定の治癒術士」


ミレアの仕事は、噂通りだった。二つの意味で。


まず、出発前からして噂通りだった。


南門の集合場所に現れた女は、挨拶より先に、俺とガロの装備を上から下まで眺め回した。


「装備の点検、無料でしてあげる。今日一日、あたしの稼ぎに関わるから」


そう言うと、返事も待たずに始めた。


「盾の中の人。左の籠手、革紐が三分の一まで切れかけ。締め直すと今日の中盤で千切れるわよ。予備に替えて。……そっちの狩人。革鎧の右肩の縫い、浮いてる。岩殻虫はね、革の縫い目を狙って噛むの。あいつら目が悪いくせに、糸の匂いだけは分かるのよ」


言われて確かめると、その通りだった。右肩の縫いは、賞金で買ったときから少し甘かった箇所だ。


「詳しいな。治癒術士ってのは、装備も見るのか」

「逆よ」


ミレアは、こともなげに言った。


「治療した傷を千件も並べると、傷の方から装備の穴が見えてくるの。切れかけの革紐で受けた一撃、縫い目から入った毒、留め具の錆で膿んだ傷。……あたしの商売敵は魔物じゃなくて、手入れの悪い装備なのよね」


千件。


さらりと言ったが、日雇いを転々としながら積める数ではない。教会にいた頃の数字だろう。この女の値札の下には、思ったより厚い台帳が挟まっているらしかった。


「点検は無料なんだな」

「予防は無料。治療は有料。……その方が、トータルであたしが楽だから」


理屈は銭勘定の形をしていたが、中身は、どう聞いても職人の矜持だった。


◇


第三層の薬草群生地。護衛採取の依頼は、中盤までは順調に進んだ。灰犬の群れが二度仕掛けてきたが、ガロが受け、俺が仕留め、ミレアは後方から一歩も動かずに戦闘を眺めていた。


「治癒、要る? 切り傷一箇所、銅貨五枚。毒消しは別料金」

「要らねえよ! かすり傷だ!」

「あっそ。じゃあ勘定なし」


こういう調子だった。


だが、三度目の襲撃で様相が変わった。灰犬ではなかった。天井の岩の裂け目から、岩殻虫の群れが雨のように降ってきたのだ。数が多い。ガロの盾で受けきれない分が、採取中の俺の背中に取りついた。


甲殻の顎が、革鎧ごと肩口を噛み破る。


「っ……!」


引き剥がして踏み潰す。だが毒だ。噛み口から、痺れが腕に広がっていく。短刀の握りが、みるみる緩んでいく。


「毒! 岩殻虫の麻痺毒! 放っときゃ半日で抜けるけど、その前に死ぬわよこの数!」


ミレアの声が飛んだ。そして、それに被せて。


「治療するなら銀貨一枚! 返事!」


――この場面で、勘定か。


呆れるより先に、俺は叫んでいた。


「払う! やれ!」


次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


後方に突っ立っていたはずの女が、降り注ぐ岩殻虫の下を、姿勢を低くして一直線に駆けてきた。足運びに一切の無駄がない。俺の腕を掴み、噛み口に手をかざす。白い光。痺れが、驚くほどの速さで引いていく。


「三十秒動かないで。……はい、終わり。戦闘継続可」


完全に抜けていた。教会の正規治療院でも、麻痺毒は一晩かかると聞く。それを、戦闘の真っ只中で、三十秒。


痺れの抜けた腕で、俺は群れを削り直した。ガロの盾が壁を作り、俺が崩し、ミレアは――見れば、俺たちの死角に回った個体を、杖の石突きで正確に叩き潰していた。治癒術士の動きではなかった。


群れが引いたとき、ガロが荒い息のまま笑いだした。


「はっ、はははは! おい、銭ゲバ! おまえ、なんだその動きは!」

「銭ゲバ言うな。……前衛の位置取りくらい、見てれば覚える」


ミレアはフードを直して、それから事務的に付け足した。


「治癒一件、銀貨一枚。帰還後精算で」


◇


帰りのギルドで精算を済ませたあと、ガロは単刀直入に切り出した。


「うちに入れ。専属で」

「断る。言ったでしょ、専属はやらない」

「日当を倍にする」

「金の問題じゃない」

「嘘つけ。おまえの札には前金制って書いてあった」


ミレアは、初めて言葉に詰まった。


ガロは畳みかけなかった。代わりに、卓に酒を三つ頼んで、一つをミレアの前に置いた。


「……なあ。今日の毒消しの場面よ。おまえ、値段を叫んでから走り出すまで、半瞬も迷わなかったろ。あれな、値段ってのは建前で、体はとっくに助けるって決めてたんだ。俺には見えてた。盾持ちは、後ろの人間の重心を見るのが仕事だからな」


「……何が言いたいの」

「性根の話だ。おまえは、追い詰められた場面で銭を数えるふりをして、命の方を先に拾う奴だ。うちが欲しいのは、そういう性根だけだ」


ミレアは酒に口をつけず、長いこと黙っていた。


やがて、絞り出すように言った。


「……教会を追われた理由、聞いてないの」

「聞いてない。要るか、それ」

「要るでしょ、普通」


女は酒を一息に半分空けて、吐き捨てるように話した。


「治療の順番を、勝手に入れ替えたのよ。寄進の多い商人が先、って決まりだったのを、先に運ばれてきた坑夫の子供を先にした。商人は死ななかった。でも寄進が一件飛んで、あたしは破門。……笑えるでしょ。人助けの看板の下が、いちばん銭勘定に忠実なの。だったらあたしは、最初から値札を見せる方を選んだだけ」


値札を先に見せるのは、後から裏切らないためか。


誰も何も言わなかった。ガロは黙って自分の杯を掲げ、ミレアの杯に、こつんと当てた。


「前金は要相談、日当は弾む、治療の順番はおまえが決めろ。――どうだ」


ミレアは杯を見下ろして、それから、心底いやそうに笑った。


「……お試し期間、一月。それと、あたしの取り分の計算にだけは口を出さないこと」

「決まりだ!」


◇


その晩、俺は受付の窓口で、ニラに一部始終を報告した。報告書の余白に、ニラのペンがさらさらと走る。


「ミレアさんかあ。窓口でも有名だよ。精算の桁を一度も間違えたことがない人」

「そこか」

「そこ大事だよ? ……ふふ。〈鉄樹〉、三人になったね」


ニラは手帳の新しい頁に、木の枝の絵を描き足した。二本だった枝が、三本になっていた。


「順調、順調」


――そのはずだった。


翌朝、ギルドの倉庫番が青い顔で飛んできた。〈鉄樹〉が借りている装備倉庫の鍵が、こじ開けられていた。中から消えていたのは、金目の武具ではなく――ガロが買い直したばかりの、隊の携行食と、予備の外套が三枚。


「……妙な泥棒だな」


ガロが唸った。金にならないものだけを、選んで持っていく泥棒がいるだろうか。


倉庫の床に、小さな足跡が残っていた。大人のものではなかった。


第12話更新です!

コメント、感想お待ちしております!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前金で払っているのに、戦闘中の治癒で追加料金が発生するのは理屈に合わないと思いました。 だったら戦闘同行で支払った前金は何のための前金なのか?と。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。