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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第10話「銅よりは重い」


生存者の名は、ガロといった。


鉄級パーティ〈鉄樹〉のリーダー。大盾使い。折れた肋が三本に、頭の裂傷、左脚の骨折。俺とヴァンネスは急ごしらえの担架に男を乗せ、第三層から地上まで、半日かけて引き上げた。


道中、ガロは何度も気を失い、そのたびに目を覚まして、同じことを訊いた。


「仲間は」


三度目からは、訊かなくなった。代わりに、担架の上で声を殺して泣いた。大の男の泣き声を黙って運ぶのは、獲物を担いで山を下りるより、ずっと重かった。


地上に出る直前、ガロは俺の袖を引いた。


「……あれの爪痕、見たか。三本爪の」

「見た。下の層へ続いてた」

「第七層より下の主だ。〈落とし仔〉って呼ばれてる。……本来、上には来ない。来ないはずなんだ。覚えとけ、坊主。大穴は最近、どこかおかしい」


それだけ言って、ガロはまた気を失った。


◇


試験の結果は「合格」だった。


「索敵、及第以上。判断、及第。戦闘――粗削りだが、殺しの間合いを知ってる。それと」


ヴァンネスは石板から顔を上げて、俺を見た。


「負傷者を担いで半日、一度も『置いていく』と言い出さなかった。試験でそれを見られたのは、久しぶりだ」


買い被りだ、とは言わなかった。正直に言えば、考えなかったわけじゃない。担架の分だけ足は遅くなり、危険は増える。効率だけ数えるなら、答えは別にあった。数えかけて、やめた。やめた理由は、自分でもうまく言えない。ただ、置いていった先の自分の形が、あの涸れ沢の狂戦士と、少しだけ重なった気がしたのだ。


十日後、俺の認識板は灰色から銅色に変わった。


登録から一月足らずでの飛び級は、支部の記録でも数えるほどらしい。「星無しの銅級」。呼び名に、新しい札が一枚増えた。


◇


ガロが退院してきたのは、それから半月後だった。


松葉杖をつき、頭に包帯を巻いたまま、大男はギルドの酒場で俺を見つけると、卓に酒瓶を二本置いて、向かいにどっかりと座った。


「命の借りの礼に来た。……が、先に言っておく。礼だけじゃねえ。話がある」


ガロは手酌で呷(あお)り、単刀直入に言った。


「うちに入れ。〈鉄樹〉に」


俺は杯を置いた。


「〈鉄樹〉は、全滅したはずだ」

「ああ。俺以外、全員な」


ガロは事もなげに言った。言ってから、事もなげに言えた自分に傷ついたような顔をした。


それから男は、問わず語りに話し始めた。


十九で街に出てきて、最初の三年は荷物持ちだったこと。初めて組んだパーティに置き去りにされかけて、そのとき庇ってくれた盾使いの親方に弟子入りしたこと。親方の盾を継いで、自分の隊を持ったこと。隊の名は、親方の故郷の木から取ったこと。


「鉄樹ってのはな、成長が遅い木なんだ。年に指の幅ほどしか伸びねえ。そのかわり、刃こぼれするほど固くなる。……いい名前だろ。うちの隊は誰も彼も、才能なんてなかった。伸びるのは遅い。だが折れなかった。十二年、折れなかったんだ」


先月までは、と男は言わなかった。言わない代わりに、杯を空けた。


「……十二年やった。ちんけな荷物持ちから始めて、仲間を集めて、鉄級まで育てた。あいつらの葬式も出した。香典で装備の借金を返した。それで終わりにしちまったら、〈鉄樹〉って名前ごと、あいつらが消えちまう。だから俺は続ける。名前を残す。もう一度、隊を組み直す」


大男は、まっすぐ俺を見た。


「最初の一人に、おまえが欲しい。理由は三つだ。一つ、担がれて分かった。おまえの足運びと索敵は、ソロで死なねえ奴のそれだ。二つ、賞金首の一件。単独であれを獲る新人は、十年に一人も出ねえ。三つ――」


ガロは杯を呷って、少しだけ声を落とした。


「三つ目は、俺の勘だ。おまえ、このままソロでやってると、たぶん、人間の方をやめちまう」


心臓を、素手で掴まれた気がした。


「……どういう意味だ」

「そのまんまの意味さ。強くなること以外、何も見てねえ目をしてる時がある。ああいう目の奴を、俺は何人か見てきた。腕は立つのに、ある日ふっと、帰ってこなくなる奴らだ。迷宮で死んだんじゃねえ。迷宮しか、居場所がなくなっちまうんだ」


返す言葉が、すぐには出なかった。


図星だったからだ。継承のことを知らないこの男は、それでも、俺の中で進んでいる何かを、外から正確に嗅ぎ当てていた。


正直、迷った。


ソロは効率がいい。継承は俺一人の秘密で、戦果も俺一人のものだ。強敵を選んで狩るなら、隊の足並みは枷になる。数字だけ並べれば、答えは断る一択で――


――数字だけ並べれば。


俺は今、何を数えた?


「……悪い。少し、考えさせてくれ」


その晩、俺は職員寮の食堂でニラに話した。ガロのこと、勧誘のこと、そして迷っていること。効率の話は、半分だけした。


ニラは芋の皮を剥きながら聞いていたが、聞き終えると、あっさり言った。


「入れば?」

「簡単に言う」

「だって、リゲル一人だと、報告書が短いんだもん」


ニラは剥いた芋を鍋に放り込んで、続けた。


「一人で潜って、一人で帰ってきて、報告書に『討伐した』の一行だけ。窓口でそれを受け取る私の身にもなってよ。……それにさ」


声が、ふっと真面目になった。


「一人で死なれたら、記録が終わっちゃうでしょ。私の手帳、まだ全然、埋まってないんだから」


ずるい言い方だった。


それを持ち出されたら、俺に断る理由は残らない。俺の消えたものを書き留める、と言ったのはこいつで、それを頼む、と言ったのは俺だ。記録を続けさせることは、もう俺の側の約束でもある。


「……分かった。入る」

「ん。よろしい」


◇


翌日、俺はガロの卓に杯を置いて、一言だけ言った。


「世話になる」

「おう!」


ガロは包帯の頭で豪快に笑い、それから真顔になって、手を差し出した。


「〈鉄樹〉へようこそだ、リゲル。……先に言っとくが、うちの隊則は一つだけだ。『全員で潜って、全員で帰る』。守れなかったのは、俺だけでいい」


分厚い手を、握り返した。


その帰り際、俺は酒場の壁の前で足を止めた。


依頼掲示板の上、認識板の階段。銅、鉄、銀。そして最上段、黒鉄色の板が三枚だけ並ぶ、あの場所。


――あそこまで行く。行けば、守れる。


何を?


自分に問い返して、一瞬、言葉に詰まった。守る。誰かを。大事な、誰かを。約束した――誰と? いつ? 中身の輪郭が、前より、ほんの少しだけ薄い。


掌を強く握って、俺は目を閉じた。大丈夫だ。まだ覚えている。忘れていない。忘れるものか。


カウンターの向こうでは、今日も、ニラの手が手帳の上を走っている。


『リゲル、パーティに入った。ちょっとだけ、嬉しそうだった。本人は認めないだろうけど』


第10話更新です~。そろそろストックを書かないと汗


あと、皆さんも月曜日お疲れ様です。

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