第7話 会話
会話とは、不思議なものだ。
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言葉を交わすことではない。
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相手の中にある時間に、少しだけ触れること。
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それが本当の会話なのかもしれない。
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十一月初旬。
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秋は深まり、
夜の空気ははっきりと冷たくなっていた。
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「人生の交差点」
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カラン。
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あすかが扉を開く。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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マスターが穏やかに返す。
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いつもの席。
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いつものグラス。
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いつもの静けさ。
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だが今のあすかにとって、
その静けさは空白ではなかった。
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心を休ませるための時間だった。
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少しして。
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カラン。
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扉が開く。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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自然な挨拶。
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もう特別な意識はない。
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けれど確かに、
このやり取りは日常になっていた。
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朝比奈は席に座る。
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マスターがグラスを置く。
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しばらくは静かな時間が流れる。
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それで十分だった。
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しかしその夜は少し違った。
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朝比奈が窓の外を見ながら言った。
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「最近、暗くなるのが早いですね」
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あすかも窓を見る。
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確かにそうだった。
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仕事を終えて外へ出る頃には、
もう夜が始まっている。
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「冬が近いんですね」
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そう答える。
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朝比奈は小さくうなずく。
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「季節って不思議ですよね」
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「どうしてですか」
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「同じ場所なのに、全然違って見えるので」
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あすかは少し考える。
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確かにそうだった。
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同じ道。
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同じ駅。
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同じ店。
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それなのに、
夏と秋ではまるで違う。
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そして。
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人も少し似ているのかもしれない。
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同じ人間でも、
時間によって見え方が変わる。
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そんなことを思った。
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朝比奈が続ける。
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「昔は季節なんて気にしてなかったんです」
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珍しかった。
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朝比奈が自分の話をする。
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ほんの少しだけ。
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それでも今までで一番長い。
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あすかは黙って聞く。
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「忙しかったんですか」
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自然に言葉が出る。
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朝比奈は少し考えてから答えた。
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「そうかもしれません」
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そして少し笑う。
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「余裕がなかっただけかもしれません」
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その笑顔は以前より柔らかかった。
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あすかも少し笑う。
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その感覚が懐かしい。
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誰かの話を聞いている。
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誰かに質問している。
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それが特別ではない。
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普通のこととしてできている。
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気づけば二人は、
今までで一番長く話していた。
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とはいえ数分程度だ。
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他人から見れば、
会話ですらないかもしれない。
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けれど。
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この作品にとっては大きな変化だった。
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第6章のあすかなら、
ここまで人に興味を持てなかった。
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第7章のあすかなら、
ここまで質問しなかった。
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今のあすかは違う。
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相手を知ろうとしている。
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それは恋愛ではない。
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好意とも少し違う。
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ただ。
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人として興味を持ち始めていた。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを磨いている。
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しかし二人の変化には気づいているだろう。
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それでも何も言わない。
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この店らしかった。
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やがて時間が過ぎる。
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朝比奈が席を立つ。
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「そろそろ帰ります」
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「お疲れさまでした」
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あすかが言う。
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自然だった。
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本当に自然だった。
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朝比奈は少しだけ驚いた顔をする。
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そして微笑む。
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「ありがとうございます」
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軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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ドアベルが鳴る。
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静寂が戻る。
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しかしその静寂は、
もう昔の静寂ではなかった。
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孤独の音ではない。
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誰かと時間を共有した後の静けさだった。
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あすかはグラスを見つめる。
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再生とは、
特別な出来事ではないのかもしれない。
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誰かと少し話せるようになること。
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誰かに少し興味を持つこと。
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そんな小さな変化の積み重ね。
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外では冷たい風が吹いていた。
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冬は近い。
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そしてあすかも、
少しずつ前へ進んでいた。
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(第8章 第8話「自分の話」へ続く)




