第7話 すれ違わない距離
すれ違いは、衝突よりも静かに起こる。
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気づいた時には、少しだけ歩幅がずれている。
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あすかはその違いを、最近よく感じていた。
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二月の初め。
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冬の終わりはまだ見えないが、
日差しだけが少しだけ柔らかくなっていた。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかはカウンターに座っていた。
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カラン。
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扉が開く。
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マスターは軽くうなずく。
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「最近、少し考え込んでる?」
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あすかは少し迷ってから答える。
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「考えてる、のかもしれないです」
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マスターはそれ以上聞かない。
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ただ小さくうなずく。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ温度が低い。
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冷たいわけではない。
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でも、熱は弱かった。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はあった。
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そのことに慣れている自分がいる。
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それが少しだけ引っかかる。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「悪い、少し遅れた」
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「大丈夫です」
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座る。
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沈黙。
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でも今日は、その沈黙が少し長く感じる。
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悠真が言う。
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「最近さ」
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あすかは顔を上げる。
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「なんか、話すタイミングが合わない気がする」
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その言葉に、あすかは少し止まる。
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確かに、
会っている時間は変わっていないのに、
言葉が出る場所がずれている気がしていた。
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あすかは静かに言う。
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「合わない、というより」
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少し考える。
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「合わせる必要がなくなってきたのかもしれないです」
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悠真は少しだけ目を細める。
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「それ、いいことなのかな」
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あすかはすぐに答えられない。
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良いことかどうかは分からない。
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でも悪いことでもない気がする。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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冬の夜は静かだった。
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二人は並んで歩く。
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距離は変わらない。
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でも“合わせる”動きが減っている。
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それが違和感の正体だった。
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悠真が言う。
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「昔の方がさ」
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あすかは横を見る。
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「必死だったよな、お互い」
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あすかは少しだけ笑う。
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「そうですね」
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その必死さは、
今はもうない。
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駅が見える。
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別れ際。
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以前より自然だが、
少しだけ短い。
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悠真が言う。
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「またな」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中は、
もう遠くない。
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でも、どこか“触れない位置”にある。
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あすかは思う。
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すれ違ってはいない。
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でも、重なってもいない。
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その間にいる。
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冬の夜風が少しだけ強くなる。
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そして二人の関係は、
静かにずれたまま続いていた。
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第5章 第8話へ続く




