第3話 昼の接触
夜だけで成立していた関係は、
ある瞬間から昼へ滲み出す。
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それは意図的なものではない。
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ただ偶然が重なった結果、
世界の輪郭が少しずつ広がっていく。
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十二月中旬。
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昼間の空は淡く、
冬特有の光の弱さがあった。
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あすかは休日、
駅前の書店へ向かっていた。
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目的は特にない。
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ただ本が欲しいというより、
本屋にいる時間が欲しかった。
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店内は静かだった。
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紙の匂い。
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ページをめくる音。
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人の気配はあるが、
それぞれが独立している。
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あすかは棚の間を歩く。
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文庫本の列。
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エッセイ。
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心理学。
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ふと一冊を手に取る。
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その瞬間だった。
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「……あれ」
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背後から声。
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振り返る。
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朝比奈だった。
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あすかは一瞬だけ思考が止まる。
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夜ではない。
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店でもない。
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昼の書店。
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その組み合わせに、わずかな違和感があった。
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「こんにちは」
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あすかが先に言う。
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朝比奈は少しだけ驚いたように見えた。
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そして軽く会釈する。
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「こんにちは」
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短い挨拶。
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しかし夜のそれとは質が違った。
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少しだけ明るい。
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少しだけ距離が近い。
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朝比奈は紙袋を持っていた。
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あすかも本を持っている。
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似ているようで違う存在。
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しかしその違いが、
むしろ自然に感じられた。
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「よく来るんですか」
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あすかが聞く。
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朝比奈は少し考える。
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「休日は、たまに」
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それだけ。
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説明はない。
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しかしそれで十分だった。
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沈黙が流れる。
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だが気まずくない。
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むしろ、
夜よりも軽い沈黙だった。
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あすかはふと気づく。
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この人と会う場所が増えている。
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店。
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駅。
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そして今は書店。
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それは偶然なのか。
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それとも、
偶然ではなくなっているのか。
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その境界が曖昧だった。
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朝比奈が言う。
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「何か探してる本ですか」
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あすかは少しだけ考える。
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「探してるというより」
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言葉を選ぶ。
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「見ているだけです」
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朝比奈は小さくうなずく。
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「分かります」
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それだけ。
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だがその一言が、
少しだけ嬉しかった。
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理解されたというより、
否定されなかった感覚だった。
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二人は並んで歩くわけでもなく、
同じ棚の近くにいるだけだった。
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距離はある。
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しかし遠くはない。
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その中間の場所に、
自然に立っている。
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やがて朝比奈が言う。
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「そろそろ行きます」
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あすかは頷く。
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「はい」
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朝比奈は軽く会釈する。
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そのまま書店を出ていく。
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あすかは少しだけその背中を見送る。
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そして気づく。
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昼に会っても、
違和感がほとんどなくなっていることに。
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むしろ自然だった。
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夜の関係が、
昼へと滲んでいる。
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それは変化ではない。
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拡張だった。
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あすかは本をもう一度見つめる。
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ページを開く。
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文字が少しだけ違って見える。
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世界が広がるというのは、
こういうことなのかもしれない。
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静かに、
何かが増えていく感覚。
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それはまだ名前を持たないまま、
確かにそこに存在していた。
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(第9章 第4話へ続く)




