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あすかの幸せについて  作者: こうた
第9章 名前のない関係

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第3話 昼の接触

夜だけで成立していた関係は、


ある瞬間から昼へ滲み出す。



---


それは意図的なものではない。



---


ただ偶然が重なった結果、


世界の輪郭が少しずつ広がっていく。



---


十二月中旬。



---


昼間の空は淡く、


冬特有の光の弱さがあった。



---


あすかは休日、


駅前の書店へ向かっていた。



---


目的は特にない。



---


ただ本が欲しいというより、


本屋にいる時間が欲しかった。



---


店内は静かだった。



---


紙の匂い。



---


ページをめくる音。



---


人の気配はあるが、


それぞれが独立している。



---


あすかは棚の間を歩く。



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文庫本の列。



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エッセイ。



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心理学。



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ふと一冊を手に取る。



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その瞬間だった。



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「……あれ」



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背後から声。



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振り返る。



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朝比奈だった。



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あすかは一瞬だけ思考が止まる。



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夜ではない。



---


店でもない。



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昼の書店。



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その組み合わせに、わずかな違和感があった。



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「こんにちは」



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あすかが先に言う。



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朝比奈は少しだけ驚いたように見えた。



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そして軽く会釈する。



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「こんにちは」



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短い挨拶。



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しかし夜のそれとは質が違った。



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少しだけ明るい。



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少しだけ距離が近い。



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朝比奈は紙袋を持っていた。



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あすかも本を持っている。



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似ているようで違う存在。



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しかしその違いが、


むしろ自然に感じられた。



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「よく来るんですか」



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あすかが聞く。



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朝比奈は少し考える。



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「休日は、たまに」



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それだけ。



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説明はない。



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しかしそれで十分だった。



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沈黙が流れる。



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だが気まずくない。



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むしろ、


夜よりも軽い沈黙だった。



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あすかはふと気づく。



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この人と会う場所が増えている。



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店。



---


駅。



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そして今は書店。



---


それは偶然なのか。



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それとも、


偶然ではなくなっているのか。



---


その境界が曖昧だった。



---


朝比奈が言う。



---


「何か探してる本ですか」



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あすかは少しだけ考える。



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「探してるというより」



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言葉を選ぶ。



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「見ているだけです」



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朝比奈は小さくうなずく。



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「分かります」



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それだけ。



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だがその一言が、


少しだけ嬉しかった。



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理解されたというより、


否定されなかった感覚だった。



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二人は並んで歩くわけでもなく、


同じ棚の近くにいるだけだった。



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距離はある。



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しかし遠くはない。



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その中間の場所に、


自然に立っている。



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やがて朝比奈が言う。



---


「そろそろ行きます」



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あすかは頷く。



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「はい」



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朝比奈は軽く会釈する。



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そのまま書店を出ていく。



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あすかは少しだけその背中を見送る。



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そして気づく。



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昼に会っても、


違和感がほとんどなくなっていることに。



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むしろ自然だった。



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夜の関係が、


昼へと滲んでいる。



---


それは変化ではない。



---


拡張だった。



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あすかは本をもう一度見つめる。



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ページを開く。



---


文字が少しだけ違って見える。



---


世界が広がるというのは、


こういうことなのかもしれない。



---


静かに、


何かが増えていく感覚。



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それはまだ名前を持たないまま、


確かにそこに存在していた。



---


(第9章 第4話へ続く)

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