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あすかの幸せについて  作者: こうた
第6章 寂しさを思い出す春

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第7話 終わりを名付けないまま

終わりは、宣言されるとは限らない。



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多くの場合、それは静かに“名付けられない状態”として進んでいく。



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あすかはその段階に、確実に入っていた。



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五月中旬。



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春はもう季節としては安定している。



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街の色も、空気の温度も、すでに日常の一部になっている。



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それなのに、あすかの中だけがまだ途中だった。



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「人生の交差点」



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夜。



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扉を開ける。



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カラン。



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マスターは軽くうなずく。



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「最近、来るたびに静かだね」



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あすかは少しだけ考えてから答える。



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「静かというより」



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「決まっていない感じです」



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マスターはそれ以上言わない。



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グラスが置かれる。



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今日は軽い味だった。



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しかしその軽さは、もう慣れの対象ではなかった。



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“何も残らない軽さ”だった。



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悠真は来ない。



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連絡もない。



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それでもあすかは、それを“終わり”とは呼んでいない。



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呼べないまま、時間だけが過ぎている。



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マスターは何も言わない。



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ただグラスを拭いている。



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その音だけが、店の存在を保っているようだった。



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あすかは視線を落とす。



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終わりを名付けないまま続く時間は、


思っていたよりも重い。



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何かが壊れた方が、まだ分かりやすい。



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今は違う。



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壊れていない。



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でも、繋がってもいない。



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その曖昧さが一番厄介だった。



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グラスを飲む。



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味はほとんどしない。



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ただ喉を通るだけの行為になる。



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やがて店を出る時間になる。



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マスターは軽くうなずく。



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「終わりってさ」



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あすかは足を止める。



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マスターは続ける。



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「はっきりしない方が、あとから効くこともあるよ」



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あすかは少しだけ笑う。



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「もう効いてる気がします」



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マスターはそれ以上言わない。



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ただ小さく目を伏せる。



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外に出る。



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春の夜は明るい。



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でもその明るさは、以前のような安心ではない。



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駅までの道を歩く。



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人の流れは変わらない。



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それでも、自分だけが少し違う速度で動いている。



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スマートフォンは鳴らない。



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それがもう自然になっていることに気づく。



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電車が来る。



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あすかは乗る。



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扉が閉まる。



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その瞬間だけ、静かに確定する。



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これはまだ終わっていない。



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でも、もう戻らない。



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そのどちらでもない状態が、


これからも続くのだろう。



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あすかは窓の外を見る。



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春の夜が流れていく。



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そして思う。



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終わりを名付けないままの関係は、


いつか自分の中だけで終わるのかもしれない。



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それでも今はまだ、


その名前をつけられないままだった。



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(第6章 第8話へ続く)

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