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あすかの幸せについて  作者: こうた
第8章 静かな再生

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第6話 外の景色

人は、いつも同じ場所で会っている相手を、その場所の一部だと思い込むことがある。



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会社の人は会社の中の人。



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店の人は店の中の人。



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けれど本当は違う。



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誰にでも店の外の人生がある。



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誰にでも見えていない時間がある。



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十月下旬。



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秋はさらに深まり、


街路樹の色も少しずつ変わり始めていた。



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休日。



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珍しく予定のない土曜日だった。



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あすかは午前中から外へ出ていた。



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買い物というほどでもない。



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散歩というほどでもない。



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ただ家にいる気分ではなかった。



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再生というものは、


派手な変化ではなく、


こういう小さな行動から始まるのかもしれない。



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駅前の商店街を歩く。



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人が多い。



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家族連れ。



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学生。



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買い物客。



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それぞれの時間が流れている。



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あすかは書店へ立ち寄る。



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最近また本を読むようになった。



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それが少し嬉しかった。



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以前好きだったことが戻ってくる。



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それは思っていた以上に心を軽くする。



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本を一冊選ぶ。



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会計を済ませる。



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店を出る。



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その時だった。



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「あれ」



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聞き覚えのある声。



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振り返る。



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朝比奈だった。



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一瞬だけ驚く。



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店ではない。



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「人生の交差点」でもない。



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昼間の街中。



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それだけで印象が違う。



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朝比奈も少し驚いているようだった。



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「こんにちは」



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「こんにちは」



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夜ではなく昼。



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こんばんはではなくこんにちは。



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それだけなのに少し新鮮だった。



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朝比奈の手には紙袋があった。



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買い物帰りらしい。



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あすかは気づく。



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この人にも休日がある。



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当たり前のことなのに、


今まで考えたこともなかった。



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朝比奈は店の中だけの存在ではない。



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その事実が少し不思議だった。



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「本ですか」



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朝比奈が聞く。



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あすかは手に持った袋を見る。



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「はい」



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「最近また読むようになったんです」



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言ったあとで気づく。



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自分から少し説明していた。



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以前ならしなかった。



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朝比奈は小さくうなずく。



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「いいですね」



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「朝比奈さんも本屋ですか」



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「ええ」



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紙袋を少し持ち上げる。



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「休日はよく来ます」



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短い会話。



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しかし以前より自然だった。



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沈黙も怖くない。



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無理に話題を探す必要もない。



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二人は店の前に立ったまま、


しばらく秋の風を感じていた。



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やがて朝比奈が言う。



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「この辺り、よく来るんですか」



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あすかは少し考える。



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「最近は前より来るようになりました」



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本当だった。



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以前は家と職場と店だけだった。



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それ以外の場所へ行く気力がなかった。



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だが今は違う。



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少しずつ世界が広がっている。



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ほんの少しずつ。



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朝比奈はそれ以上聞かない。



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その距離感が心地よかった。



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踏み込まない。



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急がない。



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だから話せる。



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そういうこともあるのかもしれない。



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やがて人の流れが二人の間を通り過ぎる。



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時間が動き出す。



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朝比奈は時計を見る。



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「そろそろ行きます」



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「はい」



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短い返事。



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それだけ。



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だが別れ際、


朝比奈が少しだけ考えてから言った。



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「また店で」



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あすかは少しだけ笑う。



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「はい。また店で」



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その言葉が自然に出た。



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朝比奈は会釈し、


人混みの中へ消えていく。



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あすかはその背中を見送る。



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不思議だった。



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以前なら。



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誰かが去る背中を見ると、


寂しさを感じていた。



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だが今は違う。



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また会える。



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そう思えた。



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それは約束ではない。



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保証でもない。



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ただ自然な確信だった。



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秋空を見上げる。



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高い空。



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静かな風。



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そして少しだけ広がった世界。



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朝比奈は店の中の人ではなくなった。



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一人の人間になった。



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その変化は小さい。



---


しかし確かだった。



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あすかの再生は、


まだ続いている。



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(第8章 第7話「会話」へ続く)

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