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あすかの幸せについて  作者: こうた
第5章 まだどこにも行けなかった冬

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第7話 すれ違わない距離

すれ違いは、衝突よりも静かに起こる。



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気づいた時には、少しだけ歩幅がずれている。



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あすかはその違いを、最近よく感じていた。



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二月の初め。



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冬の終わりはまだ見えないが、


日差しだけが少しだけ柔らかくなっていた。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかはカウンターに座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽くうなずく。



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「最近、少し考え込んでる?」



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あすかは少し迷ってから答える。



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「考えてる、のかもしれないです」



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マスターはそれ以上聞かない。



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ただ小さくうなずく。



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グラスが置かれる。



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今日は少しだけ温度が低い。



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冷たいわけではない。



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でも、熱は弱かった。



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悠真はまだ来ていない。



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遅れる連絡はあった。



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そのことに慣れている自分がいる。



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それが少しだけ引っかかる。



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扉が開く。



---


カラン。



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悠真だった。



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「悪い、少し遅れた」



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「大丈夫です」



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座る。



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沈黙。



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でも今日は、その沈黙が少し長く感じる。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「なんか、話すタイミングが合わない気がする」



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その言葉に、あすかは少し止まる。



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確かに、


会っている時間は変わっていないのに、


言葉が出る場所がずれている気がしていた。



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あすかは静かに言う。



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「合わない、というより」



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少し考える。



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「合わせる必要がなくなってきたのかもしれないです」



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悠真は少しだけ目を細める。



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「それ、いいことなのかな」



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あすかはすぐに答えられない。



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良いことかどうかは分からない。



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でも悪いことでもない気がする。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭く。



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帰り道。



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冬の夜は静かだった。



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二人は並んで歩く。



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距離は変わらない。



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でも“合わせる”動きが減っている。



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それが違和感の正体だった。



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悠真が言う。



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「昔の方がさ」



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あすかは横を見る。



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「必死だったよな、お互い」



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あすかは少しだけ笑う。



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「そうですね」



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その必死さは、


今はもうない。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前より自然だが、


少しだけ短い。



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悠真が言う。



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「またな」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中は、


もう遠くない。



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でも、どこか“触れない位置”にある。



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あすかは思う。



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すれ違ってはいない。



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でも、重なってもいない。



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その間にいる。



---


冬の夜風が少しだけ強くなる。



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そして二人の関係は、


静かにずれたまま続いていた。



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第5章 第8話へ続く

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