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あすかの幸せについて  作者: こうた
第9章 名前のない関係

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第8話 違和感

安定しているものは、


壊れないのではなく、


壊れていることに気づかれにくいだけかもしれない。



---


十二月下旬。



---


冬は完全に街を支配していた。



---


夜は長く、


光は少しだけ遠い。



---


「人生の交差点」。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


短い挨拶。



---


いつも通りのはずだった。



---


しかしその夜、


あすかは少しだけ違う感覚を持っていた。



---


理由は分からない。



---


ただ、


空気のどこかがわずかにズレている。



---


朝比奈は席に座る。



---


グラスが置かれる。



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マスターはいつも通り沈黙している。



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何も変わっていない。



---


それなのに、


あすかの中だけが少しだけ落ち着かない。



---


しばらくして朝比奈が言う。



---


「最近、少し忙しくて」



---


あすかは顔を上げる。



---


「そうなんですか」



---


「はい。でも問題はないです」



---


それだけの会話。



---


しかしその“問題はない”という言葉が、


なぜか少しだけ引っかかった。



---


問題はない。



---


それは本当にそうなのか。



---


それとも、


そう言っているだけなのか。



---


あすかは自分でも理由の分からない違和感を持て余す。



---


しかし表には出さない。



---


この関係には、


深入りしない暗黙の距離がある。



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それを壊したくないという感覚もある。



---


やがて沈黙が続く。



---


以前なら安心だった沈黙。



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今日は少しだけ違う。



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静かすぎる。



---


整いすぎている。



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あすかは思う。



---


関係が安定するとき、


何かが見えなくなることがある。



---


それは安心か、


それとも停滞か。



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分からない。



---


ただ、ほんの少しだけ胸の奥がざわつく。



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朝比奈は本を開いている。



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いつも通りの動作。



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しかしその姿が、


今日は少し遠く感じる。



---


理由は分からない。



---


距離が変わったわけではない。



---


なのに遠い。



---


あすかは気づく。



---


これは関係そのものの問題ではない。



---


自分の認識の問題だ。



---


変わったのは朝比奈ではない。



---


自分の見え方だ。



---


それでも、その違和感は消えない。



---


やがて朝比奈が本を閉じる。



---


「そろそろ帰ります」



---


あすかは少し遅れて答える。



---


「お疲れさまです」



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朝比奈は軽く会釈する。



---


扉へ向かう。



---


カラン。



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扉が閉まる。



---


静寂。



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しかしあすかはすぐにはグラスを見ない。



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扉の閉まった方向を、


しばらく見ている。



---


違和感。



---


それは大きなものではない。



---


壊れる予兆でもない。



---


ただ小さなズレ。



---


しかしそのズレは、


無視できない種類のものだった。



---


あすかは思う。



---


この関係は、


安定しているように見える。



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しかし本当に安定しているものは、


こんな感覚を持つものなのか。



---


それとも、


安定しているように見えるだけなのか。



---


答えは出ない。



---


ただ一つだけ分かる。



---


このままでは、


何かが静かに変わっていく。



---


良い方向か、


そうでない方向かも分からないまま。



---


あすかはゆっくりと息を吐く。



---


グラスの中の氷が、


小さく音を立てた。



---


(第9章 第9話へ続く)

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