第6話 外の景色
人は、いつも同じ場所で会っている相手を、その場所の一部だと思い込むことがある。
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会社の人は会社の中の人。
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店の人は店の中の人。
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けれど本当は違う。
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誰にでも店の外の人生がある。
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誰にでも見えていない時間がある。
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十月下旬。
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秋はさらに深まり、
街路樹の色も少しずつ変わり始めていた。
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休日。
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珍しく予定のない土曜日だった。
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あすかは午前中から外へ出ていた。
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買い物というほどでもない。
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散歩というほどでもない。
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ただ家にいる気分ではなかった。
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再生というものは、
派手な変化ではなく、
こういう小さな行動から始まるのかもしれない。
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駅前の商店街を歩く。
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人が多い。
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家族連れ。
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学生。
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買い物客。
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それぞれの時間が流れている。
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あすかは書店へ立ち寄る。
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最近また本を読むようになった。
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それが少し嬉しかった。
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以前好きだったことが戻ってくる。
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それは思っていた以上に心を軽くする。
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本を一冊選ぶ。
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会計を済ませる。
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店を出る。
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その時だった。
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「あれ」
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聞き覚えのある声。
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振り返る。
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朝比奈だった。
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一瞬だけ驚く。
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店ではない。
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「人生の交差点」でもない。
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昼間の街中。
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それだけで印象が違う。
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朝比奈も少し驚いているようだった。
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「こんにちは」
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「こんにちは」
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夜ではなく昼。
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こんばんはではなくこんにちは。
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それだけなのに少し新鮮だった。
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朝比奈の手には紙袋があった。
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買い物帰りらしい。
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あすかは気づく。
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この人にも休日がある。
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当たり前のことなのに、
今まで考えたこともなかった。
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朝比奈は店の中だけの存在ではない。
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その事実が少し不思議だった。
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「本ですか」
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朝比奈が聞く。
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あすかは手に持った袋を見る。
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「はい」
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「最近また読むようになったんです」
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言ったあとで気づく。
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自分から少し説明していた。
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以前ならしなかった。
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朝比奈は小さくうなずく。
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「いいですね」
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「朝比奈さんも本屋ですか」
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「ええ」
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紙袋を少し持ち上げる。
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「休日はよく来ます」
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短い会話。
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しかし以前より自然だった。
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沈黙も怖くない。
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無理に話題を探す必要もない。
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二人は店の前に立ったまま、
しばらく秋の風を感じていた。
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やがて朝比奈が言う。
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「この辺り、よく来るんですか」
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あすかは少し考える。
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「最近は前より来るようになりました」
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本当だった。
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以前は家と職場と店だけだった。
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それ以外の場所へ行く気力がなかった。
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だが今は違う。
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少しずつ世界が広がっている。
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ほんの少しずつ。
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朝比奈はそれ以上聞かない。
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その距離感が心地よかった。
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踏み込まない。
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急がない。
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だから話せる。
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そういうこともあるのかもしれない。
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やがて人の流れが二人の間を通り過ぎる。
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時間が動き出す。
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朝比奈は時計を見る。
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「そろそろ行きます」
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「はい」
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短い返事。
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それだけ。
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だが別れ際、
朝比奈が少しだけ考えてから言った。
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「また店で」
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あすかは少しだけ笑う。
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「はい。また店で」
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その言葉が自然に出た。
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朝比奈は会釈し、
人混みの中へ消えていく。
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あすかはその背中を見送る。
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不思議だった。
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以前なら。
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誰かが去る背中を見ると、
寂しさを感じていた。
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だが今は違う。
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また会える。
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そう思えた。
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それは約束ではない。
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保証でもない。
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ただ自然な確信だった。
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秋空を見上げる。
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高い空。
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静かな風。
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そして少しだけ広がった世界。
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朝比奈は店の中の人ではなくなった。
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一人の人間になった。
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その変化は小さい。
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しかし確かだった。
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あすかの再生は、
まだ続いている。
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(第8章 第7話「会話」へ続く)




