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あすかの幸せについて  作者: こうた
第9章 名前のない関係

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第2話 連絡

人との距離は、直接会うことだけで決まるわけではない。



---


むしろ会わない時間のほうが、


関係の輪郭をはっきりさせることがある。



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十二月上旬。



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冬は完全に日常へ入り込んでいた。



---


朝の空気は鋭く、


手袋が欲しくなる日も増えていた。



---


あすかはいつものように仕事を終えた。



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駅のホーム。



---


電車を待つ間、


無意識にスマートフォンを取り出す。



---


特に目的はない。



---


ただの癖のような動作だった。



---


画面を開く。



---


通知は少ない。



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その中に、


見慣れないものが一つあった。



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短いメッセージ。



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朝比奈からだった。



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内容は簡潔だった。



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「今日は行けません」



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それだけ。



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理由は書かれていない。



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説明もない。



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ただ事実だけが置かれている。



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あすかはしばらく画面を見つめた。



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特別な感情はない。



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ただ少しだけ、


時間の流れが止まった気がした。



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そして気づく。



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これは初めての“店の外での連絡”だった。



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あすかは返信を考える。



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しかし長くは考えない。



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すぐに打つ。



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「分かりました」



---


それだけだった。



---


送信。



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画面が戻る。



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電車が来る。



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乗り込む。



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いつもと同じ帰り道。



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しかし少しだけ違う。



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頭のどこかで、


さっきのメッセージが残っている。



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“今日は行けません”



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それだけの言葉。



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なのに、


なぜか存在感がある。



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理由は分からない。



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ただ一つ確かなのは、


この関係が「店の中だけ」ではなくなり始めているということだった。



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その夜。



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あすかは「人生の交差点」へ行かなかった。



---


理由はない。



---


行かない選択をしたわけでもない。



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ただ、


行かない夜だった。



---


部屋で本を開く。



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しかし集中は続かない。



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何度か同じページを読む。



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やがて本を閉じる。



---


窓の外を見る。



---


冬の夜は静かだった。



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そして少しだけ、


広く感じた。



---


翌日。



---


いつも通り仕事を終える。



---


駅へ向かう。



---


足は自然に「人生の交差点」へ向かう。



---


昨日行かなかったことを、


特に意識していない。



---


それでも、


扉の前で一瞬だけ立ち止まる。



---


カラン。



---


扉を開く。



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「こんばんは」



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マスターが言う。



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「こんばんは」



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席に座る。



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グラスが置かれる。



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静かな夜。



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少しして。



---


カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


いつも通り。



---


しかし、


昨日と同じではない。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



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短い挨拶。



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朝比奈は席に座る。



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そして少しだけ間を置いて言った。



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「昨日は、失礼しました」



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あすかは一瞬だけ考える。



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そして答える。



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「大丈夫です」



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それだけ。



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それ以上の説明はない。



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朝比奈もそれ以上は話さない。



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ただ小さくうなずく。



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沈黙が戻る。



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しかしその沈黙は、


以前より少しだけ違っていた。



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“共有された不在”のあとにある沈黙だった。



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あすかは気づく。



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この関係には、


まだ言葉になっていないルールがある。



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会う。



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会わない。



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連絡する。



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しない。



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そのどれもが、


少しずつ形を作っている。



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しかし誰もそれを説明しない。



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説明しないまま、


成立している。



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それが少し不思議だった。



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やがて朝比奈が言う。



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「この店、やっぱり落ち着きますね」



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あすかは少しだけ笑う。



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「私もそう思います」



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その言葉は、


昨日より少しだけ重みを持っていた。



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扉が開く。



---


誰かが来る。



---


誰かが去る。



---


その繰り返しの中で、


関係は少しずつ形を変えていく。



---


名前はまだない。



---


しかし、


もう曖昧ではなかった。



---


(第9章 第3話へ続く)

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