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あすかの幸せについて  作者: こうた
第8章 静かな再生

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第7話 会話

会話とは、不思議なものだ。



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言葉を交わすことではない。



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相手の中にある時間に、少しだけ触れること。



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それが本当の会話なのかもしれない。



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十一月初旬。



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秋は深まり、


夜の空気ははっきりと冷たくなっていた。



---


「人生の交差点」



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カラン。



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あすかが扉を開く。



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「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


マスターが穏やかに返す。



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いつもの席。



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いつものグラス。



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いつもの静けさ。



---


だが今のあすかにとって、


その静けさは空白ではなかった。



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心を休ませるための時間だった。



---


少しして。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


朝比奈だった。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



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自然な挨拶。



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もう特別な意識はない。



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けれど確かに、


このやり取りは日常になっていた。



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朝比奈は席に座る。



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マスターがグラスを置く。



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しばらくは静かな時間が流れる。



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それで十分だった。



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しかしその夜は少し違った。



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朝比奈が窓の外を見ながら言った。



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「最近、暗くなるのが早いですね」



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あすかも窓を見る。



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確かにそうだった。



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仕事を終えて外へ出る頃には、


もう夜が始まっている。



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「冬が近いんですね」



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そう答える。



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朝比奈は小さくうなずく。



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「季節って不思議ですよね」



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「どうしてですか」



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「同じ場所なのに、全然違って見えるので」



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あすかは少し考える。



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確かにそうだった。



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同じ道。



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同じ駅。



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同じ店。



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それなのに、


夏と秋ではまるで違う。



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そして。



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人も少し似ているのかもしれない。



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同じ人間でも、


時間によって見え方が変わる。



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そんなことを思った。



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朝比奈が続ける。



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「昔は季節なんて気にしてなかったんです」



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珍しかった。



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朝比奈が自分の話をする。



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ほんの少しだけ。



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それでも今までで一番長い。



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あすかは黙って聞く。



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「忙しかったんですか」



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自然に言葉が出る。



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朝比奈は少し考えてから答えた。



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「そうかもしれません」



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そして少し笑う。



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「余裕がなかっただけかもしれません」



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その笑顔は以前より柔らかかった。



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あすかも少し笑う。



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その感覚が懐かしい。



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誰かの話を聞いている。



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誰かに質問している。



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それが特別ではない。



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普通のこととしてできている。



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気づけば二人は、


今までで一番長く話していた。



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とはいえ数分程度だ。



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他人から見れば、


会話ですらないかもしれない。



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けれど。



---


この作品にとっては大きな変化だった。



---


第6章のあすかなら、


ここまで人に興味を持てなかった。



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第7章のあすかなら、


ここまで質問しなかった。



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今のあすかは違う。



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相手を知ろうとしている。



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それは恋愛ではない。



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好意とも少し違う。



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ただ。



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人として興味を持ち始めていた。



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マスターは何も言わない。



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ただグラスを磨いている。



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しかし二人の変化には気づいているだろう。



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それでも何も言わない。



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この店らしかった。



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やがて時間が過ぎる。



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朝比奈が席を立つ。



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「そろそろ帰ります」



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「お疲れさまでした」



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あすかが言う。



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自然だった。



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本当に自然だった。



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朝比奈は少しだけ驚いた顔をする。



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そして微笑む。



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「ありがとうございます」



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軽く会釈する。



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扉へ向かう。



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カラン。



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ドアベルが鳴る。



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静寂が戻る。



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しかしその静寂は、


もう昔の静寂ではなかった。



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孤独の音ではない。



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誰かと時間を共有した後の静けさだった。



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あすかはグラスを見つめる。



---


再生とは、


特別な出来事ではないのかもしれない。



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誰かと少し話せるようになること。



---


誰かに少し興味を持つこと。



---


そんな小さな変化の積み重ね。



---


外では冷たい風が吹いていた。



---


冬は近い。



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そしてあすかも、


少しずつ前へ進んでいた。



---


(第8章 第8話「自分の話」へ続く)

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