第4話 選ばれない時間
選ばれない時間は、拒絶よりも静かに心を削る。
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何かを失ったと確定しないまま、
少しずつ輪郭だけが薄れていく。
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あすかはそれを、日常の中で感じ始めていた。
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四月中旬。
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春の気温は安定し始めている。
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それでも夜は、まだ少しだけ冷たい。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「最近、来る時間ばらばらだね」
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あすかは少しだけ間を置く。
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「そうですね」
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それ以上の説明はしない。
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必要もない気がしていた。
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ濃い味だった。
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ただしそれは“濃さ”ではなく、
意図的に作られた重さに近い。
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悠真は来ない。
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来る予定もない。
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そのことが、もう当たり前になっている。
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あすかはスマートフォンを見ない。
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見る意味がないのではなく、
見ることで何かが変わる段階を過ぎている。
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マスターは何も言わない。
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ただグラスを拭いている。
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その音が少しだけ規則的に聞こえる。
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あすかは視線を落とす。
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選ばれない時間。
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それは拒絶ではない。
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ただ優先順位から外れているだけ。
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その事実が一番静かに痛い。
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誰かに「終わり」と言われる方がまだ楽だ。
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今はそれすらない。
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ただ、少しずつ薄くなる。
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あすかはグラスに手を伸ばす。
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一口飲む。
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苦味が強い。
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でもその苦味は、今の気持ちに近い。
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やがて店を出る時間になる。
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マスターは軽くうなずく。
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「春は、いろいろ変わるね」
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あすかは少しだけ笑う。
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「変わりすぎかもしれないです」
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マスターは何も言わない。
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ただその言葉を受け止めるようにうなずく。
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外に出る。
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夜の風はやわらかい。
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でもそのやわらかさは、今のあすかには少しだけ残酷だった。
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駅までの道。
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人は多い。
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春の夜は明るい。
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それなのに、自分の中だけが少しだけ暗い。
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電車の音が近づく。
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スマートフォンが震える。
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あすかは一度だけ見る。
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短い通知。
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「今は少し余裕がない」
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それだけ。
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あすかは画面を閉じる。
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驚きはない。
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でも、確かな変化だった。
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“余裕がない”という言葉は、
距離の別名だ。
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電車が来る。
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光が差し込む。
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あすかは乗る。
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扉が閉まる。
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春の街が遠ざかる。
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でも、距離はそれだけではない。
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あすかは思う。
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選ばれない時間は、
関係の終わりではない。
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しかし、関係の形は確実に変わっている。
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その変化を、
まだ名前にできていないだけだった。
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(第6章 第5話へ続く)




