第2話 習慣
人は習慣によってできている。
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毎朝同じ時間に起きること。
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同じ道を歩くこと。
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同じ店に立ち寄ること。
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そうした小さな繰り返しが、気づかないうちに人生の輪郭を作っている。
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あすかは、そのことをあまり意識したことがなかった。
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九月下旬。
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朝。
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目覚ましが鳴る少し前に目が覚める。
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カーテンの隙間から入る光。
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以前と変わらない部屋。
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以前と変わらない朝。
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けれど、何かだけが違う気がした。
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あすかは起き上がり、
窓を開ける。
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少し冷たい風が入ってきた。
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夏の終わり。
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それを肌で感じる。
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支度をして仕事へ向かう。
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駅までの道。
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見慣れた景色。
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見慣れた人々。
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いつも通り。
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仕事も大きな変化はない。
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忙しくもなく、
暇でもない。
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ただ時間が流れていく。
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以前なら。
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仕事が終わる頃になると、
無意識にスマートフォンを見ていた。
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悠真から連絡が来ていないか。
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そんな確認を何度もしていた。
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今は違う。
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スマートフォンを見る回数が減った。
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それは寂しさが消えたからではない。
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必要がなくなったからだった。
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昼休み。
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同僚たちの会話を聞きながら昼食をとる。
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以前より少しだけ耳に入る。
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誰が何を話しているのか。
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どんなことで笑っているのか。
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そんなことを自然に認識している。
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自分でも気づかないほど小さな変化だった。
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仕事が終わる。
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夕方。
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駅前を歩く。
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ふと本屋が目に入った。
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立ち止まる。
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しばらく考える。
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そして店内へ入った。
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特に理由はない。
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ただ入ってみようと思っただけだった。
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本棚の間を歩く。
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小説。
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エッセイ。
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旅行雑誌。
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さまざまな本が並んでいる。
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あすかは一冊の文庫本を手に取る。
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以前好きだった作家だった。
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いつから読まなくなったのだろう。
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思い出せない。
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気づけば、その本を購入していた。
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店を出る。
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夕暮れの空。
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秋の気配。
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そして少しだけ軽い気持ち。
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帰宅してもよかった。
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だが足は自然と別の方向へ向く。
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「人生の交差点」
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いつもの灯り。
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いつもの扉。
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カラン。
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「こんばんは」
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マスターが言う。
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「こんばんは」
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あすかも返す。
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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静かな時間。
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昨夜と同じように入口を見る。
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しかし今日は意識してやめた。
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来るかもしれない。
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来ないかもしれない。
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それだけのことだ。
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マスターが何気なく言う。
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「今日は何かいいことあった?」
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あすかは少し考える。
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いいこと。
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特別なことはない。
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けれど。
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「本を買いました」
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そう答えていた。
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マスターが少し笑う。
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「それはいいね」
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あすかも少しだけ笑う。
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本当に少しだけ。
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自分でも驚くほど自然に。
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その時だった。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは反射的に視線を向ける。
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そして一瞬だけ動きを止めた。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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いつもと同じ声。
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いつもと同じ会釈。
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いつもと同じ静かな表情。
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それなのに。
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あすかはなぜか少しだけ安心している自分に気づく。
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理由は分からない。
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心配していたわけではない。
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待っていたわけでもない。
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けれど。
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昨日空いていた席に、
今日は人がいる。
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それだけのことだった。
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朝比奈はいつもの席へ向かう。
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マスターと短い会話を交わす。
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そして静かにグラスを受け取る。
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何も特別なことは起きない。
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誰も大きな話をしない。
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それでも。
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あすかは思う。
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習慣というものは、
案外悪くないのかもしれない。
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同じ場所。
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同じ時間。
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同じ人たち。
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その繰り返しの中で、
少しずつ人は生き返っていくのかもしれない。
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窓の外では秋の風が吹いている。
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そしてあすかの中でも、
静かな再生が始まっていた。
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(第8章 第3話「夏の終わり」へ続く)




