第7話 終わりを名付けないまま
終わりは、宣言されるとは限らない。
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多くの場合、それは静かに“名付けられない状態”として進んでいく。
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あすかはその段階に、確実に入っていた。
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五月中旬。
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春はもう季節としては安定している。
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街の色も、空気の温度も、すでに日常の一部になっている。
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それなのに、あすかの中だけがまだ途中だった。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「最近、来るたびに静かだね」
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あすかは少しだけ考えてから答える。
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「静かというより」
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「決まっていない感じです」
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マスターはそれ以上言わない。
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グラスが置かれる。
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今日は軽い味だった。
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しかしその軽さは、もう慣れの対象ではなかった。
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“何も残らない軽さ”だった。
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悠真は来ない。
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連絡もない。
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それでもあすかは、それを“終わり”とは呼んでいない。
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呼べないまま、時間だけが過ぎている。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを拭いている。
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その音だけが、店の存在を保っているようだった。
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あすかは視線を落とす。
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終わりを名付けないまま続く時間は、
思っていたよりも重い。
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何かが壊れた方が、まだ分かりやすい。
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今は違う。
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壊れていない。
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でも、繋がってもいない。
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その曖昧さが一番厄介だった。
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グラスを飲む。
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味はほとんどしない。
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ただ喉を通るだけの行為になる。
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やがて店を出る時間になる。
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マスターは軽くうなずく。
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「終わりってさ」
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あすかは足を止める。
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マスターは続ける。
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「はっきりしない方が、あとから効くこともあるよ」
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あすかは少しだけ笑う。
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「もう効いてる気がします」
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マスターはそれ以上言わない。
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ただ小さく目を伏せる。
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外に出る。
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春の夜は明るい。
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でもその明るさは、以前のような安心ではない。
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駅までの道を歩く。
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人の流れは変わらない。
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それでも、自分だけが少し違う速度で動いている。
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スマートフォンは鳴らない。
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それがもう自然になっていることに気づく。
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電車が来る。
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あすかは乗る。
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扉が閉まる。
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その瞬間だけ、静かに確定する。
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これはまだ終わっていない。
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でも、もう戻らない。
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そのどちらでもない状態が、
これからも続くのだろう。
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あすかは窓の外を見る。
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春の夜が流れていく。
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そして思う。
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終わりを名付けないままの関係は、
いつか自分の中だけで終わるのかもしれない。
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それでも今はまだ、
その名前をつけられないままだった。
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(第6章 第8話へ続く)




