第11話「隊員募集」
「――で、応募は」
「ゼロだ」
ガロは募集札を卓に放って、酒を呷った。
〈鉄樹〉の隊員募集を掲示板に貼り出して、十日になる。条件は悪くないはずだった。取り分は完全な頭割り。装備の貸与あり。新人でも経験者でも可。リーダーは鉄級の盾使いで、面倒見の良さは古株なら誰でも知っている。
それで、ゼロ。
「理由は分かってんだ」
ガロは指を二本立てた。
「一つ。うちは先月、隊が丸ごと消えた『縁起の悪い名前』だ。冒険者ってのは博打打ちと同じでな、験を担ぐ。全滅した隊の名前を継ぐくらいなら、新しい名前の隊に行く」
それは、そうだろう。俺だって逆の立場なら考える。
「二つ目は?」
「……おまえだ」
ガロは言いにくそうに、しかしはっきり言った。
「『星無しと組むと、星を吸われる』。そういう与太話が、酒場で流れてる」
星を吸われる。
一瞬、杯を持つ手が止まった。与太話にしては、笑えないほど的の近くを掠めている。もちろん、流している連中は何も知らない。賞金首の一件からこっち、俺の説明のつかない戦果に、説明をつけたがる連中が捏ねた噂話だ。分からんものより、分かった気になれる説明を人は好む――じいさんの手紙の通りだった。
「気にすんな。ああいうのは、実績が黙らせる」
「気にしてない。……それより、このままだと、どうする」
「潜るさ、二人で。二人で潜れる浅層の依頼を拾いながら、気長に探す。焦って変なのを入れるのが一番まずい。前の隊で覚えた」
ガロは杯を置いて、遠い目をした。
「隊ってのはな、腕で選ぶと失敗するんだ。腕は潜ってりゃ上がる。だが性根は、迷宮じゃ直らねえ。追い詰められたときに何を捨てる奴か――見るのはそこだけでいい」
追い詰められたときに、何を捨てる奴か。
森で俺を捨てた男たちの顔が、頭をよぎった。
◇
正確に言えば、応募がまったくの零だったわけではない。
一人だけ、来た。
銅級の槍使いで、名をバッソといった。体格は良く、受け答えも如才なく、装備も手入れが行き届いていた。ガロは面接の締めに、雑談のような調子で一つだけ訊いた。
「前の隊は、なんで抜けた」
「ああ……運のない隊でしてね。半年で二人欠けたんですよ。一人は深層で、一人は毒で。補充も上手くいかなくて、沈む船って感じで。それで見切りをつけました」
バッソは肩をすくめて、軽く笑った。
「早めに降りるのも腕のうちでしょう?」
ガロは「そうかい」とだけ言って、丁重に断った。
男が帰ったあと、俺は理由を訊いた。腕は確かに見えたからだ。
「欠けた、って言いやがった」
ガロは募集札を書き直しながら、こともなげに答えた。
「仲間が二人死んだ話をするのに、あいつは『欠けた』『運がない』『沈む船』としか言わなかった。名前が一度も出てこねえ。……いいか、リゲル。人間ってのは、大事だったもんの話をするときは、必ず名前で呼ぶんだ。名前が出てこねえってことは、あいつにとって仲間は頭数だったってことよ」
頭数は、いざってときに置いていける。名前は、置いていけねえ。
ガロはそう言って、書き直した札を、また掲示板に貼りに行った。俺はその背中を見ながら、森で「頭数」と呼ばれた日のことを、もう一度だけ思い出していた。
◇
実際、二人での稼ぎは悪くなかった。
ガロの大盾が魔物の出足を止め、止まったところを俺が仕留める。単純だが、噛み合った。ガロは自分の後ろに人を置く戦い方を骨の髄まで知っていて、俺は止まった獲物の急所を外さない。第二層の依頼なら、危なげなく回せた。
「おまえと潜ってて、一個だけ気味が悪いことがある」
ある日の帰り道、ガロが言った。
「おまえ、俺の盾が『次にどこへ動くか』を知ってやがる。俺が右へ振る前に、もう右の外に立ってる。……前に誰か、盾使いと組んでたか?」
組んでいない。
だが、俺の中の誰かは、組んでいたのかもしれない。あの狂戦士の、流れ込んできた戦場の景色。泥と血と、背中を預け合う誰かの笑い声。大剣使いの隣には、たいてい盾がいる。
「……勘だ」
「勘ねえ。まあいい、便利な勘だ」
ガロはそれ以上突かなかった。この男の美点は、他人の話したがらないことを、貸しにも借りにもしないところだった。
◇
転機は、雨の晩に来た。
ギルドの酒場は雨宿りの冒険者で混んでいて、俺とガロは壁際の卓で明日の依頼を詰めていた。
その隅の卓に、女が一人で座っていた。
歳は二十歳くらいか。フードから覗く髪は色の抜けた金。卓の上に、手書きの札を一枚立てている。
『治癒術士。日雇い可。前金制』
治癒術士。喉から手が出る職種だ。教会上がりの術士はたいてい大手のパーティが囲っていて、日雇いの札を出す者などまずいない。
だが、女の卓には誰も寄りつかなかった。
理由は、聞こえてくる囁きで分かった。
「――あれ、〈銭ゲバのミレア〉だろ」
「教会を叩き出された女な。治療の腕は本物らしいが、金額を先に言わねえと指一本動かさねえって話だ」
「知り合いが世話になったが、戦闘中に『追加料金』を吹っかけられたとよ。命が懸かってる場面でだぜ? 性根が腐ってら」
ガロと目が合った。
大男は、にやりと笑った。
「……追い詰められたときに何を捨てるか、見に行くか」
俺たちは杯を持って、女の卓へ移った。
女――ミレアは、近づく俺たちを値踏みするように見上げた。灰色がかった目。愛想笑いの一切ない、勘定台みたいな目だった。
「日雇いの依頼? 前金、銀貨一枚から。戦闘同行なら二枚。深層は受けない」
「挨拶が先だ。俺はガロ。こっちはリゲル。〈鉄樹〉ってパーティをやってる」
ミレアの眉が、ぴくりと動いた。
「〈鉄樹〉って、あの全滅した? ……ああ、それで再建の隊員探し。悪いけど、専属はやらない主義なの。日雇いなら受ける。前金なら」
「なんで専属をやらねえ」
「専属は情が湧くから。情が湧くと、勘定を間違えるから」
即答だった。あまりに淀みなくて、逆に、何度も自分に言い聞かせてきた台詞のように聞こえた。
「じゃあ日雇いでいい。明日、第三層。薬草の群生地の護衛採取だ。戦闘同行、銀貨二枚。前金で払う」
ガロは懐から銀貨を二枚出して、卓に置いた。
ミレアは銀貨と、ガロの顔と、それから俺の顔を順に見た。俺のところで、視線が二秒ほど止まった。
「……あんたが例の『星無し』ね。星を吸われたら、追加料金もらうから」
冗談なのか本気なのか分からない口調でそう言って、女は銀貨を袖の中に消した。商談成立、ということらしかった。
第11話更新です。
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